プロローグ
昔、私が抱いたぬくもりは、とても優しかった。
その名残は、今でも手に残っている。
しかし、今ではそれも失われてしまった…。
*** ***
逆東京 桑田邸
(隆樹の独白)
俺はまだ、桑田さんへの不信感を消せないでいる。桑田さんの行動や言動には怪しい点が多々ある。
それでも、ゆるーい桑田さんのペースのせいで、あまり思考が読めない。
俺は今日、桑田さんから借りた逆世界の基礎知識についての本を読んでいた。
「逆世界で最高権力を待つのは、魔王。その下に“四天王”と呼ばれる元老院。その更に下に大魔人と評議会。地位的には、魔女もこの位に入る。そして最下位に管理者と魔人。元老院や評議会などに所属する役職には、管理者監察者や、…審判者?」
その最後の言葉に、羅刹と桑田が反応を示した。それを説明したのは、桑田だった。
「審判者というのはね、元老院や評議会からの命令で、魔人や魔女を審判する者たちのことだよ。主にこの職に就くのは、元老院と評議会に属する者の家に仕える家柄の人間たちだよ。絶対に裏切らないようにね」
「へぇ…。すごいですね」
「うん…、 そうだね」
逆世界に益々興味が湧いた隆樹は、視線をもう一度本に戻した。
その時。
ドアをノックする音が静かな桑田たちの耳に届いた。それに対応したのは、掃除中だった羅刹。
「はーい。どなたですか?」
「失礼する」
低い男の声がしたと同時に、羅刹を押しのけてドアが開いた。現れたのは、黒マントの男と女。その顔を見た桑田の表情が強張った。
「……ア、アキラさん…ッ!」
「アキラ?」
「我が名は、審判者の御堂アキラ。逆長崎を管理する御堂家の当主だ」
男の名に、隆樹は驚愕した。そしてゆっくりと、桑田が唇を動かす。
「彼は、芦原慧翠に仕える者であり、蘭玉様とツバサ君の、実の父親だ!」
「兄貴の…!?」
「アキラさん、この逆東京に何の用ですか?」
冷静さを取り戻した桑田が、アキラと未だマントを被ったままの女を軽く睨んで言う。その問いには、女の方が答えた。
「もちろん任務です。“煉獄眼保持者の捕縛、および異端審問の実施”」
「あ、アナタは…っ」
「紹介が遅れました。私は、アキラ様の部下、および逆千葉管理者・樋口美輪です」
「樋口って…」
「そう。私はあの、重罪人・乃輪の姉よ。我が愚妹のことを知っていたなんてね」
美輪は嫌そうに言った。その様子に隆樹は少し首を傾げる。その横で、桑田が声を荒げて言う。
「アキラさん、異端審問とは、厳重処罰確定の懲罰審問ですよね!?隆樹クンをそれに!?」
「そうです。これは、元老院長の命令です。大人しく従ってもらおう、御堂隆樹」
隆樹は少し躊躇うが、抗う術がなく大人しく頷いた。それを止めようした羅刹を踏み止まらせたのは、苦渋の表情を浮かべる桑田だった。
「隆樹!」
「羅刹クン、ここは堪えて」
「せやで、羅刹チャン♥」
もう一人、部屋の隅にいた内海妖も羅刹を止める。羅刹は悔しそうに唇を噛み締めると、桑田の手を振り払い、奥の部屋に引っ込んでしまった。
隆樹の腕は後ろで手錠をはめられ、アキラに連れられていった。そして、桑田の家から少し離れた公園に、美輪は木の棒で方陣を描き、その上に乗った。不思議そうにする隆樹に、アキラが説明をする。
「逆千葉の管理者一族・樋口家特有の能力は、転移。自分一人なら式なしで移動できる。美輪は、“鍵の力”に不慣れでね」
「…鍵?」
「アキラ様、準備が整いました。式をお踏みください」
「あぁ」
そして、アキラ達は消え、式は砂に埋もれていった。
**** ****
桑田の家の奥に引っ込んでしまった羅刹は、少し経った後部屋から出てきた。しかし、そこに桑田も妖もいなかった。
「桑田?妖?…どこ行ったのかしら」
首を傾げていると、郵便屋の声がして外に出る。渡されたのは、自分宛の手紙だった。
「?」
いつもなら自分宛のは家の方に届けられるはず。なのに、何故今回に限って、この桑田家に届けられたのか。
そんな疑問を持ちつつ、羅刹は差出人の名前を確認する。そして、便箋に書かれていた名前に、羅刹は驚愕し息を飲んだ。
差出人は、樋口美輪。乃輪の姉だ。
――――――――――どうして……っ――――――――――
*次回予告
あの人の眼差しは、とても冷たかった。けど、その奥に、兄貴と同じ温かさを感じたのは…。
次回『ツバサとアキラ』