06.祝福子
『祝福子』それは神の楽園【ヌーフォン】に住まう神の子たちが、地上【アトノス大陸】に舞い降る時に器になった者たちのことを指す。
神である【ヨヒーミャ様】に見初められるに相応しい能力と身体を備え、汚れなき若き個体であるアトノスの子が魂を失ったとき、ヌーフォンからの御使いを受け入れるという。
神から力を授かり祝福された証として、髪と瞳が神の色に変化すれば、神のご計画を成就させ、その地に幸福をもたらすだろう。
「———というのが、この大陸に300年前から伝わる祝福子様にまつわる伝説です。今まで身近な存在ではなかった為、不勉強で申し訳ありません。詳しくは歴史書を読んで戴ければと思います」
「なるほど……」
ベルンハルトから聖書の一章節を切り抜いたような現実味のない話を聞かされ、クディークは曖昧に頷くしかできなかった。
ただ、その設定を作った人はきっとラーメ○ズが好きなんだろうなと一番最初に思った。
(つまりクソトカゲが選んだ死体に、転生を望んだ地球人がブチこまれるのは珍しくない事象ってことか……)
身も蓋もない解釈だが、それが正解だった。
歴史書にある詳細を読まずとも、己の身に起きたことと照らし合わせればたどり着く答えだ。
(元の人物をを育ててきた親御さんたちは複雑だろうなぁ。一回死んだと思ったら、突然全く知らん人にすげ変わるんだもん。……いやでも祝福ってくらいだから、器に選ばれることが有り難いって思考になってるのかもな)
クディークには関係ない話しだったが、他の転生者の場合を考えれるくらいには、脳に栄養が戻ってきたらしい。
(てかあのクソトカゲってマジで神様だったのか……フェイクかと思ってたけど……。いや? 今の話しだと神の姿について触れてないな)
どうしてもあのドラゴンを神と認めたくないクディークは、神の姿は知っているのかベルンハルトに尋ねた。
「漆黒の鱗と金の目を持った龍だと聞いてます」
「あぁ……やっぱり……」
「なんと、本当だったのですね! この国のほとんどの者が祝福子様と関わったことがないので、神の御姿については歴史書の文言か、流れてくる噂話くらいの情報だったので……」
少し嬉しそうに話すベルンハルトから、やはり同種であることに歓びを感じるらしい。クディークの絶望顔に気づいていないようだが。
たき火を囲う五人のぎこちなさは、徐々にではあったがほどけてくる。主にベルンハルトしか喋ってないが、時たまフリッツが説明の補足をしていた。
ただ四人全員がこちらを見ようともせず俯いている。たまにクディークをチラリとみても、すぐたき火に視線を戻してしまう。
(さっきまであんなに凝視してきたのになんだろう……この格好が悪いのか……?)
ふと自身に目線を落とすと、確かに隠されてる面積は少ないが、露出狂と言われるほどではない。日本だったらタンクトップにショートパンツのような一般的な服と同じだ。いや、腹がでてるから一般的ではないが。
だからさっき、やたらと上着羽織らせようとしてきたのかと答えが繋がった。
汚れるし臭いだろうから借りるのが申し訳なくて、全力で拒否して悪いことしたなと反省する。
泥水を啜り木の実を齧って生きてきた獣のような自分が、女であることをすっかり忘れていた。今も思いっきり男性陣のようにあぐらかいてるし。
しかしこのささやかな凹凸の体で、さすがに目のやり場に困るとは思えなかった。
(古傷が痛ましいのかな……)
やっぱり上着を借してとは今更いえないので、寒くなってきたから大きな布を貸してもらえないかとクディークが言うと、待ってましたとばかりに渡された。
全身を覆うように布をまくと、ようやく男性陣はこちらに視線を向けるようになった。やっぱりそうだったのか、ごめんな。
気を取り直したフリッツは、クディークの目を見ながら問いかける。
「それではクディーク様のことを教えていただけますでしょうか……」
「はい、ええと何から話せばいいのか……」
おそらく祝福子には細かい設定があるはずだと、この場での立ち回り方に考えを巡らせるクディーク。
多分あのクソトカゲのことだ、転生者を気遣うものを用意してくれてる訳が無い。己に降りかかった不幸から察することも容易い。
だとすれば過去の転生者が、未来の転生者の為に作ってくれたもののはず。その全貌が計り知れない今、余計なことに触れて齟齬を生んではいけない。
(それにしても設定重くない? 確かに神の御使い的立場だけど別に神の子じゃないし……現人神ってことか? そもそもクソトカゲの計画ってなんだ? おつかい程度のことは言われたが……。そもそも幸福ってなんだよ責任重大か)
つっこみ所が多い歴史書の設定だが、今はこの場を切り抜けることが先決だ。クディークは気を取り直し、祖先の好意をムダにしないよう、注意を払いながらここに来てからの話しをした。
神に遣わされ地上の器に舞い降りたのはいいが、起きたらこの森の中だったこと。
手を縛られてた痕から、人さらいにあってた途中だと察したこと。
森の出口が分からなければ動物すらいなくて木の実しか食べれなかったこと。
あまりにも空腹だったから何かの幼虫を食べたけど意外といけたこと。泥水も慣れたら平気だったこと。
最後に肉の匂いを感じてベルンハルト達を見つけたことを告げた。
獣同然に暮らしてきたクディークの20日間なぞ、何を食べたかくらいしかなかった。
それから自分が祝福子ということを知らなかったのは、おそらく神もそういう扱いになっていることを知らないからだと推測も付けたした。
「……大変だったんですね」
全てを聞き終えた彼らの反応は絶句の一言だった。ようやく出た感想もベルンハルトの一セリフだけで。
ちなみに泥水と虫のところは普通に全員ドン引きしてた。
途中、クディークがその引きっぷりに気づき、虫を食べる習慣はないのか訪ねると「え、ないです……」と正気を疑われるような目で見られた。
日本ではさすがに生じゃないがイナゴを食べるし、テレビでアフリカ方面に行ったタレントが何かの幼虫食べていたから、ここでもその文化があると思っていたが。
とはいえ虫を食べるほど、困窮した生活レベルじゃないのはありがたい。水は透明だろうか。内臓を身体強化しながらジャリジャリの泥水飲まずにすむだろうか。森を出てからに期待が膨らむ。
「……ちなみに何でクディーク様はそんなボロボロだったんだ?」
ティーダは久しぶりに、というかツッコミ以外で初めて口を開いた。
目の前の少女が哀れすぎて警戒心が相当薄れたお陰だろう。
「あ、これは自分でやりました」
「は?」
質問者以外も声を出して聞き返す。
「皆さんが食べてたお肉をわけてもらおうと思ったんですけど、ボロボロになってより同情を買えるようにワザと木の枝でやりました」
こんな風にとクディークがジェスチャーで自傷したときの様子を伝えると、右隣に座っていたベルンハルトがその手をつかんできた。
「……もう、もう大丈夫ですよ。クディーク様……。街に帰ったら美味しいご飯いっぱい食べましょうね……」
涙目になるほどかね。
ベルンハルトは紫の瞳にうっすら涙を浮かべながらクディークを励ました。いい歳こいた男性の涙なんて前世でもなかなかお目にかからなかったものに動揺して、思わず視線が泳ぐと、残りの三人は目元を手で拭ってた。そんなにか。
葬式のような雰囲気を作り出してしまって、申し訳ないなと感じたクディークは話題をそらす。
「あ、あの〜、そ、それで皆様は、こちらの森に何しにいらしたんですか?」
クディークの手の甲を額に押し付けうずくまっていたベルンハルトに問いかけると、ハッとした様子で顔をあげた。涙目どころか涙たれてた。
気を持ち直した四人から事情を聞くと、クディークは私のせいじゃんと真顔で固まった。
「……つまり私をここにお導きになった我が主のせいでしたか」
お得意のドラゴン責任。
なんの躊躇いもない。部下の責任は上司にある。だが社内のミスは現場にいるクディークのミスとして、謝れる者が頭を下げるしかない。
「ご迷惑をおかけして大変申し訳ない。主が不在の為、代わって私が謝罪いたしますので、何卒お許しを」
何度目になるかも分からないクディークの土下座に、男達は慌てる。
神がしたことをその御使いが謝るなんて聞いたことない。
「いえ、とんでもないです。こちらこそヌーフォンの方がこちらにいらしてると気づかず失礼いたしました」
「しかし皆様の街にご迷惑をおかけしたのは事実で———」
「至高なる方々の行為に———」
何度かのラリーを経て、両者の謝り合戦は終結した。
大まかな疑問もなくなり、とりあえず夜が開けるまで時間があるので、それまで睡眠をとろうとなる。
周りに何も寄ってこないが念のため火の番は男達でするので、気にせず寝るようにと言われたクディーク。
正直こっちにきてからまともに熟睡した記憶がないので、お言葉に甘えお礼を言う。
そして深々とお辞儀をし、木に登ろうとしたら止められた。
「クディーク様、どこでご就寝なさる気ですか」
「えっ木のほうが安全じゃないんですか」
「……我々がいますので、安心して下でお眠りください」
「ありがとうございます……!」
サバイバル生活がようやく終わったと感慨深くなったクディークは、久しぶりに平らになって寝れると喜んだ。
(そういえばベルンハルト様だけ、やけに謙ってくるけど何か理由でもあるのかな……まあ明日きけばいいや)
木の幹に寄りかかって睡眠をとってきたクディーク。
初めてアトノスの夜空を見上げながら、深い眠りに落ちた。