04.認識
他の三人もこちらを探るようにおずおずと立ち上がると、桜子の方に歩み寄った。
黒髪の君と長髪の騎士は桜子の正面、大柄の騎士と赤毛の青年は少し下がった位置の左右に、それぞれ腰を下ろした。
桜子は彼らの顔をハッキリみようと、それまで暖簾のように視界を阻んだ前髪をかき分けた。
「金の瞳……!」
その瞬間、目の前の人物たちが息をのむのが分かった。
黒髪の君と長髪の騎士はお互い目を合わせ、やはりといった面持ちで頷き合う。残りの二人も信じられないものを目の当たりしたように桜子を凝視した。
目の前の彼が黒髪だからそれは普通かもしれないが、金の瞳は珍しいのかもしれない。たしかに彼らの瞳は寒色系だった。
しかし向こうが驚くように、桜子も目を見開いて正面の男性らを確かめた。
(長髪の騎士は耳が長い……てことはエルフか。あと大柄の騎士は狼だ。見間違いかと思ってたけどマジでケモだった……めっちゃモフい。獣人ってやつかな。それに黒髪の君にはツノが、まるで龍のような。赤髪くんは普通に人間かな。種族のバーゲンセールで逆に浮いてるよ)
多種多様な姿形に目が移るが、やはり見覚えのあるツノに目がいってしまう。黒髪の君にはクソトカゲに似たツノが生えていた。
額の生え際からのびるそれは根元は太く、先が尖るように長細く後方を目指していた。
少し節ばった層が等間隔に広がり、年輪のようなものかと察することができる。うねるように若干曲がった中腹には、キラキラと光るアクセサリーがついていた。ピアス的な役割のものだろうか。
穴があくほどそのツノを見つめ続けると、桜子の熱視線を遮るように手を添えた。
「龍人族に会ったのは初めてでしょうか」
不躾な視線で神の怒りを買ったかもしれないと焦った桜子は、コクコクと頷くとすみませんと小さく謝った。
「いや、凝視したのは我々も同じです。何分シュクフクジ様にお会いするのは初めてでして……」
知らない単語が出てきたことも疑問だったが、それよりも突然黒髪の君の態度が変化したことに桜子は驚いた。ちょっと照れているらしく、そわそわした様子が伝わってきた。
顔を見てようやく桜子という考える葦が、本当の人間だと気づいたからかもしれない。
彼はおそらく笑顔を作ろうと努力しているんだろう、顔面の筋肉が痙攣してるのが分かる。
違和感のある表情からやり慣れてないんだろうなと察する他、周りの反応からもそれが見てとれた。
黒髪の君の態度がよっぽど珍しいらしく、赤毛の青年と獣人騎士は桜子を見たとき以上に目を見開き驚いている。彼のすぐ隣にいたエルフ騎士は、下を俯き小刻みに震えていた。無害な優しそうな人だと思ってたが、この状況で笑えるほど大物なのだろう。
気まずそうにエルフを見るが特に触れることなく痙攣する笑顔を正し、胸の前に手をかざした黒髪の君。
「申し遅れましたが、私シャルドン王国錬金術師団団長のベルンハルト・エルツェと申します。ぜひベルとお呼び下さい」
そういえば自己紹介もしてなかったなと桜子も気づいた。
ベルンハルトに続いて全員が名乗り終わると、それを頭に叩き込む。
(え〜と黒髪の君が、ベルンハルト様。エルフの騎士がフリッツ様。赤毛の青年がユーリ様。獣人の騎士がティーダ様……。名札つけてくんないかな……)
桜子も名乗ると案の定、頸城の方を名前ととられた。ただ桜子的には良い年した男性に、初っぱなから桜子と呼ばれることに抵抗があるので否定もしないが。ぶっちゃけこっちも彼らを名字で呼びたかった。ベルて。
しかし彼らは頸城の発音が上手く出来ず、色々転じてクディークと相成った。
男性のファーストネームみたいだなと思ったが、ユーリも同じことを小声で言ってたので、その感覚は似ているのだと知る。
ちなみに呼び捨てで構わないと強めに申し出されたが、命の恩人にそのようなことは出来ないとこちらこも強めに拒否すると、居心地悪そうにではあるが納得してもらった。
自己紹介がすんだところで「では」と切り出し、ベルンハルトが手の平をかざした。
「治療させて頂きます。あまり治療魔術が得意ではないのですが、この場で施せるのが私がしかおりませんのでご了承ください」
「は、はい。お願いします」
得意も不得意も分からないけど、とにかく今は身を任せて鳴り続ける腹の声を抑えるのが先決だ。
この第一関門を突破してから飯を賜ろう。ついでに森の出口の道も教わろう。ホントは連れて行って欲しいがそこまで甘えたら悪いし。
などと今後の計画を立てていると、ベルンハルトがこちらに手を差し出して来た。
「……ヒッ!」
「っすみません……私が未熟者のため、触れながら処置をしないと治療ができないんです」
神とはいえ人間の姿をした彼に、深層ではまだ警戒心がとけていなかったのだろう。思わず怯んで身を引いてしまった。そんなクディークに対して、ベルンハルトは早口で言い訳した。
神に気を遣わせてしまったと焦り、クディークは慌てて頭を下げる。
「も、申し訳ございません。私のような不浄の存在をあなた様に触れさすことが大罪だと感じ、思わず身を捩ってしまいました」
お許し下さいと、咄嗟に思いついた言い訳をツラツラ並べ額を地面に擦り付け謝った。
言っている意味は半分以上理解できなかったが、とにかく自分に謝ってることは分かったベルンハルトは、慌てた様子で傷だらけの細肩を掴もうとする。
しかし一度拒否された身、そんな自分が触れていいのかと手を彷徨わせるしかなった。
(なんだこれは……)
謝り合う二人以外の全員が思った。
この国で地面に擦り付けるほど頭を下げて謝る人は見たこと無かったが、ベルンハルトがこれほど戸惑い慌てる様も見たこともない。
あまりのショッキング映像に固まるしかできなかった三人。しかしこのままでは話しが進まないと気づいたフリッツが、クディークたちの間に割り入り謝罪合戦を止めた。
「ベルンハルト、とりあえず治療を優先しましょう。そしてそのあと好きなだけ謝ってください」
「ハッ! そうだな、すまんフリッツ。えー…クディーク様、よろしいでしょうか」
「は、はい、お願いします」
「皮膚裂傷及び出血分の血液を補え【初級治癒】発動」
傷の上に手を置かれると、ベルンハルトの魔力が流れ込んでくるのが分かった。自分の中で魔力を展開することはできるが、放出する術を知らないクディーク。新たな感覚に思わず関心してしまった。
(おお、仄かにあったかい……。私にもできるようになるのかな)
体内に留めておくことすらままならない自分の魔力を、果たして扱えるようになるのかという心配をしながら、徐々に傷が塞がっているのをボーッと眺めていた。
自分の体に慎重に触れるベルンハルトの手が、緊張で震えてることも気づかずに。