第一章 1回目の定期健診(メディカルチェック)
「ここでの生活には慣れたかな、クオン」
健診が終わった後、ドクターが思い出したかの様に付け足す。とはいったものの、この健診の本題はここにあるのだろう。数少ない「番外戦力」である私の動向は、逐一チェックしなければならないということか。そんなドクターの気苦労を感じながら、私は合理的に事実を述べる。
「―――これといって問題はない。前にいた基地よりは静かだし、清潔」
それに食事も悪くない、と付け足すと、ドクターはあはは、と束ねた栗色の髪を揺らした。
「まあ確かに、その辺≪コクーナ≫は気を付けてるからね―――ここは実験場なんだよ。月に一度、何人かの兵士を選んでウチに配属する。そして一か月データをとって、過去の戦績と比べるんだ。美味い飯を食べてストレスを減らせば、より良い戦果を出せるかどうかってね・・・ま、フガガワ中佐の意向でもある」
そういってニヤリとする。私も恰幅のいいあの中年の司令を思い出して少し笑う。彼の食い意地が張っているだけではないか、と暗に言っているのだ。
「それで、結果は?」
「立証不可。成果がなかった訳じゃなくてね、採取データの絶対数が少なすぎるんだ。十人ここに来たら、六人は一か月もたないから」
私に関するカルテなどの書類を整理しながら、ドクターは片手間に答える。
確かに、戦場で人の顔を覚えるのは難しい―――私が配属されてから二週間が経つが、ドクターを含めても、脳内で顔と名前が一致する人間は両手で数えられるほどだ。
ただ、それは前の職場でも同じことだった。
戦争では人が死ぬものだ。食う者がいつか食われるように、殺す者は殺される。私の横を飛んでいた同期の断末魔の方が、私が墜とした機体からの叫びの方が、風を切る翼と機銃の音が、人の名前より余程耳に残る。
その方が気楽でいい、なんて思う自分もいる。
「よし、それでは今日の定期健診は終了―――次は二週間後ね。それまでになにか異常があったらすぐに言うこと」
あぁそうだ、とドクターはまた思い出したように付け足す。これも、きっとこちらが本題なのだ。
「他の生体兵器には会ったかい?」
「・・・No.2(ニルド)は≪ROOM≫で色々親切に教えてくれたけど、No.3(サグザ)には挨拶したのに無視された。No.6(ロロ)も好々爺だったけど、No.7(ナギメラ)は酔っぱらってて絡まれた。No.8(ヤハト)は話しかけたら飛び上がって逃げてった。その他にはまだ会ってない」
それぞれの顔を思い出しつつ多少の不満をちらつかせると、ドクターは苦笑いしながらこう言った。
「そうだねぇ。良くも悪くも個性的な面々だ―――なんにせよ、≪コクーナ≫(ここ)では彼らが君の家族だから、さ」
椅子から立ちあがり、私の方へ右手を差し出す。
「改めて言う程のことでもないけれど―――歓迎するよ、No.9(クオン)」
「どうか君に、軍神の御加護があらんことを」
私はたいして表情も変えず、当たり前のようにその手をとった。