隣国の哀れな少年
一息ついた俺は、後ろを振り返った。
その先には、一人の少年が立っている。
少年の胸には、蒼い五芒星が着いている。
(蒼い五芒星・・・・・・・・・・・・・・ルーロラン王国の人間が、何故?)
疑問に思ったのも一瞬。
次の瞬間には、警戒に変わる。
少年が、腰から剣を引き抜いたのだ。
「まさか、封印を解除出来るとは・・・・・・・・・・」
一人で喋る少年からは、確かな驚愕が伝わってくる。
しかし、それだけでは無い、罠の雰囲気を感じる。
俺は、自然の魔力を全力で侵食した。
(これかッ!?)
その中で、一つだけ異質な反応を示す魔力が此方に向かっている。
その形は鎖のようで、禍々しいオーラを感じるのだ。
俺は、自然魔力に干渉して、その鎖を攻撃した。
案外と簡単に鎖は破壊出来、オーラも消えた。
しかし、少年は破られるとは思っていなかったようだ。
「な!?どうして、僕の魔法が・・・・・・・・!!?」
驚愕して固まる少年に向かって、俺は最速で駆け寄った。
「シッ!!!」
短い吐息が零れて、身体が加速していく。
右手を空中に躍らせると、そこから一振りの剣が握られる。
炎剣を最高まで強化した状態、焔剣とこれからは呼ぼう、を両手で握り締める。
その剣先は、確実に少年の首を狙い、その間合いをつめていく。
「”法則・接続”!!」
しかし、少年がそう唱えた瞬間にそれは途絶えた。
今まで物凄い速度で動いていた身体も、剣の刃も、全ての魔力が消失した。
同時に、俺の身体の自由も効かなくなっているようだ。
(チッ!!)
思わず舌打ちしたくなるのを抑えて、俺は少年を睨んだ。
対して、少年の方は少しだけ安堵と嘲笑が混じった表情をしている。
「僕の魔法が破られたのは驚きでしたが、やはり法則に干渉すれば容易いですねぇ」
随分と舐めて気持ちの悪い笑みを浮かべる少年。
「こうやって捕まれば、もう貴方に出来ることはありませんよね?どうでしょうか?僕の国で騎士になるなら、命だけは残してあげますよ?」
物凄く愉しそうな顔から、これが恒例なんだと理解する。
それよりも、俺は身体が動かせない”だけ”なんだが?
まあ、その事実に少年が気付くのはまだ後だろうし、茶番に付き合うか?
「いいや、御免だね。俺は、この国で婚約者の”騎士”としての立派な義務があるんでね」
まあ、婚約者の騎士とか意味不明なのだが、とりあえず納得してくれるだろうか。
少年は、俺の返答を聞いて、笑みをさらに深めていた。
(まったく・・・・・・・コイツ、元から殺すつもりでしかないだろ?)
正直、かなり溜息を吐きたくなるのだが、今は我慢だ。
魔力は、俺の”体内”には残っていないが、圧縮した分は別だ。
なによりも、先ほど消失した魔力も僅かに戻りつつある。
恐らく、一瞬で魔力を無くすだけで、自然回復力は消せないのだろう。
俺は、少年に気付かれないように周囲の魔力を侵食していく。
(やっぱり、仕掛けてあったか・・・・・・・・・)
反応した魔力は、少年のものであり、それが俺の周囲を漂っている。
その形状が刃の形をしていることから、何時でも俺を殺せるようにしているのだろう。
命乞いでも求めているのだろうか?
「残念だよ」
そう告げた少年は、愉しそうに手を振り上げ、下ろした。
その瞬間、浮遊していた刃が俺の方を向く。
そして、その刃が放出され__
「此方こそ、残念だよ」
__空中で、消えた。
それこそ、刃の存在は見ることは出来ないが、破壊したことは理解出来る。
なによりも、見えないだけで、魔力を介して視ることなら出来るのだから。
「な!?・・・・・・・・・魔力は消去したはずだ!何故、魔法を使うことが出来る!?」
(あれ?コイツ急に三下台詞になってないか?)
キャラ崩壊を心配する猶予も無く、少年は興奮していく。
(ちょっと待って!?強くないのに、そんな「なら、此処からは全力で」みたいな顔しないで!?)
「しょうがない。使いたくは無いけど、此処で死ぬ訳にもいかないからね」
そう言って、少年は何処かからか取り出した小瓶を飲んだ。
中に入っていた紅い液体が発光して、少年の身体を中から少しだけ照らす。
(あれ~?今度はラスボス的な存在になるの?フラグ?なんなのこれ?)
この数分でかなり厨二病心が擽られる展開になってきていた。
というか、そんな存在に会うとは思ってなかった。
液体を飲み干した少年は、虚ろな瞳に変わり、深く俯いた。
その身体が僅かに発光し、爆発的な魔力が広がっていく。
それは、俺の侵食した魔力も喰らうように広がり、その中に俺の存在も入った。
だが、俺から数センチの範囲は俺の魔力で固めている。
というよりかは、俺から自然に発せられる魔力だけでこの魔力に勝っているのだ。
まさか、こんなにラスボス感溢れる展開に、既に遥かに勝っているとは・・・・・・・・
若干残念にも思ってしまうのは、仕方無いといえるのだろうか?
とりあえず、俺は予てより使ってみたかった魔道具を使うことにした。
”保管庫”から取り出したのは、数枚の符だ。
その中心には、”炎”という文字が刻まれている。
これは、公爵家から頂いた、炎を呼び出す符を”改造”したものだ。
当初より、四倍ほどの威力が出せるようになっている。
これをクルスさんに見せたところ、一日ずっと寝込んだらしい。
なんでも、「家宝を渡して一日で、歴代の努力を無駄にされた」と言っていた。
ていうか、家宝を渡す時点で可笑しいとは思うのだが、俺の価値観も狂ってきたのだろうか。
それに、改造といっても、無駄に”魔力を込めた”だけなのだが。
もしかして、俺の大量にあった魔力をかなり取り込んだからなのだろうか。
とりあえず、その効果実験も含めて、俺はこの符を使おうと思っているのだ。
流石に、結界も張られているこの図書室を破壊するような事は無いだろう。
俺は、符を片手で握り、それを翳すと同時に呪文を唱え始めた。
「汝は炎 我は薪 なればこそ 汝の糧となり その炎を増幅させよう」
「我は炎災 汝は唯 その災禍に飲まれることしか出来ない その業火に身を晒せ」
「__”炎龍之連火”」
俺が呪文を唱えている間、少年が何もしない訳が無い。
深紅に染まった瞳で、必死に攻撃してきた。
しかし、俺の魔力に触れた瞬間に、その攻撃は途絶えてしまうのだ。
まったく以って張り合う楽しみが無かった。
だが、今はこの符の威力が気になるから良いとしようではないか。
発動した符は、一瞬で燃え、塵となって消えた。
しかし、これが発動した合図だ。符の方は、まだ大量に有している。
もしもの場合は、この場で新しい符を創ることも可能だ。
そんな事を考えている間に、青白い炎が周囲を包んだ。
その炎は、さらに強く燃え上がり、中央にいる少年の身を焦がしている。
凄まじい熱気が俺にも伝わり、額に汗が溜まる。
炎の直視すると目が焼けるようで、逸らしていることしか出来ない。
やがて、炎の中から一頭の龍が象られた。
青白い龍は、それだけで気迫と威圧を感じられるほどに圧倒的に感じる。
その大きな口が開き、少年に向かって飛来する。
既に、少年に動くという考えは無く、ただ無様に死に晒すだけだった。
(うん。これだけの威力なら、さらに強くしても大丈夫かな?)
しかし、場違いな程、俺の周囲は冷たくなっていた。
それが、何故起きたのかは、俺にも不明だった。
_この頃、公爵家当主のクルスは、凄まじい悪寒を感じ取り、腹痛と頭痛の両方を抱えて事務を行っていた。
ちなみにこの護符。
残りの残数はほとんどが実験で無くなっている設定です。
それと、その実験の失敗で資料が燃えて、創作不可能。
事実上の、最後の数枚をリュウは使った、ということです。
今後登場する可能性はありますが、恐らく暫く先になると思います。




