緑龍
翌朝、学園に編入してから二日目だ。
何時寝たのか記憶が無いのだが、問題が無いのだから大丈夫なのだろう。
リビングに行くと、既にカレンとシオンがいて、俺を待っていたようだ。
「おはよう」
「おはよう」
「おはようございます」
軽く挨拶をしてから、顔と手を洗い、制服を着た。
朝食は、学食を食べることになっているので、学園に向かう必要がある。
生徒達の寮が学園と隣接しているのが羨ましい。
家を出て、訓練場の横を俺達は進む。
「そういえば、昨日の生徒達はどうなったんだろう」
「ミリア先生が運んだ、とか?」
「放置ではないでしょうか?」
昨日からの会話で、シオンについて分かったことがある。
彼女は、かなりの毒舌だ。
そして、それを無意識に使っているのだから恐ろしい。
苦笑する俺とカレンに、首を傾げたシオンは言った。
「それか、負けた、という事実で退学とか?」
やはり、彼女はかなりの毒舌持ちだというのが分かった。
進みはかなり速いのだが、学園が遠い。
まだ、学園まで、かなりの距離あると思うと明日からが憂鬱だ。
密かに溜息を漏らした俺は、空を見上げて、また前を見る。
遠くに見える学園からは、たくさんの気配と魔力を感じられる。
やはり、王立というこの学園はかなり高い水準のものが来ているのだろう。
暫く進み、学園の校舎にやっと辿り着いた。
本当にこれから通うのが面倒に思える距離なのが残念だ。
まあ、それでも通うのは確定しているのだけれど。
食堂に入ると、物凄い量の視線を感じる。
その中には、興味、嫉妬、尊敬、軽蔑、憤怒、かなりの種類があるようだ。
やはり、不特定多数からの視線とはこういうものなのだろう。
「カレンは何食べる?」
「私は定食でいいわよ?」
「了解」
返事をした後、食堂の人に定食を頼んだ。
◇◆◇◆◇◆◇
朝食は、ほとんど問題なく終了した。
途中、五月蝿い貴族の小僧が来たこともあったが、とりあえず威圧して追い払った。
俺もカレンと同じ定食を選んだのだが、かなり美味しいことが分かった。
これなら、確かに学園の食堂に通うのもアリな気がする。
それで今は、三人で教室に向けて進んでいる。
「そういえば、リュウは選択学科何にするの?」
そう聞いてきたカレンに、俺は首を傾げた。
それを見て、カレンは小さな溜息を零した。
「選択学科っていうのは、戦闘術、魔法術、錬金術、鍛冶、の四つから自由に選んで出席する授業のことよ」
(そんなのがあったんだ・・・・・・・・・・)
俺がこの学園に対してかなり無知なのを思い知った瞬間だった。
まあ、今はカレン達がいるから無理だが、時間が空いたら覚えることにしよう。
そう決めて、俺は話に戻った。
とりあえず、名前だけなら戦闘術と魔法術の二つだ。
「リュウ、貴方戦闘術と魔法術の二つを選ぶのよね?」
「え?なんで分かったの?」
「私も、伊達に貴方の婚約者じゃないってことよ」
そう告げて小さな胸を張るカレンは可愛らしい。
無意識に頭を撫でていたのは、まあ当然だろう。
「はぅ~~」
可愛らしい猫のような反応をするカレンが愛おしい。
ただ、学園の中なのだから自重しないと駄目なのも事実だ。
少しだけで手を離した。
残念そうな顔をするカレンに気持ちが偏りかけるが、なんとか我慢した。
代わりに、一言だけ、囁くことにした。
カレンの耳元に口を寄せて、息を吹きかけるように告げる。
「帰ったら、一杯ね?」
「にゃぅ~~~~~!」
悪戯が成功した俺は、笑顔で話しに戻った。
それを見て、カレンが嬉々としているが悔しそうな複雑な顔をしている。
「まあ、カレンの言うとおり、俺は戦闘術と魔法術を選ぼうと思ってるよ」
「私は、魔法術を選んでいますね」
「・・・・・・・・・・・私も、戦闘術と魔法術よ」
少し渋々といった顔で告げるカレン。
ただ、その告げた内容は俺にとって幸運だった。
これで、二人ともと一緒に授業が受けられる。
「選択学科は、何時から始まる?」
「確か、三ヵ月後の試験の成績から決められたはずです」
「じゃあ、それまでは普通の授業か」
三ヵ月後ならば、それなりの期間がある。
その間に、強くなることも必要だろう。
俺は、まだ見ぬ試験に向かって、物凄く意気込んで授業に望んだ。
◆◇◆◇◆◇◆(※三人称視点)
~??の森、深層樹海の狂場~
人々にとって、最高の難易度を誇るこの森の主、緑龍。
彼は既に長い年月を生き、そして尚、その生態は健全である。
そのため、それが見つかったのは必然だったのかも知れない。
眠りから覚めた彼が見たのは、可愛い配下だった狼たちの死体。
その身体の至るところに人間の持つ武器、剣の切り傷が残っている。
『ニンゲンドモメ!!ワレトノケイヤクヲワスレテ、コノモリニ、ハイルトハ!!!』
怒り狂った緑龍は、その身体から発せられる最大限の咆哮を放った。
その咆哮だけで、森の木々が吹き飛び、地面が抉れ、生き物が死に絶える。
そんな破壊活動が、龍の咆哮だけで行われた。
そのまま、血走った龍の目は、遥か遠くの大地を見据えた。
そして、その口に、大気中の大量の魔力が収縮される。
その姿を見た人々は、誰しもこう言うだろう。
―――天災だ、と。
魔力の量は、既に一国にも匹敵する膨大さになっている。
それを、口の中で一つの塊として凝縮させた。
『ホロビヨ!!』
その魔力は、一瞬だけ輝き、遥か遠くの大地へと放たれた。
龍のみが扱うことが可能とされる自然の魔力。
それを大量に凝縮させたその攻撃を、古の民はこう名付けた。
――息吹、と。
その場から飛び立った緑龍は、そのまま自身の放った息吹の場所目掛けて飛行した。
その顔には、一切の知性が宿っておらず、ただの獣と化していた。
この緑龍が向かったのは、必然か、偶然か、それはリュウの通う、学園だった。
◆◇◆◇◆◇◆
授業中、俺の物凄く広範囲にわたる索敵に、反応があった。
(マズッ!!?)
その反応は真っ直ぐに此方に飛来しており、何よりも速度が速すぎる。
授業中であることも忘れて、俺は席から立ち、東の空を睨みつけた。
その方角の、遥か、遥か遠くに、一筋の光線が見えた。
(息吹ッ!?)
「全員、全力で魔力防壁を張れ!!!」
大声で叫び、俺は窓を割って空中に躍り出た。
どうやら、生徒達はしっかりと防壁を張ってくれたようだ。
俺が視線を変えると、そこには既に近づいている息吹が見える。
(こうなったら、賭けるしかないッ!!)
「”魔力凝縮”!!」
自然の魔力は既に俺の色で染まっている。
それを、手の平に全力で凝縮させた。
息吹から感じられる魔力量は、今から本気で集めれば足りる。
問題は、放てるかどうか、だ。
しかし、それは実験する暇もない。
だからこそ、これは賭けなのだ。
凝縮された魔力は、輝かしい光を放っていた。
息吹は俺よりも遥かに巨大になっており、王国全てを飲み尽くそうとしている。
「させるかぁ!!!!」
大声で叫び、俺は光を前方に向けて解放した。
輝きは一瞬、風圧は膨大、被害は甚大、しかし、魔力は放たれた。
空中で激突し、その余波で周りが破壊されていくが、留まっている。
明らかに異常な光景だが、今だけは少しだけ幻想的に見える。
魔力量は未だほとんど残っているが、体力が少し心配だ。
俺の方角に飛来する、その馬鹿みたいに強大過ぎる魔力を持った存在との戦いには。
__その方角を睨みつける俺の視界に、緑の龍が映っていた。




