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桜沢さんのお嬢さま  作者: 松山みきら
第14章 巫女と妖狐 -棘科輝羽-
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――それから、数ヶ月が過ぎた。

 桜沢文音を取り巻いていた環境は季節の移ろいと共に少しずつその姿を変えていった。




 文芸部の部長である明町優樹。

 彼はかねてより八坂先生に話していた、部員の家を一軒一軒謝って回るというお詫び行脚を実行に移した。激怒する保護者たちもいたが、それも償いだと受け止めて、人が変わったように誠実な対応をし続けたという。一番最後に明町との衝突で教職を退いた文芸部の元顧問にも謝罪をし、彼のお詫び行脚は完遂された。ふみや安珠への執着は消え、現在は進学に向けての受験勉強へ力を注いでいる。なお、文芸部自体は一年生が五人集まり、文芸同好会として再出発することになった。顧問は八坂先生がそのまま務め、一年生たちと一緒に無理なく行える活動内容を模索していくという。


 学校でふみを否定していた、七倉由佳。

 聞いた話によると、七倉由佳も例大祭を訪れており、森林ステージで行われたフェスティバルを見に行ったそうだ。もちろん、当初はふみの粗探しをするためだったが、予想外の歌唱力と観客の盛り上がりで、自らの敗北を悟ったらしい。彼女は例大祭が終わった次の週、朝一番で取り巻きを連れてふみに頭を下げた。慈悲深いふみは、今までの自分の行いを改めて七倉に詫び、お互いに気をつけていこうと話して和解した。クラスメイトたちの面前で素直に詫びたせいか、クラス内の七倉に対する評価も変わり、トラブルもなく、穏やかな学校生活を送っている。

 しかし、彼女には依然、飲酒や喫煙の噂が絶えない。

 この噂は、一体どう受け止めるべきなのだろう。


 同じく、ふみを否定し、虐げ続けた姉、桜沢安珠。

 結婚式は無事に執り行われたが、やはりふみは同席しなかった。これについては旦那から相手方の両親にもきちんと話がされ、「息子だけでなく、妹さんとも円満な関係を築くように」と叱咤激励を受けたという。新婚生活が始まってからは旦那の支えもあり、安珠の性格は少しずつ角が取れてきていると聞く。焦らずに変化を見守っていけば、やがてふみに対する過去の罪を認める可能性がある。ふみとの関係改善を前向きに進めていくためにはきちんと時間をかける必要がありそうだ。旦那やその両親はふみの歌手活動を応援しており、都会での活躍を心待ちにしていると話していたそうだ。


 ふみの両親。

 晴れ舞台のおかげもあり、両親とふみの関係はますます良好となった。もはや彼らに残る問題は借金の清算のみだ。棘科グループからのサポートもあり、生活習慣も改善され、父親はギャンブルを完全に止め、更にはたばこも絶って返済や貯金を進めている。母親も彼を支え、今まで無関心だった家計をきちんと見るようになった。ふみも歌手活動で得た収入の一部を実家に送っているため、それが両親の心を奮い立たせているようだ。問題の原因である詐欺団体はグループ調査員の協力もあり、警察によって捕らえられたという。詐欺によって奪われた金銭はほとんどのケースで返還されず、被害者は泣き寝入りすることが多い。今回も返還される可能性は極めて低いが、グループから協力をしていくつもりだ。


 安珠の暴力からふみを守り、支え続けた神城雪。

 彼女は笑顔を取り戻した親友を見て、心から喜び、そして大泣きしていた。例大祭を終えても変わらず、ふみのそばで親友として支え続けてくれている。以前から新しい部活動を探していたそうだが、親友であるふみが得意な『歌』を蘇らせたのをきっかけに、自分も得意な何かをやろうと、実家のパン作りを本格的に手伝うようになった。将来の夢は、棘の森温泉街にベーカリーカミシロ二号店をオープンすること。ちなみに、その夢を聞きつけた紅羽が「詳しい将来の話をしたい」と神城家を訪ね、神城親子は声を揃えて大絶叫を奏でたという。実に想像しやすく、とても幸せな光景だと思った。


 桜沢文音のプロデューサーとなった光の歌姫、姫川流々。

 例大祭の歌と観客の盛り上がりに激励された彼女は、その後一週間で体調を戻し、退院。報道関係者に活動再開、復活を宣言した。今までは恋仲だったアヤネに依存していた彼女だったが、ふみという宝石のような後輩と、本音を言い合えるあやめの存在が、彼女を『大人』として成長させた。歌い続けたいと望んだふみのプロデューサーとして精力的に活動するかたわら、CMや映画の劇中に使用される曲を作ったり、ラジオのパーソナリティとしてレギュラー番組を持ったりと、自ら進んで活動内容を広げて活躍している。また、Rayの元メンバーたちが彼女の活躍を耳にして集い、新たな歌姫を支えようと、ふみのバックバンドを担当するようになった。この後、流々さんはふみやRayの元メンバーたちと共に冬のバラードを作り上げる。ふみはその歌でとんでもない大ヒットを起こし、全国に進出することになるが、それはまた、別の話。


 そして、桜沢文音は――。


「貸出期間は今日から一週間です。返却もこのカウンターでお願いします」

「は、はいっ!」

 秋を迎えた学校の放課後。少し冷え込み始めた図書館で、可愛らしいツインテールの女子生徒が、カウンターに座る私の恋人から真っ赤な背表紙の本を受け取っていた。

 本棚が立ち並ぶ人気のない図書館は、歌姫・桜沢文音に会える場所として大勢の生徒が訪れるようになった。棘森の歌姫としてテレビ番組にも出演するようになったふみは、私以上に多忙な毎日を送っている。しかし、決して学業をおろそかにせず、また、会いに来る生徒たちを邪険にすることもなく、本に興味を持ってもらえるよう、図書委員としてもしっかり活動していた。彼女が図書当番の日は、私は奥の席ではなくて、ふみの顔が見えるカウンター近くの席に座るようになった。カウンターの前には上級生下級生、男女問わず、様々な本を持って生徒たちが列を作っている。テレビで観たアイドルの握手会さながらだ。

「あ、あのっ、桜沢先輩、サインを、サインをお願いしますっ!」

「喜んで。でも、本もちゃんと読んでくださいね」

「は、はいっ! 分かりました!」

 一年生の女子生徒が小さな色紙とサインペンを差し出す。最初はサインに戸惑っていたふみだったが、今では慣れたものでサラサラと書き上げてしまう。その内、全校生徒分のサインを書き上げてしまうのではないだろうか。サインを書いた色紙を返し、ふみが柔らかく笑顔を浮かべる。女子生徒は何度も頭を下げると、恥ずかしそうに小走りで図書館から出て行った。次に並んでいた生徒も本と一緒に色紙を差し出す。ふみの図書当番は順調だが、こうして見ているとどうしてもヤキモチを焼いてしまう。得意な数学の宿題もさっきから止まったままだ。

「やれやれ……。短気なのは変わらないな」

 頭を横に振り、ふみから視線を外す。机に広げた問題集とノートに意識を集中させ、右手に持つシャープペンシルを動かそうとした、そのとき。

「た、助けて、あっきー……」

 神城先輩が机の上に倒れ込んできた。ワンサイドアップがだらしなく頬の横に垂れ下がり、涙目の童顔が私を見上げてくる。ひどく疲れている様子だった。

「勇者B様! ど、どうしたんですか、一体何がっ」

「返却棚を見るんだ……。答えはすべて、そこにある」

 がっくし、と先輩が息絶える。いや、息絶えてはいないが、とにかく、脱力しきって伸びてしまった。返却棚は、戻ってきた本がカウンターで返却処理された後、元の本棚に戻すまで一時的に保管しておく場所だ。図書当番は貸出処理だけでなく、返却棚に置かれた本を各本棚に戻す仕事もしている。先輩に言われて、カウンター近くにあるこげ茶色の返却棚を見る。高さ一メートル、横幅五十センチほどで三段になっている返却棚には既に大小様々な本が詰め込まれていて、入り切らない本は棚の上で山積みにされている始末だった。カウンターに並ぶ列はまだまだ続いている。列に並ぶ生徒の中には返却目的で来ている生徒もいるだろう。このままでは返却が追いつかず、本が溢れてしまうのは想像に難くない。

「くっ、あの山は……!?」

「本棚に戻しに行って、帰ってくるとまた本が増えてるんだもん。荻野先生は職員会議でいないし……。勇者Bはここで力尽きてしまうのだぁ……」

 ぐすん。

 鼻をすすり、私のノートの上で人差し指をくるくると動かす。

 ふみが大人気になってしまう原因を作ったのは私にもある。それに、救いを求められたのであれば、棘の巫女としてその願いに応えなくてはならない。宿題なら家でも片づけられるから、今は神城先輩を手伝うことにしよう。

「あきらめてはいけません。棘の巫女が手を貸します」

「ほ、ホント!?」

 先輩がピン、と身体を起こして笑顔になる。紅羽がお気に入りの、先輩の笑顔。やはり、笑顔はいいものだ。大好きなふみの柔らかい笑顔も、神城先輩の弾けるまぶしい笑顔も、守護者として戦い続ける私たちに力を与えてくれる。

「宿題なら家でもできますから。さあ、閉館までに片づけてしまいましょう」

「ありがとう、あっきー! お礼に今度、とびっきりのパンを作ってくるから!」

 問題集とノートを鞄に片づけて、神城先輩と二人で返却棚へ向かう。カウンターの近くにやってきたら、ふみが驚いた風にこちらを見た。微笑み返すと、貸出処理の手を一旦止めて、申し訳なさそうに声をかけてきた。

「ああ、ごめんなさいあきちゃん。お嬢様に手伝わせてしまうなんて……」

「気にしないで。助けを求められたら応えるのが棘の巫女だから――」

 言いかけたら、どよめきが起こって列の一部が崩れて私の方へ流れてきた。私よりも背の高い生徒たちが、私の前でまっすぐに列を作って整列する。何事かと身構えて、流れてきた生徒たちを見上げた。

「な、何でしょうか」

 みんなが笑顔で、色紙とサインペンを差し出していた。

「お嬢様! サインください!」

「ずっとファンでした! お嬢様のサインもください!」

「お嬢様、結婚してください!」

「お前彼女いるだろーが! お嬢様は俺と結婚するんだよ!」

 中学のときに一度だけ告白されたが、サインを求められるのは初めてで、たじろいでしまった。生徒たちはふみのサインが目当てだと思っていたのに。ああ、だめだ。図書館でこれだけの騒ぎを起こしてしまえば、恋人から「やかましい」と一喝されてしまう。大好きなふみから怒られるのは精神的にも非常に堪える。どうしよう、と思わずカウンターの向こうにいるふみを見上げた。

 あっ。

「ふふっ。あきちゃんも、大人気じゃないですか。ふふ、あははっ」

 気が抜けて、釘づけになった。一喝なんて飛んできそうにない。私の恋人は心底楽しそうに、おかしそうに、肩を震わせて笑っている。心奪われる、とても可愛らしい笑い声で。

 あの日取り戻した笑顔は今も失われず、喜びや楽しさと共に、桜沢文音の中で確かに息づいていた。ふみはこれからも、棘森の歌姫として、その笑顔と美しい声で人々に光を注ぎ続ける。大好きな歌を歌いながら、様々な想いを未来へ伝え続けるだろう。

 私も、君と共に人々を救い、心に光を注ぎ続けよう。

 私は棘の巫女として、君は妖狐として。

 語り伝えられた二人のように、たくさんの人々を救っていくんだ。

「あーあ。結局ボク一人で返却するのかぁ」

 まずは、身近な誰かから少しずつ。

 聞こえてきた勇者の嘆きに、笑顔を返してあげた。

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