01.転生後さばきにあう
初投稿です。よろしくお願いします。途中挿絵があるので苦手な方はご注意下さい。
スンと鼻孔をつく匂いを感じ取る。
少女はもそもそと口に運んでいた木の実を掴む手を止めた。
「……この匂いは」
人気どころか動物の気配すらも感じない、不気味なほど静かな森の中を彷徨い続けて20日目。
10日前にこの世界は全て森覆われ、哺乳類は存在しないんじゃないかと不安に陥ってたとき、上空を横切る大型の飛行生物を見てからなんの沙汰も無かった。
あの時の自分以外の生き物がいるという希望を捨てずに、雨がたまった泥水をすすって生き長らえててよかった。
(ついに……!)
神はまだ私を見捨てていなかった。
そうやって逸る気持ちを弱った足に鞭打ち、木の根に躓いて転んでも素早く起き上がりまた匂いの方へ走った。
こんなのこの前木から落ちたときに比べたら屁でもない。期待が胸に膨らみ、駆け抜ける足を小枝が小さく切っていく。
(この匂いは絶対肉だよ! 肉っ! 肉っっ! 今の私ならなんでも屠殺できるってのに、ここら辺うさぎすらいないんだもん! ああ肉だよ分かる求めてる! 体が動物性タンパク質を求めてる!!)
200Mくらい先だろうか、神経を研ぎすませ目的地の方から流れてくる肉を焼いた香りを探る。少女の思考は誰かが焼いているであろう肉を分けてもらえる前提で進んでいた。
さらに100M進み、匂いだけじゃなく人の気配も感じられる程の距離まで近づいたとき、その問題に気づき足が止まった。
(……いやそうだよね、なんで自分も食べれるって思ったんだろう)
この世界の人がそこまで優しいとは限らない。いきなり森の奥から現れた不審者に飯を分け与えるだろうか。
(私だったら……前の私だったらあげるけど……ていうか全身が地味に痛い……)
気持ちが落ち着き足が止まると、それまでのアドレナリンがウソのように引いていく。
日本にいた頃の自分は食に困ることなんて無かったから、ズタボロの少女がいたら一食くらい分け与えるし、なんだったら路銀くらいやれる。ていうか人道的に保護する。
(でも……ここは……この世界はきっと山賊とかもいるのかも……)
そう迷いながらも足は目的地に進んでいた。
頭では危険警報が鳴り響くが、今の体は食欲に支配されている。走る時に捻った足首が地味に痛い。というか切り傷だらけで全身痛い。どんだけ興奮してたんだ私。
ずるずると右足を引きずりながら一歩一歩肉に近づく間にハッとひらめくと、服を破りだした。目覚めたときから既にボロボロだった服だが、さらに引きちぎる。
おそらくこの世界の一般的な服なんだろうか、生成りの半袖に膝上丈のズボンを着ていた。これが一般的な服だとしたら庶民の生活レベルはかなり低いだろうなと、しげしげ眺めていたのが昨日のことのようだ。
片手片足の袖を不揃いにし、すでに腹がチラ見えしてる胴回りのスソを胸の下で縛った。
さらに手近にあった木の枝を手にとると、グッと下唇を噛み締めると左肩に刺し肘まで滑らせた。同じように太ももにも傷を作り、血が流れるのを確認すると満足げに木の枝を捨てる。
(いったいけど……我慢我慢我慢! よし、これで少しはみすぼらしさが増しただろう)
少女の作戦は、例え相手が山賊であろうと人攫いであろうとも、襲う気が無くすくらい衰弱した奴を演出することだった。
もはやこんだけ弱っていたら自分を犯うなり連れ去るなり売るなりしないだろう。さすがに腹を刺す勇気はなかったが。
それにもし良い人だったら、この餓えて浮き出た肋骨をみて御恵みをくれるかもしれない。
(馬鹿げてるって分かるけど、もう頭がうまく動かないからこれしかない……)
とにかく一口でいいから肉を……肉が貰えないんだったら街の方向を教えてくれたら残飯あさって絶えしのぐから……。そしたら指定の場所まで辿りつくから……。
やけくそだった。
栄養が足りてない脳みそではこれが限界だった。
運悪く殺されてもここでのたれ死ぬのも時間の問題。だったらあとは己の運にかけ、このズタボロにお恵みを下さる救世主に祈るしかなかった。
(クソトカゲ……次いつ会えるか分かんないけど絶対文句言ってやる)
殴ると言わないのは殴れっこない、というのが分かっているから。
自分をこの世界に連れて来た張本人に思いを馳せた。……いや、人ではないが。
漆黒の鱗が光を反射するとき、青紫に輝く宝石のような体躯。見つめられると心の内側まで見透かしてしまいそうな、鋭い黄金の瞳。一噛みで少女の柔肌を突き破りそうな牙は、その暴力性とは相反するような理知的な言葉を紡ぎ、頸城桜子を日本から転生させてくれたドラゴン。
そう、転生させてくれたのだ。
決して望まずこの世界に来たわけではないが、だからといってこの仕打ちはあんまりではないか。
ドラゴンと話したとき、地上に降り立ったらとある場所に行けと言われた。
あい分かったと返事をして起きたら、動物どころか鳥すら飛ばない森に大の字で寝ていたのだった。
なぜこんなとこで寝ているのか、なぜこんなみすぼらしい服を着ているのか、なぜ手足を縛られていたような痕が残っているのか、それは誰にも分からない。桜子ももう気にしてない。この少女を捨てた者達を知ってどうなるというのだ。
二つ返事を返したのは、降りる場所が街中かその目的地の近くかなと思ったから。
それがまさかの森ど真ん中。センターオブジウッズ。
人目についちゃいけないからって理由を察して、百歩譲ってせめて森の出口付近ではなかろうか。
そんな不条理を抱えながらサバイバルした五日目に、真理にたどり着いた。
そうか、これがドラゴンか、と。
超越した人間より上に立つ存在は、人間が飛べない矮小な存在だと知らなかったかもしれない。そう、ドラゴンだから。
桜子がこの世界に来て学んだのは、脳をつかうとカロリーが減るということ。そして身に付いた処世術は、結論をすべてドラゴンのせいにすることだった。
(あ……)
ふと気づくと肉の大分近くまで来ていた。
より強くなる香しい匂いに胃袋が刺激され、獰猛な獣のような音が鳴り響く。ぜんぜん恥ずかしくなどない、何故ならこれは摂理なのだから。
ドラゴンから与えられた能力を使えば200M先でも匂いに感知できるし、100M先の相手が四人いるということにも気づける。
何を話してるかは分からないが、声を聞き分けられる距離になったとき、女性がいないと気づき軽く絶望した。だから哀れな私作戦を決行する決意を表したのだが。
こんな深淵の森に来るような人だ、おそらくそれなりの手だれじゃないだろうか。分からないけど。でもここをうろつく間まったく人を見なかったし。たぶん。きっとそう。だから優しい人だと思う。分かんないけど。
というかもうなんでも良い。誰でもいいから肉をくれ。
拝むように両手を合わせ握りしめ胸の前に置く。一歩一歩踏みしめる足は弱々しい。
だんだんたき火の明かりがはっきり見えて来た。
なんで身体強化は簡単にできるようになったのに、火も水も出せないんだろう。魔法使える言うたやん。何度もそう思った。
ちなみに身体強化は本当に簡単に出来た。強くしたいところを力んだり集中すればその箇所が熱くなったから。とんだ脳筋システムだなと笑っていたが、いざ火や水を出そうとするとうんともすんとも言わなくて何度窮地に追いやられたことか。
クソトカゲやり方教えとけよと、恨みながら硬い木の実かじってた頃が、たき火を切っ掛けに走馬灯のように流れてきた。
走馬灯をみるなんて私は死ぬんだろうか、いや、違う。
これは新たな希望の架け橋を渡る前の、ダイジェストだ。ダイジェスト版が流れるということは、この後きっと二時間特番が始まり、視聴率もうなぎ上りでワンクールに1回の恒例特番になるんだ。
(頼む!!視聴率の為に!!見せ場のために!!)
桜子の思考回路はショート寸前どころかもう爆発していた。
優しい聖人君子様のご登場でお涙頂戴シーンをゲットしたい。茶の間にいる主婦たちのハンカチを湿らせたい。もう己の都合のいいことしか考えられない桜子は、ついにたき火のある開けた場所に出た。
「何者だ……」
火の周りを囲むのは、剣を構えて桜子を睨む四人の男達だった。
(クソトカゲーーーーーーーー!!!!!!!!!!!)
最後の希望の架け橋が脆くも崩れ去ると、声なき叫びが脳内を木霊し、その場で気を失った。