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短編小説

当たって砕けろ!

作者: 二見

 私には好きな先輩がいます。

 名前は杉村優一さん。高校二年生で、テニス部に所属しています。この頃急成長してきて、来年はインターハイを目指せるかもしれないと言われている有望株!

 私はマネージャーとしていつも先輩の練習風景や試合の様子を見ているんだけど、やっぱりテニスをやっている先輩はかっこいいな~。もちろん、それ以外の先輩も大好きだけどね。

 優しくて、かっこよくて、勉強もほどほどにできて、そしてストイックなところ。まだまだ好きな所はあって、正直箇条書きでは書けないほどあるのです。

 マネージャーとして時折先輩と話したりはするけど、親密な関係になるにはまだまだ時間がかかりそう。

 何でもいいから、先輩とお近づきになれる方法がないかなー、と日々模索中なのです。

 あ、申し遅れました。私は池田玲子。高校一年生でテニス部のマネージャーです。

 今日も大好きな優一先輩のテニスをしている姿を見てうっとりとしています。


「何だ、池田。俺の方をジロジロ見て」

「えっ!? いや、なんでもないんですっ」


 先輩に気づかれるほどじーっと見ていたらしい。いけないいけない。

 いや、好意に気づいてほしいんだけれども、何だか恥ずかしい。もーどうしたらいいのかわかんないよ~。




「玲子ー、帰ろうよ」


 部活終わりの後、校門の前で待っててくれていた友達の彩ちゃんと一緒に帰ります。


「はあ~、今日の先輩もかっこよかったなー」

「玲子、また先輩に見とれてたの?」

「当たり前だよ~。今日はとうとう私の視線に先輩が気づいてくれたんだー」

「そりゃ、じーっと見られたら気づくんじゃないの」

「そうなのかなあ……」


 でも、気づいてくれたという事実が嬉しいんだ、私。


「ああ、先輩とずっと一緒に居られたらなあー」

「その前に、まずは親密な仲にならなきゃね。プライベートで一緒に遊びに行ったこともないんでしょ? 今度の休みに誘ってみたら?」

「もうすぐ試合だし、先輩にそんな余裕ないよ。邪魔しちゃったら意味ないじゃん」

「ま、そりゃそっか。じゃあまたね、玲子」

「うん、またね」


 分かれ道についたところで、彩ちゃんと別れた。




 その夜、私はどうしたら先輩とずっと一緒にいられるのか、今月の占いを見てみることにした。


「えーっと、失敗を恐れずに勇気を出してみることが大切です。当たって砕けろ、の精神でいきましょう」


 砕けちゃったらダメなんだけど、まあそういう気持ちでいかなきゃ届かないってことだよね。


「よし、ちょっと緊張するけど明日からやってみよう!」


 そう、当たって砕けろ、の精神で!


==============================


 何か最近、後輩の態度がおかしいような気がする。

 積極的に話しかけてくることはともかく、急に近づいたりボディタッチが多かったりと、少し距離が近い。そういえば以前もジロジロ見られてたような気がするけど、何か関係があるのだろうか。


「なあ、お前最近距離近いけどどうしたんだ?」

「えっ、そうですかー? そんなことないですよぉ」


 甘ったるい声で答える後輩。こいつの名前は池田玲子。俺が所属するテニス部のマネージャーだ。

 今まではあんまり話したことはなかったんだけど、最近距離が近いから困っている。


「お前が何考えているのかはわからないけど、こんなに距離が近いと勘違いしてしまうぞ」

「えっ、勘違いしてくれるんですか!?」


 何故そこで目を光らせるのだろうか。


「そりゃお前、俺も健康な男子なんだし、そういうのを意識しないわけないじゃないか」

「……何か言い訳くさいですね、先輩」


 池田はニコニコしながらからかってくる。


「とにかく、もうすぐ試合もあるんだ。あんまり俺の精神を乱すようなことはしないでくれ」

「……はぁい」


 少ししょぼくれてしまった池田。ちょっと言い過ぎたかな。

 いやでも、あれくらい言っておかないとこっちも気が気じゃない。とはいえ、池田のことも気になる。試合が終わったら少し彼女と話してみよう。

 とりあえず、今は試合に集中したい。来年の夏で挑戦は最後なんだ。今度こそ俺はインターハイに行きたい。そのためにも、目の前の試合に勝つことは非常に大切だ。


「今日はもう少し練習していくか」


 俺はラケットを取り出し、適当な練習相手を見つけてラリーを行った。




「……はあ、疲れたな」


 今日も朝練でみっちりしごかれた。だが強くなるためには仕方ない。

 とはいえ、ここ最近は体の疲れがとれない。ハードな練習をしすぎたせいだろうか。


「……今日はコーチに頼んで軽めにしてもらうか」


 大事な試合の前に怪我をしてしまっては意味がない。自分の体を労わるのもスポーツマンの務めだ。

 俺は一階にある職員室へ向かうために、階段を降りようとした。そのとき、


「せんぱーい!」


 と、聞きなれた声が聞こえた。この声は池田だろう。


「何だ、池田……」


 返答をしようとした俺の体に、池田が背中側から抱き着こうとして俺にあたってきた。

 しかし抱き着く前の衝動で俺はバランスを崩し、正面から階段に落ちてしまった。


「えっ……」

「ぐっ……」


 驚愕する池田と、痛みでまともに思考が出来ない俺。あいつ、何してくれてんだ。


「ったく、お前いきなり……」


 そういって立ち上がろうとした俺は、ようやく気付いた。自分の足が変な方向に曲がっていることに。


「……えっ?」


 一瞬、何が何だかわからなかった。しかし、直後に走った激痛で足が折れたことを理解した。


「先輩!」


 不安と焦りが混ざったような形相で俺の元へとかけよってくる池田を尻目に、自分が置かれている状況を把握した俺はショックで意識を失った。




 次に目を覚ましたのは、病院のベッドの上だった。

 体を動かそうとしたら、痛みが体中に走る。あまりの激痛に涙が出るほどだ。


「目が覚めたの、優一!?」


 と、ずっと俺を看病していたであろう母さんが目に涙を浮かべながら話しかけてきた。


「母さん、ここは……」

「病院よ。あなたは階段から落ちて救急車で運ばれてここまできたの」


 何となく状況は理解できていた。しかし俺が知りたいのはそんなことじゃない。


「ねえ母さん。俺怪我したときのことはよく覚えていないんだけど、これって骨折だよね。どれくらいで治るの? 流石に今度の試合には間に合わないだろうけど、早く治してインターハイに備えないといけないんだ」

「……」


 母さんは何も答えない。


「母さん……?」

「優一、落ち着いて聞いてね」

「何だよ、そんな顔して」

「怪我自体は数か月で治るらしいの。けど、今までのように激しい運動をすることはできなくなる後遺症が残ってしまったのよ。治療が上手くいけば、軽いジョギング程度ならできるようにはなるけど、急な加速や減速を行うのはほぼ不可能だって」

「え……?」


 俺は耳を疑った。


「つまり、どういうこと?」

「……スローペースなテニスならできるかもしれないけど、公式試合のような下半身に負荷をかける動きはできなくなってしまうの。だからもう、優一が全力でテニスをやることは、もう……」


 母さんは涙と嗚咽でそれ以上声がでないようだった。

 その先の言葉は聞かなくてもわかる。要するに、俺は今後一生激しい運動が出来なくなってしまったのだ。インターハイには、当然出ることなどできない。

 だけど、そんなことをいきなり言われても実感がない。だって今日の朝まで、来年のインターハイのために必死で練習してきたのに。

 そう考えたら、目から涙がこぼれてきた。ぽつぽつと、まるで雨が降り始めたように。


「あ、あの……」


 と、そこで病室のドアが開かれ、聞きなれた声が聞こえてきた。しかしその声は俺が知っている声よりもはるかに弱弱しかった。


「……池田」

「せ、先輩、あの……」

「悪い、帰ってくれないか」


 池田が何かを喋ろうとしたが、俺はその言葉を遮った。

 俺にまったく非がないわけではないが、この怪我の原因は池田だ。彼女に悪気がないのはわかっている。けど、怪我の原因である人物とまともに話せるほど、俺は大人ではなかった。


「……す、すみませ……っ」


 彼女は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら病室から出て行った。

 どうすることもできないこの気持ちのやり場に、俺はもう一度涙を流した。




 次に目が覚めたときは、窓の外から明るい日差しが入り込んでいた。

 どうやら泣きながら寝落ちてしまったらしい。試しに体を動かしてみたが、相変わらず痛い。どうやらこれは夢ではなく現実のようだ。

 目を軽くこすってみると、涙で腫れたせいか少し痛い。一体どれだけ泣いたのだろう。


「……」


 これからどうすればいいのか、途方に暮れていると突然病室のドアがノックされた。


「……はい」


 俺が弱弱しく返答すると、ドアがそっと開かれた。そこにいたのは、今最も顔を見たくない少女だった。


「……先輩、おはようございます」

「……ああ」


 どうやって彼女に接したら良いのかわからない。俺の心の内は、言葉では説明できないほどに複雑になっている。


「……あ、あの、本当に申し訳ありませんでした。私、何といってお詫びしたらいいか……」


 昨日と同じく、目に涙を浮かべながら謝罪をする池田。彼女が必死に謝ろうとしているのは伝わってくるが、その言葉は俺の琴線に触れてしまった。


「お詫び? お前が一体何をしてくれるんだ」

「え……」

「お前が、この怪我を治してくれるとでも言うのか!!」


 子どもがわめくように大声を発した。突然の怒号に、びくっと身を震わせた池田。だが、彼女の心配などできなかった。


「け、怪我を治すことはできないけど、先輩の怪我が治るまで、私がお世話を……」


 怪我が治るまでお世話をする? お前が原因で怪我をしてしまった俺が、この世で一番会いたくもない奴から世話を受けなきゃならないのか?


「なあ、お前俺の怪我のことを知っているのか?」

「……いえ」

「この怪我が治ったとしても、もう以前のように激しい運動ができなくなっちまったんだってさ。笑えるだろ? つい昨日まで必死にインターハイ目指して練習してたのに、いきなりインターハイどころか今後一生全力で走ることができませんって言われたんだぜ。今までの日々は何だったんだよ。全てが水の泡になっちゃったよ。誰かさんのせいでなあ!!!」


 早口で、かついきなり声を大きくして彼女に対して嫌味を放つ。情緒不安定になっているのは自覚していたが、それを抑えることなどできなかった。


「うっ……」

「いいよな、お前は。泣けばそれで終わりなんだから。俺は今後ずっとこの怪我と付き合っていかなきゃなのに」

「……ひぐっ、ご、ごめんなさい……」

「わかったら、もう帰ってくれよ。いつまでも泣きじゃくってウザイんだよ、お前。もう二度と顔を見せないでくれ」

「……」


 彼女は一瞬絶望に満ちた表情を浮かべた後、嗚咽を漏らしながら出て行こうとした。


「……どうして、こんなことになっちまったんだろうな」


 出ていく彼女の背中に向かって呟く。池田は返答せずにそのまま立ち去った。




 翌日、昨日と同じように俺は目を覚ました。

 怪我をしてから二日経って、ようやくある程度冷静になることができた。それと同時に、昨日池田に酷いことを言ってしまったのを後悔する。


「……バカが。池田にあたったところで何も生み出さないのに」


 そんなことを考えていたそのとき、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。


「はい」


 ドアがノックされたので応答すると、昨日と同じように池田が姿を現した。


「……先輩、失礼します」

「……池田」


 正直、昨日以上に気まずかった。

 それと同時に、彼女の精神の強さに驚いた。

 昨日あんなに罵詈雑言を言ったのに、それでも健気に俺の病室に通い続けてくれる。その現実が、より俺に罪悪感を抱かせていた。


「池田、昨日はすまなかった。言い訳にしかならないけど、急激に現実が変わってしまったから精神が不安定になっていたんだ。一日経って冷静になって、自分が言った言葉の愚かさを自覚したよ。本当にすまなかった。なんて、謝ってもも許されないよな」


 俺は深く頭を下げた。


「……私のせいなのに、どうして先輩は私に謝ってくれるんですか……?」


 池田は信じられないといった表情で言う。


「だって、俺はお前を傷つけてしまったんだし、それに対して謝るのは当然だろ。だから、できれば許してくれると嬉しい」

「……うあああああんっ!」


 泣き叫びながら池田は俺に優しく抱き着いてきた。こいつも気を遣ってくれているんだな。


「もう、話してくれないかと、思った……。もう、先輩と話せないんじゃないかって、ぐすっ、昨日、ずっと考えてた……。だから、だからっ……」

「池田、本当にごめんな……」

「謝るのは、私のほうです……。だって、私が全部いけないんだから……」


 池田はひとしきり泣いた後、涙声で言った。


「私、一生償います。先輩にとっては迷惑かもしれないけど、でも、今後の人生全てを、先輩に捧げます」

「そんなこと、しなくていいよ」

「お願いします、先輩。どうか私に、ずっと一緒にいることを許してください」

「……わかった。こんな俺でいいんだったら」


 彼女の必死の願いを、俺は断ることが出来なかった。


「……ありがとう、ございます……っ」


 彼女の目からまた涙が流れる。


「まったく、お前どんだけ泣くんだよ」

「だって、だってえ……」


 涙声で何を言っているのかわからない。

 今まで通りに全部元通りというわけにはいかないかもしれないけど、これから少しずつ、彼女に対しての理解をしたり、怪我と向き合っていこう。彼女が傍にいてくれるなら、心強い。怪我でぽっかりと空いてしまった心の穴を、俺のために尽くしてくれる彼女が埋めてくれた。今俺が欲しかったのは、人のぬくもりだったのかもしれない。

 未だに泣いている池田をそっと抱きしめながら、俺もまた目から涙をこぼしていた。


==============================


「……ふふ。先輩、泣き疲れちゃったんだね」


 先輩はベッドですやすやと眠っている。その無垢な寝顔は、思わずキスをしたくなってしまうほどだ。

 私は先輩の顔にそっと触れた。


「……それにしても、占いって当たるんだね。本当に先輩とずっと一緒になれるとは思わなかった」


 私は以前に見た占い本を開いた。


「まさか、本当に()()()()()()()とは思わなかった……」


 あの時、先輩に抱き着こうとしたときに実は私はちょっと足を滑らせていた。そのせいで少し勢いがついて、先輩に当たった瞬間にバランスを崩して階段から落としてしまった。


「私が先輩に当たってバランスを崩して階段から落ちたことで、先輩の膝や足が砕けちゃったんだね。でも大丈夫ですよ、先輩。私はどんな先輩も大好きですから」


 テニスの試合で大活躍する先輩を見れなくなるのは残念だけど、それ以上に嬉しいことがあったから、まあOKかな。


「先輩、これからずっと一緒に居られますね……。もう誰にも渡さない。だって、先輩のお世話をする資格があるのは、私だけなんだもん……」


 私は先輩の唇にそっとキスをした。

 これからはずっと一緒にいましょうね。大好きです、私だけの先輩……。

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