狂った長老
暗闇の中に、3人の若者が屯していた。この若者たちは地球の人類に属さない。産まれたのは地球だが、先祖のルーツは地球以外の星だ。だが、彼らはそのルーツを知らない。
3人の中に首相に快く面会を許された2人が混じっていた。1人の名はヌレという。本当の名前は、地球の日本語にして400字詰原稿用紙1枚分くらいあるそうだが、誰も本名を呼ばない。面倒くさいからだ。しかも、ヌレ本人も時々本名を間違えるそうだ。
ヌレの特技は暗示能力だ。いかなる動物に対しても暗示をかけそこなったことはない。植物に対しても有効だ。ヌレの村での役割は、農業の推進部長になる。村の人々の食源はヌレに寄っているといっても過言ではない。ヌレが仲間に暗示をかけるのは、訓練の時だけだ。それ以外のときに発動させると長老にお叱りを受ける。
もう一人は、サンバという名だ。彼の特技はテレポートだ。首相官邸に忽然と現れたのは、このサンバに寄る。どのくらいの距離をテレポートできるのかサンバ本人も知らない。幼い頃、行方不明事件を起こしたことがある。できるだけ遠くにテレポートしようとして、成功した。だが、帰り道がわからなくなってしまった。3日3晩歩き通して村にたどり着いたが、村人に、
「どうして、村のことを念じてテレポートしなかったの?」
と聞かれ、返答できなかった。それ以来、知らない遠くへテレポートしないことと、迷ったら村のことを念じて戻ることが教訓となった。
彼らが屯する場所は、あの原発の地下だった。
ヌレ「我らの存在は誰にも気づかれていない。作戦の第1段階は成功しているように思う」
サンバ「ゴードン、明日あたり行くか?」
ゴードン「そうだな。そろそろ満杯だ」
ゴードンと呼ばれた男は「人間発電所」だ。いかなるエネルギーも電気に変換して、体内に溜め込む。限界はあるらしく、ときどき放電してやらないと、ゴードン本人が破裂して爆発してしまうのではないかと言われている。誰も破裂したところを見たことがないので全て憶測だが、ゴードンは信じきっている。
いま居る原発は、小さな核分裂反応を起こしていて、放っておけば近い将来に大爆発の連鎖で最低でも日本が真二つになるだろう。それを防いでいるのがこの3人だ。
地上ではこのことを誰も知らない。マスコミでは「炉を冷却してメルトダウンを防いでいます」とか言っているが、メルトダウンは既に起こっている。事故が発生した時点で起こっていたのだ。
地上の関心は放射線や放射性物質に注目が集まっている。この地球の人類は放射線に耐性がないようだ。この3人と彼らが属する村の人々にとって、放射線は痛くも痒くもない。困るのは、住む土地がなくなることだけだ。
ある理由があって他の土地に移住できない。他の土地は、他の異星人によって埋め尽くされている。移住するためには、争って土地を奪わなければならない。長老をはじめとして皆がそれを嫌っている。
ということは、今住む土地を守らなければならないのだ。そこで、原発の爆発を阻止せよとなった。
先発隊3人に与えられた役割は、炉心の現状維持と情報収集だ。これが作戦の第1段階だ。長老は「もう少し待て」と言い続けて3年が過ぎた。この間の首相訪問は第2段階の始まりなのだろうか。
サンバは毎日のように村とここを往復している。サンバによると第2陣を送るという。ヌレが気になるのは、第2陣の中にザリが含まれていることだ。漸減作戦を行うつもりか。小規模爆発を起こして核燃料を減らして行くというのか。
そうすると、放射線は地上を覆い尽くすように振り撒かれるだろう。確かに我らには影響はないが、日本人は全て死滅するだろう。
「まさか、そんなはずはない。狂ったか?長老」




