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幸せな人魚姫  作者:
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幸せな人魚姫

世界の海の全てを統べる、海の王国。

陸に住む人々には、知られざる世界。




その日、海の王国は慌ただしかった。

なぜなら、海の王の娘である私の誕生日だったからだ。とうの私は、自室でうかれていた。今日で私は18才。とうとう成人と言われる年齢になる。そして、かねてからの願い“陸”に行くことができるのだ。

私はよく祖母にねだり、“陸”に住む“人間”の話を聞いていた。海の生き物たちからは“人間”とは恐ろしく、残酷であると聞く。しかし、私にとっては興味惹かれる対象だった。

“陸”に行ってみたい、私はその思いでいっぱいだった。


ーコンコン

ノックの音が響く。

返事をして、中に迎え入れる。

返事を返して入ってきたのは、妹のスイだった。

「姉様、誕生日おめでとうございます」

流れる水のような髪を持つ、私よりもしっかりした可愛い妹が、はにかみながら言った。どうやらプレゼントをくれるらしい。私の好きなピンク色の髪飾りだ。嬉しくて、つい笑顔になる。そして、スイに髪を結ってもらうことになった。器用な妹は、私の金の髪を綺麗に結ってくれた。そして二人でおしゃべりする。

スイは、私の“陸”に行きたいという願いを唯一知っている。海の生き物の誰に話しても猛反対されるであろうその願いを、あの子は笑って認めてくれた。姉様らしいと言ってくれた。私にはもったいないほど、いい妹だ。私を慕ってくれる彼女が可愛くて仕方がない。

楽しい時間はすぐに過ぎるもので、今日のパーティーの為の準備に女官がやってきた。スイとは別れ、女官に準備をしてもらう。そのとき、髪飾りを褒められたのでつい自慢してしまった。

鱗と同じ色のドレスを着て、父王の元へむかう。力強く、厳かな空気を纏った海の王。そんな父に祝福され、例年以上の華やかなパーティーで祝ってもらい、幸せだった。


そして夜。

部屋を抜け出して、海の中にまで届く月明かりを目印に上を目指す。海面近くになると少し騒がしく、夜のはずなのに明るかった。何だろうと思い、海から顔を出すと、視界に入ったのは夜空いっぱいに咲く花だった。その美しさに感動していると、大きく豪華絢爛な船がきた。人間に見られるわけにはいかないので、一度海に潜る。

船に巻き込まれないように気をつけながらもう一度夜空の花を見たくて、そっと海面から顔を出す。船の上に誰かがいることに気がついたので、隠れなければと思った。でも、できなかった。思考がうまく働かなかった。目線がそこにいる“彼”に奪われ、動くことができなかった。正直、そこを他の人間に見られなくてすんだのは幸運だったと思う。

どれくらいの時間が経ったのか、私はずっとその彼を見続けていた。間近に迫っている嵐の気配にも気づかずに。


気づいた時にはすでに遅く、大きな船は波に揺らされていた。私も逃げなければと思い、でも心配で一度だけ振り返ると、彼は海に投げ出されていた。

驚いて、急いで助けにいった。渦に巻き込まれたら死んでしまう。

人間は水の中では息ができないと聞いたことがあるので、注意しながら陸まで運ぶ。目が覚めないのですごく心配した。心臓は動いていて、息もしていた。早く目が覚めないかなと待っていて、思い出した。人魚は人に見られてはいけないということを。早く目覚めてほしい、まだ目覚めないでほしい。矛盾した思いを抱えながら、夜明け前まで待った。まだ目が覚めることはなく、眠り続ける彼。誰かが助けにくるかもしれないということを期待して、歌を歌うことにした。不器用な私の唯一得意なこと。早く目覚めてほしい、助けてあげてほしい、でももう少しこのままでいたい、そんな思いをのせて。

唸ってうっすらと目を開ける彼。その様子にほっとして、微笑んだ。遠くから誰かを捜す心配しているような声が聞こえて、安心して海に戻る。


あれから何日かたって、私は様子がおかしかった。何をするにしても彼のことを思い出す。つい、彼のことを思い出してはぼーっとしてしまっていた。父や姉たち、女官たちに心配されてしまった。でも話せない、話すわけにはいかない。妹に心配された時、私は話した。スイは驚いたようだった。そして、どうするのか聞いてきた。もう一度彼に会いたいと思っていることはバレていたようだ。

私は、初めてスイに反対された。危険だと、諭された。悲しかった。スイなら理解してくれると思ったのに。大人気ない対応をして、部屋から追い返してしまった。罪悪感もあったが、悔しかった。勝手だが、裏切られたような気持ちだった。私を心配してくれていたのはわかっていたのに。

彼に会いたい一心で、私はどうしたらいいか考えた。そして思い出す、海の魔女と呼ばれる存在を。海の生き物たちからはおそれられている存在だが、何か方法を知っているかもしれない。私はすぐに海の魔女の元に向かった。

暗い、怪しい光が照らす魔女の住処にたどり着き、魔女と取引をした。私は、人間の足を手に入れるために声を渡した。魔女から薬をもらい、嬉々として陸へむかう。


陸に上がり、薬を飲む。激しい痛みが私を襲った。痛くて、少し痛みが薄れたと思い足をみると、人魚の鱗はなく、人間のようなすらりとした二本の足があった。嬉しくて、すぐに立って歩こうとしたが、激痛を感じできなかった。どうしようかと考えていると、誰かがやってきて、話しかけられた。顔を上げてその人を確認すると、私は驚いた。私が会いたかった彼だったからだ。

彼は優しい人だった。話すこともうまく歩くこともできない、見るからに世間知らずな私を保護してくれた。また、驚いたことに彼はこの国の王子様だったようだ。

彼と少しでも長く一緒にいたくて、頑張って歩く練習をした。人間の世界のことをたくさん覚えた。彼は私を可愛がってくれて、幸せな日々だった。

彼はあの嵐の日、自分を助けた人物を探しているようだった。私は嬉しかった、彼を助けたのは私だったから。伝えたかったけど、声を失った私には伝えることができなかった。だから、彼が見つけてくれることを期待していた。そうやって待つ日々は、本当に楽しかった。

だから、彼が結婚するという話を聞いたとき、本当にショックだった。


聞いたところによると、幼なじみの隣国のお姫様らしい。そして、あの日助けてくれたのはその人だったそうだという噂もあった。違うと言いたかった。でも、声はでなかった。誰にも聞こえない悲鳴を上げて泣いた。ずっと持っていたピンク色の髪飾りを握りしめて、泣き続けた。どう足掻いても所詮住む世界が違う。妹はこうなることが分かっていたのかもしれない。


魔女から薬を貰った時に忠告されたことがある。それは、もし王子が違う人と結ばれたなら、私は泡になって消えてしまうということだ。妹を思い出した後もずっと泣きながら、時間は過ぎた。できるならば、妹に謝りたいと思う。それはきっと叶わない願いだけれど。


王子様の結婚の話はとんとん拍子に進んでいき、もう明日が結婚式の日になってしまった。涙はもうでなかった。せめて、笑顔で祝いたいと思った。明日の夜明けには、もうきっと泡になってしまっているけれど。眠れない夜を彼を想って過ごしていると、外から私を呼ぶ声が聞こえた。不思議に思い外を見ると、姉たちがいた。美しい長い髪を短くして、ナイフを差し出す。魔女と取引したらしい。髪と引き替えに、私が再び人魚に戻る方法を教えてもらったそうだ。このナイフで王子を刺すと人魚に戻れると姉たちは言った。人魚にとって大切な髪をなくしてまで私の為に行動してくれた姉たちに、本当に感謝した。もう出ないと思っていた涙がこぼれる。でも、私はそのナイフを受け取ることができなかった。姉たちに申し訳なく思いながら、私は泡になってきえることを決意していた。王子様を殺して生きるなんて、私にはできなかった。泣きながら謝った。そして、伝言を頼んだ。大切な妹に、ごめんなさいと、大好きを届けてもらうことにした。なにを言っても駄目だと判断した姉たちは、泣きながら帰って行った。私は、静かにその後ろ姿を見送った。


夜明けが近づく。

王子様と過ごした日々を思い出しながら、海の近くへ向かっていた。今はもう、一人で歩けるようになっていた。

海辺にたどり着き、空を眺める。幸せだった。私は、幸せだった。

思いを、想いをこめて、誰にも聞こえない歌を歌う。

夢中だった。だから気づかなかったの。歌の途中から、私の声が戻っていることに。その歌声で、王子様が私を追いかけてきたことに。


夜明け前、あの時もこんな時間だったと思いながら、王子様と向き合う。

海を背に、幸せだったと伝わるような笑顔で、私は言った。

「あなたが好きです」

日が昇る。世界に光が満ちて、私は目を閉じた。

泡になってきえる、そう思っていたのに私が感じたのは温かなぬくもりだった。閉じた目を開けると、私は王子様に抱きしめられ、告白されていた。

私は戸惑った。どうしてか、分からなかった。そんなとき、光の中から声が聞こえた。それは、大切なあの妹の声だった。

ー幸せになって、姉様

涙が溢れた。心の中で妹に、たくさんお礼を言った。ありがとう、大好きだよと、思った。

ー私も、大好きだよ

光の中で、スイが笑った気がした。


結婚式が挙げられた。私と王子様の結婚式だ。隣国の姫はどうなるのかと思ったが、彼女はもともと王子様と結婚する気はなかったようだ。政略結婚であるが、彼女と王子様は仲のよいただの幼なじみだから婚約破棄したいと思っていたらしい。彼女も、王子様が本当に好きな人と結婚することを望んでいたそうだ。そんな彼女にも、好きな人がいる。私たちは、友達になっていた。

魔女との取引で、王子様と結ばれた私は二度と海の世界へ戻ることができない。だから陸から願う、海の家族へ。不孝者でごめんなさい、私は幸せです、と。


私は陸で生きていく、愛する人に寄り添いながら。

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