二人の旅立ち
「私の頭脳にならないかって、それはどういう………」
「なんだ、言わなければ分からないのか? 君は頭がいいから察してくれると思ったのだが?」
言わんとしていることは分からなくもない。けどね、敵国の将軍が突然捕虜にそんなこと言っても何を考えているのかさっぱりだ。言っておくけど僕はセスカティエの軍門に下るつもりはない。負け犬としてみじめに生きるより、名誉ある死を選ばせてもらいたい。
「ま、確かに今この状況で仲間になれと言われても勘違いするのは無理なかったな。すまない。誤解を解くために少し話をしようか。」
そう言ってエルカさんは、いったん伸びをし、そのままベッドに仰向けになる。
「王子クライン。君はどうして王子になったんだ?」
「はい?」
エルカさんの妙な質問にまたしても頭の上に大量の疑問符を浮かべる。
「どうしてって言われても、僕が王子なのは生まれつきだよ。何しろ父上が王様だからね」
「うむ。ではどうして君のお父上は王様なんだ?」
「どうしてって……そりゃ王族だもん、王位を継いだからに決まってるよ」
「じゃあ君はもし仮に我々が何もしなかったのならば将来王様になれるのか?」
「どうかな……。兄上が生きてればまず王様にはならないだろうね」
「ふむ、王様の一族は昔から王様になる。そして将来も王様になる。そう、王様はみんなそうだ。王様だけじゃない、貴族もだ。貴族になれるのは貴族だけ。教皇になれるのは教皇だけ」
エルカさんは起き上がり、再び僕に視線を向ける。
「馬鹿らしいと思わないか?」
今まではどこか軽く、まるで友達に話すようだったエルカの口調はいつしか強い感情を帯び始めていた。彼女が見せた真剣な表情に、僕は思わず怯えてしまった。
「どこの国の王侯貴族もある日地面から湧いて出てきたわけじゃない。数多くの敵を討ち払い、命を張って得た勝利者の地位だ。ところがだ、今の時代は勝利者も敗北者も平民も…………所詮、生まれだけがすべてだ。バカらしいと思わないか?同じ人類なのに。生まれた瞬間に人生が決まるのだ!」
なるほど、エルカさんが言っていることはわからなくもない。貧しい平民たちが、自分たちの境遇を嘆き、王侯貴族たちを憎むのはよくあること。しかし、貴族出身のエルカさんの口からその言葉が出るのは意外だっと思った。
「私なんかはまだ恵まれている方だ、なんたって生まれが貴族だからな。畑仕事も商いも家事もせず、ひたすら武芸に打ち込むことが出来た。ところが……かつてシエナには私が尊敬する偉大な豪傑がいた。しかしながら彼は平民だからという理由ですべての栄誉をはく奪されてしまったのだ! 私も生まれが違っていたら彼のようになっていたことは想像に難くない」
「その、貴女が尊敬する英雄ってもしかして……!」
平民生まれの英雄で、無実の罪ですべてを失った将軍……僕が心当たりがある人物は、たった一人しかいない! 昔、師匠と呼んで慕っていた、シエナの武将――――
「そうだ! 君が師匠と呼ぶセルディア・エクセル将軍。彼がたどった末路を聞いた私は……とってもショックだった!」
「…………」
「自ら勝ち取った栄光が、地位のせいで剥奪される……そのようなことはあってはならないんだ!」
何なんだこの人は……初対面の僕に心の中の蟠りを吐き出すなんて。
でも、不思議と悪い気はしない。むしろこの人の事、痛いほどわかる。
一気にまくしたてるエルカさんを見て、思わず圧倒されたけど、なぜか彼女に対して妙な親近感がわいてくる。今日初めて出会ったに等しいというのに、まるで姉と話しているようだった。
それはきっと、僕も心の底で同じ思いを抱いているからかもしれない。
僕は王族だけど、今までの生活はとても優雅とはいいがたい、ほかの国の人から見れば惨めなものだった。だからこそ、僕は自分の力だけを信じて、生きてきたんだ。
もしかしたら僕とエルカさんは、意外と似た者同士なのかもしれない。
「それで、だ。」
「!」
いきなりエルカさんの顔面が僕の目と鼻の先に迫る。この際意外と美人だとか、もう少し近づけたらキスできそうだとか考える余裕はなかった。
「私は新しい王者になりたいと思う!」
「新しい王者ぁ!?」
あまりにも斜め上の言葉に、僕は素っ頓狂な言葉を上げる。
「そうだ。私の腕で、新たな国を作る。そのために君の頭脳が必要なんだ。」
「ははは……な、何を言い出すのかと思えば。冗談でしょ?」
「いいや、私は本気だ。私はもうこの国にはうんざりしている。表向きは軍人たちの実力主義などと言われているが、私たち若い世代がどれだけ頑張ろうともその功績は自分の物ではなく全て上に取られてしまう。それがゼクト将軍のような直接指揮を執る者ならまだわかるが、大半の貴族は自分の影響下にある下位の家の者たちを代理で戦場に放り込み、自身は後方でただふんぞり返り、国王の機嫌をうかがうだけ。こんな国ではいくら強かろうと決して高い地位は望めまい。ましてや女である私は、これ以上頑張ったところで無駄だ。だから……私は自分の力で勝利者となりたい」
「そんな無茶なことに協力しろと…?」
「確かに、私だけでは無理だ。戦う力はあっても、恥ずかしながら知恵がない。だが、君がもし私の力をうまく活用できるように考えてくれれば、それだけで百人力だ。それに君にも悪い話ではないと思うぞ。君はこのままでは…………速かれ遅かれ人生終了。生きて足掻きたいなら、私に協力しろ。はいかいいえ、今すぐ決めろ」
「ええぇ……」
確かにこのままここにいたら、二度と生きて太陽を拝めないかもしれない。しかし、たとえエルカさんに協力したとしても、目標が壮大過ぎて現実味がない。果たして僕はどうするのが一番いいのだろうか。
「ごめん……ちょっと、落ち着く時間が欲しい。一日待ってとは言わないから」
「………そうか」
エルカさんは再びベッドに仰向けになる。
「私はしばらく休む。起きる前までに決めてくれ。ああ、休んでいるといっても決して逃げようとは思わないことだ。部屋の外に出た瞬間我が国の兵士に取り押さえられるからな」
そういうとエルカさんは瞼を閉じた。無防備のように見えるが、逃げられる可能性を微塵も感じさせないところが、また恐ろしい。
「どうしたものかな……」
エルカさんが僕のことをとても高く買ってくれているのは分かった。
まず、どこまでが本心なのかの見極めが難しい。そもそも彼女のような貴族の地位を持つ女性がみすみす地位を手放すこと自体異常であるし、たった二人だけで国を作るなど正気の沙汰ではない。
けれどもエルカの瞳には、決して嘘偽りの感情は含まれてなかった。
(なぜ僕が?僕以外にも親しい人はいないのか?)
これがもし、家族の為だったり国の為だったりしたのなら決断に迷いは生じなかった。だが、会って間もない相手に命を預けることが出来るのだろうか。
冷静になれ。
別の視点から考えれば、これはひょっとして大きなチャンスになりうるのではないか? 彼女は腕っぷしが強くカリスマ性もあるが、政治の知識は殆どない。つまり実質は僕が国を動かしていくようなものだ。
自分の手で富国強兵を実現する…………。それは子供のころ描いた夢物語。
はたしてそのような大それたことは可能か?
違う、出来るかどうかじゃない。やってみるんだ!
本来なら、僕の人生は終わりを告げていたはずだ。
しかし何の因果かは知らないが、わずかな可能性が降ってきた。それは冥界に垂らされた天界からの一本の蜘蛛の糸のように、見えるのは可能性だけ。
藁に縋る気にはなれないが、先が見えない糸なら先を見に行けばいいんだ。
「これも神の導きってやつかな。別にそんなに信心深かったわけじゃないけど、もし成功したら神殿の一つや二つくらいたててやろうか」
いろいろ考えた末に出した結論は「賭けに出る」だった。
後悔なんて、やってからすればいい。
「…………エルカさん」
「決心がついたか?」
エルカさんは目を瞑ったまま答える。
「いくつか条件があります。それさえ飲んでくれれば、ぼくは貴女に従いましょう」
「条件か。言ってみろ」
「貴女の覚悟を見せていただきたいんです。あなたの祖国を捨ててでも、成し遂げてみせると言えるくらい、強い覚悟を」
「なるほど。…………どうやって示せばいい」
僕は、彼女の意思を確かめるために、ちょっとした策を弄することにした。
―――《視点:その他の人物》――――
次の日、マンハイム城玉座の間にて。
「話は聞いている、エルカ。なにやら王子から取引を持ちかけられたらしいな」
「はっ……その前に、御人払いを」
「何か訳ありのようだな。よかろう、皆の者下がれ」
エルカは、軍団副司令官のロザリエ将軍の元を訪れていた。
ロザリエはやや白髪交じりの壮年の男性で、かつては騎兵を率いて大戦果を挙げた豪傑である。ちなみに総司令官のゼクトは国王を出迎えるための準備で今はここにはいない。
「実は昨晩、フーシェ軍師には内密でこっそり王子を尋問しましたところ、この国の財宝を隠してある場所を吐かせることに成功いたしました」
「なんと! それはでかした! しかし……軍師殿から危害を加えてはならぬと言われてていたが、大丈夫なのか? 傷が残っていたら大変だぞ」
「簡単なことです。私の目から目をそらさない様言い続けていたら、自然に折れました」
「……………」
その場面を思い浮かべたロザリエは思わず身を震わせた。
エルカの顔を正面から見つめるなど、下手な魔獣ににらまれるよりも恐ろしい。
「そ、そうか。して、その財宝の場所は?」
「それがどうやら、南部の町『ミハエルバッハ』の西に位置する間欠泉に洞窟があり、そこに王子が個人で所有する財産が隠されているとのこと」
「よし! すぐにその場所を探らせよう!」
「お待ちください。まだ続きがあります」
「続き?」
善は急げと立ち上がるロザリエを、エルカはいったん静止させる。
どうやら、話はまだ終わっていないようだ。
「王子が言うには、財宝が保管されている宝箱には王子自身でしか開けられないロックがかかっているとのこと。もしかするとこれは罠の可能性もあるかもしれません」
「……罠かどうかは吐かせられなかったのか?」
「王子は罠は絶対ないの一点張りでして」
「ふむう、確かに怪しいが……」
「そこで私と兵士数十名を同行させ、真偽を確かめて参ろうと思うのですが」
「なるほど、確かにエルカがいれば小細工など通用しないな」
「…………で、ここからが本題なのですが」
エルカは「他の方には内緒」といった風に指を唇に当てる。
「その財宝、私たちで山分けしませんか?」
「なんだと?」
エルカの言葉に、ロザリエはたちまち目の色を変えた。
わかりやすい反応を示してくれた将軍に対し、エルカは心の中でほくそ笑むが、表面上は自分が味方だと思わせるよう、柔らかな態度をとり続ける。
「王国にはすでに、財産はすべて竜に奪われたと報告済みです。でしたら、取られたはずのものが出てきたとなればゼクト将軍の面目は丸つぶれですよね。でしたら、私たちが好意で処分してあげたほうが良いのではないでしょうか」
わざとらしく「好意」を強調するエルカ。
「お、おお! それもそうだな! 国王陛下にうその報告をしたらゼクト将軍も困るだろうな! そうだそうだ! これはゼクト将軍への好意だ! わしらが責任もって処分してやるというのが思いやりというものだ! 流石は黒騎士エルカ将軍、武一辺倒かと思っていたが、貴族的な駆け引きは心得ておられるようだ! はっはっはっは!」
実はロザリエ将軍は、お金大好き人間である。
今回の遠征も、金持ちのミラーフェンで思う存分略奪する予定だったのだが、目ぼしいものは何もなく、取り分がほとんどなかったためイライラしていたところだった。
そこにエルカが持ってきた財宝山分けの話。彼は一二もなく食いついた。
(王族の隠し財宝か……! なんでもあの王子が率いていた兵はすべて王子の私兵だったというではないか。だったら奴はそれだけの兵を養えるだけの財産があったということだ!こいつは期待できそうだな!そしてわしはその財宝でさらなる地位を得る……! ゼクトよ、いずれは私がお前を顎で使うかもしれんぞ!)
「…………」
欲丸出しの妄想に浸るロザリエを、内心侮蔑しつつも、エルカは表情を崩さず話を進める。
「では将軍、早速昼前にでも出立したいと思いますので、兵をお借りしたいのですが。よろしいでしょうか」
「もちろんだ! 早くしないとゼクトが戻ってくる、それにあの不気味な軍師もどこかへ行っている! やるならいまのうちだ!」
「承知いたしました」
こうしてエルカは、副司令官をだまして何人か兵を借りた。借りる兵はエルカが選んでいいとのことなので、適当な傭兵を何人か見繕って出発することにした。
―――《視点:クライン》――――
ミハエルバッハの町は、第二王子である僕の直轄領の中心的な街で、首都マンハイムから馬車で5時間ほどの場所にある。
街の西に小さな湖があり、時折湖底から勢いよく水しぶきが飛ぶ。
その光景を見に来る人々が利用する宿屋を中心に施設が揃い、耕作に向かない土地ながらそこそこ多くの人が暮らしていた、ミラーフェン南部経済のかなめと言っていい街だ。
「なんだ、誰もいねぇじゃねぇか」
「こっちもだ。小麦の一本も残っちゃいんぞ」
「これで財宝が無かったら完全に赤字だぜ」
「ま、その時は将軍サマに身体で支払ってもらうとするか!」
「はははー」
僕の実家と言っていいくらい馴染んだ街を、傭兵達が乱暴に物色している。
無力な僕は、その光景を黙ってみているだけしかできないけど、もう一人の存在を忘れてはいないかい君たち。
「誰の身体で払うって?」
『スンマセンッシタッ!!』
家屋を漁って回る傭兵たちに、後ろから殺気を伴って声をかけるエルカさん。 彼女が連れてきた傭兵たちはどれもこれの素行が悪い連中ばかりで、街につくと早速略奪に走る始末だった。
最もエルカさんは偵察からこの町はすでにもぬけの殻であると知っているため、特に略奪禁止令は出していない。まあ、セスカティエ軍自体敵の町を見かけたら即略奪なので、止めようがとめまいが同じことなんだけど。
「王子、危ないから絶対に私の傍を離れるな。奴らは宝が見つかるまでは大人しくしているだろうが、念のためだ」
「うん……」
自分の直轄地が無人というのは、悲しいようなほっとしたような複雑な気分だ。統治していた期間は僅かの間に過ぎなかったけど、ここにはかけがえのない思い出がたくさん詰まっている。
毎日のようににぎわう市場、運び込まれる石切り場の石や湖の周囲でとれた硫黄の匂い。広場の近くの詰め所では毎日訓練が行われていて、子供たちや若い女の子たちが訓練で汗を流す兵士たちを憧れの目で見つめていたっけ。
兵士たちの先頭に立つ、兵士長兼護衛役の女性剣士アンゼリカの広場まで響く掛け声。鍛冶屋では武骨な鍛冶師たちが戦に不慣れな兵士たちのために扱いやすい武具を生産していた。
一角にある研究所ではカルディアから流れてきた錬金術師が火薬の研究に打ち込む。研究所は常に異臭を放っていて、時折爆発音が聞こえた。ある意味この町の名所として、話のタネになった。
さまざまな音や風景、匂いに囲まれて、執務が終わると戦術書を開くのが日常だった。ドジだけど甲斐甲斐しいメイドがいつものお茶を運んでくる。
立っているだけで、そんな光景が目に浮かぶ。
けれどもその光景は二度と見ることはないだろう。
「お前たち、その辺にしておけ。日暮前には洞窟の調査をするんだ。隊長は部下たちを纏めろ」
『へーい!』
「さて王子、覚悟はいいか?」
「ご心配なく」
僕の意思は完全に決まっている。
握るエルカさんの手を、強く握り返した。
「よし、王子……案内しろ」
「はい………」
僕たちが向かったのは、間欠泉が湧く湖の北岸にある洞窟で、街から歩いて数分もしないうちに到着した。
「ここだな。よし、お前たちは先に入って見てこい」
『へーい!』
エルカさんに命じられた傭兵たち15人全員が洞窟の中に入っていく。
この洞窟は、火薬の原料を採掘するために掘った穴で、深さは歩いて50歩ほどある。火気厳禁であるため、術で作用する特殊な光源を用いて内部を照らす。
「うぇっ、臭ぇっ! なんだよこの卵が腐ったような臭いは!?」
「お前腐った卵の匂い嗅いだことがあるのか?」
「ねえよ。ちったぁだまってろ。」
立ち込める硫黄の匂いに辟易しつつ進む傭兵たちだったが、一向に財宝がありそうな場所が見えない。そして気が付けば、一番奥の行き止まりまでたどり着いた。あるのはぼろい木の箱と、その木の箱に赤い砂が入っているだけ。
「おいおいおい、行き止まりだぜ。宝はどこだっての」
「隠し扉でもあるのか?」
「こうなったら直接王子に問いただして――――――ぐわーッ!?」
突如、恐ろしいほどの殺気と共に、最後尾にいた数人の傭兵が倒された。
何事かと振り向いた傭兵たちが見たのは、自分たちに長柄斧を向けるエルカの姿だった。
「し……しょ、しょしょしょしょ…将軍様!こ、ここ…これは一体?」
「まさか……お、おれたちを殺して………宝を一人占めするきじゃ…!」
「…………さあな。だが、お前たちは邪魔だ。消えてもらう」
エルカさんは何も答えず、淡々と武器を振るう。相手はあの黒騎士だ、傭兵達が武器を抜こうにも恐怖で腰が竦む。
狭い洞窟内で器用に振り回される長柄の斧が、命中した部分を容赦なく切り裂き、地面や壁を血で染めていく……。
僕はエルカさんにぴったりとくっついて、念のためにかがんでいるから、斧が当たることはない。けれども、武器が作り出す血の旋風が、僕の体にまで飛沫を飛ばす。生暖かく、生臭い香りが体に張り付くたびに、体から吐き気がこみ上げてきたけれど、何とか耐える。
結果、全員を倒すのに30秒と掛からなかった。
まさに超人的な早業だ。
はじめから、エルカさんは傭兵たちを生かして帰す気はなかった。
彼らはただ単にエルカさんが僕を外に連れ出すことの正当性の証明のための囮に過ぎない。当然この洞窟に財宝があるというのも嘘、僕の策略だ。
数日も経てば誰も戻ってこないのを不審に思われ、捜索が開始されるはずだ。
だが、数日あれば十分だ。その間に隣国へのがれ、追っ手を撒く。
「見たかクライン。これで私が本気だと証明できただろう」
「…………ああ。これで貴女も帰る場所がなくなった」
「うむ。だが未練は一切ない。さあ、今日から私と君は運命共同体だ。君は心置きなく私に甘えるといい。私も君だけが頼りだからな」
「甘えるかどうかは別にして、頼りにしてるよ。まずはどこに向かおうか」
「西だな。山を越えてユックルに向かおう」
洞窟から出たころには、すでに西の空が夕陽に染まりつつあった。
もう二度とこの景色を見られないんだと思うと、ちょっと泣きたくなる。けれども、僕はもう泣かない。人間はいつか、育ったゆりかごを離れなければならないのだから。
「そうそう、証拠隠滅しておかないと」
「証拠隠滅?」
「――――命ず、自ら輝き崩れよ」
僕が洞窟に向かって呟くと、次の瞬間洞窟内から轟音が響いた。
中に仕掛けてあった爆薬が、炎の術式を通して起爆し、壁と天井を破壊、ものの数秒後には洞窟は土煙を吹きだしながら完全に崩壊してしまった。
万が一のために仕掛けた緊急用の自爆装置だ。
「これでよしっと」
「埋葬してやるとは優しいな」
「さ、あまりここには長く留まれない。急ごう」
「ああ」
こうしてエルカさんと僕は、乗ってきた馬車に傭兵たちが持っていた私物を詰め込んで旅の物資とし、いそいそと町を後にした。
僕たちの旅はここから始まる。