08.魔術具
知らない単語が飛び交い、話しに着いていけないクディークにそっとフリッツが教えてくれた。
「クディーク様、魔術具ってご存知ですか?」
「いえ……魔法の道具ですか?」
「そうです。正確には魔術で作った道具ですが。それで今から魔力吸引する腕輪を作るみたいです」
「こんな道具もなにもなくて作れるんですね」
「それができるのは錬金術師だけです」
そういえばと、最初の自己紹介で錬金術師団に所属してるって聞いたなと思い出す。フリッツの反対隣にいるディーダは呆れながら、その錬金術師とやらの二人を眺め言った。
「こんなとこで作ろうと思うのはあいつらだけだよ。バカじゃねえの」
「ふふ、確かに」
つまり'普通の'錬金術師はやらないんだなとクディークはベルンハルト達を見つめた。
「そういえば、カルネ石ってなんですか? カルネってこの森の名前ですよね」
「カルネ石っていうのは……ええと、その前に魔石ってご存知ですか?」
「魔力が篭った石?」
「正解です。魔石には三種類あります。まず一つ目は属性魔力がこもってるもの。これは火属性や水属性とか色々種類がありますが、高位の魔獣や魔物しか持ってないんです」
魔獣はその属性を使って攻撃できるということか。ちなみにと火は赤色で水は青色という割とベタな法則も教えてもらった。
「専門外なので詳しくは知らないんですが、錬金術師は魔石を使って物を作れるんです。例えば火属性の魔石を剣に付属させ『炎の魔剣』になるよう術式を入れるとか」
「へえー! すごい! かっこいい!!」
「おや、女性で錬成術に食いつくのは珍しいですね」
「そうなんですか? できるできないは置いといて、自分で好きな武器に好きな属性つけれるの夢あって良いじゃないですか」
「ふふ、言われてみれば確かにそうですね。武器だけじゃなくて、腕輪とかアクセサリーも作れますよ」
「へえ〜〜〜」
「ふふ、錬成術のことはあとでベルンハルトに聞けば、色々教えてくれると思いますよ」
「わ、じゃあお暇そうなとき聞いてみます」
前世時に工作がすきだったクディークの知的好奇心が揺さぶられる。
(魔術がある時点でだいぶ夢あるのに、その上に自分で作れるなんて……どこまで自由度あるのかな、アクセの土台くらいなら魔力でグネグネ作れるんじゃないのかな〜)
想像を巡らすクディークを微笑ましく見守りながら、フリッツは肝心の部分に触れた。
「そして二つ目、魔力が入ってない『空の魔石』というものです」
「空の魔石?」
「低位の魔獣や魔物が持っているものです。使い道がないので俗にクズ魔石といいますね」
クズ魔石とはヒドい言われようだが、物理攻撃しかできないモンスターが持っているもののようだ。
「最後の一つが、周囲の魔素を吸って空の魔石を自生する洞窟で採れる、『カルネ石』というものです。クズ魔石と違って純度が違うみたいで、錬金術師ご用達の石だそうですよ」
つまり魔石には、属性魔力の魔石と使い道のないクズ魔石、そして洞窟で採れるカルネ石の三種類があるということか。
「ここがカルネ石が採掘できる洞窟がある森なので、略して【カルネの森】と我々は呼んでいます」
「なるほど〜フリッツ様ご丁寧にありがとうございます」
「お易い御用です」
フリッツ先生の授業が終わりお互い頭を下げ合う。
知識が増えたことも嬉しいが、フリッツとだいぶ打ち解けられたとこも喜ばしかった。
クディークがこの世界のことを知らない前提でいてくれるので、話がわかりやすく有り難い。
「クディーク様、ご興味があれば何なりとお申し付けください」
「女の子が食いついてくれるって新鮮だな〜」
ちょうど制作が終わったのか、二人が戻ってきた。
ユーリの台詞にどんだけ女子人気ないんだろうと思いながら、腕輪を受けとる。
「腕輪の裏側に魔力自動吸引の式を書いてあります。カルネ石の中に魔力が溜まるようにしました」
「わざわざありがとうございます」
「いえクディーク様のためなら」
「あはは……」
未だにベルンハルトからの大げさなうやうやしさに慣れない。
まるで主の為に働く忠臣のように、クディークの横に片膝ついて腕輪の説明をしている。
普通にしてほしい、せめて他の皆くらい砕けてほしい。なんて言えるタイミングではないのでそのまま説明を受ける。
「より効果が出やすいよう、装着の際は肌に密着してもらいたいです。あと、吸引しすぎて魔力枯渇しないよう止める式も入れてますが、もし具合が悪くなってきたらすぐ外してください」
「はい、わかりました」
クディが説明を受けていると、その後ろからユーリが誰に話しかけるわけでなく呟いた。
「魔力回復のポーションは作ったことあったけど、まさか吸引を作るとはって感じですね」
「ん? なんだお前知ってて言ったんじゃないのか?」
首だけ振り向き、キョトンとした顔で反応するベルハルト。
「罪人が魔術師だった場合、魔力吸引の手錠を使うから別に珍しいものではない。ただ、滅多に作るもんじゃないから、実際に見たことがあるのかと思ったが」
「へ〜そうだったん……いや見たこと無いですよ! 当たり前じゃないですか!!」
「くくっ、いや大丈夫だ。部下がどんな経歴でも俺は受け入れるぞ」
「更生していれば問題ないもんな」
「もー! ティーダさんまで!!」
わざとらしい態度でからかうベルンハルトにティーダも乗ってくる。もちろん更生していたとしても過去にそんなことがあれば、国の機関に勤められる訳が無い。という前提があるので笑える冗談になっているが。
これが若年者の運命とはいえ、ユーリはイジリがいあるもんなとクディークも密かに同意した。
(てかベルンハルト様ってば私の時とキャラ違いすぎないか……)
彼の素の部分を垣間みて、そりゃ皆驚くだろうなと、その点に関しても一人頷くクディークであった。
「おっとユーリを構ってる場合じゃないな。クディーク様、付け心地は……」
意地悪な笑みをコロリと裏返し、クディーク用に表情を代えるベルンハルトの目には、腕輪を肩まで上げたクディークがいた。
脇の下に挟まれた腕輪の厚みの分、腕が浮いている不格好さが果てしない。それを恥じる訳でなく真顔でつけている姿がけっこうなシュールさで、思わず四人は吹き出した。
「ブクク、クディーク様、そりゃねえんじゃねえの、ははっ」
「えっ? でも二の腕でもガバガバで……」
「ン"ンッ、でしたら足はどうでしょう」
笑うことを隠しもしないティーダをひと睨みしながら、手の甲で口元を抑えベルンハルトが提案した。
フリッツは肩を震わせ両手で顔面を隠している。この人は笑い上戸なんだなと冷静に観察しながらクディークは腕輪を外し、足に移動させた。
「え〜? そんなに面白い格好になってますかね」
「ふはっ、そーとー面白いですよ」
「ユーリ」
「あ、すいまっせん」
上司に舌をだしながら軽く謝るユーリ。
二人の茶番に慣れてきたクディークはスルーしながら「ベルンハルト様、これでいいですか?」とみせる。けっきょく膝上まで上がった魔術具を、羽織っていた布を押しのけ太ももごとさらけ出しながら。
「………そうですね、大丈夫なので足をお仕舞ください」
「あっなんか吸われてる気がします!」
「正常に動いてるみたいでよかったです。あ、もう見せなくていいです大丈夫です。はい、しまって、隠してください。直ちに」
「は〜い」
傷だらけだが驚く程白いその太ももは、その若さを象徴するようにきめ細かい。皮膚の薄い内股に指をはわせ、それを感じたくなるのが男の常だろう。
クディークの気のない返事から、なんの自覚も持ってないことがありありとわかる。神の子を不埒な目でみる罪悪感に悩まされる紳士な四人は自重して目線をそらし、お互い気まずそうに目を合わせため息を一つはいた。
すでに朝食を食べ終え、騎獣の問題もなくなったので出立の準備をするユーリとティーダが、ヒソヒソとなにやら相談し始めた。
「祝福子の方々って皆さんそうなんですかね」
「……こーゆーことに無頓着なんじゃねえの」
「言った方が良いですかね、街に行ってから困りますよね?」
「なんつーんだよ、危ないヤカラに危ない目線で見られるから辞めろつぅのか? ドン引きされるぞ」
「……」
そんな彼らの気苦労も知らないクディークは、黙々と片付けを手伝う。
昨日の晩、つまり皆と合流する前と同じく、身体強化で五感を研ぎすませていたら聞こえていただろうセクハラ発言であった。