コイビト(5)
唐突だが、俺は偶に夢を覚えていることがある。
誰とも知らない人になって、まったく知らない人と話したりする夢だ。毎回、自分は違う人になるし、世界も違う気がする。
けれど、思う。
何故かこれが、自分自身なんじゃないかと。
――どうして、助けてくれなかったんだ!?
――お前は勇者だろ!?俺達を守るのがお前の役目じゃないか!
「違う!彼は1人で救おうとしてくれたじゃないか!」
――救おうとした!?ならなんで、俺の女房が死なないといけなかったんだ!
――そうだ!なんで大切な家族を失うんだ!
ああ・・・・・・・・・。
何が正解だったのだろうか。
―――世界全てを誰1人欠けずに救うこと?
そうだ。
―――全ての戦いに勝ち、何人も背後に行かせなくすること?
そうだ。
―――自分が世界で一番愛した人を救うよりも、関わりの無い知らない人を救うこと?
・・・・・・・ああ。きっと。
何もかもが間違っていたんだ。
俺が世界を救っても、世界という形に見えないモノを救っただけでは、人々は満足してくれないのだろう。
でも、ああ・・・・・・・・・・・・。
何でだろうか。この、腹の底から滾るように燃え上がるキモチは。
言葉に表せ無い何かが、揺さ振ってくるんだ。
――世界を救うなら、私達を救え!
――そんな劣等種如きに、なぜ天秤を掛けた!?なぜ私達を後にした!
「貴方達には分からないの!?たった1人だった彼が、どれだけ彼女を愛したのか!」
――分かっているさ!だが現実を見ろ!その彼女は死に、私達も死んだ!
――無駄な選択なんだから、元から私達を助けてれば良かったんだ!
凍えるようなか細い炎が、小さくゆらりと仄めいた。
けれども、その最も暖かい炎を掴むことは出来ない。何時も隣にあったあの優しい輝きは、腕の中を簡単に通り過ぎてしまうんだ。
世界が遠くに行ってしまう。
愛しい人も、消えてしまった。
正解だったのはどちらだろうか。
抑えきれない感情は、高ぶった心をさらに揺らして――
(俺の決意に、火を付けるんだ!!)
「【雷青龍の轟き】!!」
高らかに叫んだ声は、木霊を残して消えていった。
けれど、それで充分。それだけで良い――!
GRUWAAAAAAAAAAAA!!!
青い身体に雷を纏った龍が、咆哮を上げて微粒子体へと強襲した!
「ックッソオオォォォ!!」
反射的に轟いた声音は、酷く人間からは離れていた。
最早、当初の面影も残さない異形の存在を一瞥しながら、俺は更なる頭痛に備えた。
頭に強烈な刺激が迸り、視界が真っ白に染まる。
――違う記憶が、また始まった。
「行ってきます」
そう言葉を残して、自宅のドアを開けた。
大都市に良く見る高層マンションの7階に住む俺の部屋からは、都内が一望出来た。
発展したビル群、行き交う車、混雑する人。
視界一杯に広がる情報を目一杯取り込んで、今日も自分に喝を入れる。
写真の奥で微笑む唯一の嫁は、幸せそうに俺の眠そうな顔を弄っていた。
(もう、4年経つんだよな・・・・・・・・・)
”あの日”、最愛の人を失った日から、気付けば4年という月日が流れていた。
勿論、その中に含まれる記憶に彼女を忘れた日は無い。
けれど、こうしてふとした時に思ってしまう。
(ああ・・・・・・・・・・・・)
思わず白い息が口から吐き出された。
今にも雪の降りそうな気温と、あの日を思い出させる暗い天気が脳の奥を揺さ振った。
(これから、何を糧に生きれば良いんだろうか・・・・・・・・・)
今にして思えば、この4年間は彼女を失った悲しみを糧に生きていた。
今死ねば、彼女の残してくれた温もりが消えてしまいそうで。
だからこそ、頭の回らない時でも機械のように働いて、死んだように眠りについた。
けれど、もう――
(枯れてしまったよ。あの時の興奮も、あの時の若さも、そしてあの時の悲しみも、胸の奥に帰ってしまった)
楽しかった日々を思い出すだけ、悲しみが溢れてきた。
それが今では、もう楽しかった日々を写真で眺めるような感覚しかない。
最愛の人の悲しみも、胸の奥底で深い眠りについてしまった。
彼女のために、俺だけが幸せになることが許されるとは思えない。
だったら、この先どうやって生きていけば良いのだろうか。
(なあ***・・・・・・君は、今幸せかな?)
立ち止まって空を見上げて、そう呟いてみた。
雲に覆われた空に見えるのは、もう消えかけた白い息だけ。
漫画のような、アニメのような光が見えるわけも無いのだ。
また、前を向いて一歩歩き出した。
――幸せかなんて分からないけど、それでも―――
―――幸せでいてほしいと、願えば良い!!
「【天照之剣】」
神々しい魔法陣から現れた白金の剣、その柄を握り締めて、俺は一閃した。
微粒子体の身体が裂け――瞬時に回復する。
けれど、これで良い。
(あと、7回!)
さながら、ゲームのようだと思う。
神力を使って発動させた、唯一微粒子体に対抗出来る魔法。
――【記憶の賭場】
その夢の中に託された想いを、力に変えて戦う魔法。
その夢の中の人物が強い想いを持つほどに、その威力は高く、そして効果も上がる。
けれどデメリットも存在する。
その夢の中の感情が、”負”だった場合。
その時は、微粒子体に力が送られてしまう。
それが、このゲームだった。
10対10の回数で勝負が決まるという、激しく運に任されたゲーム。
―――今の戦績は、3対6だった。
次回の更新は、10/15(月)です。
定期テストの期間に入ってしまいましたので、勉強に追われる日々でして・・・・・・すみません。
それでは。




