東北の維持
本を見つけた四方は、表層人格をその者に明け渡した。ヌレが様子を見たいと言ったからだ。様子を見るといっても何をみるのだろう。
ページを捲ってみる。捲れた。そのページに何か書いてみる。書けた。だが、四方には何の変化も起きない。しかし、判定能力者が言った。
「合格です。半生体と認められます」
ヌレの喜びは大きかった。これで四方の寿命が延びる可能性が出てきた。というより、ヌレは確信を持っていた。
「四方と我らとの進化の機序は違うようだ。しかし、四方には無限とも言える可能性がある」
ヌレにはいくつかの疑問があったが、それは喜びに覆い隠されていた。想うのは、
「何故に四方はこれほどまでに魅力的なのだろう。いや、魅力ではない安心感だ。でも何の安心感だろう」ということだけだった。
四方の体験談や世界観を聞くと、まるで世捨て人になるべくしてなったような感がある。しかし、それは悲壮感を剥き出しにしたものではなく、平凡な諦めに感じる。
おそらく、四方の原動力の源は諦めにあるのだろう。いや、諦めが原動力になるはずがない。諦めは死生観の原点や起点なのだろう。それが、同時性多重人格とも呼べる複数の人格の所有とどのように関わっているのかわからない。
四方は人が大好きであるが、同時に大嫌いでもあった。他の人にあまり干渉したくない。干渉すれば、必ず報いを受けることを知っている。人は変わりやすくもあり変わり難いとも思っている。そのときに、よかれと思って干渉したことも、時が経つにつれて報いに変じることがある。
四方は人に干渉するときは、できるだけ自分の仕業と見抜かれないようにしていた。四方といえども報いを受けるのは嫌なのだ。
四方は理想社会とは何かを考えることを己の命題の1つにしている。この村に来てからその想いは膨らんでいる感じがする。だが、その答えは得られていなかった。永久に答えは見つからないのかもしれない。
「できることをやってみよう」といつもながらの結論が出ていた。
違法行為ではあるが、四方はネットで株の取引を始めた。株の取引自体は違法行為ではない。問題なのは、企業の秘密情報をハックすることだ。巨額の取引を行い資産は激増した。ネット上で架空の実在を作り出すことは四方にとって朝飯前だ。取引も資産も小口に分けて、プールしていった。
この段階では、資産はまだ仮想通貨とあまり代わりはない。ヌレと相談し、村人を数十人地球人社会に送り込んだ。それぞれが、組織を立ち上げて村人が代表となった。だが、村人は地球人社会の仕組みに疎い。実質的な運営は雇用した地球人に任されることになった。
組織には四方からとわからないように巧妙に資金が提供される。ある団体は土地の買い占めを行った。土地の所有者の行方がわからないと、ある時点で調査を打ち切り、法務局のデータを書き換えた。データは近しいと思われる親族名義とした。建設、福祉等などの団体が雇用する職員の人数は数十万人となった。
営利目的の団体ではないため、株取引だけでは資金が底をつくことは目に見えていた。数十万人もの新規雇用を行えば、問題がでないはずはない。しかし、四方もヌレも今はこれで仕方がないと思っていた。今は弱者に手を貸し、人の可能性を維持するのが目的だった。
そのような日々が過ぎていったある日、日本政府から「原発からの退去命令」が出された。




