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14.ユーリの疑問

 一段落したところで、本来の用件を思い出したベルが話しを切り出す。


 20日前からの謎の魔力は祝福子であるクディが放っていたもので、無事保護したことはすでにフリッツたちから告げられていた。その後処理として、これからについて城側と砦側で擦り合せることになった。


 クディはそれを聞いているだけだったが、森では山からきた大型魔獣が暴れていたということになった。事実を知っているのは第三騎士団で団長及び副団長のみ。祝福子が森で見つかったことは他言無用とのことだ。


「うちの神のせいで迷惑をかけてすみません」

「いやいや! とんでもないことです! こちらこそ早くクディーク様を見つけることができず大変申し訳ないと……ねえ団長!」

「あ、ああ。我々に頭を下げる必要はございません」


 責任逃れしながら謝るクディに、第三騎士団の二人は焦りながら顔を上げるよう懇願した。

 なんとか雰囲気を変えようかと頑張るイェールは、頭に思い浮かべたことをそのまま口に出した。


「そ、そうだ! もうお昼の時間ですし、ここの食堂で召し上がってはいかがでしょうか?」

「今しがたクディ様について箝口令をしいたばかりだが?」

「うっ」


 そうでしたと思いつきの提案を反省する横で、フリッツがクディの様子に気づいた。


「……ごはん」


 こちらに来てから思い焦がれる相手の名前を独りごちた。

 昨晩と今朝は十分はご飯のお恵みを頂けたが、野営の簡易食だ。きっとここのご飯は若い男性向けの精力つきそうなスタミナ飯が出てきそうだ。


 そう肉。きっと肉。お肉があるに違いない。

 迫り来る肉欲により語彙力が死んでしまうが、しょせん私は祝福子。隠されるべき存在なのである……。まだ肉を食べれるタイミングじゃないんだ。我慢せねば。


 けれどその欲求は隠せる訳もなく、しょげるクディの態度はバレバレだった。


「ベル、帽子とか被れば大丈夫じゃないですか?」

「いやでも……」


 フリッツの提案を否定した所で肩を下げるクディにベルも気づいた。いやしかしとここで騒ぎになったら後が大変だと思いながら腕を組んで悩むが、すでにベルが背中に乗せてニコニコして廊下を歩いた時点で相当目立っていた。


「ボク帽子もってますよ」


 そういってリュックからキャスケット帽をとりだしたユーリ。よけいなことをとニラミをきかせるが、ベルの視界にも肉に恋い焦がれるクディが視界に入ってしまった。


「ク、クディ様」

「ハッ……いえ、大丈夫です。我慢できます。ちゃんとお肉我慢します」

「ベル団長〜クディさん可哀想ですよ。まともなご飯全然食べてないんですよ」

「いやでも別にここじゃなくたって……」


 情に訴えてくるユーリに気圧されながらも、クディの目には肉という文字が浮いている。健気に我慢しようとしている彼女を見たらもうダメとは強く言えなかった。


「絶対バレないようにできますか?」

「ええもちろんです」

「……はぁ」


 至極真剣に見よう見まねで胸に手を当てアトノス式礼をとるクディに、苦笑いを返す。そのため息を肯定ととったユーリがクディに帽子を渡した。


「髪の毛しまえるかな?」

「んー、三つ編みにしたらいけると思います」

「そうだね」

「自分じゃ出来ないんでやってもらっていいですか?」

「へ?」


 まぬけに口をひらくユーリに背を向け艶めく黒髪を差し出す。

 すぐにやってくれるかと思ったが、なにを躊躇っているのか取りかかってくれないので背後を振り向くと顔を赤らめるユーリと、呆れた様子のフリッツ達がいた。


「ん? 三つ編みの仕方知らないですか?」

「いやクディさん」

「ちゃん」

「……クディ、ちゃん。女の子は恋人でもない男に髪の毛触らせちゃダメなんですよ」

「えっ………大丈夫です、私は気にしないんで」

「ダメ! 気にして下さい!! ていうかボクが気にするから!!」


 もったいぶるなとジト目でユーリを睨むが、後ずさりしベルの背後に隠れた。ベル団長言ってやって下さいよと言わんばかりの振る舞いに、クディは大げさだと呆れる。


「クディ様、まだこちらの常識を把握されてないのはしょうがないんですが、女性としてもう少し慎みを持って頂かないと……」


 無防備すぎるとなるべく湾曲してベルが嗜める。

 だが昨日から父親のように小煩いのはこの四人だけだから、きっとこの人たちが特別うるさいだけかもしれない。


「イェールさん、それって本当ですか?」

「えっ、ええ……普通は触らないですね」


 違った。

 戸惑いながら答えるイェールを信用し切れず、その隣のアルバンにも聞いたが同じ答えだった。


「クディちゃん何で信じないの」

「ほら一応」


 だって髪の毛だよ? 神経すら通ってないもんに何を感じるの?

 疑う気持ちは晴れないが、彼らの言い分が間違っていなかったので渋々自分で編むことにする。周りがあきらかにホッとした様子にちょっとイラッときた。


 前世ではボブ程度までしか髪を伸ばしてこなかったクディは、三つ編みなんか人様でしかしたことがなく案の定作業は難航した。

 今まで友達のへアレンジは好き好んでしてきたが、自分で髪を伸ばすほどではなかった。さっきはこれから自分の髪でもできるとハシャいだけれど、まさかこんなに難しいモノだとは……。


 これができるまで昼飯はお預けなのだからさっさと済ませたい思いとは裏腹に、鏡に映る手がまったく言うことを聞かない。


「クディさん、まず三分割ができてないですよ」

「もう己の後頭部が今どうなってるかすら分からないです」

「おい右のが多い」

「ちょ、待って………あっ指吊った!! 痛い!! もう無理!!」


 せっかく途中まで出来ていたのに周りのアドバイスで指が錯綜して投げ出してしまった。ぐちゃぐちゃにしたのにサラサラと元にもどるストレートさが憎い。このせいで髪が掴みにくいのだ。


 はあ、と誰かのため息が聞こえると、先程までいじくってた髪をすくいとられた。

 後ろを振り向けないが、きっとこんな世話やいてくれるのは一人だけだ。


「クディ様、次からはご自分でやってください」

「ありがとうございま〜す」


 自ら言い出したとはいえ、クディの気の抜けた返事となすがままの態度に顔を顰めてしまう。


「ちゃんとわかってますか?」

「大丈夫です。触らせるのはベル様だけにしますから」

「ッ……そういう問題じゃないです」


 突然の殺し文句にさらに顔がむずがゆくなる。照れたと悟られたくないベルは平然を装うが、目が泳いだ先にいたユーリとティーダがニヤニヤしながらこっちを見ていた。

 殺気をこめ睨めばワザとらしく視線をそらされた。気にしたら負けだと髪を結うのに集中する。


「ありがとうございます、ベル様」

「……いえ」


 完成すると鏡で確認しながら帽子に三つ編みをしまいこむクディと、どっと気疲れしたベルがいた。


 段々ベルに甘え慣れてきてしまったから気をつけなければなと思いつつも、この世界にきてからこんなに自分を気にかけてくれる初めての人だからか、段々と心地好くなってきてしまった。


(いやだめじゃん、私も救世主様に恩返しをしなきゃだよ)


 とはいえ自分のことすらままならないというか、どうすればいいのか分からない為、どうしても後手後手に回ってしまう。

 任せっぱなしにしておけば楽だが、それもよろしくないだろう。私ができる範囲でなるべく気を効かせねばとあれこれ思案するのであった。



 ◇ ◇ ◇



 食堂に向かうまでの廊下を、クディとユーリが並んで歩いている。


 ユーリは先程の、三つ編みの出来事を思い返していた。

 アトノスでは『髪の毛に魔力が溜まる』という伝承があったため、神聖に扱われていた名残が今も残っている。

 家族か恋人、もしくは同性友人にしか触らせないし、触らないのがマナーみたいなものだ。まあよっぽど口説き落としたい相手であれば別だが、ベルにとってクディはそうではないはず。


 何も知らないクディはまだしも、それを知っているベルが三つ編みを自ら進んでやっていた。自分が揶揄うのが大好きなのに自分が弄られるのは大嫌いな彼が、好奇の目で見られるのをわかってやるなんて。

 己のプライドよりクディを優先することが意外すぎて異常すぎて、ユーリは今も頭を悩ませているくらいだ。


 そのことも非常に気になっているが、もう一つ確かめたいことがあった。

 その当人とは歳が近いおかげかすっかり打ち解けた。ならばとユーリは思い切って聞いてみた。


「ねえ、クディちゃんさ、ベル団長があんな感じなのどう思う?」

「あんな感じ?」

「なんていうの? 僕らに対してと違う態度っていうか」


 忠誠を誓った臣下みたいな態度っていうか。


「ああ、うーん……。でもそれは私が祝福子だから仕方ないんでしょ? よくわかんないけど。そのうち普通になってくれるんじゃないの?」


 ならないと思う。


 そうか、一過性のものだと思ってるから、自分の倍は歳いった男に謙られても気にならないのか……。


 クディを挟んで反対隣にいるティーダも同じことを思ったのか気まずそうな顔をしているが、誰も本当のことは言えないのであった。


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