#4 世話係は女の子
しばらく部屋で、残っているお菓子を食べていたら再びドアがノックされた。戸惑いつつ返事をすると、ひとりの少女が入ってきた。ドアを静かに閉じ、その付近に跪く。
「アグレアス様より、ノエル様のお世話係に任命されました。ネネと申します。どうぞ何なりとお申し付けくださいませ」
「そんなにかしこまらないでください。その……まだ何もわからないことばかりで、よかったらいろいろ教えていただけると嬉しいです」
「私でよければ、拙い知識ですがお力添えいたします」
ニッコリと笑うその少女は僕よりいくつか若い印象だ。まぁ天使と悪魔はいくら年を重ねてもそれほど外見的変化は見られないことが多い。
綺麗な薄桃色の髪は、肩のあたりで真っ赤なリボンで二つに結えられている。くっきり二重の青い瞳がぐっと視線を惹きつけるようにも思える。
その綺麗な瞳がじっと僕の方を見つめ続けてくる。顔にお菓子のクズでも付いてるんだろうか。
「あの……なにか付いてます?」
「も、申し訳ありません。あまりにもお美しいお顔立ちをなさっておられるので……」
「そうだったんですか。僕なんか美人じゃないですよ」
「そんなことありません!!」
「え……」
いきなりぐわっと目を見開いたかと思うと、ネネさんは僕の両手を握り締めた。
「透き通るように綺麗なのに輝きを放つ金の髪、空と同じ澄んだ水色の瞳。陶器のようになめらかなお肌。私ノエル様にお使えできて幸せで死にそうです!」
「死んじゃダメですよ」
というか、彼女は幻覚でも見てるんじゃないんだろうか。どう考えても僕の顔はそんなんじゃない。色は合ってるけど……母に似て女の顔立ちで一時は美しい天女が――――とか噂になったけど。あれは僕が部屋から出てこないで勝手に想像が膨らんで出来た噂話だし。
その噂のせいで、天界中からお見合いだの婚約だのお話が来た。全員男で……。もちろん丁重にお断りした。
天界には同性同士のそういう関係も珍しくはない。実際父上も何人か男のお相手がいたはずだし。僕も幼い頃からそういう環境で育ち、偏見などもないけど。それでもただの噂で、こんな僕なんかと結婚するようになってしまうのは、相手に悪いと思ったのだ。
「美形というのは……アグレアスさんのような方のことを言うんですよ」
「確かに、アグレアス様もかなりお顔立ちが整ってらっしゃいますものね。ですが……ノエル様は別格でござますよ」
「別格?アグレアスさん……て、やはりそれなりのお立場の方なのですか?」
「えぇ。アグレアス様はこの世界の王の補佐をされております。この世界の四大公爵のうちのお一人です」
「四大公爵とはなんですか?」
「王が定めし、王に次ぐ権力をお持ちの方々です。王が選定しそれぞこの世界の四方を収めておられる方です。アグレアス様は武官としてもそれは素晴らしいお方です」
どうやら四大公爵は、文武両道のすごい方たちのことを言うみたいだ。今更ながら、アグレアス様とお呼びしたほうがよかったかもしれない。
「ノエル様、お疲れでございましょう。お湯浴みの準備が整いました。暖かな湯に包まれて、お体を癒してはいかがでしょう」
「そうですね。少し疲れているみたいですし。場所はどこでしょうか?」
「僭越ながら、お手伝いいたします」
「え……」
今なんて言いました?お手伝いします?誰が?
「ちょ、ちょっとお待ちください。ネネさんがお手伝いを?」
「はい。……私ではやはりお力になれませんか?」
うっ、そんなうるうるした目で見つめられたら、なんか罪悪感が……。でもでもでも!!
「いくらなんでも、女性にお手伝い頂くのは気が引けます!!ネネさんはお若いですし」
「ここの手伝いは皆、私と同じくらいの年代ばかりです」
「えぇ!?じゃ、せめて男性の方に……」
「それはなりません!!」
ガバッと勢いよく、僕の両肩に手をついて制してきたネネさん。
「殿方にノエル様のお湯浴みのお手伝いなどさせては、ノエル様のお体が危ないです!襲われてしまいますよ!!」
「おそ!?いえ、流石にそれはないのでは……」
「何をおっしゃってるのですか!?あなた様はこの世界随一の美しさをお持ちなのですよ?そんな方の……ましてやお湯浴みの時などそんな無防備なお姿をお晒しになったら、男どもは群がって襲いかかるに決まっています!」
この子は一体なんでそんな恐ろしい結論に至るんだろう。そしてそれを力説してくるのがこわいです。
ちなみに、このあと僕は一人でお湯浴みをした。一応ひとりでもできるからね。