少年迷い、答えを求める
あの日から、僕の運命は変わった。 乗り過ごした電車の中で出会った。 長い黒髪と蒼色の瞳。 僕は、あの時の君の姿に、 見惚れたんだ。
だから、彼女だけでも、この世界では信じてみようと思った。 それなのに…、
*** ***
『アナタが今まで接して来たのは羅刹じゃない!私よ!?』
「…」
『アナタが羅刹の何を知ってるっていうの!?』
「っ… もう、何も分かんない」
隆樹は、どうしていいか分からないまま、とある公園のベンチに蹲っていた。眼帯からも零れる涙。不意に眼帯に触れ、グッと拳で軽く殴った。
「っ…!兄貴っ」
「なんや。シケた顔やなぁ」
聞き覚えのある声に、隆樹は振り返ってみる。そこには、煙管の紫煙を燻らせる渋い顔の内海妖が立っていた。
次の瞬間、妖の煙管が隆樹の間抜け面を小突いた。隆樹は少しの熱と痛さに、いってぇ、とワザと大げさに言った。
「君、何やっとるん?羅刹ちゃん泣かせたらあかんで?」
「うっ…」
「それとも、泣いてんのは隆樹君かな?」
その時、隆樹はある事に気付いた。
―――――あれ?妖の口調が…。標準語?
ぽかん、としていると妖は随分と爽やかな笑みを向けて、次の瞬間には隆樹の隣に座っていた。
少しの間、二人には会話がなかった。しかし、これではいけない、と思ったのか隆樹は懸命に言葉を導き出そうとする。が、何を発せれば良いか分からない。金魚のようにパクパクと口を動かす隆樹の姿があまりにも間抜けだったため、観察していた妖は思わず噴出した。
「…クックッ」
「ム。笑わないでください!まったく、緊張感のない人ですね!」
「フッ、ごめん。だけど、少しは楽になった?」
「…あ」
やっぱり、変な人。
「…なんか、今日の妖はお兄さんっぽいですね。普段からそうしてればいいのに」
「そう?て、僕本当に君より上なんだけどなァ」
「……あの、妖…さん」
「ん?何」
少し改まった様子になった隆樹。
「妖さんや羅刹は、今まで普通に接してきたけど、一人一人何かを抱えてるようです。それを知らないで、ノンキに過ごしてきた俺は、ダメなんでしょうか?」
「…そんな事はない。確かに、僕たちはそれぞれに重い物を抱えているけど、そんなのその人が解決すべき問題だ。それに…」
妖は続ける。
「隆樹君が今まで一生懸命、羅刹を守ってきたことは、守ろうと誓ったことは、全部嘘なのかな?」
「っそんなこと!」
「ないよね?じゃあ、いいじゃないか。それでも、君が決意出来ないというなら、もう一度“彼”の言葉を聞けば良い」
「“彼”…?」
妖が取り出したのは、六芒星の彫られた手鏡。
「見るがいいさ。君が、約束してきた人を」
隆樹の意識は、深い闇の中に沈んできた。
*** ***
沈んだ意識の中で、俺の頭を優しく撫でるぬくもりを感じた。見覚えがある。なんだか、とっても懐かしい……
「いつまで寝てるつもりだ?哲平」
「…? 兄貴?」
うっすら目を開ければ、視界には確かに兄貴がいた。しかし、うまく頭が働かない。驚こうにも体が動かない。そんな俺に、兄貴は優しく微笑んで、ワシャワシャと頭を撫でた。
「妖だね。哲平をここに連れてきたのは」
「…鏡」
「あぁ…、あの鏡か。あれにまだ俺の思念が残っていたんだな。まったく、無茶をする。無意識とはいえ、この空間に煉獄眼で穴を開けるなんて」
「…?」
覚えないことを言われて、隆樹は何のことかと記憶を探る。どうやら、自分は意識を失っているうちに兄の言っていることを行ったらしい。体が動かないのは、そのせいなのだろうか?
「妖が俺を頼るってことは、よっぽどのことがあったんだな。どうしたんだ?」
「…羅刹が、」
「…羅刹絡みか。うん、彼女の抱える問題は少々厄介だからな。でも、見込み違いだったかな」
「?」
そう言って、兄は悲しそうな顔をした。
「お前なら、羅刹の過去関係なく彼女を俺の分まで守ってくれると思ったんだけどな…」
言わなきゃ…。違うって…
「やっぱり、お前には重荷だったかな…」
違う…、違うよ、兄貴
「もうお前は、普通の生活に戻れ」
いっ…
「嫌だ!!」
その言葉を発したと同時に、急に体が軽くなり隆樹の体は自然と勢いに任せて上半身が起き上がった。
「あ…、あれ?」
「おはよう、哲平」
「…兄貴」
「お前は、自分に巻きついてた束縛を解いたんだ。最初っから答えは決まっていたんだろ?羅刹がどんな過去を持っていようと、俺は羅刹の傍を離れないって」
「…うん。俺は、兄貴との“約束”として羅刹の傍にいたつもりだった。…でも」
「今は違う。俺は、俺の意思で羅刹を守りたいって、思うんだ。中身が違うとか、関係なかったよ。だって、俺の知ってる羅刹は今の羅刹だから」
すると、兄貴の体が薄れて最後に隆樹の頭を撫でて、ふっと風に消えていった。
「…兄貴。 またな」
**** ****
次に目を覚ませば、今度こそ現実。ベンチで寝ている俺と、肩を貸してくれている妖。妖は、ずっとここで煙管を吸いながら待っていてくれたのだ。
「…妖?」
「ん?起きたか。ほな、行くで。桑田さんから連絡あったさかい、もう帰らんと現世の親御さん心配するで?」
「……うん。いろいろありがとう、妖」
俺は、現世に帰る前にしっかり羅刹に謝ろう、と考えながら妖とその場所を去った。
*予告
逆東京に平和が戻りました。しかし、その陰で妖はあることに悩んでいた。そして、また幕が上がる。
『エピローグ』