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05.特別でもないスープ

「……終わりました。生傷は塞がりましたが、古傷は消せませんでした……。おいたわしいお姿のままで申し訳ないですが、城にいる高位の魔術師であれば治せるかと……」

「いえ、傷や捻挫を治して頂いただけで十分です。ありがとうございました」


 よく分からない単語は自然と耳をスルーする癖がついたクディークは『城に連れて行く気がある』というフレーズには全く気づかず、軽くなった体を素直に喜ぶだけだった。

 その笑顔からようやくぎこちなさが消えていることがわかると、ベルンハルトも安心したのか、素直に笑みを零した。

 彼の慈しむような笑顔を見たクディークは一瞬驚いたあと、ちゃんと笑える人なんじゃんと安堵した。


 ニコニコと自然に笑えるコツを掴んだベルンハルトは、意気揚々と夕飯の残りのスープを振る舞おうと準備し始める。

 その様子に天変地異でも起こるんじゃないかと恐怖に怯える三人は、ヒソヒソ喋りながら隅による。


「フリッツさん、なんでベル団長あんなご機嫌なんですか?」

「そりゃクディーク様がシュクフクジだからですよ」

「なんか関係あんのか?」

「私も詳しくは知りませんが、種族的な問題だと思います」

「ボクだんだんクディーク様より、ベル団長のほうが怖くなってきました」

「安心しろ、俺もだ」


 ベルンハルトはコソコソ相談する三人に気づいてないのか無視してるのか。そちらに一瞥もくれること無く桜子に温めなおしたスープを渡した。


「胃に優しいものがこの場にないので、スープしかお出しできず申し訳ございません」

「あっいや、そうですよね、いきなり肉は。……いえありがとうございます。頂戴します」


 胃を身体強化すれば肉でもなんでも食べれるが、さすがに今から焼いてくれとは言えず素直に受けとる。

 コンソメスープだろうか、細か目に切りそろえられた野菜が浮かんでいる。その均等さから作り手の几帳面さが伝わった。


 肉を求めてきたはずが、こんな丁寧に調理したものを口にできるなんて。

 恐る恐るスプーンで琥珀色のスープを掬う。四人の男達に凝視されながら食べる居心地の悪さはとんでもないが、それよりもようやくマトモな食事にありつける感動のほうが大きかった。


 一口、また一口。ゆっくりその温かさを確認するように。

 さらに一口、塩分と野菜の出汁の刺激を舌に這わせるように。


「……うぅっ、グス」

「シュクフクジ様……」


 だからなぜ自分がシュクフクジと呼ばれるのか未だに分からない。しかし餓えに苦しむクディークを哀れむイントネーションだということは分かった。

 だがそんなことを気にするより、この食事のありがたみに自然と涙があふれ、それを拭うよりスープを口に運ぶ手を一秒たりとも止めたくなった。


 もしかしたら飽食の国から来たクディークへの思し召しだったのかもしれない。食べれない辛さ、そして食べられるありがたみを神は伝えたかったはず。

 たぶん絶対違うけどもうそういうことにしとこう。

 じゃないと許せない、あのクソトカゲを一生ではないにしろ当分恨むことになるだろうから。


「……んくっ、ぷは……ごちそうさまでした」

「もっと召し上がりますか?」

「いえ、胃が小さくなってるみたいでもう…」


 最後の数口は器を両手で包み、食道に流し込んだ。

 こちらにきてからの初めての満腹感に、幸せでいっぱい。スープ一杯とはいえ、器がどんぶりだったから腹がタプンタプンである。クディークの腹に住まう猛獣も、満足したのかなりをひそめた。


 それならよかったですと微笑むベルンハルトに、クディークはこの森を抜ける方角を尋ねた。

 なぜそんなことをと戸惑いながらも、桜子の唐突な質問にも丁寧に答える。


「ええと……、こちらの方角に二時間すすめば馬車が通れる程度の道にでれますので、それに沿って右に三時間進めば森を出れます」

「なるほど、ありがとうございます。ちなみにベルンハルト様方はその街にお住まいですか?」

「はい……そうですが……」


 道順を脳に刻むように納得しながら頷くクディーク。

 傷も癒えたし満腹にもなった。これなら身体強化で暗視能力を上げ、不眠で行軍すれば明日の朝にはでれるかもしれない。


 とにかく一刻も早くトラウマまみれの森からでたい。

 後日お金が稼げるようになってからお礼をすればいい。職場を訪ねれば会えるだろう。


(街に出たらクソトカゲが言ってた場所を誰かから聞いて……。いや、こんな不審者に道を教えてくれるか普通。ベルンハルト様のような聖人君子が街にホイホイいるか?)


 う〜ん、と悩む桜子にまさか一人で森を抜けようとしてるのか、という疑惑の目を向ける男達。だが実際に行くと口にするまで何も言えなかった。

 あり得なさすぎて、自分の考えが突飛すぎると分かっていたからだった。


「……分かった! 門番! 街に出入り口に守衛とかいますか?」

「い、いますが……」

「じゃあその人に聞けば……さすがに不審者とは言え答えてくれるだろう……いや逆に捕まるのか? いやもうそのまま捕まった方がいいのか……牢屋のほうが絶対いまよりマシ……」


 ぶつぶつ呟きながら立ち上がり、不穏な単語を並べるクディーク。

 そして嫌な予感が当たる気配しかしなかった男達は中腰に構える。顔面蒼白しながら次に彼女が言うセリフを待った。


「じゃあ行きます。お世話になりました。このご恩は後日お返しますので」

「「「「ちょっと待った!!!!!」」」」

「えっ?」


 深々と礼をしたクディークは、まさか止められるとは微塵にも思っていなかったかのごとく驚いた。予想通りだったことに驚く男達に比べたら小さなリアクションだったが。


 クディークは行く手を阻むように立ちふさがる男達に囲まれる。


(で、でけ〜〜……)


 なぜ止められるかという思いより、引く程の圧を感じる長身にビビる方が大きかった。

 彼らは無意識に重圧を与えながら口々にクディークを引き止める。


「バカかよ!!!」

「何を考えてらっしゃるんですか!?」

「危なすぎでしょう!!」

「普通ボクたちと一緒に行くと思うでしょ!?」


 獣人騎士のバカ発言を、言いすぎだと注意する者が居ないほど全員慌てていた。

 なぜこんなに怒られるかも分からないクディークは、まあまあ落ち着いてとジェスチャーしながらしどろもどろに聞き返した。


「え、え〜と、私は皆様と一緒に街へ戻る許可を……頂けるんでしょうか?」

「「「「当たり前だ!!!!」」」」


 種族がバラバラな彼らが、こんなに息が合うなんてきっと昔からの付き合いなのかもしれないなぁと、クディークは堪え難い重圧からの現実逃避するしかでなかった。


 再びたき火を囲うように座る面々は、お互い聞きたいことがありすぎて、何から言えばいいのか分からない様子で黙っている。


 そして最初に意を決したのはベルンハルトだった。


「あの、貴方はシュクフクジ様でしょうか?」

「……質問に質問で返すのは大変恐縮なんですが、シュクフクジとは何でしょうか?」

「えっ?」

「えっ?」


 妥当な質問から道を切り開いたと、男達全員は思っていたのにいきなり頓挫してしまった。


「で、では……そこから説明します……」

「はい……ほんとすみません……」


 今夜は長くなると全員が覚悟した瞬間だった。

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