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東京HEAVEN  作者: いとむぎあむ
Xの章
19/39

過去の傷、その名は「莅豹(りひょう)」

 希望は、ずっと前に捨てた。神によって取り上げられた、私の自由つばさ。もう二度と私は飛べない。

 でも、何年経っても捨てられないものが、一つだけある。これを捨てたら、私はもう人間ではない。


 *** ***


 逆東京都 とある豪邸


 ベッドから起き上がり、大きな窓辺に近づく一人の少女。栗色の髪を一束に三つ編みにする少女の水色の瞳は真っ直ぐに空を見つめ、どこか悲しく揺れていた。

 そこへエプロン姿の使用人の女性がノックして入ってきて、錠剤の薬と水をテーブルに置いた。

石榴ざくろ様、お薬をお持ち致しました」

綾子あやこ。2人だけの時は、二つ名ではなく本名でお呼びなさい」

「…はい、怪様」

 この少女の名は、内海怪。一週間後、大魔人に就任する少女である。

 二つ名とは、大魔人と四天王が本名を悟られぬように、昇格すると共に貰う名である。名前は、その人物に相応しい花言葉を持つ花の名が与えられる。ちなみに、大魔女でもあり四天王でもある歪蘭玉ひずみらんぎょくは、“桔梗”の二つ名を持つ。

 怪はこの名が嫌いである。石榴の花言葉は“優美”と“愚かしさ”。こんなにも醜い自分のどこが上品で美しいことか。怪は所詮、上の四天王にとって愛らしい飾り物でしかない。何の害もないと思って、自分を次の大魔人に選んだのだ。それが、悔しくて仕方なかった。

 ぐっと下唇を噛み締めていると、暗い部屋のカーテンが開き、光りが部屋を満たした。

「さぁ、今日はとても良い日ですよ!」

「?」

「今日は、怪様の護衛に逆東京の護柱ナイツ内海妖うつみよう様がいらっしゃるのですから」

「?! 妖お兄様が?」

 綾子の吉報により、怪に曇った表情は一変して、太陽のように輝いた。




 一方、内海宅“魔薬専門店 蘭瑛”では


 腰痛の治った店主の内海舜英うつみしゅんえいが店番をしていた。そして、遅めにイサナが起床してきた。

「ふぁ~…あ? 妖はどーした?」

「もうとっくに出掛けたわい。もう日はてっぺん昇ってんだよ!」

「アハハハ。ちょっと寝過ごしたぜ。……妖、怪の護衛に行ったんだろ?仕事で(・・・)

「…あぁ、仕事だ(・・・)

 舜英は静かに言う。 そして、イサナはバツが悪そうに部屋の奥へ引っ込んでいった。



 *** ***



 車で怪のいる豪邸へ向かう妖。その心は静けさを保っていた。しかし、闘争心は見え隠れし、その証拠に両手には既に武装が施されていた。


 そして、そろそろ到着と聞きつけ、怪はずっと窓の外を見つめていた。すると、門が開き車が一台入ってきた。

「綾子! 妖お兄様がいらしたわ!」

「石榴様、帯がまだ結べておりません! 動かないでくださいな!!」

 バタバタとする2人を他の使用人たちは微笑ましいことこの上なく微笑んでいた。

 車から降りた妖のもとに着物を着こなした怪がやってきた。

「兄様!」

 妖へ満面の笑顔を向けた怪の姿を目の前にした妖は無言で跪いた。


(――――――――――え?)


「本日より石榴様の護衛を任命された逆東京都 護柱ナイツの内海妖です。石榴様のお命、全力でお守り致します」

 怪が失望した。 13年という年月が2人の関係を崩してしまったのだと。

 怪は涙を堪え、なんとか声を絞り出した。

「あ…あぁ。任せた、護柱の内海妖」

「お任せください」

 怪は背を向け、ぐっと下唇を噛み締めた。

「っ…。私は疲れた、部屋で休む」

 そう言って、怪は逃げるように部屋へ戻って行ってしまった。その後ろ姿を無言で見つめる妖の薄荷色の瞳の奥は微かに揺らいでいた。


 部屋の鍵をかけ、ベッドに身を投げた怪は、これほどまでにない悲痛な泣き声を上げた。

 心配になった侍女の綾子はドアの前で必死に呼びかけていた。

「石榴様! …っ怪様!」

「っ来るな!! 一人にして」


 楽しみにして、浮かれていたのは自分だけだった。妖は…兄は仕事のために(・・・・・・)来たんだ。仕事の時、標準語になるのが、その証拠。妖は、仕事の時と本気で怒っている時だけ標準語になる癖がある。 もう、前の関係には戻れないのだろうか…。


「……怪様。落ち着かれましたら、庭園に妖様と行かれてみてください。怪様のお育てになられた薔薇がやっと咲いたんです」

「……えぇ」

 怪はそっと目を閉じる。


 *** ***


 桑田宅

 羅刹はいつも通り、桑田家の掃除。隆樹は学校で少し送れるとのこと。そして、桑田宗助は真面目に新聞など読んでいる。

 新聞に集中していた桑田の意識が、突然削がれた。

「? どうしたの」

「…逆長野の管理者から、伝達が来た」

「ふーん。管理者同士のテレパシーみたいなやつ?」

「あぁ。…“中国地方(近畿地方)との境界に張っていた結界が何者かの手によって破られた。綻びが生じたのは、逆愛知”とのことだ」

 その知らせを聞いて、羅刹は思わず掃除機を手から落とした。

「どういうこと!? ゲートの目を欺いてこの中部(関東)に入り込んだっていうの!? 何者よ?」

「……妖クンに連絡した方がいいかも。奴等が来た(・・・・・)って」

「奴等…?」

「そう。昔、 妖クンを殺した奴等だ」


 *** 中庭 ***


「ねぇ、庭へ散歩に行きたいの。ついて来て」

 妖は怪の突然の申し出に、少々驚いたが素直に引き受ける。

 赤、白、黄、中には青なんてものもある色とりどりの薔薇。庭いっぱいに咲くこの薔薇は、ここでの孤独を紛らわせるために怪が大切に大切に育てた特別なものであった。

「ここには、警備がまったくないの。ここで戦闘が起こったら、花たちが潰されてしまうもの。その代わり、ここには逆長野の管理者と評議会会長が張ってくれた強力な結界があるから安全なの」

「……警備がない。では、人目もつかんちゅーことやな?」


「……―――――え?」

 妖の言葉遣いが変わり、振り返ろうとした怪の体は妖の両腕によって抱き締められた。

「あ~。やっと怪に触れられたわァ」

「よ、妖?」

 状況が飲み込めず、あたふたした怪が妖のことを名前で呼ぶと、妖は少し寂しそうな顔をした。

「前みたいに“兄ちゃん”呼んでくれへんのか?」

「あ… 兄さ…ん?」

「そや。本当ほんに大きゅうなったなァ」

「く、苦しいよぉ…、にっ兄さん…ッ!」

「ん? 何泣いとんや?」

 怪は何故か不思議と涙が溢れて止まらなかった。

「しゃーないな。ほれ、好きなだけ泣いたらえぇよ」

 怪は嬉しくて涙が零れた。妖の許可をもらい、怪は思う存分泣いた。


 数分、泣き続けて疲れた怪はベンチに座り、妖の肩に凭れ掛かった。

「……ねぇ、兄さん。私ね、本当は大魔人になんかなりたくないの。ずっと、ずっと兄さんやおじいちゃんと一緒にあの家で暮らしたい。こんな能力ちから、望んで手に入れたわけじゃないのに…」

「…せやな。僕も怪がずっと傍にうてくれるなら、他はなーんもいらんわ。たとえ、僕と怪だけの世界になったとしてもや」

「兄さん。あのね、私、ずっと…兄さんのことが―――――」


                   ゾワ…ッ


 怪が妖に言いかけた瞬間、2人の周りに背筋が凍るほどの冷気が漂い始めた。

「! 兄さんっ!?」

「っ……」

 妖からはただならぬ殺気と噴くような汗が額を流れていた。

「兄さ…ん?」

「…奴や、奴の気や!」 

妖はぐっと胸部を抑え、まるで走馬灯のように、“あの時”のことが頭の中を駆け巡っていた。


 そして、屋敷の外に黒服の男と同じく黒に身を包んだワンピースの女性と左頬に刀傷のある男が現れる。2人を見つめるように立ち止まり、屋敷を囲む鉄格子に触れる。

「……ふっ。管理者の結界か」

「!?」

 男が鉄格子の間の空に手を触れると、空気が揺れた。そして、空気が泡となって散った。それは、逆長野の管理者と評議会会長が張った強力な結界だった。

「なっ、なんで…!?」

「っ…!会いたかったで、孤陰こかげェ!!」

「え…」


               「フッ。13年ぶりか、内海妖」


 フードを外し、現れた右目に火傷の痕のある男の顔を見た瞬間、妖の眠っていたドス黒い「怒り」という感情が滾り始めた。


「久しいな、内海怪。我を覚えてるか?13年前、お前達の父と母を殺めたこの“莅豹りひょう”のリーダー・孤陰を!!」



          ―――――――我は再び、そなたを奪いに来たぞ!!―――――――

*次回予告

 13年前、私たちは何かを失った。最後に残ったのは、わたしあなただけ。だから、私は、あなたのために。

 13年前、僕たちはすべてを失った。残ったのは、ぼくきみだけ。だから、僕は、君のために。


 次回『兄は妹のために、妹は兄のために』

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