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東北独立  作者: 酒井順
退去命令
13/19

言論統制


 首相官邸には、総理と防衛大臣が向かい合っていた。首相の機嫌はよくも悪くもなかった。いや、面にはださないが、悪かったのだろう。


 防衛大臣はこのような報告を行っていた。

「原発は取り戻しました。テロリストたちのおかげで放射線の漏洩も最小限に抑えられているようです。なによりは、閣僚たちの受けがいいことです。野党どもの付け入る隙がないほど任務は完璧に行われました。平穏無事に済んで本当におめでとうございます」

「何が目出度いのだ」

「はあ~?平穏無事に済んで…」

「それがいかんのだ。まさか皆の前でもテロリストのおかげでなどといってはいまいな?」

「もちろんです。しかし、世間ではそれが常識となりつつあります。内閣の支持率が僅かに25%なのに対して、原発占拠者の支持率は80%を超えました」

「だからこそだ。だからこそあいつらをテロリストにでっち上げねばならなかったのだ。君は何かをでっち上げたかね」

「そうは言っても、あそこには猫の子一匹いなかったそうです。猫の子数匹捕まえて、これがテロリストだということにしましょうか」


 防衛大臣もさすがに切れかかっていた。


「総理、名案があります。原発に時限爆弾を仕掛けましょう。そして、盛大に爆発させてやりましょう」

「確かに名案だが、すぐに私の“やらせ”だと見抜かれるだろう」

「もう一つ提案があります」

「何だね?」

「私を罷免してください」


 胸の内ポケットから辞任伺いと書かれた封書を取り出した防衛大臣は総理にそれを投げつけた。総理は唖然としていたが、大臣は憤然として部屋を出て行った。


「意向なのだ。これは意向なのだ。私には何もできないのだ」


 総理は奪い返した原発の維持に全力を挙げることにした。見せ掛けだけでも国民の支持をつなぎとめておかなければならない。復興予算も奮発し、災害復興を促進しようと思った。


 有識者を招集して、対策を講じることにした。そして、中断していた有識者会合が持たれることになった。


 Sからの報告では、核燃料は3層の隔壁で覆われていて、そのいずれの空間も20℃の気温に保たれているようだ。事故を起こした原発の維持のためにはこれ以上の措置は必要ないと思われた。


 だが、総理にとってそれは望ましくない状況だった。何としてもあいつらのあらを探し出すか捏造した罪を被せなければならない。


 勇気ある有識者の数人が視察を望んだ。現場をみてみたいという。Sからの報告では放射線の濃度は問題を起こす基準値をはるかに下回っているとされた。それでも、通常の理性や本能ではあの暴走を起こしかけた原発に立ち入ることを拒絶する。


 総理はこのことをマスコミに誇らしく発表した。

「勇気ある有識者による現地視察団が編成されます。まだ荒れ狂う原発を果敢に鎮めようとしています」


 記者会見の場は騒然となっていた。その言葉を統計的に処理すると「お前も行け」というものが大多数を占めていた。ある中堅のマスメディアが、

「海外の調査団によると原発事故は安定を保っているとされていますが、総理のお考えはどうなのでしょうか?」

「それは錯覚です。大いなる錯覚なのです。真実を見極めるために今回の視察団が編成されました」


 大手のマスコミは提灯持ちと化していた。以前からその傾向はあったのだが、ここ数日で完全に提灯の放つ明かりは闇のように煌々と輝いていた。昨日のある大手新聞では、

『テロリストを撃退!内閣支持率70%を超える』と報じられていた。


 テレビからも良識あるコメンテイターが引き剥がされて、内閣の支持を唄う番組だけが幅をきかせるようになった。


 ついに言論統制が始まってしまった。


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