09.ようやく森脱出
ベルンハルトとフリッツが騎獣を連れ帰ってくると、若干びくつきながらも羽の生えた虎が後ろから着いてきた。
見たこともない生き物に目を丸くするクディークだが、こんなに強そうなのに私の魔力にビビるってことは意外と繊細なのかと忍び笑いした。
実際、前者の感想は正しい。
羽の生えた虎、ティグレガーは第一から第三まである騎士団に数頭づつ配属されている騎獣だ。養殖は難しい為、ティグレガーの生息地に赴き、目も開かない段階の幼獣を命がけで手に入れるか、命がけで成獣を捕まえ飼いならすしかない。
熟練の戦士が生死をかけて戦う相手がビビリで繊細なわけがない。ただ圧倒的強者の前ではしっぽを丸くする本能に逆らえないだけなのであった。
「おいユーリ! ティーダ! またクディーク様に手伝わせて……!!」
「げっ」
「やべっ」
ベルンハルトが二人に文句言いに行くのを横目に、フリッツがクディークに近寄る。
「おまたせしました、それじゃ行きましょうか」
「はい、お願いします」
「先に砦に報告に行きますんで、少々お待ちいただいてもよろしいですか?」
「砦……」
「この森と街の間にある防塞みたいなものです。第三騎士団が在中してるんですけど、任務終了を報告するだけなんですぐ終わると思います」
「なるほど分かりました。まぁ終了っていうか連れて帰るっていうか」
「ふ、そうですね。でも連れて帰る先は城なんでご安心ください。砦に置いてきませんよ」
城……? 昨晩にも出て来たワードだが、今ようやくクディークの耳に入った。
ジョーク好きのフリッツはクスクス笑うが、クディークは顔を青くして一歩後ずさる。
「城って王様が住む……?」
「そうですね。正確には国王がいるのは王宮なんで、我々が向かうのは王城ですが。でも城内には変わりないので十分きれいで素晴らしいとこですよ。あ、落ち着いたら庭園とかご覧なると———」
「ちょっと待って下さい!!」
城の分類とか庭園とかどうでもいい。
突然大声を出したクディークに全員驚いてポカンとしているがどうでもいい。
そんなことより———
「私っ、このままお城に行くんですか!?」
出会ってから一番の大声で訴えるクディーク。
「え? えぇ、身寄りの無い祝福子様の保護は国がすると決まって……」
「いえ保護の件はどうでもいいです!! それより私このままの格好で行くんですか!? このドブネズミ姿で!?」
「ドブネズミ……でも昨日はそのまま街に向かわれるようだったので、気にしてないのかと……」
「いやいや街と城は全然違うでしょう!! もう服はこの際いいです布かぶるんでいいです。だからせめてお風呂に入らさせてください!! いや風呂じゃなくていい、川で水浴びでもいいんで!! 何卒! 何卒ご慈悲を!!」
近所のコンビニに行くノリで何を言ってくれるんだと例えても伝わらないもどかしさを抱え、フリッツの前に膝をつき両手を組んで拝む。
髪もぐしゃぐしゃだし肌もまだ薄茶色だし、所々には泥こびり付いたままだし。なにより絶対臭い。自分じゃ匂い分かんないけど分かる。五日前に雨浴びたとはいえ絶対そう。みんなからすごい良い匂いがするのが羨ましいくらい絶対私クサイ。
でも自分が臭いから風呂に入らさせてくれとは言えない。察してくれ。僅かに残ってる女としてのプライドだ。
「あっ、じゃあ城に着いたらお風呂借りましょう」
「いやです!! 結局ボロ雑巾のまま城に入りますよね!? 風呂にたどり着くまでこのままですよね!?」
必死である。
この勢いだとそのまま森から出ないと言い出しそうな勢いに圧倒されるフリッツ。目を泳がしながらとりあえずクディークを立たせた。
「したら砦のお風呂借りれば良くないですか? ついでに隊服とか借りればいいし」
「な、なるほど。確かにそれいいですね」
ユーリの名案にホッとするフリッツは強めに頷いた。
魔力吸引の魔術具のときもそうだったが、ユーリは瞬間的な鋭さがあるのかその場を打開する閃きが多い。ただその回転の早さや直感さゆえか、そのまま口に出してしまうのでベルンハルトに度々怒られるのだが。
「ではそうしましょう。第三騎士団の団長とは顔見知りなので、すぐ話を通せると思います」
「はい、ありがとうございます、ベルンハルト様」
一悶着どころではないがようやく出発できる。
長かった。全員がそう思った。
クディークはこのサバイバルが終わることに、国から命令を受けていた側はようやく問題が解決したことに安堵した。
ところで騎獣は二頭しかいないが、どう見ても五人は定員オーバーである。三人乗りしたら潰れそうだ。
(あ、でも。さっきベルンハルト様が私と先に行くって言ってたから、別の乗り物があるのかな……)
辺りを見回してもそのような生き物はいないが。
と、横を向いた瞬間その反対側で奇妙な魔力を感じる。魔力操作や魔術具で力加減を覚えたクディークは、すぐさま変化に気づきその方向を振り向いた。
「……ッ!?」
そこには見覚えがある姿があった。
「クソト……ヨヒーミャ様!? なんでここに!?」
あの時にもみた、漆黒の鱗が紫に光る龍がいた。
「くでぃーく様、私デス。べるんはるとニゴザイマス」
「っえ!? ベルンハルト様!?」
確かに彼の声であったが、普段よりくぐもって低い上に聞き取りづらい。龍のアゴでは喋りにくいのか滑舌も悪くなっているようだ。
自分の二倍の高さにある巨大な頭を下し、ベルンハルトだと名乗る龍はクディークの足下に後頭部を差し出した。
「龍人族は龍に姿を変えられるんですよ」
「……す、すごい」
「ベル、突然変身したらクディーク様が驚かれますよ」
「ム、ソウダナ。くでぃーく様、何卒オ許シヲ」
「は、はぁ……」
確かに言われてみれば、クソトカゲとは鱗の輝き方が違うし、体高も一回り低い。あの魔力の違和感はベルンハルトが変身したときのものだったのか。ところで服はどこにいったのだろう。
「サ、くでぃーく様」
「え」
「オ乗リ下サイ」
どこに。
その差し出している首元だろうか。
「マジで!? 乗せるんすか!?」
「大丈夫ダ、絶対ニ落チナイ様ニスル」
「いやそうじゃなくて……」
クディークに聞かせるのは気まずいのか、ユーリは抱え込むくらい大きくなったベルンハルトの顔に近寄る。耳どこだっけと迷ったあと目の上あたりに囁いた。
「この前隣国の姫サマ乗せるとき、めっちゃ嫌がってたじゃないですか」
「阿呆メ、くでぃーく様ハ祝福子ダゾ」
「えっ、姫様より上の立場なの」
「イイカラ向コウ行ケ、出発スルゾ」
驚くユーリに鋭い爪の手でシッシと追い払った。
「くでぃーく様、オ待タセ致シマシタ」
「あ、はい……」
「首ノ根元ニ腰カケテ下サイ」
「……」
つまり肩車状態で乗り込めばいいのか?
(落ちないようにってどうやんの……風で吹っ飛ばないのかな……)
不安はつのるばかりであるが、クディーク以外は騎獣に乗り込み彼女待ちの状態であった。
馬すら乗ったこと無いけれど、皆を待たせているのであれば乗り込むしか無い。
「……失礼します」
断りを入れ一礼すると下げているベルの首を跨いた。滑りやすい鱗の上で身をよじり首の根元に腰掛けると、フリッツと二人乗りしているユーリが反応する。
「えっそんな素直に乗り込みます?」
「だって皆さん待たせてますし」
「男らしい……」
失礼な。
ただ自分の顔を未だに見たこと無いから、華奢な体に似合わず雄々しい顔をしているかもしれないが。
「では行きましょうか」
フリッツのかけ声で翼がばさりと空気をかき混ぜる。
段々と速くなる羽の上下を繰り返し、助走もなくふわりと浮き上がった。翼の回転速度があがる。
ふわりと浮いたかと思えばいつの間にか森の上、はるか上空を滑らすように飛んでいた。
「うわ、うわーー!! と、飛んで……!!」
辺りを見回すと一面の森。進行方向には小さな村が、背後には連山がうっすらとある。
これは自力で出れなかっただろうと、広大な森林を俯瞰で確認すると自分がいかにラッキーだったかとしみじみ思った。
(……案外怖くないもんだな)
最初の浮遊感には驚いたが、安定するとベルンハルトが魔法を使っているのかクディークにはそよ風程度しか当たらない。確かに高さはあるが高層ビルよりは低いし、動きのないジェットコースターだと思えなくもない。安全バーどころかベルトすらないけど、安定感はあるし高所は元から得意だ。
それよりも子供の頃、移動式遊園地で乗ったオンボロの小型観覧車のほうが怖かった。あれは頂上にくると180回転して機体を真っ逆様にしてそのまま固定する絶叫マシンなのに、脆そうな天井は金網で透けているし安全ベルトで全体重を支えなきゃいけない地獄仕様だった。
あれに比べたらベルンハルトの方が百倍安全だ。180度回転しないし、なんだったらそよ風の魔法を止めてもっとスピード感を味わいたいくらいで。
(ファンタジーだなー!!)
最初の不安はどこえやら。
叫び出したくなるような爽快さで、空の旅を楽しむクディークであった。




