630年前の物語
魔族が人々の上に立ち、世界を支配している現在。
西暦2000年の今は、魔族こそが至上の存在であった。
その中に、魔族でありながら魔族と敵対する勢力が存在していた。
魔族を100とするなら、0.1にすら満たないような少数の勢力でありながら――
「魔王閣下!!・・・・・・・西の城砦が、陥落いたしました・・・!」
「何故だ!?敵戦力は700なのだろう!?何故我等20,000の兵力を打ち破れる!?」
禍々しい黒を基調とした城では、雰囲気に合わない程に緊迫した空気に満たされていた。
過去500年と続いてきた魔族の支配する世界において、反逆する者はいなかった。
しかし、今となってその勢力は現れた。
総戦力2000という小さ過ぎる規模でありながら、僅か1日にして南の砦を攻略した者達。
魔族でありながら、別の紋章を掲げる彼等は、自身をこう呼んだ。
――魔王城の、玉座に座る魔王の目前へと、闇が集い何者かの形を創った。
「だ、誰だッ!?」
「愚かな王だな」
本能から迫り来る死の恐怖と、今にも取り込まれそうな妖の魅力。
美しい四肢と豊満な胸部を隠すことも無く大胆に強調したドレスを着た、女。
凍て付くような視線と同時に、妖悦を感じさせる色気を放っていた。
しかし、次の瞬間だった。
「我等は――」
その姿からは想像も出来ないような、威厳を持った声で。
魔王城全体に響きわたるように、告げた。
「今日を持って”邪族”を掲げる!!人間も、魔族も全てを滅ぼし、我等”邪族”のみが生きる時代を創るのだ!!魔王、ひいては魔族を統べる者と人族を統べる者へと、今、我等”邪族”は宣戦布告する!!」
妙に響き渡る凛とした声が、全ての者の耳へと入りこんだ。
人族にも、魔族にも、隠れ潜む種族の者達にも。
争いの火蓋は切って落とされた。
戦争の中に佇む悪夢の瞳は今、最大限に開花された。
「命令を下す。即刻全ての”魔邪族”を集めろ」
そして、此処でも。
南と西を降した”邪族”は、魔族の王へと戦争を切り開いた。
その戦力は、2000。
北東に位置する”魔邪族”と名乗る者達の戦力は、1900。
既に北と東の砦を落とさんと進軍を開始していた。
目指すは、中央魔王城。そして、魔王と”邪族”の命。
中央に位置する魔族の戦力は50,000。
しかし、既に27,000の戦力が戦争によって失われた。
さらに、全方位から攻め来る”邪族”と”魔邪族”からの攻撃へと戦力を割く必要があった。
一箇所に当てられる平均戦力は、5750。
20,000の戦力に打ち勝つ”邪族”に対しては、あまりにも非力だった。
かくして、魔族の中で三つの種族による戦が始まった。
切っ掛けも、目的も、種族の区別も、何もかもが無い戦い。
誰もが裏を疑うであろう戦いでありながら、しかし誰も疑問に思うことは無かった。
”魔族だけは”。
”邪族”も、”魔邪族”にも、裏が居た。
我こそが魔と邪を統べる者だと云う、規格外の強さを誇る戦力が。
けれど、その存在が表に出ることは無い。
ある1つの目的のためだけに、ただひたすらに行動していた。
そして、それは人族全て、いや、この歴史の原点となるものだった。
およそ、630年前の話だ。
当時、平和が続いた人族は、その日々を甘受していた。
ひたすらに毎日が争いの無い日々であることを幸せに思い、そう生きていたのだ。
勿論、リュウ達もその中に居た。
「それで?私の火炎を真似たのは誰かしら?」
「ごめんなさい」
青い筋を額に浮かべたカレンに、リュウも驚きの萎らしさでイリエが謝った。
始祖天竜の元を離れ、リュウの屋敷へとやってきたイリエ。
彼女は今、始祖天竜監修の元、かなり過酷な修行をしていた。
その一環の中に、始祖天竜の元から離れ、1ヶ月生活する、というモノがあった。
ちなみに、その理由はイリエの始祖天竜への依存性を見れば納得出来るのだが、本人は未だに拗ねているふしがあった。
素直に謝ったイリエに、カレンも気を直して微笑んだ。
最初は、カレンの使った魔法を、イリエが取り入れて、自分の価値を取られたと思ったカレンから始まった騒動だが、こうして片方がすぐに謝るお陰で、すぐに解決した。
和気藹々、そんな雰囲気が辺りに漂った。
――全ての始まりは、この時からだった。
「【完全なる沈黙の強制】!!」
それを感じたのは、この世界に生きる全ての生物だった。
しかし、その中でも最も早く、最も的確に行動したのが、創造神――リュウであった。
発動させた魔法は、国一つを包み込むほどの大きな半円を描きながら大地を覆った。
それと同時に、喧騒が全て消え去った。
全ての音が、風の音が、喋り声が。
そして、1つの声が響き渡る――直前に、ノイズの掛かった音声が響いた。
「この時代に生きる、全ての生物達へと布告する!!我々#→%☆$$*は、この世界を支配するために今、抗う者達へと宣戦布告する!!」
内容を人々が理解するのに、少しばかりの時間が必要だった。
それ程までに、突飛な話だったからだ。
しかし、その言葉の真偽を確認するよりも早く、闇が世界を覆った。
レビテント王国全てを飲み込むほどの大きさの魔法陣が現れ、輝きを放ち始めた。
それこそが、争いの始まりであり、歴史の変換点でもあった。