転機
雨の滴る夏のある日。
俺は家の中で魔法の練習をしていた。
もちろん、家族には見つからないように自分の部屋で、だ。
しかし、アレからは何故かリリナも一緒にいる。
なんだか、妙に懐かれている気がするが、まあ大丈夫だろう。
それに、そんなリリナが少し可愛いとも思うからだ。
「お兄ちゃん。今日はどんな練習するの?」
「ああ、今日は”炎電”の練習をするんだよ」
「お父さんの?」
「その通り。良く覚えていたね」
そうやって頭を撫でると、気持ち良さそうに目を細める。
少しの間堪能した俺は、早速練習の開始だ。
炎電の練習は少なからず行ってきた。
これは、炎に雷を纏わせた魔法を扱う適正だ。
威力も魔力の消費量も高い、砲台型の魔法である。
今回練習するのは、魔力消費を抑えた上で威力を高める練習だ。
「”雨”」
そう口にすると、雷を纏わせた炎が雨粒大の大きさになっている。
これが、”雨”と名付けた魔法の使用方法の一つだ。
これの一つ一つに威力があるため、かなり扱い易い。
「”胞子”」
次に、その炎をさらに小さく分解する。
これだけで、部屋の中が炎だらけになるのだ。
魔力の消費は少しあるが、そんなことは気にしない。
此処から、さらに昇華させるのだ。
「”粒子”」
さらに細かくされていく炎。
もはや、霧のように部屋中に散っている。
「完成だ」
その姿を見て、俺はそう言った。
これ以上があるのだが、部屋の中で出来るのは此処までだ。
魔力はまだかなり残っているが、使い切らないといけないわけでも無い。
気にせずに、研究に没頭したほうがいいだろう。
まあ、練習の方はまだ続けるのだが。
俺は、炎への魔力供給を止めて霧散させて、また魔力を集めた。
「”氷粒子”。”炎粒子”」
氷と炎の二つの粒子が部屋の中に発生し、幻想的な光景を創り出した。
この氷の煌きと炎の輝きは、本当に綺麗だ。
その光景に満足した俺は、その粒子同士をぶつけさせた。
一瞬で急激に温度の変化した二つは、一瞬で消滅していく。
これだけで、魔力が使用出来るのだから容易い。
「ふぅ~」
少し溜息を拭う動作をしてから、俺は振り返った。
そこには、リリナが目を輝かせながら立っている。
俺は苦笑するが、リリナはそれすら気付かないようだ。
「お兄ちゃんは、やっぱり凄い!!」
そう言って喜ぶリリナを見て、俺も嬉しくなった。
女神に対しては色々あるが、それでもこの世界に来れて良かったと思っている。
そのお陰で、こうして嬉しいといった感情が蘇ったのだから。
見えない女神様を思い浮かべて、俺は感謝を念じた。
『ありがとうございます』と。
それが届いたのかは分からないが、俺は届いた気がしていた。
魔法の練習はこの程度にして、今度は武術の練習をしようと思う。
そんな時だった。
――家の扉が凄い勢いで開いた。
「シルバーの旦那!!盗賊だ!盗賊が来た!!」
そう言った男は、振り返らずに急いで家を出て行った。
外からは、村人達の焦った声は悲鳴が響いている。
本能的な恐怖が、俺を包んだ。
(怖い怖い怖い怖いッ!!)
盗賊。
それは、俺にとっては初めての相手だ。
勿論、村の人たちもそうだろう。
でも、俺は転生者だ。
平和な世界で怠けていた俺に、実際に感じる生死の感覚は理解出来ない。
分かるのは、口伝から聞く、盗賊という残酷な職。
(殺される・・・・・・・)
直後――俺は顔をハッ、と上げてリリナを見た。
彼女は不安そうな顔をしていた。
そんな顔を見て、俺の中で何かが音を立てた。
(俺が一番逃げようとしてどうするんだッ!!妹を見捨てる兄でどうする!?)
俺自身を叱咤して、すぐにリリナに駆け寄った。
その小さな手をしっかりと握り、俺は部屋を飛び出す。
その先には、父さんと母さんが心配そうな顔で待っていた。
「早く逃げよう!!」
そう言った父さんに従い、俺は急いで家を出た。
家の外は地獄絵図だった。
侵入してきた盗賊により家が焼かれ、人が死んでいる。
そんな死人の顔を見て、俺は何も感じなかった。
でも、それで良いとさえ今は思っている。
こんな所で立ち止まるわけにはいかない!!
父さんと母さんの後ろを、リリナと一緒に走った。
村は柵程度しか防壁が無いため、外に出るのはかなり簡単だ。
俺達は、王都の方額の柵へと向かった。
「お頭!生き残りでさぁ!!」
「ヒャッハー!!殺せ殺せ!!」
見つかった。
その現実が、俺の視界を揺るがしていく。
死ぬ、死ぬ、死ぬ、死にたくない!!
そんな時、俺の右腕が引かれた。
そこには、不安そうな顔でも俺に笑顔を向けてくれるリリナがいた。
(・・・・・・・・・兄失格かもしれないな)
俺は、微笑んでリリナの頭を少しだけ撫でた。
「ありがとう。リリナは絶対俺が守るからな・・・・・・・!!」
そう言って、俺はリリナの腕を引っ張った。
方角は父さんと母さんとは違う、少しだけ斜めに進んだ方角だ。
このまま一緒に進んだら、両方潰れる。
だが、分かれればまだなんとかなるはずだ。
必死に足を動かして、俺はリリナと走った。
すぐに父さんと母さんの姿は見えなくなり、その方角から盗賊達の悲鳴が聞こえる。
父さんと母さんなら、逃げ切ることは出来るかもしれない。
俺は、その希望に任せて、さらに足の回転を速めた。
(速くッ!!!もっと速くッ!!)
遠くで響いた男女の悲鳴が誰なのかは、俺には想像出来なかった。
ただ、この瞬間を生きる、リリナを生かすことだけを考えていた。
_村を焼く炎の中には、二人の少年少女だけが取り残されている。
__それが何を示すのかは何もわからない。
___しかし、幼くして家族も家も失った少年と少女は、それでも生きていく。
____これは、そんな2人の、少年の物語。少女の行く末は、少年が握っていた。