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03.神と和解した

 桜子の意識が浮かび上がると、挫いた足首は重みをもった鈍痛を訴え、やけくそで自傷した痕からは熱を持ちヒリヒリと刺すような痛みが伝わってくる。


 全身が重い。もう死ぬ。ていうか死んでる。きっと前世に体験した死ぬ前と同じだ。全然記憶ないけど。

 ありえない、バカか自分は。腹を空かせすぎて狂ったとしか考えられない。

 そう、今みたいに鳴り響く腹の虫がおさまらないから、この虫が私を狂わせたから……。


(ん? 腹が鳴る!?)


 まだ動いてる腸内に驚くと、慌てて上体を起こした。


「生きてる!!?……ってて」


 弾ませるように上半身に鞭を打つと、全身から痛みが伝わってきた。

 この身体強化のおかげか、一晩寝ると大体の傷は治っていた。さすがに痕は消えないから体中痛々しいことになってるが。


(ということは、あれから一晩たってないのか)


 気絶する前の状況の記憶を辿ると、あのときの四人のことを思い出した。


「……ヒッ」


 おもむろに右を向くと自分が寝ていた場所から、たき火を挟んで向こう側に四人が車座になっていた。その四人がこちらを凝視する視線に怯み、思わず悲鳴が漏れてしまった。


 5M程向こうの人物達の顔は薄暗いし前髪が邪魔でハッキリ認識できないが、視線はこちらを向いていることはわかる。この突き刺さり方はまるで不審者をみるような目だ。


 桜子は前世で、酔っぱらって路上に寝転ぶサラリーマンの横を通り過ぎるOLが、この眼差しで見下しているのを見たことがある。

 私ではなく、もしかして私の後ろを見てるのかもしれない。そう思い反対に左を向いても、さらに首を捻り後ろを振り返りキョロキョロしても木しかなかった。


 そうか、私か。寝ゲロ吐いた酔い潰れと同じ目線で見られる存在か。

 いや仕方ない、うん、このみすぼらしさだ。桜子は複雑な気持ちを抱えた。


「……あの」


 ガチャッと鎧がかすれる音がすると、騎士らしき二人が剣に手をかけた。

 針に糸を通す瞬間のような緊張感を打破しようと、気を遣って声をかけたのになんて仕打ちだ。


 桜子の発した声に「女の声」「黙ってろバカ」とヒソヒソとやりとりしてるのが分かる。

 女に見えないんだろうか。髪は長いし、ささやかではあるが胸もあるのに。


 もしやクソトカゲのみならず、この世界の住人も桜子に厳しくなる設定でもついてるのかもしれない。

 なんて生きづらい場所に連れて来られたんだ。


 世界に見捨てられた気分になると思わず目の前が滲む。

 視線からの反抗とばかりに目線をを落とした。


(あれ?)


 そこで初めて、自分に白い上着がかかっていることに気づく。

 ちらりと横目で向こうの集団を見ると、二人は軽装鎧。赤毛の青年は膝上にかかる白い上着と、同じものを着ていた。

 ということは残りの一人、あのワイシャツの黒髪の人だろうか。


 このボロ雑巾のような自分に、情けをかけかけてくれた優しい人が一人いる。それだけで地獄の淵から片手分這い上がれた気がした。


 その優しい御方の好意を無下にするようで悪いが、私はしょせん血みどろ雑巾。こんな上等な服を血で汚すわけにはいかない。そっと上着をどかし畳んだ。

 その一挙手で向こうの人たちが身じろぎするのを、視界の隅に捉える。ビビられるのもちょっと慣れた。


「……おい」


 桜子の知能を持った行動で、話しが通じると気づいたのか、騎士の一人が声をかけてきた。

 前髪に阻まれ頭部はよく見えないが、がっしりとした体。座っているから分からないが、200cm近くあるんじゃないか。残りの三人も小さくないはずなのに、一回り体が大きく見える。


「……なんでしょうか」

「貴様は……なんだ……」


 敵対してお恵みをご相伴に預かれなかったら本末転倒だ。なるべく丁寧に、そして下手に。地中深くまで下るように対さなければいけない。

 そんな心構えで返事をすれば、存在からの疑問を投げかけられた。


 私は何だろうか……。

 人間だがそんなの見たら分かるだろう。


 ということは人間に見えないのだろうか。もしかしたらこの世界の女性は、人間の形をしていないのかもしれない。というか女性がいないのかもしれない。

 考える葦とでも言ったほうがいいのかもしれない、という哲学に辿り着きかけたとき、もう一人の騎士が口を開いた。


「あなたは、人族ですか……?」

「……そうです」


 人族? 人間の種族をここではそういうんだろうか。

 やはりこの世界には女性の人間がいないのかもしれない。

 いましがた穏やかに問いかけて来た人も長髪だから、髪の長い男は珍しくないんだろう。


「……もしかしてこの世界には女性、女、メス……繁殖するときに子供を産む存在いないんでしょうか?」

「います」

「いるんかい!!!」


 即答に驚き思わず声を張ってしまった。桜子の反応に男性らは目を開いて驚いている。

 最近声を出さないから声量調節ができない。さっきから自分のかすれ声より、腹の鳴き声がデカいのがわかる。仕方ないんだ、抗えないんだ。


「……何故そんな質問をしてくるんですか? 私は人族に見えませんか?」

「見えるが、その漏れ出る魔力が尋常じゃない」

「魔力……?」


 出している気すらないものを、彼らは感じ取っているらしい。確かに扱い方が全く分からないから、体からはみ出ているかもしれない。

 桜子を人間として肯定してくれた黒髪の人が、続けて言う。


「申し訳ないが、我々はその魔力に引っ張られて、君を治療できなかった。すまない」


 求め続けた聖人君子がここにいた。

 こんな不審者に、心配りをしてくれる人にようやく会えた。

 後光が差し込んでる気がする。アホみたいに暗い森の中なのに。


「君ほどの力を持ってそれを治さないということは、治療魔術が使えないとお見受けする。その魔力を抑えたら我々が治せるので、その……引っ込めてもらえないだろうか」


 神だ。すごい。

 あのクソトカゲが神だと思ってた時代もあったけど、三日で終わった。多分あれはフェイクだ。


 今目の前にいるのが、神なんだと思う。ていうかそうだ。それでいい。きっとここまで生き抜いた褒美として、ようやく神と出会わせてくれたんだ。


 空腹と全身の痛みで思考回路が漏電し始めた桜子は、胸の前で十字を切ると両掌を合わせた。

 前世では無宗教だし、信心など微塵も持っていなかったが、目の前におわす神は思わず崇めたくなる存在だった。


 突然のアトノスでは見たことない作法に、また男達はおののいたが、桜子はその様子を特に気にしなかった。さっきからずっとビクビクされ続け、もうどうでもよかったからだ。


「あの、じゃあ魔力を引っ込める方法を教えてください」

「えっ……その、いま両手を合わせてるのはなんだ?」

「これは関係ないです。崇めてるだけです」

「崇め……? すまない、その唸るような音も抑えてくれないか? 声が聞き取り憎い」


 すまないのはこっちだった。例え神様相手でもこの空腹のいななきは収まらない。


「ごめんなさい。空腹なのに喋ったから内臓が刺激されたみたいで、止まりません」


 聞き取りやすいようにと、少し声を張り上げたら被さるように腹がなった。

「腹の虫か!?」という大柄騎士の驚きに、桜子が「そうです!」となんの恥じらいも無く答えると、奥にいた赤毛の青年が少し吹き出した。

 神様もとい、黒髪の君は肘で青年を小突く。そして戒めるような視線を送ったあと、桜子を見た。その視線は少し前より警戒が薄れたようだ。


「……治療したあと、食料も分けよう。だから魔力を———」

「食料!?」


 ここ一番の桜子の声量に、視線が不審者を見る目に戻った気がした。

 だが今そんなことはどうでもいい。飯だ。ようやくご慈悲を賜ることができる。


「神様! でしたらやり方をご指導頂けますでしょうか!?」

「かみ…? 聞き間違いか…?」

「いや。我々が使う言葉と、意味が違うかもしれない」

「というかやり方を知らないってどういうことですかね……」


 桜子の一声に、ざわめく男達。神と呼ばれる意味不明さは横に置くとしても、魔力感知できたら最初に習うはずの魔力操作が出来ない意味が分からなかった。


 幼子ですら簡単に出来ることが、なぜ目の前の少女に出来ないんだ。逆に魔力を体外に発する方が難しいというのに。

 未だに顔はハッキリ確認できないが、体つきからいっておそらく15歳は越えているはずだ。この国では成人として扱われる年齢である。


 彼女が人間だと分かり、服を畳む程の知能があると分かったから話しかけた。しかし備わる知識が違いすぎて会話が成り立たない。


 もしかしたら他の大陸からやってきたのか。だがこの国は四方を陸に囲まれているし、ましてや地中海ごしに十以上の国が連なる大きな大陸だ。

 大海の向こうには別大陸があるかもしれないが、今の技術ではそれを調べることが出来ないのが分かっている。

 会話すれば分かると思っていた存在が、さらに謎に包まれるしかなかった。


 しかし、そのベール(なぞ)を解くため、とにかく今は魔力操作を覚えてもらうしかない。

 地鳴りのような腹の音をかいくぐり説明していくと、全く知らなかったと思えないほど早く習得した。


「なるほど、丹田に力を入れるんですね」

「だいぶ収まったから、我々ならもう大丈夫だと思う」


 黒髪の君がホッとした顔になると、ようやく重い腰をあげた。


(ということは相当強そうな皆さん以下には、まだ影響を与える程度の魔力が溢れているということか……)


 我々ならという言葉に引っかかった桜子は、操作の繊細さに少し肩を落とした。彼女が幼児でも出来ると知ったとき、奈落の底に落ちたかのごとくショックを受けると想像できるものはまだいない。


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