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07.距離感

 翌朝クディークが目を覚ますと、ユーリが朝食の準備をしている最中だった。辺りを見回しても他の三人おらず、クディークは慌てて起き上がる。


「すみ、すみません! 寝過ぎました!!」

「おはようございます、クディーク様。まだ出来上がるのに時間があるので、もう少し寝てて大丈夫ですよ」

「おはようございます。手伝います」


 笑顔で二度寝を勧めてくるが、さすがにそこまで甘えられない。仕事を探そうと立ち上がりユーリの周りをウロつく。


 その様子が面白かったのかユーリはクスクス笑うと、呪文を唱えることもなく手の平から水球を生み出した。そのまま盥に流し入れクディークに渡す。


「おぉ、水の魔法……」

「よかったらこれで顔洗ってください」

「ありがとうございます」


 手ぬぐいも受けとり、準備の邪魔にならなそうなとこに持ってく。ユーリに背を向けながらパチャパチャと洗うと、盥の水がうっすら茶色に染まった。


(私どんだけ汚いんだろう……)


 ちょっとショックを受けながら、タオルを濡らしてついでに体も拭かせてもらう。ぬぐったところから面白いくらいに白くなっていく。

 手ぬぐいが文字通り泥々になったので、洗って返そう。クディークは盥の泥水を捨て、ユーリにもう一度水を出せないか頼んだ。


「はい、いいで……っうお!? クディーク様っ! 布、布はおってください!」

「えっ? ああ、すみません体拭く時に邪魔だったんで」

「……いえ、あまりその格好でウロつかないほうがいいかと」

「?? 気をつけます」


 再び澄んだ水を盥いっぱいにして渡すユーリの顔は若干赤い。盥の水をこぼさないことに集中していたクディークは、その様子には気づかなかったが。


 アトノスでは腹どころか、太ももや腕を不用意に晒す文化はない。いくら未成熟な体であったとしても、すでに成人と見なされる年齢のクディークのさらけ出した肌は目に毒だった。


(ふぅ、さっぱりした)


 五日前の雨で体を洗った以来だ。クディークは肌を隠すよう布を巻き直し、手ぬぐいと盥を返す。


「あの、皆さんはどちらに……?」

「ん? あぁ騎獣を呼びに行ってます。もうすぐ戻ってくると思いますよ。……あ、すみません、どもです」


 スープをよそっていたユーリをさりげなく手伝うと、だいぶ砕けた礼を言われた。

 もしかしたら種族によって祝福子への印象は違うのだろうか。


 龍人族のベルンハルトは神が神だしこちらを敬うのは分かる。エルフ族のフリッツはおそらく元からああいった態度なのだろう。獣人族のティーダにいたっては雰囲気にのまれ様呼びしてるが、おそらくクディークを敬うことにピンときていない様子だった。


 歴史書が彼らの国にあるならば、祝福子は人族の間ではそれなりに根付いた存在かもしれない。

 だがユーリは油断すると、クディークを普通の少女として扱ってくるのが見て取れる。ティーダ同様に祝福子という存在に戸惑っているのだろうなと察した。


 無条件に敬われることに慣れてないクディークは、どこかのタイミングでタメ(ぐち)にしてもらおうと思いながら、会話を続ける。


「騎獣?」

「あ、えーと、空を飛ぶ時に乗る生き物です」

「えっ!? すごい!!」


 クディークの素直な反応が面白かったのか、目を細めるユーリ。


「ヌーフォンに空を飛ぶ生き物はいなかったのですか?」

「いえ、いましたが人が乗れるような大きさではなかったです。空を飛ぶときは乗り物を利用しました」

「へぇ、そちらのほうがすごい気がしますが」

「ですかね。でも魔法があるなら作れるんじゃないですか?」

「いやそこまで万能じゃないですよ。あ、でも魔術国では飛行船ってゆーの開発してるとか噂ありますけどね」

「魔術国? めっちゃカッコいい響きっすね」

「ふはっ、そっちですか?」


 だいぶリラックスして話せるようになり、クディークはこのタイミングだと切り出した。


「あ、あの、ユーリ様、私の方が年下なので普通に喋ってください。敬語いらないです」

「いやいやいや無理無理無理。ていうかクディーク様こそですよ。ボクなんかに様つけないで下さい」

「それこそ無理です。ユーリ様も命の恩人ですから」

「ええ〜恩人……っていうほど何もしてないですよ。そういうのはベルだんちょ……ベルンハルトさんだけでいいと思います」

「……ユーリ様が普通にしてくださったら、私も普通にします」


 お互い譲れず意固地なやりとりが続く。

 ユーリが唸りながら拳で額を抑える様をみて、思ったよりも自分の立場が高いのかとクディークは思った。にしてはフランクすぎだが。


 もしこの国が熱心な信仰心を持って、クソトカゲを崇める等する文化がなかった場合、突然神の子が来たらこうやって身の振り方に戸惑うかもしれない。


(私だって現代日本にいた時に、突然ブッダやキリストの子供が現れたら……)


 そこまで考えて、まず神が確実に存在するという土台が違う為、それすら上手く想像つかないクディであった。だがこの考えに近しいのかもしれない。

 立場がすごい偉いけど普通の子供と話していたら、無意識に砕けた態度になるだろう。


 信仰心が特になければ神の子だってその人にとってたいした役職ではない。それに気づいたクディはユーリをもう一押し試みた。


「わかりました、じゃあ様呼びやめましょう。私もユーリさんって呼びます」

「……クディークさん? いや、ベル団長に怒られ……」

「クディークって長いんでクディでいいです。あと私何歳に見えます? 『さん』て呼ばれる年じゃなくないですか?」


 戸惑うユーリに質問を畳み掛け、自分のペースに持ち込もうとするクディーク。隣に座るユーリがちらりと目線を向け上下させると、また唸りだす。


「うーん、15歳くらいかなぁ……」

「ユーリさん20歳越えてますよね? 20越えた人が15歳の子供をさん呼びってどうなのかな〜?」


 実際の精神年齢はユーリよりだいぶ上だ。

 クディークはちゃっかり見た目年齢で押し通すつもりらしい。


「言いくるめようとしてません!?」

「ふはっ」

「ほら笑ってる! からかわないでください!」

「あははっ」


 久しぶりに声を出して笑えた気がする。

 そんな表情に、目を丸くしたあと嬉しそうにユーリは微笑んだ。


「ずいぶん仲良くなりましたね」

「あ、フリッツさん」


 声をかけてきたフリッツを先頭に、皆が戻って来た。だが周りにはその騎獣とやらは見当たらない。


 三人が昨日と同じ場所に座りこみ、ユーリがどうしたのかと尋ねるが何やら言いにくそうな面持ちだった。

 言いよどむ面々を訝しげに伺いながらも、二人は朝食を渡していく。

 途中、なんでクディーク様にやらせてんだという視線をベルンハルトからの受け、居心地悪そうにするユーリだった。


 誰かが言い出してくれるのをスープにパンを浸しながら待っていると、ベルンハルトが重たい口をひらく。


「フリッツとティーダの騎獣たちが隠れて出て来ない。だから俺とクディーク様で先に行く」

「先に……? ていうかなんで隠れてるんですか? いつもみたいにそこら辺で自由にブラつかせてるんですよね?」

「……」


 口内を身体強化して一心不乱に固いパンをボリボリかじるクディークを横目に、ベルンハルトが言おうか言わまいか黙り込んだ。


「なんすかなんすか、怖いから早く言ってください」


 もし騎獣になにかあったらここから街まで何日かかるだろう。今なお溜まり続ける仕事の量にゾッとするユーリは、上司や他の二人に口を開けとせかす。


「クディーク様」

「ふぁい」

「お、おいフリッツ」


 せかされ覚悟を決めたのはフリッツだったが、思わずベルンハルトが止めようとする。

 クディークは自分には関係ないのかと話半分で耳をかたむけるだけだったので、突然ふられ口いっぱいにパンを詰め込んだまま返事をした。


「今は時間差で行けばいいかもしれませんが、街についてからどうするんですか? 一般人はおそらく耐えられないと思いますよ」

「ぐっ……そ、それはそうだが……」


 いやでも、と躊躇う男を無視し、再びフリッツがクディークに向き直る。


「クディーク様、大変申し訳ないんですが、まだ魔力が体外から漏れでてるようです。騎獣が怯えて隠れてしまうので対処いただけますでしょうか……?」

「えっ!? また私のせいですか!?!? ほんとごめんなさい!!!」

「フリッツ! だから言ったろうクディーク様が気に病まれるからって!」

「おいベル〜、クディーク様にやってもらわねえと、どうにもなんねえんだからしょうがないだろ」

「しかしクディーク様は今だって努力なさってるのに……!」


 聖人君子よ、そこまで私を庇わなくていい。


「すみません……うまくできなくて……」

「こちらこそすみません。ただこればっかりは我々もどうにもできないので……」


(だから出してる気もしないものをどうやってしまえばいいんだろう……)


 そう落ち込むクディークだが、スープを飲む手は止めないのでさして傷ついてないんだろうなとユーリは察した。

 この森を20日も生き抜いた図太さと、さっきの会話で割と茶目っ気を感じた。ある程度無礼を働いても怒られないだろうと考え、ベル団長にとある提案をした。


「ベル団長、魔力を吸い込む魔術具とか作ったらどうです? 昨日カルネ石とってきたし出来るんじゃないスか?」

「む、なるほど……たしかに」

「ボクのこの守護の腕輪の石と差し替えて術式変えれば、ね、すぐ作れますよ」


 右腕につけていた太目の腕輪を抜いてベルンハルトに差し出し、鞄から形が不揃いな透明の鉱石を取り出した。

 ホラと渡されたものを受けとるが、難しい顔はそのままだった。


「いやしかし、吸われ過ぎたら魔力枯渇になって逆に危ないんじゃ?」

「それは……クディーク様が具合悪くなってきた気がしてきたら外して貰うとか」

「お前の雑さをクディーク様にやらせようとするな!」

「えー!? でもこれが一番手っ取り早いですよ! あとで魔力操作ゆっくり練習すればいいんだし」

「……」

「早く戻ってクディーク様のこと城の人に言わなきゃですよね? じゃあホラ書き込む術式どうします?」

「あ、ああ……」


 さっさと帰って貯まってる仕事をしたいユーリ。珍しく気圧されるベルンハルトは流され気味に鉱石を受け取り、魔術具の制作にかかったのであった。




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