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第二王子クラインの死闘


 それは僕がまだ10歳にもならない頃だ。


 ミラーフェンという国の第二王子として生まれた僕は、留学と言う名の人質として、遠く東に位置する大きな国「シエナ」で幼少時代を過ごしていた。

 故郷の国のこともほとんど知らず、親の顔だってほとんど覚えていない。僕についていたのはあんまり強くなさそうな護衛の剣士としょっちゅうヘマをするメイドだけ。

 でも……悪いことだらけではなかったかもしれない。あそこにいなければ、知ることのできなかったこともたくさんあったのだから。





「ほほう、あの少年はまた来ているのか」

「今時珍しいですなぁ、あの年にして難しい本を読み漁っておる。しかも絵本などではないぞ、読んでいるのは戦術書ばかりだし。一体何が面白いのやら」



 そのころの僕は、この国一番の規模を誇る図書館で、一日中書籍を片っ端から閲覧していた。それも子供向けの本ではなく、過去に起きた戦争やそれに関する戦術書ばかり。

 読んでいて面白い……というのも多少はあったが、そんなことよりも僕が今どれだけの知識を詰め込めるかに未来の僕がかかっている――そんな考えが常に頭を支配していた。



「やぁ君、可愛いね。何読んでるの?」

「男にナンパとか、変態ですかあなたは」

「おうふ、いきなりいいパンチ食らわせてくるじゃないか。別にナンパしようなんて思ってるわけじゃない。ちょっと気になっただけだ」


 入り口で司書のおじいちゃんと話していた、騎士風の格好をした男の人が突然僕に話しかけてきた。


「ん~…………30年前の戦史ね。読んでて面白いのかい?」

「少なくとも絵本よりは面白い」

「……可愛げないなぁ。将来ロクな大人にならんなこりゃ。子供だったらもっと外で遊ぶとかしたらどうよ。本ばっか読んでちゃ不健康だぞ」

「はぁ、余計なお世話だよ。僕は生き残るために勉強しなきゃならないの」

「生き残るためねぇ。だったらなおさら体を鍛えたほうがいいんじゃないか?」



 しつこい人だ。こんなつまらない子供相手して何が楽しいんだか。さっさとどっか行ってくれないかな。



「身体なんかいくら鍛えても、普通の人だと人間数人、魔獣一匹倒すのが精いっぱいだ。僕はね…一人で大勢の人に勝つために本を読んでるんだよ」

「…………! こいつは驚いた!」


 男の人は、笑顔から一変驚きの表情を見せた。目つきも心なしか急に真剣になっている。


「子供のころからそんなこと考えるとはな……。何か……君を突き動かすものがあるのか」

「…………僕はね、人質なんだ。遠い遠い国からお父さんお母さんの顔も分からないまま連れてこられたんだ。でもそれは僕だけじゃない…ほかにも僕と同じ境遇の子はたくさんいる。どうして僕たちは人質なんかになってしまったのか。ある子にそう聞いたら…『それはね、僕たちの国が弱いからさ』って。僕の祖国ミラーフェンも弱い国の一つさ。だから、もし国に戻れる日が来たら…ここで得た知識で国を強くするんだ。そう、僕がそうしなきゃならないから。遊びたいのを我慢して勉強してるんだ。どーだ!すごいだろ!」


 まるで開き直りに近い勢いで、自分の境遇を捲し立てる。

 仮にも僕はこの国にとってよそ様に過ぎない。そんな僕がこの国で得た知識で自分の国を強くするというのだ。

 普通なら「んなバカな」と軽く一蹴されるか、将来の禍根になるかもと警戒される。まあ…後者は僕の自惚れだけどね。


 だけど、男の人は笑いも怒りもしなかった。ただ一言「そうか…」と呟くと、ちょっとまってろと言って席を立った。男の人のただならぬ様子に若干緊張していると、やがて彼はティーポットとティーカップを二つ、トレーに乗せて運んできた。そしてまた席を立つと、今度はやや大きめな板と木製の箱を持ってくる。



「君のその向上心は素晴らしい。だがな、蓄えるだけじゃ何の役にも立たん。そこで…だ、簡単にではあるが『実戦』というのを教えてやろう。これはな『演習版』(ラテルンクロウム)といってな……色がついた木彫りの彫刻が何個もあるだろう?それを軍隊に見立てて、模擬戦を行うものだ。

 海向こうのカルディアでは軍人必須の教養……というか、本来の役目よりも遊び目的で使われることの方が多いんだが、実際に命のやり取りをしなくても戦いのやり方を学ぶにはやはりこれが一番だ。どうだ、君もやってみないかね」

「ラテルンクロウム……?」


 机の上に広げられた木板には正方形のマス目が彫られており、彼はその上に木彫りの彫刻を手際よく並べてゆく。



「演習版の基本、それはこの木彫りの彫刻――『駒』(ピース)というのだが、ピースにはいろんな種類があってどれもこれも動きが違う。例えばこの歩兵(トルリテス)は1ターンに一歩しか前に進めない。だけどこの騎兵(カンパニオン)はこんなふうにほかの駒を飛び越えて進むことが出来る。そして最終的にこの将軍(ジェネラル)を取った方が勝ちと言うわけだ。ま、駒の動きは追々覚えるだろう。まずは俺と司書で一局指してみるから見ててみろ。」

「は!? わ……私がセルディア様と!? ご冗談を、まったく勝てる気がしませぬ!」

「まあそう言うなって、これはデモンストレーションだから適当でいいから。先行もそっちに譲るし」


 そんなわけで男の人と司書のおじいちゃんとで演習版の対戦がはじまった。勝負はあっという間についた……男の人の圧勝だ。


「チェック……」

「ははぁ、参りましたな……微塵も容赦ありませぬなぁ…」

「何言ってんだ。これでもかなり手を抜いたんだぜ」

「ウソダドンドコドーン!!」


 司書のおじいちゃんは、想像以上の実力差を思い知って、信じられないといった感じで両頬を両手で挟みこんで変顔をさらしていた。


「おーし、次は君の番だ。大体やり方は分かっただろ。」

「う、うん!」


 負けることが分かっている勝負をするのは、あまり気に食わない。だけど、見ているだけでなんとなくルールは把握できた。それに……なんだかおもしろそうだった。


「初めてだからハンデとして3ターン待ってやろう。初手三回、好きなように指すといい」

「ハンデ?そんなのいらないよ」

「馬鹿言え、こっちがやるっていてるんだから黙って受け入れろ。それとだな、もしお前が俺に勝てたらお前を国元に帰してやろう」


 勝ったら国本に帰す――――その言葉を聞いて、僕は自分の耳を疑った。


「え!? そんなこと出来るの!?」

「やろうと思えばできるさ。お兄さんを甘く見るなよ? その代り…お前が負けたら、俺のことを今度から『師匠』(せんせい)とよべ。いいか?」

「いいともさ! 約束はちゃんと守ってよね!」


 勝てば国に帰ることができる! 本当かどうかはわからないけど、僕にもチャンスがやってきたんだ! 相手は僕のことを見くびって、ハンデまでくれたんだ。絶対に……絶対に勝って、故郷に帰ってやる!


 僕は自分に活を入れると、自分の方の駒をつかんで…………



…………




……









 目が覚めた。

 布張りの天井からうっすらと光が染み込み、土埃の匂いがあたりに充満する。


 僕。ミラーフェン王国第二王子クラインは、うんと背伸びしながら、簡素なベッドからその身を起こした。



師匠(せんせい)――」


 人は……死ぬ前に今まで生きてきた記憶が次々と蘇ると聞く。もっとも、自分は今年15になったばかりなので、まだ人生経験という物に乏しいが……


「いよいよ僕もこれまでってことかな。ふん……縁起でもない」


 懐かしい、いい夢を見たはずなのに、あまりにも鮮明すぎて逆に不快に感じる。迷信の類は信じないほうだが、今は抜き差しならない情勢の真っただ中、不安な要素は少しでも排除しておきたい。



 幕舎から外に出ると、外では兵士たちが朝食の準備に追われていた。

 大きな銅製の鍋に水と野菜などの具を投入し、よく煮込み味付けは軽く塩を振るだけ。これに加えて軽く焼いた小ぶりのパンが支給される。

 このところ毎日こればかり食べている。さすがに飽きてきたけど、兵士たちの手前、王族であっても贅沢は言っていられない。


「あ、おはようございます殿下!」

「おはようアンゼリカ」


 幕舎の外に控えていた金髪のショートヘアに、青と白を基調とした布鎧を着こんだ女性剣士――――アンゼリカが起き掛けの挨拶をしてきた。

 アンゼリカは、僕がシエナに人質になっているころからの護衛兵で、初めのうちはとても弱かったけど、努力を重ねて今では何とか普通の兵士よりかは強くなった。


「敵の様子は?」

「相変わらず慌ただしく動いています。どうやら懲りないようですね」

「いつ攻めてくるかわからないから、今のうちに腹に入れておくように」

「はっ、お心遣い感謝いたします!」

「で……ロゼッタは?」

「それが―――」

「まだ起きてないな、あの駄メイドは。仕方のない奴だ。」


 同じく、人質時代からの臣下で、身の回りの世話をしてくれるロゼッタというメイドがいるのだが……主人より早く寝る癖に主人より遅く起きるとは。

 メイドの風上にも置けない奴だが、日ごろの疲れがたまっているのだろうから、今回は見逃してやることにする。どうせここは屋敷ではないのだから行える家事は殆どない。

 本当なら安全な場所においてきた方がよかったのかもしれないが、本人がどうしてもついてきたいというので断れなかったのだ。


「よし、ご飯を食べたら今日の作戦会議だ。ご先祖様、今日も食事ができました、ありがとうございますっと」


 いつものお祈りを済ませて、いつも使っている露天のテーブルに野菜のごった煮とパンを置き、食べ始める。

 硬くなったパンを煮込みスープに浸して柔らかくして食べている合間に、使ってない手でテーブルの上に簡素な木彫りの彫刻を並べ始めた。


「今日の配置は……こんなものかな。後で微調整して…」


 ボロボロになった『演習版』(ラテルンクロウム)『駒』(ピース)が、陽の光を受けて輝いているように見えた。








 数日前、隣国セスカティエ王国がミラーフェン王国に突如として侵攻を開始。両国は同盟関係にあったのだが、それを一方的に破棄された形になる。

 当然何の準備もしていなかった、祖国ミラーフェン側は瞬く間に国土の南側を制圧された。

 けれども僕たち第二王子直属軍のとっさの判断により、首都マンハイムに抜ける幹線道路を封鎖し、敵の主力を足止めすることに成功した。現在僕たちは『ビルカッハ峡谷』にてセスカティエの主力7000人に対してわずか400人で防御する。一応この峡谷以外にもマンハイムに通じる道はあるんだけど、大軍が通れる道はここしかない。

 セスカティエ軍の主力は騎士や騎兵、戦車などの機動戦力であり、効果的に防ぐには山岳部での防御がいちばんだ。それに、僕たちには切り札がある。

『あれ』を実践で使うのは初めてだけど、きっとうまくいくと信じている……





 さて、陽が空高く上ったころになって、セスカティエ軍の攻撃が開始された。きっとセスカティエの連中は「相手は建国以来一度も戦争を経験したことがない平和ボケした弱小国、半日もあれば皆殺しにできる」と嵩を括っていることだろう。


「うっしゃぁっ! 手あたりしだいぶち殺せ!」

「敵は弱いぞ! やりたい放題だ!」


 案の定、奴らは何も考えずに我先にと突っ込んでくる。

 だったらこちらも、全力で歓迎してやらなきゃね。


「丸太用意!転がせ!」


 僕の合図で、何十本もの丸太が用意されると、十分引き付けてから、坂道に向かって転がしてやる。枝を切り払ってちょうどいい大きさに切られた丸太は、慣性の力で加速して、坂を駆け上がってくるセスカティエの雑兵たちに大打撃をくらわせた。

 威力は上々。死者は出なかったものの、骨折するなどの大けがで多数の敵兵が戦闘不能となったようだ。


「何をしておるかーっ! 相手は弱卒ぞ! 怯むな、すすめええぇぇっ!!」


 セスカティエ軍の将は何度も何度も兵士たちに攻撃命令を出すが、負傷して痛がる戦友たちを見て、一気に士気がなえてしまったみたいだ。それに、先鋒である彼らは各地から徴収された傭兵たちが主流の為、完全に及び腰になってしまっている。


 次の日に二度目の攻撃が始まる。

 丸太を警戒するため、厚い木の板で出来た可動防護壁を前面に出して、ゆっくり確実に進もうとする。なるほど、敵も考えたものだ。たしかにバリスタの矢をも通さない防護壁なら丸太にも耐えられるかもしれない。


「じゃ、お次は岩なんていかが?」


 こんどは、あらかじめ切り出してあった大きな岩を、梃の原理を用いて坂道に放り込む。丸太よりもさらに重量がある岩石は防護壁を粉砕し、敵兵どもを押し潰した。その威力はけた違いで、この攻撃により、目視しただけでも指揮官を含め十数人が死亡し、負傷者は50人近くに及んだようだ

 ところがこの日はこれだけでは終わらなかった。


「こもっているだけじゃ芸がない。攪乱してやれ!」


 夜、相手が攻めてくることはまずないだろうと思っていたセスカティエ軍は、

見張りをほとんど立てずに眠りについていた。

 だが、これがいけなかった。糧秣の集積所に何者かが火を放ち、さらには兵士たちのテントに破裂物が投げつけられた。パニックに陥った彼らは火を消すこともままならず、同士討ちを始める始末。


 次の日、とうとう下馬した騎士まで繰り出して、本気で殺しにかかる。一般の兵たちとは違い、鍛えに鍛え上げられた騎士たちは、丸太攻撃や落石攻撃にも何とか耐え、必死に坂を駆け上がってきた。


「む……さすがに強いな。こうなったら奥の手だ。『爆弾』の用意!」


 さあお待ちかね、ここで秘密兵器の登場だ。

 粘土で覆われた球に火をつけて、登ってきた騎士たちめがけて投げ込む。爆弾は、地面を何回かバウンドした後に炸裂し、周囲に炎と固い土の破片をまき散らした。


 この爆弾は、『火薬』という爆発物を世界で初めて兵器として使用したものだ。僕の直轄領であるミラーフェン南部には間欠泉があって、この周辺では硫黄と『熱の粉』と呼ばれる発火性の砂が採取することができる。これを精製した水に溶かして混ぜ合わせることにより、火を着けると炸裂する爆弾を開発することに成功した。それから僕は、地道にこの爆弾を貯蔵して、いざという時のために備えておいたのだ。


 爆弾の効果は抜群で、防御力も高く、術への抵抗力もある騎士たちを丸焦げにしてしまう。服に着火するとなかなか消えず、しばらく燃え続けるため持続ダメージも半端ではない。


 こうして、三度に及ぶ攻撃は頓挫した。結局彼らがサイド攻撃を仕掛けるためには、遠征軍の本隊を待たねばならなかった。




      ―――《視点:その他の人物》――――




「なんというか…いろいろとまずいな」

「まったくだ! 前線の兵は何をしている!」


 セスカティエ軍本隊の幕舎にて、今回の遠征の総指揮官である赤髭が特徴である壮齢の男性ゼクトを中心に、主要メンバーが緊急会議を開いている。

 本来の予定では、明日か明後日にでもミラーフェン王国首都マンハイム攻略に取り掛かれるとしていたのだが、まさか開戦直後に躓くとは思いもよらなかった。

 ゼクトはセスカティエ国王の信頼厚い大将軍であり、世界的に見ても非常に有能な司令官でもある。そんな彼ですら、ミラーフェンが地形を利用して抵抗するとは考えていなかった。



「とりあえず…別働部隊を出せ。別の道から峡谷を越え、首都を落とすのだ」

「しかし、補給もできませんし、首都に敵の主力がいた場合その場で全滅の可能性も……」

「その可能性もあるが、おそらく目前の敵以外は練度の低い予備部隊のはずだ。大した脅威でもあるまい。だが、それ以上に…ミラーフェン王族が隣国に脱出するのだけは何としてでも阻止せねばならない。ここで下手に他国に介入されれば予定が大幅にくるってしまう。最優先事項は王族の捕縛だ。いいな」


 ゼクトの指示で身軽な兵が選抜され、首都へ迂回ルートを進ませた。これで目の前の敵がこの場を離れてくれればよし、そうでなくてもいずれ相手は補給線を断たれて降伏するしかないだろう。

 偵察によれば、相手は第二王子のクラインだと言いう。生け捕り目標がすぐ目の前にあるのだ。


 諸将が現状打破のためにあーでもないこーでもないと意見を交わし合っていると、会議場に一人の若い女性将校が入室してきた。



「失礼いたします、次の攻撃は私にお任せください」

「む、そなたはビュゼーン伯の娘……」

「エルカです」


 女性にしてはかなりの高身長で、腰まで届く長い黒髪、目鼻の整った端正だが怜悧な顔立ち、全身黒の鎧で固め、白い外套と白い肌が強いコントラストを形成していた。


 彼女はエルカ。セスカティエ有数の貴族ビュゼーン伯爵家の娘であり、若いながらも何度も戦場を経験している。上げた敵の首級も数えきれないほどという女傑である。



「そなたが行ってくれるのであれば心強い。しかし相手は必死だ、油断するなよ」

「心得ております」

「して……兵は何人必要だ? 1000人までならそなたに預けられるが……」

「私一人で十分です。足手まとい入りません」

『!?』


 周囲にいた将たちは驚きと不愉快が入り混じった顔を浮かべた。どうせここで目立って手柄を立てようという算段なのだろう、厚かましい、誰もがそう思った。


「本当に…兵はいらぬのだな」

「軍人に二言はございません」


 エルカは無表情のまま力強くうなづいた




      ―――《視点:クライン》――――




 三度目の攻撃から三日後、ついに四度目の攻撃が行われた。


「くるぞ!丸太、落石の準備!」


 恐る恐るゆっくりと登ってくるセスカティエ軍に対し、我らミラーフェン軍は容赦なく落下攻撃を仕掛ける。それでもあきらめずに頂上付近まで来る頑張り屋に対しては、爆弾をお見舞いした。


「いいか! 爆弾は貴重だ、なるべく丸太や岩で攻撃するんだ!奴らをここまで登らせるな、接近されたら勝ち目はない!」


 僕たちの部隊はこの国にしては珍しく十分訓練を積んではいるが、強力な軍隊制度があるセスカティエに比べると実力差はかなり大きい。ましてや一般兵同士の戦いになればまず勝ち目はない。

 なので僕は兵士たちにひたすら遠距離攻撃を徹底させ、接近戦に持ち込まれないよう努めた。しかし……


「殿下! 大変です!」

「何かあったのか?」

「て、敵兵が一人! 側面の崖を上ってきています!」

「たった一人か。弓や落石でたたき落としてやれ」

「そ……それが、弓矢も落石も全く効きません! すべて避けられるか弾かれてしまいます!」

「なんだって?」


 僕は一瞬自分の耳を疑った。

 伝令が言う崖はかなり無理しなければ登ってこれないほど急峻だ。ぶっちゃけどんな生物でも二本の腕か羽を使わない限り登ることはできないだろう。それなのに、上りながら弓や落石を回避できるとは到底思えない。



「こうなれば私が迎撃してきます、殿下はその場を離れないでください!」

「ああ、気をつけてアンゼリカ」

 

 とりあえず、アンゼリカが崖の方から登ってくる敵を迎撃に行った。嫌な予感はするけど、今は指揮を中断するわけにはいかない。

 今日の敵はやけにあきらめが悪い。それもそのはず、今相手しているのは敵の本隊なのだ。敵は数の暴力で物量戦を展開してきていた。丸太を転がしている兵士たちに疲労の色が見える。後方で控えていた兵と位置を交代させ、ローテーションさせることで何とか保とうとする。



「はじめまして、クライン王子ですね。降伏してください」

「なっ……!?」


 突然聞きなれない声がする。

 振り向くとそこには……血塗れの長柄斧を片手に持った長身の女性がいた。驚いてあたりを見回すと、あたりには倒された兵士たちが転がり、僕を護衛するはずの兵士たちは今にも逃げ出しそうだった。


「あ……アンゼリカは……?」

「アンゼリカ? ああ、あの女性剣士ですね。もうとっくに私が倒しました」

「くそっ! 護衛兵! 何をしている、僕を守れ!」

「ははっ!!」


 突然訪れた生命の危機に、僕はみっともなく狼狽してしまう。

 護衛兵たちは槍と盾を構えて、女性騎士に向かうが、彼女は斧一回振っただけで、まるで紙屑のように兵士たちを吹っ飛ばした。


「なっ………………!?」


 常人離れした強さをみた僕は、何がなんだかわけがわからずその場に立ちすくんでしまう。真っ黒な女性騎士が近づいてくる。だが足が氷漬けになったように動かない。逃げられない……!



「捕まえました。では、少し寝ていてくださいね」


 彼女は僕の体をつかむと、鼻の下の急所をグイと押す。

 これで僕は一瞬で意識を失ってしまう。


「敵将クラインは私がとらえた! もはや抵抗は無駄だ、降伏せよ!」


 意識を失う直前の僕の耳には、女性騎士の無駄に大きな勝鬨が響き渡った。


 その後、指揮官を失ったミラーフェン軍は崩壊をはじめ、瞬く間に全滅したことは言うに及ばないだろう。


 陣地の後に取り残された演習版の駒。黒に塗られた将軍(ジェネラル)は、どこからか落ちてきた木の枝の下敷きになって倒れていた。


本編『竜王の世紀』もよろしくぅ。


なお、この小説は本編のような登場人物紹介はありません。

だってそんなにいっぱい人出てこないし。

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