2人の魔王
僕はその光景を目の当たりにしていない。
しかし、あの過ちは二度と、繰り返すことは許されない。
そのために、彼が必要なんだ!
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審判者本部・仮拘置所
牢屋
ひとまず、牢に入れられた隆樹。自分が危険な立場い置かれているにも関わらず、隆樹は、母への言い訳を考え、その端で明日が学校休みで良かった、と安堵していた。
「…何で俺、こんなことになってんだろ? 俺は、羅刹たちと楽しくやれてれば良かったのに…」
隆樹は独り言を呟きながら、左目に手を翳す。左目には包帯が巻かれており、爪で傷つけた傷から、今も出血していた。しかし、量はそれほどではない。
「…兄貴、ごめん。兄貴との約束、手放そうとしちまった。…アキラさん、兄貴そっくりだな」
「まぁね。一応、アキラさんの実子だし」
自分以外誰もいるはずもないのに、自分の独り言に返答がきた。牢の外にいるはずのない桑田宗助と内海妖が何食わぬ顔で立っていた。
「桑田さん、妖!?どうしてここに!?」
「まぁ、時間もないし、すぐ行くよ」
「せやな。僕、時間稼ぎしときますわ」
妖はどこかへ走っていってしまい、桑田はどこからか鍵の束を取り出し、一つの鍵を牢の鍵穴に差した。すると、いとも簡単に開いた。
「早く!妖クンが時間稼ぎしてる間に準備するよ」
遠くからは爆音が響き、隆樹は妖が心配になった。
桑田はそんな心配をよそに、チョークで扉に何か暗号のようなものを書き込んでいた。
「よし。妖クン、戻って!」
桑田の声を聞いて妖が戻ってきた。自慢の着物は火薬まみれだった。そして、追ってが来る前に扉を閉める。
「妖クン!扉は開いた。開けてくれ!」
「え!?桑田さん、扉の向こうは兵でいっぱいですよ!?」
「大丈夫」
妖は自信に満ちた桑田の合図で扉を開く。そこは何もない路地に繋がっていた。隆樹は桑田に背中を押され、扉の向こうへ。
その後、追っ手が扉を蹴破ると、牢の中はもぬけの空だった。
*** ***
逆茨城 芦原邸
『申し訳ございません。爆撃に紛れて、御堂隆樹の脱走を許してしまいました』
芦原慧翠の手にある携帯電話から、御堂アキラの声が聴こえる。慧翠は慌てる様子もなく、優雅に紅茶の味を楽しんでいた。
「気にするな。犯人の目星はついているだろ?それなら慌てず、負傷者の手当てに行け。煉獄眼はその後だ」
『よろしいのですか?』
「あぁ。奴等はこの中部(関東)からは出られないさ。流石の管理者の鍵の力でも、門を飛び越えることは出来ないさ。そしたら、奴等の行きそうな場所は限られる。なら、負傷者を優先しろ。内海妖の氷は侮れんぞ」
『はい』
「…どうやら、嵐が来た。切るぞ」
慧翠は、誰かが廊下を歩いてくるのに気付き、電話を切った。
と、同時にすごい剣幕の歪蘭玉が扉を壊さんばかりの勢いで開けてやって来た。
「どーゆうことなの!これは!?」
蘭玉は慧翠に掴みかからんが如く、怒鳴り散らした。慧翠はこんな大声を聞くのは初めてなので、さすがに目を見開いて、暫し硬直した。
「…どういうこと…とは?」
わざとはぐらかすと、蘭玉の怒りは少しだけ増した。その様子に慧翠は苦笑するしか出来なかった。
「まぁ、落ち着いて。今回のことは、元老院が決めたことだ」
「副院長の私を抜きにしてね!」
「それに対しての文句は、俺じゃなくて元老院に。まぁ、無理だろうけど」
「何でよ!?」
慧翠は椅子に座り直して続ける。
「元老院のジジィ共は会議後、それぞれの実家に帰ったそうだ」
「チッ。最悪だ。…慧翠、元老院は煉獄眼をどうしたいわけ?」
「…奴等が欲しいのは、『力』ではなく、『安全』だ」
「?安全…」
「煉獄眼は、魔王だけを消せるものじゃない。下手をすれば、魔人、魔女見境なく抹消してしまう。元老院は、自分たちが消されないために、彼を軟禁したんだ」
「…結局は自分のためか。慧翠、私の権限でこの事態、打開出来ると思うか?」
慧翠は少し考えて、無理という答えが出たのか、首を横に振った。
「不可能だな。副院長にそこまでの権限は与えられていない。かと言って、歪家の権力を使えば、蘭景様が黙っていないだろう」
「そう。現在歪家の最高権力保持者はである歪蘭景、私のお婆様がうるさいのよねぇ…」
「…それより蘭玉。君、これから大魔人会議じゃないのか?」
「…そうね。じゃあ、失礼するわ」
怒りが収まったのか、蘭玉はあっさりここを立ち去った。
静かになったところで、慧翠はこめかみに指を当てて、管理者同士のテレパシー通信を始める。
『アキラ、聴こえるか?』
呼びかけに、少しのノイズが入った後、応答が返ってきた。
『聞こえます』
『予定変更だ。御堂隆樹は、追うフリをして逃がせ』
『は?よろしいのですか』
『かまわない。あれを、元老院のクソジジィ共のおもちゃにされてたまるか。そっちの方が、俺にも都合がいい』
『…了解しました』
通信が切れ、慧翠は落ち着いてティータイムを再開した。
「…俺の都合通りに動いてくれるとうれしいんだがな。なぁ?御堂隆樹」
慧翠の怪しげな微笑みに誰も気付く事はなかった。
*** ***
逆神奈川 空き地
そこにいたのは、桑田、妖、隆樹の3人だった。
「はぁ…。さすがに即席だったから、随分と変な場所に来ちゃったな…」
桑田がそんなことを呟いた。妖は立ち上がって着物に付いた埃や火薬の灰を払った。
「さて、これからどうします?」
「うん。ここにいてもいいけど、きっと見つかるね」
「せやけど、下手に動くと逆に見つかるんとちゃう?」
「それもそうだね…。おや?隆樹クン、その包帯は?」
「あ…。これは、俺が煉獄眼を取ろうとしたから…」
その答えに、桑田も妖も驚愕した。しかし、その後詳しく説明され、2人共ほっと胸を撫で下ろす。隆樹はそんな様子の桑田に問いかける。
「桑田さん。一つ、いいですか?」
「ん?なんだい」
「桑田さんは、どうしてそんなに俺に良くしてくれるんですか?」
「…」
その問いに、桑田は暫し黙り込んだ。そして、隆樹は更に追及していく。
「桑田さんは、煉獄眼は欲しいんですよね?」
「それは…」
「俺は、その理由が聞きたいんです」
隆樹の追及に視線を泳がせる桑田。その様子に、痺れを切らしたかのように妖が割り込んで溜め息一つ。
「桑田はん。諦めて説明しはったらどうや?」
「…隆樹クン、覚悟はいいかい?」
「はい」
桑田は近くの小さな宿場に入り、小さな部屋を借りた。そこで、桑田は床の上に大きな巻物状の書物を広げた。
「これは?」
「魔王一族の家系図だ。一番上に初代魔王・歪羅衣の名があるだろ?」
「それって、前に話してくれた、羅刹の中にいるっていう…」
「そう。今の歪家があるのは、この初代の栄光あってこそだ。そして、この初代の隣に赤で✕されているとこがあるだろ?」
「はい。亡くなった方は黒なのに、どうして所々に赤の✕印があるんですか?」
桑田は隆樹のその鋭い洞察力に驚きながらも、もう一つの家系図を広げた。
「こっちは、煉獄界の王のものだ。よく見て」
「あれ…?歪羅鬼? …歪?」
「そう。煉獄王は、代々魔王の一族から出自してるんだよ」
「魔王から!?」
「始まりは、初代の時代だ。魔王が生まれる前、神がまだ存在していた頃から煉獄界はあり、王もいた。その頃は、破魔の力を持ったものが、煉獄王に選ばれていた。その頃はまだ、煉獄は天国と地獄の間にあった。
しかし、神の亡き後、魔王が現れ初代に選ばれたのが、神に寵愛されていた最古の魔女・歪羅衣だった。その際、選ばれなかった羅衣の従兄・歪羅鬼が、怒りや悲しみから“煉獄眼”を手に入れ、逆世界の大半を業火で焼き尽くした。そのせいで、いくつかの管理者一族がやられ、そこは今、歪家の分家が補っている。
そして、初代煉獄王と言われた羅鬼を倒したのは、羅衣だったんだ。体の半分を消滅されたにも関わらず、鬼王と呼ばれた男を倒した羅衣の一族である歪家は聖なる血統として高貴な存在となった。
けど、羅鬼は死ぬ前に、煉獄界と魔王一族に呪いを残した。それは、必ず魔王一族からは煉獄王が出自されるというものと、王は王になった瞬間から死ぬまで“煉炎病”に体内を蝕まれ、最後は業火に焼かれて死ぬ、という二つの呪いを残したんだ。 そのため、魔王一族は尊敬されていると同時に、恐れられてきたんだ。 ……わかったかい?」
隆樹は一気に説明され、すべてを咀嚼しきれず、少し頭を抱えていた。その様子に、桑田は苦笑した。
「…えっと、それがどうやって、煉獄眼が欲しい理由に繋がるんですか?」
「…つまり、煉獄王も元は魔王の一族なんだから、煉獄眼で消せるってことだよ」
その言葉で、隆樹はやっと、桑田の目的を理解した。
「まさか…っ」
――――――――――煉獄王を、殺す気ですか!?――――――――――
*次回予告
生まれた時から、姉は決めたられたとこを歩いていた。
生まれた時から、妹は愛され自由なとこを歩いていた。
そんなアナタが…
憎かった≪憐れだった≫…
次回『樋口一族の汚点』