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12.顔

「はぁ〜〜さっぱりしたぁ〜〜〜〜」


 石けんの泡を手にとり念入りに体を擦ると、こんなに白かったんだと初めて自分の肌色を知った。体をタオルで拭く時に泥がつかないことを確認して服を着る。下着まで貸してもらって申し訳ないが、その気配りは大変有り難い。


 トランクスっぽい形状のパンツに足を通したが、当たり前のようにブカブカでスースーする。男の人はこんな密着度の低いパンツでよく平気だな、とダボダボの上からズボン履いた。贅沢は言えない。

 サラシで主張の薄い胸を抑え、ワイシャツを羽織る。ズボン同様ぶかぶかであるが、前のボロ切れに比べたら千倍ましだ。


(……ワイシャツっていつの時代に出来たものだっけ?)


 まだ全然街中を見たことがないが、この砦の雰囲気から中世ヨーロッパ的な文明レベルかと察する。クディはその頃からワイシャツがあったか袖を通しながら考えた。

 もしやこれも祝福子が作ったものかもしれない。そういえばパンツのウエストもゴムが入っていたし、ここまできたらスーツもあるんだろうか。


 多大に余る袖を捲り、頭を拭きながら浴室を出た。肩甲骨まで伸びる長髪をねじるように必死に水分をとる。コンディショナーがなかったせいでギッシギシだ。


「あれ、いない……」


 部屋に戻ると、ベルンハルトがいなかった。ワンルームだから別の部屋にいったとは考えられないので、どこかに行ったようだ。

 室内を見回してもドライヤーがないが、さすがにタンス漁りは出来ない。


(もしかしてドライヤー持ってないのかな……だから髪ぼさぼさなんだ)


 この部屋の主であるイェールはキレイな銀髪を全て台無しにするような雑さで、長髪を一本しばりにしていた。同じ長髪の男のユーリは指通りのよさそうな美しい髪だというのに。

 だがここまで魔法科学が進歩しているからドライヤー自体は存在はするはずだ。というかそうあってくれ、この長髪を自然乾燥とかしんどすぎる。


 ベルンハルトが戻ってくるまでに乾かそうと、必死にタオルをポンポンしているとまた閃いた。栄養が戻った脳は絶好調だ。


「そうだ! 手から暖かい魔力を出せばいいんだ!」


 出し方は分かったから、それを暖かくなるようにイメージすればドライヤーになるかもしれない。ここで風の魔法を使うわけではなく、魔力をそのまま出すという発想が短絡的である。

 タンスに備え付けの姿見の前に行き、まず掌から魔力をだした。


「えっキモ」


 黒い。掌が黒いモヤで覆われている。

 反射すると細かいラメのように、クソトカゲの鱗と同じ青紫色に煌めくのは綺麗だが……。


「普通にイヤなんだけど……悪役みたいじゃん……」


 ぶつぶつ文句言いながら黒いモヤが暖かくなるようなイメージより、水分を吸い取るほうが髪にダメージがなくていいかもと思いつく。足に付けている魔術具に干渉(ハッキング)したとき術式(アプリケーション)も組み立て方が分かったので、それを応用しようと考えた。


 クディークはその干渉(ハッキング)を簡単にやってのけたが、錬金術師側からしたらたまったものじゃない。普通なら本で学ぶか師から学ぶものを、魔術具に侵入して技術を盗み出したのだ。

 まるでパソコンのプログラムに侵入するハッカーのように。


 実際のところ、魔術具の術式(アプリケーション)に潜りこんだ彼女の感想は似たようなものだった。

 無理やり制作者魔力(パスワード)をこじ開け(フォルダ)にある法則(ファイル)を開いていき、それを書き換え(アンインストール)した。作りかえる際も『吸収』という大元の術式(アプリケーション)(フォルダ)に『指定(ターゲット):魔力』という法則ファイルも見つけた。術の入れ方を確認すると更に『魔力圧縮(zip化)』『容量整理(デフラグ)』など入れて腕輪を改良(バージョンアップ)させたというわけだ。


 普通であったらそれを必死に勉強してようやく術師になって作れるものを独学で、尚かつ術式指定を増やす難易度の高いことをやってのけた。前世でパソコンを使っていたからこそ持っていた感覚だったので出来たことだけれど。


 腕輪のときの要領で、手元の魔力にも『術式アプリケーション:吸収』『指定(ターゲット):水分』という術を組み込む。

 また、腕輪の中に『付与(アクセサリ):魔力枯渇前停止』という法則ファイルもあったので、それを参考に『付与(アクセサリ):保湿』も追加した。


「あっ乾く! すごい! サラサラにもなってる!!」


 邪悪色の魔力で髪が乾くと手櫛で整える。前髪は伸びっぱなしだからサイドに分けて誤摩化そう。


(美容院あるかな……さすがにあるよね。そしたら整えてもらおっと。

 あとリンスくらいなら売ってるだろうし、もしかしたらヘアパックまであるかも。だって魔法あるんだもん)


 などとこの世界への期待値をガンガン上げ過ぎて、後でガッカリすることなるのだが———。


 鏡で前髪を整えながら、ようやく気づく。そう言えば初めて自分の顔を見たことに。


「……うわ、美少女じゃん」


 クソトカゲでかした。初めて神に感謝した。

 少しタレ目がちだが、幅の広い二重に、筋が通った小さめの鼻。それにナチュラルアヒル口が愛らしさを引き立てる。ペタペタと触りながら、己というか器の美を実感していく。


(顔も可愛いし髪もキレイなストレートだし……こりゃオシャレのしがいがある……)


 新たな楽しみを見つけテンションがあがるクディーク。

 前世時もまあまあ普通に可愛い程度だったが、格が違う。鏡から身を引き、スタイルも確認するが顔も小さいし手足も細い、十分芸能人レベルだろう。


(……イタリアにいそうな顔だ)


 鏡に映る自分が本物か確かめるように、むにむにと頬をつまんだ。どうやらこの国は基本的にヨーロッパ諸国顔が多いのだろう。そういえばベルたちの顔も——


(あれ……? どんな顔だったっけ……)


 ふと彼らの顔を思い出せないことに気づいたとき、ノックが鳴った。

 外から声かけてきたのはベルンハルトだったが、服を着ているか何度も確認された。他にも誰かいるのか、お前らはちょっと待っとけという声も聞こえた念の入りようだ。


「失礼します。……おい、お前らも入っていいぞ」


 明らかにホッとした表情で、どれだけ信用がないのかと凹んだクディークだが、それよりもベルンハルトの顔に驚いた。


(イケメンだ……)


 目つきが鋭くムッスリ顔で迫力があるせいかパッと見怖いが、紛うことなきイケメンである。それに前髪をあげ褐色肌の(うなじ)に流れる長めの後ろ髪が、ワイルドに美丈夫さを引き立てている。念のためもう一度見直したがやっぱり怖かった。


 そう、今、気づいたのだ。


 自分の顔を見てようやく脳が人相を認識したというか、シャワー浴び人間としての尊厳を取り戻して余裕が出たというか。今まで彼らの髪の長さや色で個人を判断していたんだと気づいた。


 入ってくるベルンハルトをポカンと口をあけ眺めていると、その後に続く面々の顔にも動揺した。そうここに来るまで一緒だった三人。


 国家公務員になるには顔面も関係あんのかってくらいイケメンだった。


(えっ怖。てかこんなイケメンだったの、えっ、じゃあ私こんなイケメン達の前でボロ雑巾姿でずっといたの。しかも泥水すすって虫食ってたとか言っちゃたの? このイケメンたちに?)


 顔面蒼白である。照れるどこではない。

 普通に自分がしでかしたことにショックを受けた。イケメンたちになんて物をみせ、なんて事を聞かせてしまったのだろう。例え美少女であっても限度があるだろう。


 ベルンハルトの後ろに続くユーリを見ると、今まで赤毛しか目に入ってなかったが、幼さが残る可愛らしい顔立ちをしている。この顔で甘やかされてきたからあんな風に妙なフランクさでも許されてきたんだろう。性格と顔が相まって年上が可愛がり(いじり)たくなるのも分かる。


 その後にフリッツが順に入ってくる。エルフである彼は、お伽話しから飛び出してきたような見目麗しさだ。今まで耳しか見てなかったが、黄緑色に近い金髪の派手さに引け劣らない中世的な顔立ちで、素材が喧嘩せず輝いている。

 なんかでみたことあるな、と記憶を掘り返すとアハ体験で答えが出た。そうFFだ、ファイナルなんたら〜に出てくる美形の人たちと同じだ。ただ整いすぎてちょっと蝋人形っぽい。怖い。ベルンハルトとは違った怖さがあった。美形怖い。


 最後に入ってきたのはティーダだが、彼は一番ギャップが少なかった。初見同様に狼だし今も狼だ。ただ思っていたより迫力があって怖い。というか獣人ってすごい。動物が喋って二足歩行している。めっちゃメルヘン。えっすごい。でも怖い。かっこいいけどめっちゃ怖い。

 狼をテレビでしかみたことないクディークはその凶悪フェイスに普通にビビるのであった。


 四人中三人が怖いという結果で複雑な気持ちになるクディークをよそに、男達も驚いた。


 ぼさぼさの髪で顔が埋もれがちだったし、泥でくすんでいたから顔の作りは正確にはわからなかった。よくよくみれば整った顔かもしれない程度認識だったが、シャワーを浴びちゃんとした服を着た彼女は見違えるように美しくなった。


 くすんでいた漆黒の髪が光を反射し、青紫色の天使の輪を作っている。琥珀石がこぼれ落ちそうな大きな目に、さらにそれを際立たせる長い睫毛。小さな鼻の下には、口角が自然とあがった薄い唇がぽてりと存在していた。


 そして蒼白した。

 こんなに美しいどこぞの美姫のような少女が、泥水すすって虫を食べ森を生き抜いてきたことを思い出して。ただでさえ華奢で小さな少女が死にかけていたことを哀れんでいたのに、こんなに美しい子が何故そんな目に遭わなければいけないかと想像がつくからだ。


 器になった子は、おそらくどこかの令嬢、最悪どこかの国の姫君の可能性もある。貴族や王族は美しい妻や婿を娶り、その美を代々継いでいくものだ。ここまで整った顔の平民は滅多にいない。

 ただでさえ祝福子というだけで今後の身の振り方が面倒なのに、森に捨てられるような過去を持つどこぞの権力者の子供だった場合ーーー


 いや考えるのはよそう。全員が思った。その可能性はあるが、ないかもしれないんだ。これは杞憂である。そう自分を納得させる面々であった。

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