幸福な冒険者たちと不幸な山賊たち
「お、おい………全員ちゃんと付いて来てるか…?」
「ぼくは…ここにいるよ……」
「わ…わたしだって…」
ユックルの首都ユンガイナから南西に一日ほど歩いたくらいだろうか。
森林でおおわれた丘陵地帯を縫うようにして続く赤土の道を、十数人のグループがたいまつを手におっかなびっくり歩いていた。彼らの服装はどれもバラバラであり、ある者は安価な鉄の剣を腰に差し、ある者は弓を背負い、ある者は治療術を使うための杖を手にしている。おそらく彼らは冒険者なのだろう。
それもまだ経験が浅い……
全員で警戒しながら、何者かの襲撃に備える…というよりおびえるような挙動が何よりの証拠だ。
彼らのチームリーダーである、剣装備の若い男性もまた自ら先頭を堂々と歩こうと虚勢を張っているが、心の中では不安でいっぱいだった。
(ちくしょう……なにが「簡単な盗賊退治」だ。話が違うじゃないか…!)
彼が憤っているのは理由がある。
彼ら新米の冒険者が、ユンガイナの冒険者ギルドで受けた仕事は「首都の南西の街道に巣食う盗賊を退治せよ」という内容であった。相手はその辺のゴロツキに毛が生えたような連中だから、ギルドで最低限の訓練を受けた彼らでも相手できると言われたのだ。初陣を華々しい勝利で飾るべく意気揚々と出発した冒険者たちであったが、この依頼は冒険者ギルドですら把握できていなかった危険を伴ったものであった。
実は依頼を受けたギルドは彼を中心としたパーティーだけではなかった。彼らのほかにもパーティーはいくつもあり、全部で10組が依頼を受けて最初に達成したギルドの身に報酬が支払われると言われていた。他のパーティーより先に手柄を立てようと意気揚揚に出撃する新米冒険者たちだったが、なんと真っ先に出発したチームが翌日にとある村で賊の襲撃にあったという。そしてその村は……建物がすべて廃墟と化し、あたりには惨たらしく殺された人々の死体が転がっていた。その死体の中には……仲間でありライバルであった者たちのものも含まれていたのだった。
被害はそれだけにはとどまらない。バラバラに出発した冒険者たちは各地で盗賊たち襲撃を受け、脱落者が続出したのだ。街道上にある番兵の詰め所もすでに破壊されており、中に詰めていた兵士たちも大部分が殺されていた。何とか生き残った兵士が言うには、どうやら出没している盗賊は今まで少人数ごとに仕事をして、多人数であることを隠していたのだと。つい先日、国軍の大半が隣国の援軍に向かったのを見計らって、賊たちは本格的に暴れはじめたのだ。
生き残った冒険者たちは決断を迫られた。このまま任務を遂行すべきか…はたまたいったん首都に戻るか……今の自分たちの実力で、山賊たちの集団に勝てる可能性は低い。しかし……ここで退けば周囲の町や村に被害が広がるだろう。
若き冒険者たちは………前に進むことを決意した。バラバラに生き残ったメンバーたちをひとつに集め、全員で一致団結して協力することにしたのだ。
ガサッ――――
「―――っ!!」
不意に、左手の林の方から草が揺れるような音が聞こえた。
戦闘を進んでいた男はとっさに剣を抜いて構える。
「どうしたレオナール!?」
「気をつけろ……今、林の方から物音がした。何かが俺たちを狙っている…」
「見張りだろうか…。もしかしたら今頃俺たちを見つけたことを連中に報告へ………」
「くそっ、来やがれツラ見せろ……。出て来い、オヤジの形見の剣が…悪を成敗するために待ってるんだからな………」
彼らは松明をより一層高く掲げ、どこから襲われても見つけられるように警戒を強めた。陽が暮れてからすでにかなりの時間が経過している。もうすぐ日付も変わるころだろう。彼らがこんな時間に行動している理由……それは、夜なら賊達も寝ているかもしれない。奇襲に成功すれば、自分たちでも勝てるかもしれないという考えだった。
結局、しばらく進んだが敵襲の気配は一切なかった。
「……………冒険者の集団か。念のため知らせておくか」
街道沿いの林から未知の様子をうかがっていた人影が、
冒険者たちを見送ると、そのまま林の奥へと消えていった。
…
さて、ちょうど同じころ、街道を別の方向から歩いてくる集団があった。
一番前を歩いているのは…我らが放浪の王子クライン。その後ろには大勢の男たちが、重い足取りでぞろぞろ続いている。そして最後尾にいるのは、長柄斧を肩に背負いながら厳しい目つきで歩くエルカだ。
クラインは、左手でランプを持ってよ道を照らすのと同時に、右手で縄を握っている。その縄は後ろの方に続き、足以外の体をしっかり縛り付けられた男たちへとつながっていた。男たちの姿は誰もがボロボロの服を纏い、長い間ロクに体を洗っていなかったのか、鼻が曲がりそうなほどひどい異臭を放っていた。誰もが皆、生きた心地がしないと言わんばかりの絶望的な表情を浮かべ、中には殴打や裂傷の傷で体中を血塗れにした者や、骨折による激痛の為、今にも気を失いそうな者など……一体全体何があったのか心配になってしまいそうな雰囲気であった。
「もっとキリキリ歩け。ペースを乱す奴は『間引く』からな」
脅しと殺気を大量に含んだエルカの一言で、男たち――――
街道脇の砦に巣食っていた賊達は、恐怖に身を震わせた。恐怖で失禁しようにも、捕えられた時をはじめとして何回も漏らしてきたため、膀胱の残量は皆空になっており、だらしなく涙や鼻水を垂らすほかなかった。
(どうしてこうなった――――)
クラインの後ろを歩く彼らの頭目は、今の自分たちの境遇がいまだに現実だと受け入れられなかった。なにしろ、今日のつい先ほどまでは各地の村から奪った大量の食糧や財産に囲まれて、まさに酒池肉林の至福の一時を過ごしていたはずだった………。彼らはもともと傭兵であり、賊に身を落としているが腕は確かであった。ある時は少数で分散し、ある時は数の暴力で無力な人々から財産を巻き上げ、
今まさに彼らは幸福の絶好調、俺TUEEEEE!!なヘブン状態だったのだ!
そこに現れたのが、
今自分たちの後ろで斧を構える人間の姿をした死神―――エルカだ。
彼ら二人は突然砦に乗り込んできたかと思ったら、瞬く間に半数以上の人間の首が飛んだ。解雇だとかそんな生易しい首切りではなく――正真正銘の首切り(物理)であった。彼らにとって天国だったアジトは一瞬にして阿鼻叫喚の地獄に早変わり。酒池は血の池となり、肉林は人間の死肉の山で埋め尽くされた。
死後、悪人は地獄の悪魔に魂を捕えられ、しばきに会うという(注:「裁きに会う」が正解)。今自分は、今までの悪行の反動で地獄に落ちた夢を見ているのかもしれない。地獄とはこれほどまでに苦しいとは………こんな思いをするのなら、生きているうちに悔い改めて心から反省すべきだった…。そしてもし…これが夢であったのなら、山賊から足を洗って僧侶になろう。
現実逃避をしつつ、そう心に誓った頭目であった。
「しかし今更ながら思ったが、この縄すごいな。30人も縛れる上に、ほどける気配が一切ない」
「ふっふっふ、これぞ『クライン七つ道具』の一つ……縛竜索。錬金術で編み出された伸縮自在の縄は、たとえ竜でも一度縛ったら千切ることはできないよ」
彼が山賊たちを引いている縄は、術加工を施された特別なアイテムで、相手が弱っていれば自ら相手に絡みついて縛り上げるという恐ろしい効果を持っている。また、最大約20倍まで伸びるため、崖などを上り下りするロープ代わりにもなるし、強靭で滅多なことでは切れることがない耐久性を持つ。本当に竜が縛れるかは不明だが。これのおかげで、クライン一人で30名の山賊たちを歩かせることが出来るのだ。
「おや……、前方にかすかに明かりが見えるね」
「なんだと?明かりの数は分かるか?」
「いち…にー…さん……しー…ごー……6つくらいだ」
「ふむ、すると人数は6人からその3倍の18人くらいの間か。」
どうやらクラインが、前方から向ってくる明りに気が付いたようだ。
見える大きさから考えて、彼我の距離は結構あるようだが、油断は禁物である。
「エルカ、いったんここで止まって様子を見よう。もしかしたら別の敵かも知れない。」
「それがいいな。………貴様ら、ここでいったん休ませてやる、ありがたく思え。」
疲労と恐怖でよろよろとその場に崩れ落ちる山賊たちを念のために一ヵ所にまとめて、逃げられないように縄の端を樹木に括り付けると、二人はしばらく向こうの様子をうかがった。やがて、向こうもこちらの存在に気が付いたらしく、警戒するように明かりを揺らしながらゆっくりとこちらに近づいてきた。
時間にして30分。明かりの持ち主たちはエルカ達の前に姿を現した。
「何者だお前たちは…!」
「開口一番それか。最近の冒険者は口のきき方を知らないと見える」
「おー…見事なテンプレめいたやりとりだ。」
冒険者のリーダーとエルカの開口一番のやり取りが、
あまりにも陳腐すぎてクラインは逆に思わず感心してしまう。
「もしやお前らが…このあたりを荒らしまわる盗賊か?」
「え~、僕たちそう見えるの?なんか傷つくなぁ」
「とりあえずその台詞はこれを見てからほざけ」
エルカ達のことを警戒し、喧嘩腰になる戦士系の男性に対しエルカはめんどくさそうにしながら捕縛されてそのあたりに転がっている山賊たちを指差した。
「こ………これは…!」
「そ、賊なのはこいつらの方。僕たちは、とりあえずこいつらをこの国の詰め所にでも預けにいくところ」
「本当は砦を今晩の宿代わりに使いたかったんだが、汚すぎて使い物にならなかった。だが、せっかく賊を一掃したのだから、そのまま逃すのも良くないし、出来れば後腐れがないように全員その場で殺処分しても良かったのだが………」
エルカが目線を山賊たちの方にやると、それだけで彼らは
この世のものとは思えないほどの恐怖に満ちた表情を形成した。
「命乞いする相手を一方的に殺しても詰まらん。だからこうしてしょっぴいているわけだ」
「な、なるほどっ!そうだったんですね!貴方達が山賊を退治してくれたので………あれ?」
誤解が解けたらしい冒険者たち。その中で、衛生兵を担当する少女が、
エルカ達に素直に感謝の言葉を述べようとした………が、ここで一つ引っかかることに思い当たった。
「その……他には仲間の方などはいらっしゃらないので?」
「仲間?私はこのクラインと二人旅だ。ほかに仲間はいない。」
「ってことは…お前ら二人だけで、ここにいる山賊たちを全員倒したと……」
「ああそうだ」
「………………………………マジで?ざっと数えて30人近くはいるんだが……?」
「まさか30人全員…………二人で…?」
「正確に言えばこいつらのアジトにはもっと大勢いたが、大半は刃向ってきたのでその場で斬り殺した。こいつらは私の実力を悟ったらしく、命乞いをしておとなしくお縄を受けたが、縄がこの長さで限界だったから縛れない分は殺処分してきた。まあ、元々脚部を損傷してまともに歩けないような奴らだ、あの場で楽にしてやった方がある意味こいつらより幸せだっただろうな」
『………………』
おぞましい話を平然と語るエルカを、冒険者たちは信じられないものを見るように唖然としていた。ふつう、戦闘のプロフェッショナルでも一度の戦闘でそう何人も相手できるものではない。いくら実力差があるとはいえ、戦闘の心得があるものを大勢一方的に倒すなど、もはや人間業ではない。そしてそんな人間が現に目の前にいる……。仮にアジトにはもっといた云々がすべて誇張だったと仮定しても、少なくとも30人近くの人間を相手するのは苦もないわけで。
要するに、下手なことをすれば自分たちの命まで危うい。
それに気が付いた新米冒険者たちの体は、徐々に恐怖にむしばまれていく。
「ところでお前たちは、こんな夜遅くに山奥まで何しに来たんだ?」
「あ………あのっ、僕たちは…この辺を荒らしまわる賊を退治に来たので………」
「あぁ、なんだ、君たちは討伐に来たんだね。それは都合がいい。ねぇエルカ、子の賊達この人たちに任せちゃおうよ。僕たちが持ってても、面倒なだけだし。」
「うむ、そうするか。」
『え!?』
エルカとクラインの言葉に、思わずキョトンとする冒険者たち。賊一人討伐するごとに結構な額の賞金が出ることを知らないのだろうか。顔を見合わせる彼らだったが………
「私たちはこう見えても先を急ぐ旅の最中だ。少し寄り道してしまったが、荷物は少ない方がいい。食料も十分補給させてもらったし、賊達が奪った財宝もこの袋に入っている」
「依頼が出されてるってことは多分首に賞金がついてるのかもしれないけど、別に僕たちはお金には困ってないから、君たちの方で処分しちゃっていいよ。略奪品も持ち主に返すなり、戦利品として懐に入れるのも自由だ。どう?引き受けてくれるかな?」
「あ……ああ、本当にいいんだな?俺たちが引き取ってしまっても……」
「でも………盗賊たちを僕たちがちゃんと連れて行けるかどうか………」
「その点はご心配なく、その縄は特別製だから、縛られている間は大人しいはず。」
「おい賊ども。よかったな、冒険者の皆様がお前らを優しく連れてってくれるとさ。」
「え……えへへ、あざーっす……」
「だが……もしかしたら私たちはお前らのことをずっと見ているかもしれない………、逃げようと頑張ってもいいが命の保証はないと思えよ。」
「うへぇ……」
こうして、二人は賊達の身柄を冒険者たちに引き渡した。
これでようやく肩の荷が下りるというものだ。
山賊たちを連れて街道を引き返す冒険者たちを見送ると、
二人は少し体を休めるために、適当な岩に腰掛けた。
「お腹すいたね。遅くなったけどご飯食べようか」
「まったくだ。腹の虫の声を奴らに聞かせたら台無しだったからな、我慢するのは苦労したぞ」
クラインは、肩掛け鞄を空けてその中から一見何の変哲もない道具袋をあける。その中から、黒パンを三つに干し肉を五つ、それと魚の干物を二つとチーズを一塊を取り出した。
「不思議なものだな。普通の袋なのに明らかに容量以上はいっているぞ」
「ぱんぱかぱーん♪これぞ『クライン七つ道具』の一つ、亜空間術拡大収納袋!口に入る分なら最大50倍までの量を収納することが可能で、保存にも最適さ。ただしあまり詰め込みすぎるとその分早く壊れちゃうけどね」
この不思議な道具袋は特殊な繊維が必要なので作成が難しいものの、こうして最小限の質量で大量の道具が持ち運べる非常に便利なものだ。クラインはこれを食料入れとして使っており、山賊のアジトでガメてきた食糧を含めて現在二人が半年間無補給で生活できるだけの備蓄がある。
「そういえば、あの縄……あいつらにやってしまったことになるが、よかったのか?」
「まあね…勿体ないとは思うけど、あの子たちが賊達を逃がさないようにするためには結局あの縄が必要だからね、人命と道具じゃその価値は比べるまでもないさ。
それに縛竜索は別に二度と手に入らないものじゃないし。またどっかで手に入れればいいよ」
「ふむ、物に執着せず必要な場面で惜しまないその姿勢は悪くないと思うぞ」
そんなことを話しながら、空腹の身体に食べ物をゆっくりと入れていく。
季節はそろそろ夏に変わろうとしている………、満天の星空の下でも寒く感じることはなく、虫の声だけが響き渡る。
「は~…ぁあ………なんだか眠くなってきたかも。今日はもうここで野宿しない?」
「うーん…、どうするかな。正直私は無理にでもこの国を早く抜けてしまいたいのだが…」
「どうして?」
「…………何者かに見られている気配が時折する。洞窟に入っているときはそうでもなかったが、出てからしばらくしてまた気配が現れたり消えたりしている。どうせ狙われているのだから、さっさと出てきてほしいが……、こうまで長く付き纏われると少々不愉快だ」
「むぅ、僕は何も感じないな。………、だめだ…やっぱ眠い。正直これ以上歩くのはつらいかもしれないよ」
ここまで不眠不休で歩いてきたせいで、クラインの人間としての活動時間は、とうに限界を超えていた。このまま進むと、何かあったときに頭がうまく回らない可能性が高い。
「仕方がない、今晩は君を背負って進むから、しばらく私の背中で寝ているといい」
「そんな無理しなくても……」
「どうも何となくだが、早く進んだ方がいい気がする。なに、私は三日三晩くらいは不眠不休でも問題なく活動できる。いざとなったら起こしてやるから気にするな」
「ふぅん……」
結局、クラインはその身をエルカの背に預け、休むことにした。
エルカはクラインの身体を紐で補助的に固定すると、そのままゆっくり街道を下って行った。子供を背負う母親はこんな心持かも知れない……そうエルカが思ったかは定かではないが、自分の体に安心して体重を預けるクラインを背負うのも、満更ではなさそうだ。
道なりに歩くと、やがて街道の左手に川が流れているのが見えた。本来であればこの先に首都へ続く街道と合流し、ユンガイナへと向かうのだが――
「地図によると……ここでよさそうだ。少し揺れると思うが我慢してくれよ」
エルカは川底から生えている岩を飛び移りながら、強引に対岸へと渡った。この先は道がなく、ひたすら丘陵地帯を歩くことになるが、実はユンガイナを経由せずとも西へ通じる街道に出ることが出来る。そのことが記された地図は、先ほど冒険者たちの集団から捕虜と引き換えに受け取っていた。
「…………おそらく狙われているのは私ではない、クラインだ。私を倒すという目的がないのであれば、クラインだけを標的にするだろう。どこのどいつかは知らないが…………そう簡単に事が運ぶとは思うなよ」
これほどまでに必死に――――守りたいと思ったことは今までなかった。クラインの為なら、いくら無理をしても苦痛とは思わないのではないか……
そんな今の自分がエルカにとって不思議であった。
…
それから少しした後、先ほどの街道にて。
「…………来たか」
一人の人影が、南側から松明の光が向かってくるのを確認した。それを見た人影は、技とその場で右手にあった枝を揺らしてがさがさと音を立てる。すると、未知の反対側にある林の方からも、がさがさと木の枝が揺れる音が聞こえた。
「見えましたか……?」
「まだわからない。しかし…可能性は高いな」
松明の光と、足音が近づいてくる。
近づくにつれ、光の数と足音の数がより鮮明になる。
(―――明かりの数が明らかに多い。それに…足音の数も)
――「標的」とは違う。そのことがはっきりしてきた。
いや、たとえ標的だったとしてもこれだけの数に紛れていては、
「確保」することは非常に困難だろう。
(―――パスだな)
念のため、腰の剣をいつでも抜けるようにし、警戒は続ける。
やがて、その場所を冒険者の集団と、それにつれられた山賊たちが通過した。
先ほどは物音にリーダーが気付いたのだが、今回は誰も気が付くことなく、意気揚々とその場を去って行った。明日の昼ごろには、とらわれの山賊は首都の国軍に引き渡されることだろう。
「一時はどうなるかと思ったが、無事に終わってよかった」
「そうだな!しかも、労せず大量の山賊を捕縛できたんだ、運が良かったぜ!」
「これだけ捕えれば、報奨金もガッポリ!しばらく遊んで暮らせるかもな!」
任務達成の安堵感からか、全員気持ちが大きくなっており、ついさっきまで賊の恐怖におびえていたのがまるで嘘のようだった。これがもしプロなら、本当の任務達成はギルドへの報告だと気を引き締めて、むしろ残党が襲ってこないか気を配りつつあるくはずなのだが、残念ながら初心者である彼らはビギナーズラックに酔ってしまい、すっかり任務が終わった後何して過ごそうかという相談に移っている。幸い山賊たちは、アジトに全員集まっている最中に一網打尽にされてしまったため残党からの襲撃はないと言い切れるのだが………
「てめぇら……、たまたま強い奴が全部片づけてくれたからって、いい気になるなよ。もし奴が現れなかったら……てめぇらを全員殺すなんてわけねぇんだぜ」
あまりにも調子に乗る冒険者たちを見て、頭目が苦々しく苦言を呈す。
「なーにいってんだ、お前らは捕まってるんだから怖くもなんともねーよ!」
「ちくしょう………覚えてろよ。次はこうなるとは限らねぇんだからな…」
…
先ほどの待ち伏せ地点にて。
「…………違ったのですか?」
「ああ、どうも先ほどの若者の集団の様だ。…どうやら、もう少し待つ必要がありそうだな」
剣を構える人影と、もう一人の人影は結局何もすることなく集団を見送った。
「なんだか……ふぁ、眠くなってきましたぁ」
「勝手にするがいい。どうせこれを使えば………お前でも目を覚ますだろうさ」
そう言うと、人影はポケットの中から布で覆われたボールのようなものを取り出した。
「いつか来るはずだ………首都まで行くにはこの道しかないのだから」
人影は、警戒態勢を少し崩すと、街道の向こうへの見張りを再開した。
だが、その後……朝になっても「標的」が来ることはなかった。