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5-3

 空気をつんざく爆音が聞こえたのと、ラカリスが固く閉じた目をばちりと開いたのはほぼ同時であった。

 驚く間もなく小部屋に爆風が吹き込み、それにあおられ椅子に固定されたラカリスはなすすべなく仰向けに倒れてしまう。次いで何かが降ってきたと思うとラカリスの上にずしりとのしかかってきた。



「お、重い……!」



 それは同じように爆風にあおられ倒れた男性教師だったのだが、両手が不自由なためにそれを押し返すことも出来ずラカリスは思わずそんな悲鳴を上げた。しかしそれも一瞬のことで、ふっと重みが無くなったと思うとこちらを覗き込むように何かが視界に入ってくる。眉間にしわを寄せどこか必死さの見えるその顔にラカリスは、認めたくはないが、どこかほっとした心地を感じ……。



「そういう顔は、俺の前でだけしていればいいと言ったろ」



 次いでそれをごまかすようにルグレイを睨み付けると、「さっさと起こせよ、バカ」と乱暴に吐き捨てるのだった。

 ルグレイは一瞬驚いたような顔をして、それから改めてじっくりと見たラカリスの表情にふっと笑った。いつものように自分を睨み付けるその顔に安心したのか、あるいは少しだけ紅潮した頬に照れ隠しを感じ取ったのか、その理由は優しくラカリスの後頭部に手を回すルグレイのみが知ることである。



「ラカリス!」

「ラカリスさん……!」



 ようやく椅子から解放されたラカリスが立ち上がり痛む手首をさすっていると名前を呼ばれ、次いで二発のタックルを食らった。ルグレイとラカリスの間に割り込むように飛び込んできたのは、ロクロイとウノハだ。ウノハが相変わらず自分の顔で泣きそうな顔をしていたので、ラカリスが顔をしかめて「情けないツラすんな」と叱ればウノハはやはり泣きそうな顔のままで「ごめんなさい」と言う。そんなウノハに呆れたように息をつくとラカリスは目の前の光景に目をやった。

 散らかった室内には床に座り込む男性教師と、それを見下ろすネブドロがいる。男性教師を後ろ手に拘束しているのは、グラアスだ。扉の傍には退路を塞ぐようにハクジとウキズミが立っていた。



「よう、会いたかったぜ、……タグロ・タガサさんよ」



 ネブドロが男性教師を見下ろして言うと、男性教師……タグロはぎりと歯を食いしばりネブドロを睨み返した。

 友人から送られてきた手紙に同封されていたのは、一枚の集合写真だった。十人ほどが並ぶその中で赤い丸で囲まれた人物が一人。それこそが友人がネブドロに紹介しようとした人物であり、ウノハの真白の力を暴走させた張本人だ。そして、それはネブドロにとって見覚えのある顔だった。ダサい丸メガネもしておらず認識していた名前こそ違ったが、確かにそれは目の前でこちらを睨みつけてくる、この男性教師だったのだ。



「とはいえ俺とお前とは初めましてだ、でもな、この名前には聞き覚えがあるだろ?」



 そう言って友人の名前を告げればタグロの表情が変わり、ネブドロは確信を深めた。



「さて、お前にはいい知らせと悪い知らせがあるんだが、どっちから聞きたい?」



 タグロからの返答は無い。しかしネブドロはそれもわかっていて問いかけているのだ。そもそも返答など必要とはしておらず、間を置かず「じゃあ悪い知らせからだ」と切り出す。



「残念だが、ウノハの体にはもう、真白の力は存在していない」



 そう言えばようやくタグロの口から声が出る。隠せない驚きに思わず出たその声は言葉にはならず、表情の方が多くを語っていた。真白の力が存在しないとは、いったいどういうことか。ネブドロはタグロの表情を確認して”悪い知らせ”を続けた。



「まあこれは推測だが、ウノハとバレーヌの中身が入れ替わった時にお互いの力もわずかだが入れ替わったんだろう。真っ白なミルクのなかに一滴のコーヒーが落ちた……その時点で、そこにはもう真っ白なミルクは存在しない。わかるか?」



 返答を必要としていないくせにしつこく問いかけるネブドロに、タグロもやはり返答は寄越さずじろりと睨み付けた。



「根拠は、二つある」


 ネブドロはそう言ってぐるりと小部屋の中を見回した。



「一つはこの部屋の状態だ。……まあ、いろいろ散らかってんのはそこの双子とハクジがやったことだから置いといてだな」



 そう言えばハクジがえへへと笑い、ルグレイとウキズミがほぼ同時に目を伏せた。

 小部屋の扉を吹き飛ばしたのはこの三人なのだ。扉だけではなく中の棚や椅子、更にはラカリスまで吹き飛ばしたのは計算外だった……。だからこそ双子の伏せた目にわずかな気まずさが見えるのだろう。――ハクジに関しては笑ってごまかそうとしているだけだ――



「俺はお前の実力は知らないが、あいつが惚れ込んだ才能だ、相当なモンなんだろうよ。それこそ少しでも術式が発動しようもんなら何事もそれを邪魔できるはずが無いはずだ。それを踏まえて、だ。壁の術式には発動した形跡がある、にも係わらずこの部屋には空間の変化の欠片も無い。お前が失敗したのか? いや、俺はそうは思わない。だとすると、ウノハの体に真白の力が存在していなかったと、そう考えられると思わないか?」



 やはり最後には問いかけたネブドロが見下ろしたタグロは、なにか複雑な表情をしていた。それもそのはず、ネブドロの言葉はつまり”お前が失敗するはずはないから他に原因があるはずだ”と言っているのである。研究者としては褒められた発言ではないし、それを根拠と言い切るのはまったく浅はかだ。理性ではそう思うのだが、その言葉にタグロは動揺せずにはいられない。戸惑うような、なにかむずがゆくてたまらないような心地。それからわずかに昂揚する自分を、タグロは唇を噛んで律した。



「もう一つは、バレーヌがウノハの体で、魔法を使ったことだ」



 ネブドロの言葉にタグロだけではなく、その場にいたほぼ全員がえっと驚いた。



「ウノハが魔法を使えなかったことは……まあ、知ってるだろ? ところがバレーヌは、その強大な力にコントロールに苦しみはしたが、魔法を使った。そうだなバレーヌ」

「あ? あ、ああ……まあ、そうだけど」



 ラカリスが答えると隣のルグレイがそうだったのかと言いたげな顔を向ける。それに気づいて視線を寄越し、なぜ言わなかったとその表情に読み取れば、なぜ言う必要があると睨み返した。



「単純にウノハが強大な力を使いこなせなかった、と考えることも出来るが、ウノハはコントロール以前に何も出来なかったんだ。対してバレーヌはコントロールに苦しみ、暴走させて保健室を散らかしてくれたからなあ」



 その言葉にルグレイの表情がへえそうなのかと変わり、ラカリスが悔しそうに睨み返す。愉快そうに笑って返すその顔はますます腹立たしい……。



「つまり、真白の力は今や、ただの強大な白の力に成り下がったってわけだ。よってお前の野望は、もう実現が不可能になった。……これが、悪い知らせだ」



 そんな言葉で締めくくられた”悪い知らせ”にタグロはしばし呆然とし、やがて力が抜けたように頭を垂れた。

 その姿をじっと見つめ、口を開いたのはウキズミだった。



「あんただって、そいつに言われて気づいてるんだろ。こんなこと、本当は、自分を惨めにするだけだって」



 ウキズミの言葉が静かな小部屋に響く。

 タグロはやはりうつむいたままじっと黙っていたが、やがて絞り出すような声でぽつりとつぶやいた。



「……どいつも、こいつも」


 それからせきを切ったようにタグロの口から言葉があふれ出す。



「同じことを言う……だけど、じゃあ、それを諦めて、どうしろって言うんだ、それだけを目的に生きてきたのに、追い出されるように家を出た、あの日からずっと……ウノハを見つけて、本当に実現できると思った、できるはずだったんだ……それなのに、やめろとか、できないとか、どう受け入れろって、言うんだよ……」



 タグロが床に向かって吐き出したその言葉は静かだったが、彼の心からの悲痛な叫びだった。それを聞いたウノハは己の――正確に言えばラカリスの体なのだが――胸の前でぎゅうと拳を握る。タグロの悲痛な叫びを聞いて、記憶を取り戻したわけではなかった。しかし得体の知れない何かがウノハの胸を締め付け、苦しめている。

 ウノハがタグロからそらした目をネブドロの方へやったのは無意識だった。あるいは救いを求めたのかもしれないその視線は、ネブドロのそれとかち合う。不安の色を映した鋭い瞳を見つめ返して、ネブドロは笑った。微笑んだと言うべきか、その笑みにウノハは握った拳の力を少しだけ緩めたのだった。

 それからネブドロはタグロに視線を移すと、ゆっくりとその前に膝をつく。それに気づいたタグロが顔を顔を上げると、ネブドロはその口元に笑みを浮かべてこちらを見ていた。



「さて、それじゃあいい知らせだ」



 しかしながらそう言ったその顔は、まるで悪い知らせをもたらす悪魔のようにも見えた。



「お前が大嫌いなこの世界には、お前を必要としている人間もいるんだぜ」



 だからその言葉はタグロにとって、悪魔のささやきである。



「あいつは今もお前のことを必死になって探してる。ちなみに俺がお前の正体がわかったのは、あいつがお前の写真を手に入れたっつって手紙につけて送ってきたからだ、……まあ、それでもまだここにたどり着かねえってのは、間抜けなあいつらしいと思わねえか?」



 頭はいいくせにバカなんだよなあ、と笑うネブドロにタグロの返した言葉は「どうして」だった。



「どうしてって、だからそれは、あいつがお前を必要としてるからだろ」



 返された言葉に、タグロはかっと体が熱くなるのを感じた。戸惑うような、なにかむずがゆくてたまらないような心地。ネブドロの言葉に昂揚した自分がいるのがわかる。



「あいつバカだから、バカ正直に直球でそれをお前に伝えただろ? 思い出してみろよ、まさか忘れたとは言わねえよなあ」



 更にネブドロがそう言えば、タグロはついに力無く項垂れてしまうのだった。それを見たネブドロはグラアスに拘束を解くように言う。グラアスが項垂れたタグロの後頭部を一瞥してからその手を解放すると、タグロの両手は力無く床に落ちた。ネブドロはそれを静かに見つめた後立ち上がり、項垂れたその姿を見下ろした。



「ほら立てよ、お前には色々と聞きたいことがあるんだ、うまいコーヒーでも淹れてやるから保健室に行こうぜ」



 聞こえたその言葉にタグロが驚き顔を上げると、ネブドロはやはり笑みを浮かべて、こちらに手を差し伸べている。タグロは呆然とその顔を見つめ、そして、ゆっくりと手を伸ばすとネブドロの差し出した手を叩いて自らの力で立ちあがるのだった。

 ネブドロは一瞬驚いたような顔をして、それからぷっと吹きだし声を上げて笑うとタグロの肩へ手を回す。タグロが抵抗するが構わずにぐいと引き寄せ、ネブドロはそのままこの場に居る全員に「ほら行くぞ」と呼びかけて扉の方へと歩き出した。



「あ、お兄ちゃん……」



 すると扉の傍でハクジのそんな声が上がる。ルグレイがそちらを見ると、そこにはついさっきまでいたはずのウキズミの姿が無かった。ラカリスの耳にルグレイが小さく「兄さん」と呟いた声が聞こえたと思うと、ルグレイは迷惑そうな顔をしたタグロの肩を抱くネブドロを追い越して扉の方へと走っていくのだった。









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