煉獄眼
やぁ。また来てくれたんですか。嬉しい限りです。さぁ、どうぞ。
お互いまったく会話のないまま歩き続ける。高橋哲平と歪羅刹。哲平は、興味深そうに周りをキョロキョロと見た。
「…田舎者みたいじゃない。気になるからやめて」
「いや…ごめん。外とあんまり変わらないな、ってね」
「…まぁね。死んでもなお、上に居たがる連中が大勢いる。だから、上と何の変わりもないように設計したの。設計者は、桑田」
「桑田さんが…?」
「えぇ。アイツは、一応ここの責任者だから。あの家は、役所みたいなもの。あそこで、入国手続きやることになってるの。アタシたち魔女は、特別。この場所を与えたのは、魔女だからね」
「へぇ…羅刹ってすごいんだ」
「!…うるさい」
哲平は、少し可愛いと思った。その時。プリプリ怒っていた羅刹の足が止まった。
「……」
「何?どうしたの??」
「…来る」
と、いきなり走り出してしまった羅刹を、何も分からず追いかけた僕。その目の前の光景に僕は息も止まりそうだった。沢山の黒い顔の集まったもの。その顔一つ一つが、叫び声を上げている。
「やはり、来たか。神霊」
「へ?神霊…、ちょっと待った!!」
「…何?」
「神霊って、神の霊って書いて『神霊』だろ?」
「そうよ。それ以外に読み方なんてないじゃない」
「いや、あるんだけどさ…。じゃなくて、要するに神様の霊だろ!?倒してどうすんだよ!?」
「…神様って言っても、煉獄界の神よ」
「煉獄界?」
「そう。元々、逆世界と地獄の間にあった煉獄界。昔、“ある罪”を犯して、神に煉獄界ごと堕とされた煉獄王がその憎悪から、上に神霊を送っては、破壊しようとしているの」
「え!“ある罪”…?」
「のんきなこと言ってないで、隠れてなさいよ!」
羅刹に睨まれ、哲平はゾッと身を震わせた。そして、建物の陰に隠れた。羅刹はスカートを少したくし上げ、太ももに着用していた細長い銀の針を三本指の間に挟めた。
「さぁ、来なさい!!」
羅刹の声と共に神霊たちは、羅刹に一直線に向かってきた。少し苦しそうに顔を歪め、銀の矢を一本一本自由に操った。しかし、後ろから見ていた哲平は、はっとした。羅刹の背後から忍び寄る神霊がいることに。
「羅刹!!!」
そして、その瞬間に“アレ”が開いた。赤い光りを放つその眼は、神霊を忽ち炎で焼き尽くした。羅刹はその光景に目を丸くした。
「煉獄眼…!」
「ほぉ…こんな少年に…ね」
「!桑田!!いつの間に…」
「ま、彼を連れて行きますよ」
「…分かってる」
その場に眠ってしまった哲平を桑田が負ぶって、家に戻った。
*** ***
哲平が目を覚ますと、左目は真っ黒で、何かに視界を遮られていた。なんとか見える右目で、辺りを見回した。そこは、桑田の家の寝室らしい。何が起こったのか理解出来ず、哲平は少しうろたえた。すると、そこへ紅茶のカップを持つ桑田と羅刹が不機嫌そうな表情で入ってきた。
「やぁ、目が覚めたんだね?」
「あ、はい」
「まったく…世話掛けさせないで」
「…ごめん」
「まぁまぁ。さてと、哲平君、君は先ほど何が起こったのか、覚えているかい?」
「ん…、全然」
「…やはり」
「…桑田さん、この眼帯…?」
「…あぁ、取っちゃダメだよ。取ったら、封印が解けてしまうからね」
「ふっ、封印?」
哲平はなんだか、頭がクラクラしてきて、ベッドに倒れた。
「哲平君、君は自分が死人だという感覚はあるかい?」
「あ、ありません」
「…歪クン、これは…」
「えぇ、多分ね」
「?」
「…哲平君、君は魔人の一種かもしれない」
「まっ、魔人!?」
「そうだ。君は、さっき歪クンを助けるために、左目のコンタクトを無意識に取ったろ?」
「ん〜…そうかも」
「それだ。君は、左目の視力が極端に悪い。その原因は、左目が魔人のものだからだ。煉獄眼と言って、ある特定の魔人しか持っていないといわれる、とても貴重な魔眼だ。しかし、時々極稀に死んだ人間に自然に移植されることがあるんだ。しかし、君は死んでいない。…て、ことは…」
「僕は…魔人?」
「そ」
唐突にそんなことを言われたが、理解や飲み込みの早い僕は、得に焦ることもなかった。
「ってことは・・・僕の両親のどっちかが、魔人ってこと?」
「そうなるね」
「ん〜…父さんかな?母さんかな…?」
「ふむ、そのことなんだが…」
「へ?」
「実は、十九年前に行方不明になった一人の魔人がいてな…」
「えっと、名前は?」
「ツバサ…という」
「嘘!それ兄貴の名前だ!」
「お兄さんか…転生か?」
「違う。ツバサは、そんなセコイことしないわ。多分、記憶を少し変えたんだと思う。そして、生まれた弟に魔眼を移植したのよ」
「兄貴が…」
「その通り」
「ツバサ!」
「あ、兄貴!!」
そこに立っていたのは、哲平の兄にして魔人のツバサだった。茶髪に長身のいかにも兄のような青年だった。
「兄貴…なんで僕に…これを…?」
「ん?まぁ…素質があったわけだし」
「不本意よ、ツバサ!!」
「おいおい、久し振りにあった彼氏にそれはねーだろ?」
「か、彼氏!!!」
「歪クン、それはこの桑田も初耳ですよ」
「うぅ…昔のよ!!」
「おや?とか言って、毎日手紙送ってたの誰だよ?」
「うるさい!!」
「ツバサ君、説明してくれるか?」
「あぁ。いいだろう。すべて、話そう」
ツバサの口から語られる真実に僕は、少し恐怖を感じてならなかった。