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10.砦に到着

 怯えて首にしがみつくことも無く、むしろ景色を楽しむ余裕すらあるクディークにユーリは少し驚いた。


「クディーク様怖くないんすか?」

「そうですね、別に。見慣れてますので」

「やっぱヌーフォンって雲の上にあるんだぁ……」


 そうではない。ただ否定するのも面倒なので適当に頷いた。


「ボクなんか何回乗っても未だに怖いですよ……」

「フリッツにしがみついてる癖にまだ怖えのかよ」

「高いとこが無理なんです!」

「じゃあ目ぇつぶってれば」

「余計怖いですってば!」


 ビビリなユーリを茶化しながらティーダが騎獣を寄せると、ニヤニヤ笑いながらユーリを突っつく。


「ギャーーー!!! ティーダさんやめてくだっ、マジで! おいオッサン!!」

「ヒャハハハ!」

「ティーダ、やめて下さい。私まで落ちてしまうでしょ」

「おっとスマンスマン」


 楽しげにユーリをからかっていたが、フリッツに怒られると即座に手を引っ込め謝った。


(どの世界でも男子ってバカなんだ……)

「スミマセン、騒ガシクテ……」


 冷めた目で盛り上がる男達を観察していたクディークに、ベルンハルトが首だけ向けて謝ってくる。分かりにくいが、若干眉間にしわが寄ってる気がするのでこれが困った時の表情なんだろう。


「いえ、こんな賑やかなの久しぶりなので楽しいです」


 冷静さの中には羨望もあった。

 前世でもずっと仕事漬けで、こんな風に誰かと下らないことで笑いあった記憶も鮮明に思い出せない。


 遠くもない過去を思い出していると、ベルンハルトがこちらを見つめ悲しそうにしていた。たぶんあの表情は悲しいんじゃないかな、困った顔とは微妙に違うから。


「ふふ、いらない心配かけてすみません。ベルンハルト様はお優しいのですね」

「イエ……」


 やはり聖人君子は尊かった。

 一日やそこらで知り合った人間に感情移入し、憂えることができるのだから。救いを求める民草に手を差し伸べるのが神であり救世主でないのか、クソトカゲも見習ってほしいものである。


 そんな二人の会話は聞き取れないが、泥に薄茶づくクディークの表情が穏やかなものになり、ユーリは安心した。

 何度乗っても自分は騎獣で空を飛ぶのは怖いし、プライドかなぐり捨て男のフリッツにしがみついてるのに、あの少女は手を添えるだけで背筋をまっすぐ伸ばし周りを観察する余裕すらある。

 この森林を生き抜いてくるだけの度胸を、強さを、再び空の上で感じ取る。華奢な()である彼女だが、内側に潜む祝福子としての格の違いをまざまざと見せつけられたのであった。


 と、大層な規模で考えているユーリだが、実のとこクディークは生まれ持った図太さやおおらか(・・・・)さ、そして祝福子の力があるだけなのだが。


「くでぃーく様、砦ガ見エテキマシタ」

「わー……ホントに防塞だ……」


 飛ぶこと数十分、任務の終了報告先である砦が森の切れ目から現れた。


 万里の長城のように森とその奥にある村を壁で区切っている。徐々にその姿が鮮明になっていく砦は、壁の間に等間隔に円錐の屋根がついたシンプルな塔が並ぶ。

 どうやらその中で一番大きく無骨な城に向かって飛んでいるらしい。魅せるためではなく護るために作られたそれは、古びたレンガが積み重なり城壁に緑の蔦が這い上っていた。


(ドイツとかにありそう……!)


 前世では過去の遺物だったが、目の前にあるのは現在進行形でその役割を果たしているものだと実感が湧かない。ひどくメルヘンチックでクディークの関心を刺激するのであった。


 一番大きな城塞の近くに騎獣が先に降り立つのを見届けると、揺れるから気をつけてとベルンハルトに声をかけられた。ふわりふわりと翼の羽ばたく速度が落ちると、加速を殺すように地面をトトトっと足踏みを流し、大きな揺れもなく着陸した。


 乗る時同様、龍の首をもたげてくれるので滑るように降りるクディーク。先に到着していた三人は、砦から出て来た騎士たちと中に入っていってしまった。まるで我々を見ていたかのようなタイミングだ。


(まあベルンハルト様目立つもんな……)

「クディーク様、我々も参りましょう」

「あれっ?」


 フリッツ達のことを気にしていたら、いつの間にかベルンハルトは人間の姿に戻っていた。もちろん変身前と同じ服を着て。


「報告は彼らに任せて我々は風呂に向かいましょう」

「あ、ありがとうございます……」

「そうだ、布は頭まで隠してください。見られると説明が面倒なので」


 黒髪を隠せということらしい。確かに突然祝福子を連れ帰ってきたら砦の騎士たちも驚くだろう。

 ベルンハルトが彼らから死角になるよう体で隠すと、肩から下げていた布を頭まで覆った。目元も見えないように彼がスソを引っ張ると、満足げに頷いたのが布の向こう側に見えた気がした。


 クディークを先導するベルンハルトに続き、ちょこちょことコンパスの差を埋めるように着いて行く。

 ちゃんと横に並んだのが今が初めてで、身長差がけっこうあることに気づく。自分が何cmあるのか分からないが、おそらく160cmはないと思う。そこから頭1.5個分は大きいベルンハルトはまるで海外モデルのようなスタイルだ。


(ベルンハルト様に色々聞いてみたいな……)

 

 ユーリやフリッツ、そしてティーダであれば、身長いくらかとか、どうやって服を脱ぎ着しているのかとか、どうして空を飛べるのかとか、もっと砕けて喋って下さいよとか言えるのに。

 ベルンハルトから感じる異様な敬意が逆に距離をとられているようで、クディークには難攻不落の城塞に感じるのであった。



 ◇ ◇ ◇



「ベルンハルト!」

「イェール、久しいな」


 玄関に辿り着く前にこちらに走りよって来た銀髪の騎士は、ベルンハルトと親しげに話しだす。


「そーいや久しぶりだな! 龍の姿を見て飛び出してきたぞ」

「下の者に任せとけばいいものを」

「はは、オレは相変わらず前線に飛び出すタイプさ。それに我々の代わりに森の調査を———」


 クディークはイェールと呼ばれた男をベルンハルトの後ろから隠れるように観察していると、ぱちりと目があった。瞳の色を見られてはいけないと思い出し、慌てて俯く。


「ベル、この子は……」

「あぁ……、あとでアルバン殿と一緒に説明しよう」

「っ! おう、分かった」


 その説明で何か察したのか、イェールは真剣な表情で頷いた。


「それで悪いんだが風呂を貸してくれないか? できたら個室のがいいんだが……」

「風呂か? だったらオレの部屋の使うか?」

「ん? ……ああそうか、今はそうだったな。すまないが貸して頂こう。イェローム副団長殿」

「くははっ、お前にそう呼ばれるのも新鮮だな」


 二人が楽しげに交わすやりとりを、身内ネタかなとボーッと眺めるクディーク。

 ベルンハルトが副団長部屋の場所は同じままかと尋ねているが、彼はこの場に馴染みが深いということだろうか。錬金術師と騎士団の関係性が見えないので謎が深まるばかりだ。


「じゃあ部屋には勝手に行くから、服を持って来てくれないか。予備の隊服が倉庫に余ってるだろ? サイズはこの方が着れるくらいがいいのだが」

「この子のか……? 失礼だが小柄すぎてSサイズでも大きいんじゃ……」

「いやしょうがない、とにかく下着共々持って来てくれ。あと、そうだな、サラシも医務室からかっぱらってこい」

「……相変わらず荒っぽいの変わってねぇな」

「ふは」


 あきれた視線をよこすイェールを一笑し、ベルンハルトが振り向く。クディークの目元上のスソをちょいちょいと正すと、ようやく慣れてきた笑顔を自然に作る。


「大変お待たせ致しました。さ、参りましょう」

「は、はい。ありがとうございます」

「……」


 あまりの態度の違いにイェールがピシリと固まった。

 そりゃそうだろう、さっきまで口角をちょっと上げてニヒルに笑うだけだったんだから……。


 クディークとベルンハルトを見比べ信じられないものを目の当たりにして絶句している様子から、本当にこの態度はクディーク専用なんだと再び自覚した。

 祝福子とは言えなぜそこまで特別扱いされるのか、腑に落ちていない今は素直に嬉しいとは思えないが。


 何も言えない様子の彼を差し置き、その横を通りすぎるベルンハルトに続き、会釈をしながら城塞の中に向かう。

 二人と入れ替わるように、若い騎士たちがイェールに駆け寄った。


「イェールさん、ベルンハルト様に乗ってたのってマジであの子ですか?」

「顔見えました? どこのお偉いさんでした?」

「男っすか女っすか?」


 騎士らの矢継ぎ早に質問で、ようやく正気を取り戻したイェールはハッとした。


「え、あ、ああ……えーと、うん、そうだな、あの方が乗ってらしたのは間違いない」

「なんすかなんでそんなキョドてんすか? ベルンハルト様になんか言われました?」

「いや言われてはないが……信じられないものをみたっていうか……」

「確かにベルンハルト様が誰かを乗せるのは信じられないですけど」

「うん、まあそうだが……」


 しどろもどろになる上司を心配する部下達は、いったいアレ(・・)以上なにがあったのか気が気じゃない。


 それもそのはず、そもそも龍人族はプライドが高く、龍形態には(あるじ)か伴侶しか乗せないのがこの世界の常識だからだ。

 ユーリ達がなにも言わなかったのは、すでにクディークが祝福子とわかっていたからだ。なにも知らない騎士達からすれば、ベルンハルトが(あるじ)と認めるレベルの権力者か、婚約者の二択しか思い浮かばない。


 イェールは謎の人物の顔も名前も知らないし、声も一瞬しか聞いていない。体つきからまだ成人したての女性ということは何となく分かったが、ベルンハルトの婚約者としては些か幼すぎる。いや、幼すぎるから婚約者として認めにくい。てか認めたくない。


 ということは、ベルンハルトが従う程度の貴族———いやあの人は例え公爵家令嬢であろうとも、乗せないはずだ。

 つまり王族……いや、王族があんな布をまとって森から出てくるのか? 布から出ていた足は古傷だらけで泥で薄汚れていた。王族が森で遭難するような事件が起きてたということか——!?


「……っ」

「イェールさん、顔真っ青すけど大丈夫ですか……?」


 どう考えても面倒事にしかたどり着かない自分の予想に、ブルリと身を震わせた。このあと自分もそれに巻き込まれるのかと憂鬱になりながら、元上司(・・・)の命令通り倉庫に向かうのであった。


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