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桜沢さんのお嬢さま  作者: 松山みきら
第12章 歌姫の闇 -桜沢文音-
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 憧れの歌姫と互いの過去を交わし合い、恋人に抱く大切な想いも確かめて、挑戦への第一歩を踏み出した。長いようで短い、限られた日々の中で自分を磨き、晴れ舞台で歌を歌うのだ。かつて歌姫に憧れて奏でた私の声で、私という楽器で、会場の人々へ希望の光を注ぐ。集まった大勢の人々に受け入れてもらえるかどうか、その心を揺さぶれるかどうか、私には分からない。正直なところ、歌う不安や恐怖を完全に拭い去れたわけではない。否定や失敗に恐怖して、未知への挑戦に足が竦んでいる。

 でも、私は変わりたい。周囲を突き放し、疑い続けるのはもうやめたい。恋人によって救われた今、これからの未来をもっといいものにしていきたかった。今度は突き放すのではなく、私の大好きな歌を通して、人々を温かく包み込もう。私の歌で、大勢の人を笑顔にしよう。そうしたらきっと、私は生まれ変われる。心に沈んだ鉄の箱を縛る、最後の鎖と鍵が解き放たれると、強く信じている。

 あきらめないことを、私の小さな恋人が教えてくれたから。


 ある日の夜、白い輝きに満ちたエントランスホールの中心に立ち、流々さんの『光』を歌っていた。当主様に買ってもらった音楽プレイヤーを胸元で握りしめて、イヤホンから流れる演奏を聴きながら、丁寧に、心を込めて声を出した。

 格好つけるのではなくて、自分の存在が音色に溶け込むように。

 お腹から、胸を通って、喉へ。私の歌声が生まれていく。

 耳から入り込む演奏と流々さんのコーラスへ私を重ねて、音が一つになる。

 瞳を閉じて、純白のホールから暗闇の舞台に自分を移した。暗闇の中、私と流々さんの協奏を、音色に震える耳で感じる。

 吸い込む息の冷たさ、吐き出す声の温もり。

 言葉を紡ぐ舌と唇の感触。

 私の端々に意識を巡らせて、私は楽器になっていく――。

 最後の言葉と音色を喉から天へ打ち上げた。

 瞼を開く。

 まぶしいシャンデリアが、たくさんの煌きを私の全身に注いでいた。

「ぶらぁぼぉー!」

 お嬢様が可愛らしい大声を携えて階段を駆け下りてくる姿が見えた。

 憧れの歌姫が昔からしていた一日一曲を真似て、一日三曲を日課として練習していた。例大祭に向けて歌声を整えるため、そして、心に自信をつけるためだ。歌う曲は『光』と、Rayの楽曲から二曲、無理なく歌えそうなものを選んでいる。

 長い黒髪と同じ色のスカートを翻しながら駆け寄って、いつものように飛び込んでくる。抱きとめたら、小さな彼女が私を見上げて朗らかに笑ってくれた。

「お上手! 今の歌は声が安定して聴こえたよ」

 エントランスホールで練習するように提案してくれたのは当主様だった。広い場所で歌うのは恥ずかしかったけど、本番は絶対に恥ずかしいだけじゃ済まない。歌うだけでなく、ホールの中心に立つことも練習の一つとして受け止めていた。

「よかった。緊張で声が震えないようにもっと頑張ります」

「歌い過ぎて喉を潰しちゃだめだよ」

「はい。練習が終わったら、ちゃんと喉のケアもしておきます」

 例大祭で歌うと決めてから、流々さんに喉の調子を整える漢方薬を教えてもらったり、あやめさんは喉に優しい食事を考えてくれたりと、周囲から全力のサポートを受けていた。お祭りで歌うたった一度の歌だけど、たくさんの想いに支えられ、絶対に失敗したくない、最高の歌を歌いたいと、前向きな想いがずっと胸に宿って熱かった。一か月前の冷たい私とは全然違って、自分自身が困惑するほどだった。

「流々さんの方は順調かな?」

 私から離れて首を傾げる。あきちゃんは執行部の仕事に加えて、最近では舞の練習にも出かけるようになった。黒幕として流々さんのところにも顔を出したがっていたけど、忙しくてなかなか自由に動けず、いつも私やあやめさんに進捗を尋ねていた。

「順調です。いろんな楽器を弾いては録音していて、とても楽しそうでした」

 現在、流々さんの生活は棘科家によって保障されている。例大祭が終わった後の働き口も検討中で、歌姫の未来には明るい希望があった。複雑なしがらみもなく、期限は短くとも、他に気持ちを割かれずに歌を作れる環境にある。あきちゃんにも「お祭りだから楽しむように」と言われたから、言葉通り、純粋に音楽を楽しんでいるのだろう。

「ただ……」

「うん? 何か心配事?」

 ここ数日、あやめさんが心配そうに話していたことがあった。流々さんは作業に没頭するあまり、ほとんど睡眠をとっていないのだという。私が会いに行ったときの流々さんはいつも充実していて、作詞はどうだとか、ここはこうしたいとか、会うたびにたくさんの提案を嬉しそうに相談してくる。例大祭までは既に一か月を切っているけど、一度も期限について愚痴や不満を漏らさないし、むしろ短い期限すら楽しんでいるように見えた。睡眠不足な様子をちっとも見せないから、あやめさんの話を聞いてひどく不安になってしまった。疲れやつらさを押し殺したり、隠したりしているのなら、無理せずにきちんとした休養をとってほしい。

「歌が完成しても、例大祭の本番もあるから無理はだめだよ。棘科グループから協力者を募って、流々さんが休めるようにしよう」

「それはあやめさんも話をしたそうですが……」

 一度、あやめさんから協力者を探すという話をしたけど、流々さんは仕事が増えるだけだから必要ないと断ったそうだ。彼女はキーボードの演奏もできるし、ギターも実父やアヤネさんに教わったから十分弾けるのだとか。ただ、ベースとドラムは上手くできないらしく、その二つだけは棘科家が誇るスーパー執事が手伝っていた。彼女は演奏を手伝いするかたわら、食事を作ったり仮眠を促したりと、歌姫の世話までこなしている。これでは流々さんだけでなく、あやめさんの体調も心配になってきてしまう。

「困ったな……。一生懸命なのは嬉しいけど、強制的に働かせたいわけじゃないんだ。あやめには引き続きフォローを頼んで、とにかく流々さんが無茶しないように頼んでおくよ」

 赤い瞳も心配そうに曇る。お祭りだから楽しんで、と言ったのはあきちゃん自身。ストレスや疲労が誰かを追い詰めるのは、平穏を望む彼女が最も嫌う事態だ。私からも二人が無理をしないように話しておこう。 

「作詞はふみがやるんだよね。何か困ったことはない?」

「大丈夫ですよ。もう書き上げて渡してきました。作曲の進捗に合わせて、添削したい部分を流々さんと検討していきます」

「仕事が速いね。文章はふみの得意分野だし、余計な心配だったかな」

 作詞は桜沢文音、作曲と編曲は姫川流々といったところ。

 今回は文芸部の部長に罵詈雑言をぶつけられるわけではないし、公募に送って結果を出すというものでもない。今まで窮屈だった分、羽を伸ばすような気持ちで伸び伸びと言葉を書き出せた。

「どんな詞を書いたのか気になるなぁ」

 私の腕を肘でつつきながら上目遣いで見上げてくる。お嬢様の赤い瞳が動くたび、シャンデリアから注ぐ光に彩られてキラキラと輝いた。

「そんな目をしてもだめ。歌が完成するまで秘密です」

「そこを何とか! 歌い出しだけでも」

「だーめ。あんまりワガママを言うと、おやすみのキスを一回休みにします」

「わー! そんなのやだぁ!」

 半べそになったお嬢様がまた私の胸に飛び込んでくる。もちろん、一回休みにする気は毛頭ない。小さな恋人を安心させるように頭を撫でながら、まぶしいシャンデリアを見上げた。

 歌と共に奏でられる言葉として書き記した詞。

 私が歩いてきた過去、あきちゃんと出会って導かれた今、そして、これから歩いていく未来を思い描いて詞を書いた。拙い言葉だけど、心を込めて一生懸命書いた。これに憧れる歌姫の演奏を乗せて、きちんと歌い上げて人々に届けたい。

 どんなにつらいことがあっても、私たちはきっと『光』になれる。

 そんな、希望に満ちた歌を歌いたい。




「では、起立。礼」

 歌い続ける日々を繰り返し、六月に入った。

 例大祭までおよそ二週間だ。

 朝一番の授業が終わって、休み時間開始のチャイムが頭上から響く。背の低い女性教師が教室を出て行ったら、我が二年三組はすぐに喧騒でいっぱいになった。クラスメイトたちの明るい声を聞きながら教科書やノートを片づけていたら、薄茶色の机に若干の陰が差した。雪だろうかと思って顔を上げると、予想通り、見慣れた童顔が笑っていた。

「いよぅ! ミス不愛想!」

 びしっと右手を顔の前に上げて敬礼。

 相変わらず、親友は明るくて元気だった。

「雪……。そうだ。雪に話があります」

「およ? どうしたの?」

 いつものように、前の席から椅子を持ってきて座り、机を挟んで向かい合う。

 親友にしたい話とは、例大祭のことだった。

 例大祭の日、私は笑顔を取り戻すため、ステージに立って歌う。幼い頃からずっと支え続けてくれた雪には絶対に聴いてほしかった。一生懸命歌い上げて、ここまで変われたんだよって、親友を驚かせたい。雪ならきっと、私の成長と変化を喜んでくれるはず。でも、流々さんの存在は秘密のまま。歌姫の出演はサプライズとして秘匿されていて、チラシや宣伝にも公表されていない。見に来た雪も、私が歌姫と一緒に歌えばさぞ驚くだろう。

 と、思っていたら。

「ぬわぁんだってぇ! ふ、ふーみんが歌を――」

「やかましい」

 素早く右手を突き出して、雪の口をふさいでやる。

 私が歌うと聞いただけでもう飛んでいきそうなくらい驚いてくれた。嬉しいけど、例大祭の晴れ舞台についてはあまり言いふらしたくない。あくまでも、雪が親友だから伝えたかった話だ。椅子から転げ落ちそうになっている雪を真顔で見つめ、声を潜めた。

「静かにしてください。あまり知られたくないのです」

「むんむん!」

 雪が顔を赤くしながら何度も何度もうなずく。早く解放してくれと言わんばかりに両腕をバタバタと振り回していた。もう叫ぶ気はなさそうだと判断して、右手を離して口を解放してあげる。

「ぶはあっ! 真顔で窒息させるとかドS過ぎでしょう!」

「ドSが好き?」

「ちがーう!」

 結局静かにしてもらえなかった。煽った私も悪いのだけど。

 雪は息を荒くしながら頬杖をついた。唇を尖らせてふてくされながら、私のおでこを指先でつついてくる。雪にこんなことをされるのは初めてかもしれない。別に嫌ではなかったのでそのままやらせておいた。

 私が叱ったのが効いたらしく、親友はちゃんと声のトーンを下げてくれた。

「だいたい、驚くに決まってるよ。お祭りで、しかもステージで歌うんだよ。今までのふーみんを知ってるなら、驚かない方がおかしいっ」

「……そうですね」

 大勢の人を前にして歌うなんて、小学生の合唱部以来だ。合唱部のときは大勢で歌ったけど、今回はバックバンドもなく、流れる演奏は録音した音源のみ。

 本当に、歌姫と二人きりのステージなのだ。

 雪の指先が私から離れた。

「あっきーはすごいよ。本当に、ふーみんを解き明かしちゃったね」

 ふてくされていた童顔がふんわりと笑顔に変わっていく。

 今までの十年。

 長い秋と冬は、私の心も身体も冷やして、いつからか凍える漆黒の海が心の空洞を満たしていた。暗黒の海底に私の色彩を封じた鉄の塊を沈め、鎖と錠前をかけて二度と開かないようにしていたはずだった。

 十年間の封印。決して解かれないと思っていた。

 でも、二年目の高校生活が始まってからたった二か月。

 きっかけとなった図書館での出会いからまだ半年も経っていないのに、小さな後輩は鉄の塊をあっけなく引き揚げ、厳重な鎖と錠前をたやすく解いていく。凍てついた心の海と空洞を光で照らして、優しく温めてくれた。両親や姉がくれなかった思いやりと、初めて知った恋の感触を教えてくれた。

 棘科輝羽は宣言通りに私を解き明かして、深い底に残る笑顔へ手を伸ばそうとしている。

 愛する人に笑顔を解き放たれる日は、もう近い。

「ボク、ふーみんのお歌、ちゃんと聴くからね! あまり知られたくないとか言ってたけど、他の子たちにも声かけて、たっくさん来てもらうから!」

 大きな声で、音が出るくらいの勢いで右手の親指を立てる。もう、私の「やかましい」はどこかに飛び去っていた。

「待って、他の人には言わないで!」

 再び口をふさいでやろうと右手を伸ばそうとしたら、頭を横に逸らして避けられてしまった。雪は不敵に笑いながら私の右手首をつかんで押さえ込み、報告すべき生徒を見繕うように教室を見回し始めた。

「手を放しなさい!」

「ほほほ、存分に困るがよかろう! あ、ねぇねぇ、委員長」

 たまたま、近くを通りかかった長い三つ編みの子を呼び止めた。長い黒髪を一本の三つ編みにして、左肩の前に流している。胸元のリボンやブラウスもきちんと整えて、分厚い眼鏡をかけたとても真面目そうな女子生徒。

 彼女は常盤ときわ陽奈子ひなこ。雪の親しい友人で、学級委員長だ。

「はいはい、どうしたの?」

 眉を上げてニコニコ笑いながら手を振って立ち止まる。大きな瞳をぱちぱちさせながら、私と雪を交互に眺めてくる。学級委員長は成績もよく、男女問わず友人が多い。クラスメイトたちからとても頼りにされていて、同い年なのに年上みたいな印象があった。

「心して聞きたまえ! 我が姫君ふーみんが、例大祭のイベントでお歌を披露するのだよ! あの森林ステージで!」

「ああ、やめて……」

 もうだめだ、雪の大声は相当のもの、言いふらしたくなかったのに、これでは周りの生徒たちに知られてしまう。頭を抱えて悲観する私をよそに、常盤さんは私の机に両手を叩きつけて、ぱあっと明るい笑顔で驚いてくれた。

「ウソっ! 桜沢さん、本当なの!?」

「う……。ほ、本当です……」

「すごいじゃない! やり直したいって心意気がそこまでさせるなんて熱いわっ。例大祭の日は必ず見に行くから」

 知られたくなかったのに……! 雪、この仕打ち、恨みますよ。

 でも、常盤さんは自分のことのように喜んでくれている。私には、どうしてそこまで驚いて、喜んでくれたのか理解できなかった。

「他の子にも連絡しなくちゃ。妹にも人集めるように伝えちゃうわよ~」

 スマートフォンを取り出し、片手で素早く何かを操作していく。常盤さんは社交的で、雪と同じく友人が多い。これで、彼女たちの豊富な人脈に私の舞台情報が一気に拡散されていってしまった。

「よしよし。これでたくさんの観客が集まるなっ」

「ひどいですよ、こんな……」

「何言ってるのぅ。歌を披露するなら観客は大切だし、たくさんの人に聴いてもらって、ふーみんの変化を知ってもらうべきだよ!」

 私の変化を知ってもらう、か。

 今までの行いを反省し、歌を通して人々へ光を注ぎたい。私の変化と想いを伝えたいのなら、確かに大勢の人に聴いてもらう必要がある。特にクラスメイトや、私を近くで見ていた人には一番分かってほしい。

 私はもう、昔の桜沢文音ではないのだと。

「だぁ~れが行くかよ。バーカ」

 教室を貫く冷酷な一言に、頭を横から殴られたような衝撃を受けた。もちろん、本当に殴られたわけじゃなくて、感覚の話だ。雪は椅子から立ち上がり、常盤さんは不愉快そうに眉を寄せてスマートフォンから目を離して振り返った。

 声の主は探すまでもなかった。

 教室の左側、その奥。

 窓際の離れた席で、机の上に座って脚を組んでいる女子生徒。

 七倉、由佳――。

「わーわーうるさいんだよ。歌なんてガキでも歌えるわ。もうね、今更何をやったって終わってんの、桜沢は」

 四角い頭を揺らしながら嘲る。取り巻きの二人も口を歪めて私たちを眺めていた。何と反論するべきか、私が必死に言葉を探している短い間に、勇者Bは剣を抜き、嘲る悪魔と対峙していた。

「大声出したのは謝る! でも、ふーみんをバカにするのは筋が違う!」

「桜沢の喉が潰れるのを楽しみにしてまぁす」

 七倉さんの嫌味を聞いて、取り巻きの二人が吹き出すように笑った。雪がもう一度不満を投げかけても、窓際の三人は無視して聞こうとしなかった。顔を寄せ合い、とても陰湿な笑い声と潜めた会話を繰り返すだけ。

「くっそぉ。すっごい腹立つ!」

 どかっと椅子に座り直して腕組み。直接暴力を振るわれずとも、ああやって否定を突き立てられるのは苦しく、悔しいものがあった。私が犯した過ちの代償は親友や歩み寄ってくれた人までも巻き込んでいく。親友を気遣う一言も行動も、何一つできない自分が情けなくて、全身が軋むほど悔しかった。

「やめなさい」

 ふと、怒りが収まらない雪の頭へ、常盤さんが非常に優しい拳骨を振り下ろした。怒れる童顔が弱々しく顔をしかめる。どうして叩かれたのか分からずに困惑しているようだ。

「ぐはっ。な、何するのさ委員長っ」

「七倉さんには私からも後で言っておきます。でもね、ムキになって怒りに振り回されたら、神城さんだって身を滅ぼしちゃうかもしれないのよ。桜沢さんの言葉、忘れたの?」

 叩かれた頭をさすりながら、親友は首を捻る。

 七倉さんに対して私が言った言葉。もちろん、よく覚えている。

 顔を隠すようにうつむいてつぶやいた。

「自分の身を、自分で滅ぼすことになる」

 誰かを否定し続ける人は、やがて孤独になる。それは私自身がよく知っている。

 かつての私がしていた行動は、周囲の誰かが差し伸べた手を払いのけ、歩み寄ってくれた優しさを否定する行為だった。絶対に信用するものかと周囲を突き放し続けて、結局私は独りぼっちになった。自分の身を守るために起こした行動が、私自身を苦しめ、悩ませ、死すら望むほどまで追い込んでしまった。できるのなら、七倉さんに話を聞いてもらい、せめて大勢の前で否定する行為だけでもやめてほしい。私の尊厳を守るためではなく、七倉さん自身を守るために。

 しかし、もう七倉さんは私や雪の話を聞いてはくれないだろう。

 ならば――。

「言葉で分かってもらえないのなら、歌を歌うまでです」

 私と七倉さんの間に走る、深い亀裂。

 歩み寄るには危険で、言葉を交わすには遠すぎる。

 それなら私は、例大祭で最高の歌を奏で、生まれ変わった自分を訴えよう。やり直そうと歩み出した私には、背中を支えてくれる大切な縁がある。やり直した私に結ばれた、新しい絆の存在。その絆を力にして、七倉さんの心にも光を注いでみせよう。

 私は決して攻撃しない。

 変わった私を示すために、ただ、歌を奏でるだけ。

 顔を上げて、雪と常盤さんを硬く見つめる。

 二人は息を合わせて、笑顔でうなずいてくれた。

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