ある朝の出来事
ピピピ……ピピピ……ピピピ……
携帯電話のアラームが鳴り、俺は飛び起きた。
時刻は5時50分。自分の身だしなみを整え、子どもたちの朝食の用意をし、6時10分に三歳と一歳の二人の息子を起こす。
共働きの俺たちにとって、朝は戦争だ。少しでも妻の負担を減らすため、朝の保育園までの送りまでは俺の役割となっている。
「おはよう。おい、早く起きろよ」
しかし、息子たちが起きる気配はない。妻だけが起き、今夜の夕食の支度を始める。
「ほら。起きろよ!オシッコいくぞ!」
「いや、まだ眠い!」
イラッ!
昨日は特に寝るのが遅かった。9時に布団に入ったのだが、延々と続く「絵本読んで〜」に付き合い、寝たのは10時だった。だから言ったのに!
寝ている次男を無理やりに食卓につかせてパンを食べさせ、長男を再びトイレに誘う。
「ほら!オシッコいくぞ!」
「いやっ。オシッコ出ない!」
いつも行われる不毛なやり取り。
俺は早々に会話を切り上げ、トイレに向かう。俺だって早く行きたいのだ。
タタタタタタ……。
後ろから小さな足音が響いてくる。
「あっ、ダメ。凛くんが行くのっ」
イライライラ!
行きたきゃさっさといけよ!
トイレの後は朝食である。
「このスティックパンと食パンどっちにする?」
「こっち!」
そうだろうな。分かってるよ!
スティックパンを渡し、俺は食パンにジャムを塗り食べようとした、
「やっぱりそっちがいいっ」
はいはい。そうくると思ってたよ。
食パンを半分にちぎり、さらに食べやすいように半分に折って渡す。
次男も「それっ、それっ」と俺のパンを指差すため、さらに半分を渡してやる。結局残るのは4分の1。
俺は二口で食べ終え、時間を確認する。6時45分。
今日は絶対に遅刻しないと心に決めていた。課長も、同僚も口にこそ出さないが、連日続く遅刻に良くは思っていないと思う。独身時代、一度も遅刻しなかった俺としても現状が情けない。
今日の俺は本気なのだ。
電車の時間は7時22分。保育園までは5分、保育園での当日の準備に5分。そこから駅まで7分。逆算すると、7時5分までに出発する必要がある。
ぐずる次男を無理矢理に着替えさせる。ゲッ、うんちっ。しかし、それぐらいのことで動じる俺ではない。手早くオムツの処理をし、着替えを終える。
よしっ。これで一丁あがり!
次は長男!みると、食パンがほとんど減っていない。細かく千切り、ジャムの部分だけを舐めている。
「もう終わりにするか?」
「いやっ。全部食べるの!」
それはいつになんねん!と言いたい気持ちをぐっと抑え、出来るだけ優しく提案する。ここでグズられるともうアウトなのだ。
「なら、袋にいれとこっか?また明日たべような」
そんな明日はあり得ないのだが、一応息子を納得させ、玄関に誘う。
次男は?と見ると、オモチャを引っ張り出して遊んでいる。もう勘弁してくれよ!
時刻は7時ジャスト。
グズりだす次男を無理矢理に抱きかかえ、玄関へ。するとまた長男が泣き出した。
イライライライラッ!
次は何だよ!
「お母さんと行きたい」
「お母さんは忙しいからな。タッチだけしてもらおうな」
様子を伺っていた夕食の準備中が妻が飛んでくる。
「はいっ。ターッチ!凛くん。陽くん。行ってらっしゃーい」
俺は急いで次男を三人乗り自転車の前に乗せる。しかし、長男はそれでは収まらず再び泣き出した。
「お母さんと行きたい!お母さんと行きたい!!」
「お母さんは忙しいの!もう行くで!」
「いやっ。お母さんが、お母さんがいいっ!」
泣きわめく長男を無理矢理後ろの座席に座らせる。泣き声は次男まで伝染し、泣き始める。
結局保育園までの道中、二人は泣きっぱなしだった。近所の人たちの視線が痛い。
7時10分。保育園に到着。
二人を抱えて走り、息子たちの教室で準備を始める。今日は何とか間に合うか?
しかし準備の途中で気づいた。二人がいない。園庭を見ると、裸足のまま砂場で遊んでいる。
イライライライライライライラ!
「おいっ!早く行くぞ!」
という俺の声が聞こえているはずなのに動かない。拾った棒で遊ぶのに夢中なのだ。
俺はついに、我慢の限界を超えてしまった。
「お前ら!いい加減にせーよ!何で言うこと聞かれへんねん!!」
子ども達が持っていた棒とむんずと取り上げ、地面に叩きつける。
「毎日毎日毎日。お前らのせいで遅刻ばっかりや!分かってんのか!」
言ってからしまったと思ったが、もう遅い。俺のあまりの剣幕に二人は火のついたように泣き出した。
慌てて保育士が駆け寄り、あやしてくれる。その間に準備を続ける。
その間中、泣いている子供たちの顔が頭から離れなかった。
何であんなこと言ってしまったんた。
結局俺の都合じゃないか。
子供だから仕方ないじゃないか。
俺は涙が出そうになった。
時刻は、7時17分。もう間に合わない。結局今日も遅刻だ。
でも、なぜか心が軽くなった。
会社へは後で電話すればいい。
「すみません」と謝って、ちょっと怒られればそれで終わりだ。クビになるほどの事じゃない。
ゆっくりと準備を終え、息子たちのいる部屋に向かう。すっかりご機嫌の直った二人は俺の方へ走り寄って来た。
「行ってらっしゃい。タッーチ」
という長男と、足元にまとわりつく次男を抱きかかえてキスをする。
「怒ってごめんな。明日は土曜日やからみんなでプール行こうな」
「うん!」
二人は涙の跡が残った顔で笑顔でニコリと笑い、俺はゆっくりと歩き、保育園の門へ向かう。
「お父さん。行ってらっしゃーい」
後ろから声が聞こえる。
「おう!行ってきまーす!」
俺は笑顔で振り返り、二人に手を振った。
ということがあったそうです。
毎日お疲れ様。そしてありがとう。
今日の夕食はシチューですよ。




