22.戦闘
一方、水筒の水でてんやわんやしている様子をティーダは遠目で眺めて呆れていた。
(あいつらよく空の上であんな騒げるな……)
巻き込まれなくて良かったと安堵しているのはティーダの騎獣も同様だろう。
キャラクターのイメージ的には、あの中に混じるのはティーダが一番似合いそうだが、案外冷めたものである。というより、全員が同程度の大人さを持っているはずだが、クディに巻き込まれると途端に童心に帰ってしまうだけで。
クディのおかげか、クディのせいか、一応仕事中なのだということを忘れそうである。
身よりもないどころか森に生まれ落ちたはずなのに、挫けず今まで生き延びてきた強さにはティーダも舌を巻いた。
妙に肝が座っていたり、考え方がずいぶん大人びているときがあるが、笑顔は少女のままで、そのギャップがちぐはぐさを引き立てる。
久しぶりに人に囲まれるのが楽しいのか、そのまま森での辛かった思い出ごと笑って吹き飛ばしてほしい。
「……っん?!」
ティーダは微笑ましくクディを見守っていたがが、鼻にあるものを感じた。
慌ててその匂いの方を探る。その動きを察したフリッツが反応した。
「ティーダ、どうしましたか?」
「血の匂いがする」
「まさか……!」
地上を見下ろすと一面の森だ。街と村を繋ぐ一本道が続いている。
魔獣同士の争いであれば問題ないが、こういうときの嫌な予感は当たるもので。
「いたぞ! 馬車が魔獣に襲われている!!」
「急ぎましょう!!」
道の先では中型の魔獣に取り囲まれている幌馬車がいた。騎士の二人は騎獣の腹を蹴りスピードをあげる。その背中を見送るベルとクディ。
「あの、ベル様、我々は行かなくていいんでしょうか?」
「私ハくでぃ様ヲオ守リスルノガ最優先デス」
「えっでも……」
「ソレニアノ二人ダケデ大丈夫デショウ」
「あの二人は大丈夫でもユーリ君は危ないですよね!?」
「……」
「ほら行きましょう!!」
ぺちぺちと鱗を叩かれ渋々とスピードをあげ二人に追いつく。空中で待機している騎獣に近寄ると、二匹分の手綱をもっているユーリがいた。
「あれ? 下行ったんじゃないの?」
「行ったって足手まといだよ」
なるほど心配などいらなかったか。確かに空にいれば安全だ。
下を覗き込むと、馬車の護衛らしき人物に加勢している騎士二人がいた。
戦っている相手は魔獣のようだが、ここからはよく見えない。
「アレハがるぐぐデスネ」
「ハンバーグ!」
昼間食べた奴と戦っているのか。
ハンバーグのことを思い出したら夕飯のことも気になって来た。街の食堂とか飲み屋に連れて行ってもらえるだろうか。また皆でわいわい喋りながらご飯を食べたいものである。
そんな理想郷に思いを馳せていると、下の二人が何かこちらに向かって叫んでいるのに気づいた。
「ベル! ベルンハルト!! 降りて来て加勢をお願いします!!」
「がるぐぐクライ貴様ラダケデ十分ダロウ!」
「数が多くて切りねえんだよ!! いいからさっさと降りてこい!!」
人使いが荒いとブツブツ文句を言うが、加勢しないわけにはいけない。
「くでぃ様、スミマセンガ下ニ降リルノデ、騎獣ニ乗リ移ッテモラエマスカ?」
「…………えっ」
どうやって?
ホバリングするベルの斜め前にいるが、どう見たって移動するには一回ジャンプする必要がある。
いくらなんでもさすがに怖いし、まずそこまで飛べる自身がない。身体強化したらいけるかもしれないが、森でやったことないしぶっつけ本番で飛ぶ勇気もない。
「ごめんなさい無理です……」
「……」
ベルは無言で頷くと下に向かって声を張った。
「二人デ頑張ッテクレ!!」
「いいから来なさい!!!!!!」
「早く来いよバカが!!!!!!!!!」
声を張るというかほぼ怒鳴り声のフリッツに怯んだのか、申し訳なさそうに再び振り向いた。
「くでぃ様、必ズオ守リスルノデ……」
「もう私のこと気にしないで降りてあげてください」
まだ喋る余裕がある二人だがさすがに可哀想だしハラハラする。
「ボクも降りた方がいいですか?」
「邪魔ダ。護ル対象ハ少ナイ方ガイイ」
「ウッス」
騎獣にまたがるユーリに見送られ、ゆっくり下降するベル。
どうやってこの細い道に着地するのだろうと思っていると、突然クディの体が宙に浮いた。
「へっ?」
あったはずの龍の首が無くなり、重力にそって落下するかと思った瞬間ふわっと抱きかかえられた。ただ落ちるのは変わらなかった。
「着地はご心配なく」
「へっ? えっ!?」
やはりいつの間にか人間に戻っていたベルに姫抱っこをされ落下している。状況を把握するので精一杯なクディは腕に包まれ近距離にあるベルの顔と、急激に近づく地面を見比べ悲鳴すらでない。
「きゃあ………あぁ?」
いざ悲鳴を上げようとした瞬間、ズンッと何かが地面にめり込む音と共にフリーフォールが終わった。
まあまあ高い位置から落ちたはずなのになぜ直立不動で着地できるんだろう。
「クディ様、お体に異常ございませんか?」
「え、あ、はい、大丈夫です……」
異常事態は起きていたけど。
「では行って参ります、少々お待ちを」
クディの返事は待つこと無く、50Mほど先で遠くで戦っている戦士たちの方へ走っていった。
素人目では判断つかないがここにいたら襲われずにすむ距離なんだろうか。若干の不安は残るがどうしょうもない、ベルを信じよう。
上からではよく見えなかったが、ハンバーグ……ガルググとはイノシシ型の魔獣のようだ。毛は赤いしツノも生えていてもはやイノシシの原型は丸い体と短い足くらいしか残っていないが、強いていうならイノシシだろう。豚ではない。
ベルが加勢してから楽になったようで、押され気味だった状況も好転したようだ。周りを取り囲んでいたガルググの数が減っていく。
元第三騎士団副団長なだけあって、剣の扱いがフリッツたちと遜色ない。気がする。遠くてよく見えない。
ずいぶんと余裕で眺めているが、ものすごい血しぶきがあちこちに飛び交っている。距離が遠くて現実味が湧かないんだろうか、とくに不快感もないことに違和感を得る。
森で死にかけてから考え方がシビアになったのかもしれない。
もしくは前世で釣った魚を捌いて刺身にしていたからか、生き物が食べ物に変わっていく様を見慣れて……いや魚とほ乳類を同じにするのはどうなんだろう。
だがさっきからあれがハンバーグにしか見えない。水族館で秋刀魚の水槽を眺めている気分だ。いやだから魚とほ乳類を同じにするのは———
ボーッと戦いを眺めながら己のアイデンティティについて思考を巡らせていると、クディと馬車の間に森からガルググが飛び出して来た。運良くこちらには向かってこなかったが、背中を向けてるベルに突進していく。
目の前の敵をなぎ倒すのに夢中なせいか全く気づいていないように見える。いやもしかしたら気配で気づいているんだろうか、遠くて視線の動きまでわからない。
だが本当に気づいていなかったら……。
ベルの身に危険を感じたクディは思わず駆け寄り叫んでしまった。
「ベル様! 後ろ!!」
「っ!?」
クディの声と同時に、むしろそれより早くベルは後ろを振り向きガルググを切り捨てた。と思う。まだちょっと遠くて分からない。
ただやはり後方にも気づけていたんだと安堵し、また元の場所に戻ろうと離れた。
彼らの戦闘を見るのが初めてなせいで、実力を侮ってしまい悪かったなと一人反省した。
だが、さっきのクディの声で別の個体がこちらに気づいたようだ。そちらに背を向けていたせいで、その足音に気づいたのは大分近づいてからだった。
「えっ!? 来て、えっこっち、来た!?」
ようやく気づき慌てて逃げようと走り出した。
その様子に気づいた上空のユーリから逃げろと叫び声が聞こえてくる。
戦い慣れてないクディはどうしたらいいのか逃げる以外の判断ができない。魔力を出した所で飛ばせもしないし攻撃にもならない。とにかく足を前に出すしかない。後ろを振り向く勇気も反撃するすべもない。
森にいた時は外敵がまるでいなかったからこんな恐怖は味わったことがなかった。これなら世界には自分しかいないのでは憂鬱になってたほうがマシだ。
(森で……そうだ!)
クディは走りながら自分の魔力で生き物が逃げたことを思い出した。
魔力を出せばガルググが逃げるかもしれない。一か八かの賭けだが自分の軽率な行動で招いたミスだ。己の尻は自分で拭くと決意し、足を滑らせながら振り返った。
「近っ??!?!?!?」
勢いを殺しながら体を反転するともうすぐ目の前に迫ってきていた。魔力を放出する間もなくガルググが飛び上がる。
眼前の角に刺されて死ぬと諦めた瞬間———




