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東京HEAVEN  作者: いとむぎあむ
Wの章
29/39

ツバサとアキラ

 今でも憶えてる…。


 決して優しかったとは言えなかった家庭だったが、


 それでも、幸せだったと言ってくれた。


 私の大事な息子…。


 **** ****


 逆東京 裏路地にて


「ホンマにやるんか?桑田はん」

「もちろん。そのために、こうして僕は今準備してるんだよ。彼は、僕等には必要不可欠なんだ」

 桑田はコンクリートの地面にチョークで何かの術式を念入りに描き込んでいた。その様子を妖はただ見つめていた。


 ** **


 審判者ジャッジメント本部・仮拘置所

 尋問室A


 そこへ連れて来られた隆樹は、先程から向かい合うアキラの睨みを必死にかわしながら、沈黙を決め込んでいた。しかし、心の内ではアキラの威圧に圧倒されまくりだった。

「御堂隆樹。黙っていても状況は変わらんぞ」

「…」

「お前が煉獄眼ディスホールド保持者である限り、お前が危険因子であることに変わりはない。人である限り…」

「人で…ある限り?」

「そうだ。言っていなかったか?」

 アキラに小さく頷いた隆樹。そこで出てきたのは、今まで控えていた樋口美輪だった。

「実は、元老院から一つ付け足しがあり、“もし、御堂隆樹が人を捨て、死して霊魂となり魔人になるのなら、刑を保留とし、我々の監視下に置く事での自由を認める”という事です」

「死して…。 それは、俺に現世むこうで死を迎えて魔人になれってことですか?」

「そうです。そうすれば、刑は一時的に保留となり、晴れて自由の身。どうでしょう?」

 隆樹は少し黙り込んだ後、顔を上げて言い放った。

「その申し出だけは受けられません。これだけは」

「何故?」

「俺が死んだら、現世にいる母親が独りになってしまう。父親は昔事故で亡くなりましたし、兄貴も生きてることにしてるけど本当はもういないし、母は親類と呼べる人達がいないから、俺がいなくなったら、母は独りぼっちになってしまう。俺は、そんなこと出来ない」

 強い眼差しでアキラと対等に渡り合う隆樹の姿勢に、美輪は圧倒された。アキラは残念そうに溜め息をついた。

「…そうか。残念だ」

「でも、俺はアンタを信じてみる事にします」

「…?」

 隆樹の不可解な言葉に、アキラは伏せていた視線をやっと隆樹に向けた。目がやっと合って、隆樹は小さく微笑むと、優しい声色で言う。

「アナタは、信じられると思うから。これ(・・)を託します」

 隆樹は左手を左目に翳した。アキラは逸早くその行動の意味に気付き、彼を凝視した。美輪は意味が分からず、首を傾げる。

「この煉獄眼は、俺と兄貴の約束です。出来れば、手放したくありません。けど、調査なら喜んでお貸しします。必ず、返していただけるのならば」

 隆樹は左手の指先を左目に突き立てると、少しずつ力を加えていく。

 その行動を見て、アキラが声を荒げて叫ぶ。

「お前っ!自分の左目を抉り出すつもりか!?」

「えっ!?」

 隆樹は2人に構わず、ひたすら瞼に爪を続ける。やがて、爪が刺さった瞼からは血が流れ始めた。そして、そのままぐりっと眼球を取り出そうと、一気に爪に力を加えようとした。

 それを瞬時に腕を掴んで阻止したのは、アキラだった。隆樹と美輪は当然驚き、阻止したアキラ自身も驚いていた。

「…え?」

 ぽかん、とする隆樹に対し、カチンときたのかアキラは、怒鳴り声を発した。

「……っ!勝手なことをするな!!」

「…えっと、」

「たとえ保持者の意思であっても、煉獄眼をむやみに取り出せば、暴走する可能性がある!」

「…ごめんなさい」

 アキラの初めて見せた動揺した瞳と怒声に、隆樹は驚愕して小さく謝るしかできなかった。隆樹が反省した様子を見て、アキラはほっとして腕を解放して、椅子に座り直した。

「…はぁ。今日はもう終わりにしよう。美輪、看守にコイツを牢に入れるように言っておいてくれ」

「はい」

 アキラは部屋の外で見張りをしていた看守に後のことを任せて席を外そうとしたところ、それを止めたのは、隆樹から発せられた言葉だった。

「俺がどうして、アナタを信じてこんなことをしたか、わかる?」

「…」

 アキラは振り向きもせず、立ち止まっている。隆樹は聞いてくれていると感じ、そのまま続ける。

「アナタが、兄貴と同じ目をしていたから。アナタは、アキラさんは、言動こそ冷たいけど、アナタはきっと誰よりも優しい。アキラさんはやっぱり、兄貴の父親だ。だから、俺はアキラさんを信じたんだよ」

「…行くぞ、美輪」

「はい」

 アキラは微笑む隆樹を尻目に、鉄の扉を堅く閉じた。

 

 アキラは少し廊下を歩いた後、仮眠室の扉の前で立ち止まる。

「アキラ様?」

「私は少し仮眠をとる。お前は午後は非番だろ?」

「はい。では、失礼させていただきます」

 美輪はそう断ってアキラに一礼すると、去っていった。

 アキラは一人、仮眠室へと入っていく。そして、スーツを椅子の背にかけ、ネクタイを少し緩めると、疲れた様子でベッドに身を投げた。

「っ…。小僧が…っ」

 アキラが腕で視界を覆いながら思い出していたのは、隆樹のことだった。

「…何を動揺している。あの小僧は、御堂の名を語る不届き者。人のクセにアレ(・・)と同じことを言う」


――――――――――アキラさんは、優しいですよ。


「っ…」


――――――――――父さんは、優しいな。


「…っ忌々しいヤツめ」


 アキラは隆樹への冷たい言葉を繰り返しながらも、睡魔に誘われ、ゆっくりと眠りについた。



 **** 回想 ****


 十数年前。

 蘭星らんせいとの強制離婚を強いられ、アキラは、御堂家の跡取りに相応しい養子を探すため、逆長崎の孤児院にやって来ていた。

 孤児院には、秘書武官の山内を連れて訪れていた。

「どのくらいの年齢のお子さんがよろしいでしょうか?」

「そうだな…。小さ過ぎてもダメだ。3~5才くらいか」

 アキラは玄関に腰掛けて言う。その横で、秘書の山内は溜め息をつく。

「アキラ様。ご自分で見に行く気はないのですか?」

「子どもなど、どれも同じだ」

「そう思うのなら、後妻を迎えて実子をつくられればよろしいでしょうに…」

「山内。お前にそこまでの発言権を与えた覚えはないぞ」

「申し訳ございません。出過ぎた真似を」

 機嫌を悪くしたアキラは一人、外へ出た。すると、どこからか女性の子守歌が聞こえてきた。そして、その歌には聞き覚えがあった。昔、蘭星が幼い蘭玉をあやすために歌っていた子守歌だった。

 まさか、と思ったアキラは、周りを見回す。そして、孤児院の2階のテラスで赤子をあやす女性の姿を見つける。雰囲気は蘭星に似てなくもなかったが、別人であった。女はこちらに気付くことなく、赤子をあやし続ける。そこでアキラの傍に寄ってきたのは、ここの院長の老女だった。

「あのが抱いているのは、3日前にここに置き去りにされてた子でしてね。あの子守歌が好きなんですよ」

 アキラはその赤子に興味を持ち、その子どもと会わせてもらうこととなった。テラスに向かうと、若い女が微笑んで、赤ん坊をアキラに差し出す。小さくて温かいその命に、アキラは内心恐る恐る手を出し、そっと受け取った。その感動は、初めて蘭玉を抱いた時に似ていた。その子の顔立ちは心なしか蘭星によく似ており、首には見覚えのある首飾りがあった。それは、昔蘭星が身につけていた紅翡翠の首飾りだった。

 それを見て、アキラは確信した。この子は、自分と蘭星の子だと。アキラは迷いもせず、その子を引き取った。そして、自宅に帰った後に歪家に電話をかけた。蘭星に。

「蘭星。確かに受け取った」

「何の話かしら?」

男の(あの)子には、ツバサと名付けて、私が引き取った」

「…“ツバサ”。良い名前をつけてもらったのね」

 やがて、蘭星は今までの想いを全て吐き出すように、言葉を発した。

「その子は… 歪家の血を引いてる男児だから、もしかしたら次期魔王として育てられたかもしれなかった…。 そんな不自由な人生を、その子に歩ませたくなくて、必死の思いで、我が子を手放したの。よかった…っ。アナタの県に連れてって正解だったわ」

「…大丈夫。あの子は、私が守るから。私が、育てるから」


 蘭星が育てられない代わりに、私がツバサを育てると決めた。しかし、普段は厳しく接した。何故なら、ツバサは魔王にはならずとも、御堂家の当主にはなるのだから。


「父さん!見て!俺も力が使えるようになったよ!」

「…そうか」

 私は冷たく返すことしか出来ず、それでもツバサは笑って返してくれる。

 そして、いつだったかツバサとツバサの世話係との会話を偶然耳にした。

「坊ちゃまは、アキラ様のこと、お好きですか?」

「うん、好きだよ。父さん、大好き!」

「アキラ様は冷たくていらっしゃいます。それをお辛く感じることはありませんか?」

「…父さんはね、あぁいう人だから誤解されちゃうことが多いけど、ほんとは優しいんだ。父さんの瞳の奥には、優しさが見え隠れしてるんだ」


 聞いた途端、胸が苦しくなった。今までにそう言ってくれたのは、蘭星だけだったから。その時決めたのだ。ツバサだけは、守ってやろうと。

 その時、決意した。


 しかし、時は来てしまった。

 それは、蘭星がツバサに託した紅翡翠が引き起こしたものだった。霊力の集合体だと気付いたツバサは、研究を続けていつの間にかそれは、煉獄眼という化物と化してしまった。

 そのことを私は知らず、議題に出された時、初めてそれを知った。急いで家に戻れば、ツバサが自室の中央に立ち尽くしていた。

「ツバサ…?」

「…ごめん、父さん。こんなことになっちゃって」

 私は酷く動揺しているというのに、当の本人は平静な状態で、言葉を紡ぎ出していた。

「ごめんな。……こんな俺で。…御堂家の面汚しだ。父さん、俺、やっぱりここの息子には向いてないや」

「ツバサ…っ!」

 次に出てくるであろう、最悪の言葉を阻もうと、必死に声を上げるが、耳は確かにそれを拾った。


「… さよなら、父さん」


 世界の時間が、自分の心臓の鼓動が、止まった気がした。

「やめろ!ツバサ!!」

「…父さんは、優しいな。でも、俺は行くよ」

 すれ違い際のツバサの言葉と、尻目に映ったツバサの決意に満ちた瞳に、アキラは何もどうすることも出来なかった。

 ただ、過ぎ去っていく息子の背中を背に感じながら、その場に立ち尽くしていた。


 その後、元老院の決定で、御堂ツバサは現世へ追放となった。桑田宗助の扉を通って。



 **** 現在 ****


 悪夢に苛まれ、寝苦しさに目を覚ました。そして、今一度、御堂隆樹とツバサを重ねて思う。




           ――――――――――これ以上、何を失うという…――――――――――

*次回予告

 桑田さんが欲しいのは、俺のこの力。何故、この煉獄眼をそれほどまでに欲するのか。

 その裏には、とんでもない目的があったことを、俺は知る。


 次回『2人の魔王』

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