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1-2

「失礼します」

「せんせー!ウノハちゃん目覚ました?」



 保健室の扉を開くと同時に入ってきた声は、間も無くネブドロの背後に現れた。

 ウノハの知り合いらしい白の制服を着た対照的な二人組は、ベッドの縁にウノハと並んで座る見慣れない女子生徒に少し驚いたような顔をした。そんな二人にネブドロが丸椅子をキイと鳴らして振り返り、呼びかける。



「よう来たか、ルグレイ、ハクジ」



 ネブドロにそう呼ばれた二人組のうち、一人はラカリスも見覚えのある人物だった。


 先ほど一瞬見せた驚きの表情はすでにそこには無く、濃灰色のうかいしょくの髪の隙間から墨色の瞳が冷やかにこちらを見下ろしている。口元に一切の笑みは無く、その表情は見下されているとさえ感じるほどだ。それでもその整った顔立ちはひとつの芸術作品のように美しく、見る者を惹き付ける魅力が余りあるその人は、この高等部の白の生徒会長である三年生、ルグレイ・チャコールだ。

 その隣のハクジと呼ばれたルグレイよりもうんと背の低い男子生徒は対照的に、未だぽかんと口を開けたままで目の前の光景を見つめていた。ふわふわと揺れる白銀の髪に、まるで少女のようにぱっちりとした緑色の目。袖の先から指先をちょこんと出した姿は可愛らしく、凛とした佇まいのルグレイとは正反対である。生徒会長にくっついて着たということは恐らく、白の生徒会の一員なのだろう。




「まあ目を覚ましたは覚ましたんだが、な」


 歯切れの悪いネブドロの言葉にルグレイが訝しそうに眼を細める。ハクジはといえば目をぱちくりとさせて「うん?」といった表情だ。そんな二人の反応に、ネブドロは何がおかしいのか低く笑って答えた。



「まずは紹介しよう。とりあえず片方は置いといて真ん中にいるのは黒の二年生、ラカリス・バレーヌ……ウノハと魂が入れ替わっちまった可哀そうな生徒だ」

「……は? 魂が、入れ替わった?」



 ネブドロの言った突拍子もない言葉をルグレイが繰り返す。その目はやはり訝しげで、それでもひとまずありえないと頭ごなしに否定することはせずにルグレイは静かに次の言葉を待った。



「つまりウノハの中身はラカリス・バレーヌの体にいて、ウノハの体にはラカリス・バレーヌがいるってこった。人格が入れ替わったってほうが分かりやすいか?」

「そんなことが、有り得るんですか?」

「まあ現実に起きてるわけだからなあ」



 イエスともノーともつかないネブドロの答えに、ルグレイは呆れたようにはあと息をついた。

 人格が入れ替わったなどと、バカバカしい話である。いったい何の企みがあってこんなバカげた話をするのか、とネブドロを睨むと視線で『疑うなら自分の目でウノハを見てみろよ』と促されたので、ルグレイは渋々ながらもそうすることにした。


 そうしてルグレイがその冷たい墨色の目を彼がウノハと信じる方に向け……。

 ……早々にぎろりと睨まれる。


 ハクジも同じようにこちらを睨むウノハの目を見たらしく、ルグレイの耳にはっと息をのむ声が聞こえた。彼にも、信じられない出来事だったのだ。そして”彼にも”と言うからには当然ルグレイにとってもそれは信じられない出来事で、ルグレイはわずかに目を見開いた。

 ルグレイの知っているウノハはこちらがじろりと睨んだとき、ただ怯えた目をして俯くだけだ。間違っても今目の前でそうしているように強い瞳で睨み返し、更にはこちらに聞こえるように舌打ちまでしたりなんてするはずがないのである。

 次いで目だけを動かしてラカリスと呼ばれた女子生徒を見てみると、その鋭い瞳と目が合う。ばちりと合ったその目はぱっと怯えの色を浮かべ、次いで視線をそらすように目を伏せる。それはルグレイにとって見慣れた反応で、見えた怯えの色は、まるでオオカミを前にしたヒツジのような色。――その目の形状はまるでオオカミだが――



「……なるほど、どうやら、認めざるを得ないようですね」



 突きつけられた現実は、ルグレイに諦めたようにそう言わせるのだった。その隣ではハクジが未だに信じられないといったように口をぽかんと開けたまま、こちらをじっと睨み付けるウノハ――中身はラカリスだ――を見つめている。



「言っとくが俺がやったわけじゃねーからな、不慮の事故による、不慮の入れ替わりだ」


 

 ネブドロをじろりと睨み付け、あなたの仕業ですか、と言おうとしていたルグレイはその不意打ちにぐっと口を結んだ。

 ネブドロの言葉をうのみにするほどルグレイはこの男のことを信用してはいないが、追及したからといって口を割るとも思えない。ルグレイはこれ以上の追及は無駄だと判断して目を伏せる。そんなルグレイの様子にネブドロは低く笑うとルグレイから視線をそらし、この場にいる全員を見回した。ネブドロの座る丸椅子が回転してキッと音を鳴らす。



「それじゃあ今後のことを話すとすっかな。ああ、一人いねえが……ま、あいつは後でもいいだろ。わかってると思うが、今のところ元に戻る手は無い」

「……そうでしょうね、だったら俺たちに入れ替わりの事実を明かす必要はないですから」

「理解が早いと助かるな、そんでバレーヌ、こいつらは向こうの校舎での協力者ってことだからな、まあ、仲良くしとけ」

「えっ」

「そうわかりやすく嫌そうな顔をするな、仕方ねえだろ。それに一応ウノハは生徒会の一員てことになってんだからな」

「げ……」



 言われた事実にラカリスの口からは思わず悲鳴が出る。そんなラカリスをルグレイの墨色の瞳が捉えて、じろりと睨み付けた。



「随分と嫌われたものだな、黒は白が気に食わないか?」

「……あんたが気に食わないだけ」



 睨み返しながら、ラカリスが苦々しげにそう吐き捨てる。初対面で不躾にじろりと睨み付けられてどうして不快に思わずにいられるというのか。気の強いラカリスなら尚更である。



「……まあいい、知っているとは思うが、ルグレイ・チャコールだ。生徒会は真白の力を危険視している、だからこれを生徒会に引き込んだんだ、お前も勝手な行動は慎むように」

「ふうん、あんた真白の力の話、信じてるんだ」

「ネブドロはともかく、学園長の仰ることだからな」



 両者とも「ひでえなあ」と笑って言うネブドロの声は無視である。

 ラカリスはなるほど学園長までもが絡んでいるとなると信憑性も高くなるなとは思うが、やはりどうにも目の前でこちらを見下ろす男の指図するような言い方が気に食わない。結果ラカリスはわかった、とも、お前の指図は受けない、とも言わずにただその顔をじろりと睨み付けて、ふんと鼻を鳴らすだけだった。


 一方でルグレイはラカリスのそんな態度に、少々戸惑っていた。

 人格が入れ替わっている、というのは理解したつもりだったがやはりウノハの体でそれに似合わない気の強い態度をされてしまうと慣れない。――もっともそれは、入れ替わっているという事実を裏付けることにもなるのだが――

 それに、そもそもルグレイに対してこんな態度を取る人間はほぼいないのだ。毅然たる態度を貫き白の生徒会長として君臨するルグレイに、その温度を宿さない瞳でじろりと睨まれて委縮しない人間がいるだろうか。あるいはまさに眉目秀麗といったルグレイにじっと見つめられて、とくんと胸をときめかせ思わず頬を赤くしない女性がいるだろうか……。

 いや、それが今まさに、ルグレイの目の前にいるのである。

 だからこそルグレイはラカリスのそんな態度に少々戸惑い、そしてこちらを睨む気の強い山吹色の瞳をじっと見つめ――イラッとした。



「……」

「……」



 両者無言で睨みあう。



「僕、ハクジ・グレイズだよ~! よろしくね、先輩っ」



 まさに一触即発といった空気の中、それをぶち壊すバカに明るい声が響いた。


 かと思うとラカリスとルームメイトの間にぎゅっと割り込む小柄な体躯。既に三人が座っているベッドの縁は狭く、小柄ながらも割り込まれればルームメイトが押し出されてしまう。ルームメイトがぎろりと睨むが割り込んだハクジはそれにはまったく目もくれず、ラカリス――体はウノハである――に明るく話しかけるのだった。



「入れ替わったなんて聞いて驚いちゃったけど、ルグレイとまともに睨みあうなんておもしろ……先輩ったらかっこいいなあ! 僕きゅんときちゃったよ~、だから仲良くしてねっ先輩!」



 まるで少女と見紛う容姿にぱあっと花が咲いたような満面の笑みを浮かべ、こてんと首を傾げてみせるハクジのなんと可愛らしいことか。

 だが、しかし、「おもしろ……」と言いかけ何事も無かったかのように軌道修正したところに綻びが見て取れるあたり、ただ可愛いだけの少年ではないようである。それを聞き逃さなかったか、あるいは本能的に悟ったかラカリスは思い切り迷惑そうに顔をしかめ、押し出されたルームメイトは「このクソガキ」と低い声で唸って睨み付ける。一方でそれを全く気に留めないハクジはニコニコと笑いながら「僕一年生だよ」やら「僕も生徒会の一員なの~」などと自己紹介に移っているから、やはり只者ではないのだ。

 そんな中、バタン!と乱暴に扉を開く音がハクジの言葉を遮り、次いで一同の注目がネブドロの背後に集まった。




「……遅くなったっす」



 現れたのは黒い髪の、鋭い目をした、黒の制服を身にまとった男子生徒。

 まったく悪びれた様子もなくそう言った彼はラカリス……ラカリスの体を見て小さく「あ」ともらした。



「……ラカリス?」



 なぜここにいるのか、と疑問を込めてその名を呼ぶのだが目の前のラカリスはなにやら様子がおかしい。

 獲物を狙うカラスのように鋭い目にはまったくいつもの迫力は無く、それどころか訝しげに眼を細めてじっと見てやれば気まずそうにさっと目をそらしてしまったではないか。

 それは彼にとってはまったく、あり得ないことで。




「あーグラアス。お前の姉は、そっちじゃあないんだな」

「……は?」


 聞こえたネブドロの言葉にグラアスはぐっと眉間にしわを寄せた顔をネブドロに向ける。そんな彼に、真実を告げたネブドロは、低く笑った。







「はあ……これが」



 事情を聞かされたグラアス・バレーヌはぼやくようにそう呟いて、双子の姉によく似た鋭い目でウノハの体をじっと見た。

 その大きな山吹色の瞳と目が合ったと思うとじろりと睨まれ、ついでチッというひときわ大きな舌打ちの音をさせながら不機嫌そうに目をそらされる。



「……まあ、間違いないみたいっすね」


 そうした姿に確かに双子の姉を見たグラアスは気まずそうに目をそらしながらそう言う。そもそも表情の乏しいグラアスだから、その表情が若干強張っていることに気づいた人間は誰もいない。

 ネブドロは「弟のお墨付きだ」と笑い、ルグレイはなるほどといった風に双子の顔を見比べている。そしてラカリスの隣を陣取るハクジは「グラアスくんと双子だったんだ~」と無邪気に驚いてみせてラカリスに「ああ?」と凄まれ、その迫力に思わず口を噤んだ。




「グラアス、お前にはウノハのサポートと、演技指導を頼みたい」

「演技指導?」



 言われた言葉の意味が分からずグラアスが思わず反復すると、ネブドロがウノハが入っているという姉の体を視線で指したのでそちらを見て……ああ、と声をもらす。言われた意味がわかったのだった。

 その鋭い目に一切何の迫力も無く、怯えたような姉の姿は不審極まりない。



「……了解っす」



 グラアスがそう言ったのを聞き届け、ネブドロは「さて」と言いながら丸椅子から立ち上がる。その勢いで丸椅子が回転してカラカラと音を鳴らした。フェードアウトしていくその音をバックにネブドロが一同を見渡すと、全員がネブドロの方へと注目していた。――一部敵意を込めて睨んでいるのもいるが、ネブドロはそれを全く気にしない――



「これで秘密を共有する人間が勢ぞろいしたわけだ。まあ秘密があるからと言って窮屈に生活する必要はないからな、この状況も学園生活のひとつのスパイスだと思って、お前ら楽しめ、俺は楽しんでるぞ」




 ははっと笑うネブドロを睨んだ全員が――あえて名指しはすまい――同じタイミングで、同じ事を心の中で吐き捨てた。



――楽しんでんじゃねえぞクソ野郎、と。








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