コイビト(4)
それは、ある朝の事だった。
遠い残響から成るメトロノームに耳を揺さ振られ、俺は夜を終わりにした。
場所は家のベッドの中。
部屋は2階にあり、窓からは学園が見える位置にあった。
「・・・・・ふあぁ・・・・・・・・」
眠たい、と身体中が訴えてきて、今にも安らぎに任せたくなる。
けれど、そこは気力の問題。
グッ、と身体に力を込めて、ベッドから降りた。
――無い。
「!!!」
気配が、存在が、無い。
何時も隣にあった、暖かいあの赤い炎が無い。
無い。無い。
無い無い無い無い無い無い――
「・・・・・!何処だ?」
一瞬にして感情が爆発しそうになる寸前で、俺は意識を取り戻した。
それと同時に、驚くほど冷静な頭で考える。
昨日の夜、俺が寝る時はカレンは普通に居た。
隣の部屋でベッドに寝転がり、就寝したのを見た。
眠っている最中も、カレンの存在には充分な”眼”を向けていたはずだ。
何かあれば、叩き起きるくらいに。
それでも、現に今、カレンはいない。
家にいないなら、学園に、とかいう話ではない。
魔力操作によって覚えた、適正を必要としない魔法。
いわゆる魔力の塊を直接扱う”無魔法”と呼ばれるものを、カレンには使っていた。
内容は、名付けるなら”位置種”だろうか?
カレンの魔力の中に、俺ですら必死に探して見つかる程小さな魔力を入れ込んでいた。
勿論、自分自身の魔力に何かあれば本人には気付かれてしまう。
しかし、コレほど小さい魔力ともなれば話は別だ。
カレンには正直謝っても許されないだろうが、キスをしている最中に植え込んだ。
その感覚で、気付かなかったのか。
それとも、気付いていて言わなかったのかを知る術は無い。
けれども、それのお陰でカレンの位置を知ることは出来た。
だが、今は違う。
感覚として分かるのは、種がまだ生きていることと、その反応を見つけられないこと。
魔力を隠す場所に居るのか、遠過ぎる場所に居るのか。
どちらも可能性はあるが、現実的なのは前者だろう。
後者の場合、探すのも苦労する上に、俺の魔力範囲から離れるのに必要な距離は果てしない。
つまり、此処からそう離れていない、魔力の隠蔽された場所・・・・・・・
「・・・・・何処なんだ!?」
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「ねえアルフ、本当にリュウ様は此処に来るの?」
「ええ、間違いありません」
2人の、男がその場所には居た。
片方は白衣に身を包んだ男性。
もう片方は・・・・・・姿を持っていなかった。
金色の輝きが人の形で集まるだけで、そこに人は居ない。
けれど、声は聞こえるし、アルフには触られている感覚もあった。
左胸、心臓の中心に滑らかな手の感触が乗りかかっていた。
断言したアルフを見て満足したのか、男は傍で倒れる少女を見た。
「にしても、ねぇ?・・・・こんな下等な種族である小娘がリュウ様を誑かすなんてね・・・・・・・・」
凍て付く程に冷たい声が、その場に反響した。
明らかな殺意と敵意、そして怒りをも含んだ声音に、アルフの身体が一瞬反応した。
「こ、この少女を殺せば、リュウ様は此処には来ないでしょう。我慢が必要です」
「うん、分かってるよぉ?でもさ、どうしてこんな小娘がリュウ様を誑かすなんて愚かな真似をしたのかな・・・・・・・・僕は、それが知りたいなぁ」
狂気を孕んだ眼光が、少女の顔を捉えた。
人間にしては整った顔だな、そんな考えが男には浮かんだ。
赤い髪が、艶やかな輝きを持って背中まで伸びている。
成長途中にある女性特有の2つの膨らみが、その歳の中でも発達している事は理解出来た。
寝間着なのだろうか。
薄い服の下から伸びる足は、女性にしてはしっかりしていて、それでいて細い。
「良い女だねぇ。味見でもするかい?」
酷い発言と、最低な思考回路だな。そうアルフの頭は考えてしまうが、それが言葉になることは無い。
「止めた方が良いでしょう。今のリュウ様はその小娘に溺れているようです。心の在り処を失えば、あの魂の強さに勝てない僕達では、すぐに殺されてしまう」
その言葉に納得したと同時に、ある種の狂気を持った尊敬の眼差しで男は虚空を見つめた。
「そっかぁ。そうだよね、リュウ様のあの魂は→#☆=%%;だもんね」
そしてまた、男はアルフを見つめながら言うのだ。
「早く来ないかな!」
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――誰かが名を呼ぶ。
それに合わせて、魂が呼応するように響く。
――何かが名を呼ぶ。
それに合わせて、魂が呼応するように響く。
けれど、響いた音が向こうに届くことは無い。
分厚い壁が立ちふさがるように前を閉ざして、輝きを見えなくする。
閉ざされた空間、閉ざされた魂。
しかしその輝きは、確かに壁の一部を削っていた。
必死に芽吹こうとする種のように、ゆっくりと、着実に。
次回の更新は、10/2(水)です。
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