#3 元天使な悪魔
天界と魔界は、決して交じり合うことのない対局の世界だ。僕がいた天界は、もうかれこれ数千年にわたって、魔界と戦争をしているほどだ。お互い対立し合ってないと、存在できない。それが魔界と天界の不可侵の理だと、僕の父様――――天帝はおっしゃっていた。
「原因は未だわかっておりません。あるところでは、神のいたずらなどと噂が出来上がっていますが……。魔界と天界が融合し、多くの犠牲が失われました。その最大の犠牲は……天使の滅亡」
「え?いないのですか?この世界に天使は……」
「ええ、一人も。いえ――――今のでは語弊がありますね。厳密には天使ではなくなってしまったのです。存在していた天使の半分は、死に絶え……そしてもう半分は……悪魔とかした」
「悪魔に?」
「えぇ……私もそのうちの一人です」
そういうアグレアスさんは、すごく苦しげに顔をしかめた。この人の言葉に嘘偽りはない。それはわかる。
天使が悪魔になる原因のほとんどが堕天だ。
神に背く行いをした天使や、悪魔と関係を持ってしまった天使は、天帝から堕天の刻印を与えられ、天界から追放される。
その後は純な悪魔でもなく、天使でもない存在として、ひどい迫害を受けるようになってしまう。
僕が元いた世界では魔界との対立が昔から続いていて、悪魔と関わりを少しでも持つだけで大罪となるんだ。その罪の代償としてはむしろ死罪にならないだけでも軽いものだと、父様はおっしゃっていたけど、僕はそうは思わない。堕天だって、とても重い刑たと思う。
でも、アグレアスさんは堕天したわけではないそうだ。世界が融合してしまったとき、なんの前触れもなく変わってしまったそうだ。
元々天使と悪魔は所持する属性が異なる。
陰と陽、光と闇。天使は光に属し、悪魔は闇に属するもの。だけどこの世界は、闇の属性しか感じられない。
多分世界を構成する属性の光分子すら滅亡してしまったんだろう。そう考えると、あの時力が使えなかったのも頷ける。
この世界の特質な属性環境に、僕が順応できてなかったからだ。
ほとんどの天使は、光分子なくしては力を使うことはできない。だけど聖天使は、たとえ闇分子が多くても力を発揮することができる。それが聖天使の称号を受け取るだけの条件でもある。
だけどこの世界は純粋に闇分子しかない。光は闇を産み、闇は光を欲する。その言葉の通り、僕が持っていた光分子は、この世界に来て外へと流れ出してしまった。だからあんなに苦しかったんだ。
持っている魔力が減少すると、それは体にも影響を及ぼすから。あのあと、何かが影響して僕の中に光分子が満ちたから助かったけど、そうじゃなきゃ今頃死んでた。
「あなたは純粋なる天使でおられる。それは今のこの世界では存在しません。だからこそ私は、あなたがこの世界の方ではないと思ったのです。それで、なぜこの世界にいらっしゃるのですか?」
「この世界の誰かに、喚ばれた……というわけではないんですね」
「えぇ。確認してみましたが、確認できた範囲で天使を召喚したというものはいませんでした」
「――――声が聞こえたんです。誰のものかはわかりませんし……かすかにしか聞こえなかったので、なんといっているかもわからないんですが。そうしたらまばゆい光に包まれて……」
「気がついたらここにいたのですね」
「はい……」
僕の話を聞いて、アグレアスさんは何かを思案するように、口元に手を当てた。僕も一回落ち着いて考えるために紅茶を一口のんだ。
「あの……この建物は……」
「ここはウェンヴァレンの首都ヴェリッツェンにある王宮です。王宮の庭で倒れているあなたを、騎士たちが見つけ私に報告してきました」
あれは……僕を苦しみから救ってくれたのは、その騎士だったのだろうか。でもあの場にいたのは一人だった気がする。騎士たちというのは複数だったのだろう。だとしたら、違うのかもしれない。
「しばらく、あなた様にはこちらで過ごしていただくことになるでしょう。一応、王にも許可は頂いたのでこのお部屋をお使いください。後で世話係をこちらによこすのでどうぞご遠慮なくお使いください。不自由はさせません。こちらでいろいろ調べ、あなた様を元の世界に戻すことをお約束します」
「ありがとうございます。ノエルともうします、よろしくお願いいたします」
「では、ノエル様。私はこれで失礼いたします」
アグレアスさんが部屋を去ったあと、僕はソファに持たれて瞳を閉じた。
――――僕がこの世界に来てしまった理由は、果たしてなんなのだろうか。