託されたものは
僕は昔っから、左目を触られるのを嫌がっていた。その光景を見るたびに、兄貴は眉間にシワを寄せ、申し訳なさそうにしていた。僕はそれが不思議でならなかった。
逆東京で出会った歪羅刹と桑田波子。そこへ迷い込んだ少年・高橋哲平は、実は煉獄眼の持ち主だった。そして、哲平の兄・高橋翼は、魔人の一人だった。
「話そう。すべての元凶を」
「元凶?どういうことなの、ツバサ」
「羅刹、そんなに焦るな。まずは、俺が何故現世に足を運んだのかだ」
*** 回想 ***
「魔人、ツバサをリストから抹消する」
「大魔人様方!何故ですか!?」
「うむ…。あやつは、我が逆東京に災いを齎す者。魔人の名を汚すものをいつまでも、リストに残しておく理由もいらん」
「しかし…」
「桑田君。君は、ただの“管理者”だろう。此方の揉め事に口を挿むな。ツバサは、我等が許可するまで、地上に追放する」
「っ…」
「悪かった。なんとか食い止めようとしたんだが…。まるで聞き耳持たなくてな。歪クンには僕から言っておこう」
「あぁ。頼むよ、桑田」
「…いいのか?」
「まぁな。羅刹は怒るだろうな。あまり詳しくは教えるな。アイツ、きっと評議会に文句つけにいっちまうからな」
「ツバサクン。…!それは!?」
「あぁ。俺の最後の研究の成果だ。……煉獄眼。完成とまではいかなかったけどな。これは、地上に行った時、誰かに譲るつもりだ」
「人間に!?」
「まぁ。命の保障は出来かねまいが。ちょっと、面白い家族を見つけてね」
「面白い家族?」
「ま。いずれ分かるさ」
そう言って、御堂ツバサ、第三レベルの魔人は地上へと去っていった。試作品の煉獄眼を持って。
*** ***
「そんなことが…」
「ツバサクンは、レベル3の中では、得に力の強い魔人だったからね。結構好き勝手にしていたらしい。そのせいで、評議会から追放命令が出されたんだ」
「レベル3?」
「そうだ。魔人にもレベルがあってな。最低レベルが5.最高レベルが1.ツバサクンはその中間ってことになるね」
「兄さんが…、僕にあの目を…」
「分からないわね」
羅刹がツバサに疑問をぶつけた。いつも以上に不機嫌だった。ツバサはやれやれと言いたげな顔で、溜め息一つ。
「何がだい?」
「なんで、ただの何も知らない人間に、そんなものを託したの?自分に移植すればいいのに」
「そうだな。けど、俺じゃダメなんだ」
「?」
「俺は……、もうすぐ消える」
「「え!?」」
ツバサの突然の知らせに、羅刹と哲平は、驚きを隠せない。桑田は、その事に苦痛の表情を浮かべた。
「俺の体は、長い間地上にいたせいで、色素が薄くなって、内部はガタガタだ。明日にでも崩れそうだ」
ツバサは透けていく右手を見つめ、必死に微笑んでみせた。羅刹は握った拳を震わせ、白い頬には、涙が伝った。
「嘘だ!アンタは、母親を超える魔人になるって!言ったじゃないの!!こんなとこで消えてどうすんの!?」
「羅刹……―――ッ」
ツバサは背後にあった電柱に凭れ掛かり、サラサラと体が所々に砂になっていくのを見ながら、優しく微笑む。
「…優しいね。羅刹は変わらない。いつも頼りない俺を庇ってくれる。そこは…蘭姉さんに似てるね」
「うるさい!最後の最後まで姉さんと一緒にするな!!」
「悪かった。もういいよ。こんな俺のために泣かなくて……。哲平。君に魔人の資格を与える。高橋哲平を捨て、こっちでは『御堂隆樹』と名乗れ。お前は半分人間だ。人間界で過ごしても問題ない。君は、人間の行く末と逆東京の行く末を担う新しい魔人だ。……元気でな。楽しかったよ。……――――」
砂になった手が崩れて地に虚しく落ちる。除々に砂になっていくツバサを見つめる哲平は、無になったツバサに、そっと口を開く。
それは、ほんの刹那だった。
「ツバサ…?」