#5 薔薇と四大公爵
ウェンヴァレンという世界に来てから数日が立った。
王宮内では、王宮騎士を一人護衛につければ自由に行動してもいいとアグレアスさんに言われた。
そして現在、護衛の騎士さんとネネさんとともに、王宮の中を散策中です。
細部にまで至る豪華さは、僕が元の世界で暮らしていた王宮と遜色がないほどのものだ。ふんわりとした絨毯が一面中に敷かれ、天井からはいくつものシャンデリアがぶら下がり、輝かしい明かりで照らしている。
壁には様々な絵画が飾られていたけど、何故かおどろおどろしいものばかりだった。天使なんか描かれている絵は一枚もない。まぁ、天界が滅んでしまったあとの世界なら仕方がないのかもしれない。
「こちらの扉の外は中庭となっております。東屋や、噴水があり息抜きや、お散歩には絶好の場所でございます」
「少し出ても大丈夫でしょうか?」
「もちろんです」
騎士さんにドアを開けてもらい、僕は中庭へとでた。ドアの外には一面の緑が広がり、バラの木々や様々な花々が生き生きと植えられている。バラのアーチや噴水、腰を下ろせるベンチなどがあり、歩き回れるように回廊になっている。
「とても綺麗ですね」
もともと植物は好きだ。特に色とりどりの花々を眺めていると、とても心が落ち着く。
真っ赤なバラが咲く方へと近づき、優しくその花弁に手を添える。みずみずしいそれはふわりと甘い香りを漂わせた。
「こんなに綺麗な緑や花、お手入れ大変でしょう」
「それを簡単にやってのけるのが、アグレアスの力さ」
「え?」
目の前に現れたのはピンク色のバラ。このあたりにはなかった種類のバラだ。
視界がそれで塞がれ、その声の主の姿が見えない。と思っていたら、それも少しのあいだだけでバラの花がどくとその向こうに見知らぬ人がいた。
青い短髪に、やや長いまつげの奥に光る金の瞳、ジャラジャラと耳にピアスがいくつも付けられている。気配からして悪魔のようだ。
その人を見て、ネネさんと騎士さんは跪いた。
もしかしてものすごく高貴な方なんだろうか。そう思い僕も跪こうとしたら、何故か膝の後ろに手を添えられ、気がつくとその青髪の悪魔に抱えられていた。
「君は跪かなくていい。君に跪かせたと知られたら、またあの口うるさいアグレアスに小言を言われる。お前たちも楽にしていい。君だね?アグレアスが言ってた、異界の天使様は」
「あ……あの……」
「本当に美しいね。ここに生えた花よりも、この世に存在する全ての宝石よりも勝る美しさだ。今すぐ視覚も聴覚も塞いで、連れ去りたいくらいだ」
「え?」
うっとりとした顔をして、僕の頬を指でなで上げる。あまりこう言う状況に陥ったことがない僕は、どうしていいか分からずあわあわするばかりだ。
そんな僕を見て、ネネさんが助け舟を出してくれた。
「シャックス様!ノエル様に、おふざけをなさるのはおやめください!」
「おっと……君のお手伝いはなかなか言うね。仕方がない、それはまた今度にしよう」
僕を地面におろしたシャックス様は、未だ状況が飲み込めずあっけにとられてた僕に、先ほどのピンクのバラを手渡した。
「俺はシャックス。一応この世界の西方を守護してるよ。今日はたまたま面倒な報告に来たんだけど、来てよかった。ノエルと呼んでも構わないか?」
「はい。あの……このお庭がアグレアスさんのお力のおかげとは、どういう意味なのですか?」
「アグレアスは大地の力を司ってる。その力を使って、この庭の力を何倍にも高め、植物そのものの生命力を上げている。だからこんなにも綺麗な花が咲き、ここの植物は枯れない」
「大地のお力とは、すごいお力をお持ちなんですね」
「俺も結構すごいよ?」
「シャックス様は、どのようなお力をお持ちなんですか?」
「様付けいらないから。俺?俺は秘密」
「え?」
「なんなら、今すぐ教えてあげようか?ノエルの体で」
なんだろう。すごく嫌な感じしかしないんだけど……。
とりあえず丁重にお断りした。