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3.叩かれる覚悟はあるか

 ラカリスのもとに、黒い紙飛行機が届いたのは昨夜の事だ。

 ベッドで教科書をめくりながらくつろいでいたところにコツンコツンと何かを叩く音がしたのでラカリスはそちらに目をやった。すると、窓の外でふよふよと浮いた黒い紙飛行機が窓を叩いているではないか。ラカリスが窓を開けて招き入れてやると、それはラカリスの周りを一周飛び回ってからその手にすとんと着陸した。

 ラカリスはまるでじゃれつくような動きをしたそれを不思議がることも無く、丁寧に開いていく。するとそこには白い文字で、短い文章がつづられているのだった。



――ウノハがラカリスに話したいことがあるっていうからさ、今からちょっと出てこれない?昼間じゃなかなか時間取れなさそうだからさ。中庭のガゼボにて待つ



 それを読んだラカリスは不思議そうに唇を尖らせながら机の方へと歩いて行くと、机に放ってあったペンを手して裏返した黒い紙に『今行く』とだけ書く。黒いインクのペンで描いたその文字は黒い紙に白く刻まれた。ラカリスはそれをもう一度紙飛行機の形に折り畳むと、開け放った窓から闇夜へ向けて飛ばすのだった。

 ラカリスはそれがどこへ飛んでいくのかわかっていた。ルームメイトであるロクロイのところだ。黒い紙飛行機の形をしたそれは、彼女が黒の魔法を施した手紙なのである。返信をもらった手紙は送り主のもとへと帰っていく。

 そうしてラカリスは窓を閉めると、中庭へと向かう準備を始めるのだった。









 中庭は黒と白、両方の宿舎から遠くは無い距離のところに広がっている。

 昼間には明るい陽を浴びて輝く花々も、今は月明かりの下で闇夜の毛布を被り静かに眠っていた。広い中庭にはガゼボが点在していて、そのどれもが闇夜に息をひそめている中、ランプを手にしたラカリスは淡い光の見える一か所を見つけて歩き出す。

 たどり着いたガゼボにはロクロイと、いつもより格段に大人しい様子の自分……ウノハが待っていた。



「おっすラカリス。はは、似合わないね~」

「……今はそれが褒め言葉だよ」




 ラカリスの顔を見るや片手を挙げてのんきなあいさつをするロクロイにラカリスは苦々しげな表情でそう言葉を返すと、ロクロイの隣に腰掛けた。それから様子をうかがうようにこちらを見ているウノハをちらりと視線をやるが、すぐにすいとそらしてしまう。行儀よく両手を膝の上に置いて縮こまった自分の姿は、やはり見ていたいものではないからだ。そんなラカリスの態度にウノハは益々縮こまり目を伏せてしまう。

 ロクロイはラカリスとウノハの顔を交互に見やると少しだけ困ったように笑い、目を伏せるウノハの肩をぽんと叩いた。



「ほら下向いてないで、ラカリスに話さなきゃいけない事あるんでしょ? ね、ラカリス、聞いてやってよ」



 ロクロイのそんな明るい声に促されて、ラカリスは仕方なくウノハの方へと視線を向けることにした。そちらもロクロイに促されてラカリスの方を見ているが、その瞳にはやはり恐る恐るといった感情が見て取れる。これではこちらがいじめているようではないか、とラカリスは小さく息をついた。――しかもその見た目は『自分』であるからややこしい――

 仕方なくラカリスが自分の方から「話を聞こうと思ったからここに来たんだから」と促してやると、ウノハはようやく静かに口を開き始めた。




「あ、あの、旧校舎で、わたしがラカリスさんにぶつかってしまう直前のこと、覚えてますか?」

「直前……ああ、三人組に罵倒されてたやつ?」



 ラカリスがそう答えると、ウノハが小さく息をのんだ。

 あの時、ラカリスは階段の下で複数の女子生徒の声を聞いていた。一度だけ聞こえた弱弱しい声はウノハだろう。一方でウノハを責め立てる声は三人分あった。それはラカリスに状況を推測させるには十分すぎるほどの材料で、今のウノハの反応からしてその推測は当たっていた。

 なぜ、誰に、などとは今更問うまでも無い。自分たちを差し置いて生徒会長の傍に居られるウノハへの妬みによって、女子生徒の誰かが、ウノハを人気のない旧校舎に呼び出して制裁という名の嫌がらせを行ったのだろう。

 ウノハが言う前にラカリスがそう言ってみせると、ウノハは驚いた顔をした。



「な、なんで……」

「なんでって、こう毎日嫉妬の視線に晒されてりゃわからないって方がおかしいでしょ」



 そう言えばウノハは一言「ごめんなさい」と告げてきた。次はラカリスが「なんで」と聞く。



「えっ」

「あんたが謝ることじゃないでしょ」

「でも、こうなってしまったのはわたしのせいで……」

「それはそれ、うっとうしい視線はあんたのせいじゃないし、謝られたって困るんだけど」

「ていうかウノハが階段から落ちたのだってさ、もとはその三人組のせいだよねえ、ウノハのことビンタしたんでしょ?」

「つーか申し訳ないと思ってんならそのなっさけないツラをやめろよ。もっと堂々としろ堂々と」

「だからさーそんなに自分が悪いって思うこと無いってことだよ、ごめんなさいなんて必要無いからもっと気楽にしなよ」



 ロクロイとウノハに畳み掛けるように言われると、ウノハは得意のごめんなさいすら言えずに目を白黒させて固まってしまう。それに気が付いてフォローを入れたのは、やはりロクロイだった。



「て、ああ、ごめんごめん、本題からそれてるわ」


 次いで「続けて」と促されると、ウノハはロクロイとラカリスの顔を交互に見やった後に口を開く。



「あの、あの時階段の上であったことは、ネブドロさんや生徒会のお二人には言わないでいてもらえませんか……」



 それから絞り出すしたような声でそう懇願するウノハに、ラカリスは少しだけ驚いた表情を見せた。ウノハの言葉をフォローするように口を開いたのはロクロイだった。



「あたしは昨日部屋で色々事情聞いてさ、心配かけたくないんだって」

「心配、ねえ……」



 ラカリスは果たしてあの面々がこの事実を知って心配などという態度をとるだろうかと考え、即座にいやしないなと結論を出した。それをあえて口にすることはしないが、思わず漏らした言葉には呆れの色が隠しきれていない。



「……ま、別にあいつらにわざわざ言う理由は無いからね、黙っててもいいけど」



 ラカリスの答えにウノハはまた「ごめんなさい」と言う。



「だから、なんでまた謝んの」

「だ、だって、またその人たちが、何かしてきたら……」

「ラカリスなら大丈夫だって~、だから言うのはごめんなさいじゃなくってさあ」


 そう言ってロクロイがウノハの肩をぽんぽんと叩けば、ウノハは少しためらう様子を見せた後にラカリスを見ると


「あの、ありがとうございます……」


 と、少しだけ緊張を和らげたような表情で言うのだった。「その方がごめんなさいよりマシ」とラカリスが言って寄越せばロクロイが笑う。



「でラカリス、どうする? その三人組がまた絡んできたら」

「上等だよ、こうなった原因はあいつらにもあるんだから、責任とってもらわないとね……」

「わお、悪い顔~」

「あ、あの……」

「まあまあ、ラカリスに任せときなって、悪いようにはしないから」



 ロクロイにそう言われたウノハはぽかんと口を開けたまま、けらけらと笑うロクロイと自分の顔でくくと喉を鳴らして笑うラカリスを交互に見た後


「なんだか、別の不安がこみあげてきました……」


 元に戻ったらわたしどんな目で見られてしまうんでしょう……と、思わず誰に向かって言ったのかわからないそんな弱音をもらしてしまうのだった。









 その三人組がまた絡んできたら、というロクロイの言葉が現実になったのはそれからたった一夜が明けた今日の事である。


 のんきに眠りこけていると小悪魔ハクジ悪魔ルグレイの強襲を受けると知ったラカリスは、朝早く目を覚ますとてきぱきと支度を済ませて早々に寮の部屋を出た。ラカリスの策は功を奏し、そのまま宿舎を出るまでそのどちらとも顔を合わせずに済んだ。食堂の開く時間にはまだ早く朝食にはありつけないが、それを見越したラカリスは昨日のうちに軽食を用意している。

 抜かりはない、と思わず満足げな笑みをもらしつつ校舎の方へと歩いていくラカリスは、宿舎の窓からこちらを見下ろす六つの瞳には気が付いていなかった。


 そうしてラカリスが誰も居ない校舎を歩いていると……囲まれた。

 ラカリスを射抜く六つの瞳は鋭く、その表情は彼女たちのまとう清楚な白い制服に似合わず非常に険しい。どう考えても爽やかな朝の挨拶をしようという雰囲気ではない。ラカリスが何も言わずに様子をうかがっていると、ラカリスの目の前を陣取る女子生徒が口を開く。



「ちょっと、いいかしら」


 その言葉はそう聞いたものの、言外に「黙ってツラ貸せや」と含ませていることがはっきりとわかるものだった。







 三人組がラカリスを連れてきたのは、あの人気の無い旧校舎の側だった。

 


「どういうつもり?」



 ラカリスの前に立ちはだかる三人組の内、中心に立った女子生徒が厳しい声で言う。ラカリスが何も答えないでいると、彼女は更にその表情を厳しくさせてラカリスを睨み付けた。



「これで弱みを握ったとでも思っているの?」



 その言葉にラカリスはようやく、ゆっくりと、落ち着き払った様子で口を開いた。



「……それは、階段から落ちた”わたし”を置いて逃げたことを言ってるの?」



 ラカリスがそう言うと三人組が三者三様にひゅっと息をのみ動揺する様子を見せた。思った通りの反応を見せた三人組に、ラカリスの口からは思わずふっという笑い声がもれる。



「落としたのもあんたらのくせにね」




 次いで止めとばかりにそう言ってやれば三人組は三者三様に、いよいよ顔色を変えるのだった。

 ラカリスはあの時、階段の上にいた三人組の顔を見たわけではない。しかし目の前の三人組を見据えるラカリスは確信していた。この三人がウノハを罵倒して頬を叩いた勢いで階段から落とし、巻き込んだラカリス共々意識を失っているウノハを放置して逃げ出したあの三人組だ、と。

 自分たちのしでかしたことがいつウノハによって暴露されるのかと怯えていたらしいあたり、ウノハを階段から落としたのは故意ではなかったのかもしれない。あの場から逃げたのも、自分たちのしたことが怖くなってしまったからなのだろう。とはいえそう考えたとしてラカリスに同情心は無かった。こちらはそのおかげでストレスフルな毎日を送るハメになってしまったのである、怒りこそすれ同情などするはずが無い。



「わたしがそれを黙ってんのはあんたらの弱みの為じゃない、かといって何のために黙ってるかなんてことはあんたらに話す義理はないから言わないけどね、せいぜい弱みを握られてると思って怯えてればいいんじゃない?」



 ラカリスは動揺する三人組にそう畳み掛け、最後にはっと鼻で笑う。そんな”ウノハ”の態度に三人組はただただ呆気にとられ、何も言えずにいた。いや、三人組は目の前にいるのが”ウノハ”ではないことぐらいは気づいている。気づいているのだが、ではお前は何者だと問う勇気は彼女たちには無かった。

 ラカリスはそんな三人組を一瞥すると、満足げにほくそ笑む。ただ茫然と立ち尽くす三人組の様子は非常に愉快で、ここ数日のストレスが多少消えていくようだ。もう少しいじめていたい気もしたが、朝食を食べていない腹が主張を始めようとしているのに気が付くとラカリスは「これ以上話が無いなら、これで」と立ち去ろうとして……はたと足を止めた。



「そうそう、忘れるとこだった」



 ラカリスはそう言うと三人組の顔をもう一度、今度は一人ずつじっくりと眺めた。右、左、そうして最後に中心に立つ女子生徒をまっすぐ見据える。それに女子生徒が果敢にも目を合わせて見返したその時。

 パン、と乾いた音と共に彼女の頬に衝撃が走る。



「人を叩くってことは、叩かれる覚悟があったんだろ?」



 そう言ったラカリスの内心は、やっぱりこの体じゃ力が足りないな、ということだった。強がってはいるが、女子生徒の頬を叩いた手が予想以上にじんじんとしびれているのだ。それでも顔が歪みそうになるのを必死に抑えて、ラカリスは今度こそこの場を去ろうと三人組に背中を向けるのだった。

 残された三人組は待てと声をあげることもできず、ただ茫然としてその背中を見送ることしかできなかった。








「お前はいったい何をしたんだ」



 ラカリスにそう言ったその言い方はまったく責めたようではなく、むしろ言った後にこらえきれないといった風に笑い声まで飛び出る始末。言葉の主はルグレイで、場所は放課後の生徒会室、ハクジも加わり新たに増えた書類の整理をしていた時のことだった。

 言われた言葉にラカリスは顔を上げると「は?」と返す。



「お前を怯えたように見る三人組がいたぞ、お前何したんだ」



 ルグレイがくつくつと笑いながら言うと、ルグレイの後ろに居たハクジが興味津々といった顔で身を乗り出してきた。「なになに? 先輩何したの~?」とハクジが無邪気を装って言えばそれにイラッとしたラカリスが眉間にしわを寄せる。



「あ、わかった。その子たちの事もそういう目で睨んだんでしょ~、先輩のその顔日に日に怖くなってるもん」



 まあ僕はまだ怖くないけど、と豪語するハクジにラカリスの苛立ちは次第に呆れに変わる。ため息交じりに「そうかもね」と答えてやればルグレイがはははと笑う声が聞こえた。見れば、ルグレイが肩を震わせて笑っているではないか。そのバカ笑ぶりにイラついたラカリスがドスをきかせて「何笑ってんだよ」と問いただせば、ルグレイは笑いながら「怖い顔で睨んで、怖がられている姿が想像できる」とあっさり白状した。

 そんなルグレイを彼の後ろからハクジが嬉しそうに見ていたのを、呆れて顔をそむけてしまったラカリスは知る由も無いのだった。








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