暗黒の魔人
8 暗黒の魔人
扉を開いた先の部屋、しかしなぜかそこに求める者の姿はない、
「美希子は?」
部屋に佇むそんななぜか笑いの魔女に希一郎は尋ねる。
「友達が出来たから遊びに行ったのよ~帰りは遅くなるわ~いえ、もう帰らないかも~彼女楽しそうだったから~このまま遊び歩いて燃え尽きちゃうかも~」
そんな無責任な言葉に希一郎の顔が蒼白になる。
「なっ…なんだって?美希子が出て行った?そんな馬鹿な!あいつは自分で歩く事は出来ないんだ。あの痛みのせいで…それなのに遊びに行ったって?冗談だろ?」
しかし笑みを浮かべる看護師は、
「いたって真面目~本当のことよ~彼女は自分の人生を自分で生きることを選択したの~もうあなたの世話にはならないと決心して~その気持を考えて理解してあげてね~彼女の苦痛は心配ないわ~とてもよく効く薬を渡しておいたから~今頃とてもハッピーに過ごしているわ~」
茫然とそんな魔女の言葉を聞く希一郎、そして両手の拳を握り締める。
そしまた。今まで人に対して抱いたことのない感情が湧き上がり始める。
それは真の怒り、最愛の者と自分を分け隔てた存在に真に怒りが湧き上がる。
「ふざけるな!あいつにはもう残された時間がないんだ!だから最後の時まで俺が守ると決めたんだ。それをあんたは!」
思わず怒声を投げつける希一郎、しかし魔女はそんな彼を冷ややかに見つめて、
「守る?誰が~あんたが~それはお笑いね~何の力もないただの糞ガキが人を守ろうなんて十万年早いわ~強力な石を持っていたってあんたはまだ希願していないの~なんの能力も得ていないただの役立たずなの~そんな口を私につくならあんたは戦えるの?妹を襲う悪魔達を戦ってやっつけられるの~それが出来ないのなら偉そうなことを言う資格なんてないの~わかった?腑抜けの坊や~妹に愛想尽かされた不甲斐無し~部屋の隅にうずくまって泣いているのが今のあんたにはお似合いよ~」
魔女の兆発の言葉、しかし希一郎は怒りに身を任せ相手を襲おうとはしない、しかし暴力に訴える事が出来ない、殴る蹴る。その相手に与える苦痛が全部自分に返ってくる。そんな気がして、だから手を上げられない、そんな苦痛を相手に与えたくない…
「ふん、腰抜けさ~ん、へへへへっ」
そんな希一郎を舌を出して魔女が嘲笑する。
「待て!美世、今お前が言った事は本当か?美希子は出て行っただと、それをなぜ止めなかった」
感情の高ぶりを制御できない希一郎の肩に手を置いて、そして部屋に入って来た咲石が美世に尋ねる。
「本当よ先生~どうせ死ぬんだから楽しみたい、そう言って出て行ったの~止めたけど無駄だったわ~だから苦痛の魔女をお供にしたの~私にしては上出来でしょ~だから先生褒めて~」
しかし希一郎の肩から手を離して咲石は頭を抱える。
「何だと!希久恵を外に出したのか?ここから出られないように暗示をかけていたのに、それを解いたのか?」
今度は宇藤が松葉杖を突きながら美世に詰め寄る。
「暗示?なんの事か分からないの~ただ魔王と言ったら眼の色が変わったの~それが暗示を解くキーワードだった?ちがった~」
「ちっ」
思わず舌打ちする宇藤、この魔女は偶然か知っていたのか?しかしそのパスワードを口にしたらしい、
「この事態に対処する必要がある。最悪の緊急事態だ。あの彼女は百パーセント彼女は組織に狙われる。だから奴らに捕らわれる前に保護しなくては、なら俺が探しに行く、いや…この聖域の維持は必要か…それなら宇藤社長に頼むしか…」
そう言って思案する咲石、そんな彼に
「その探しに行くのは俺の役目だ!」
そう叫んで希一郎は部屋から出て行こうと走り出す。
「待て!組織の狙いはお前だ。ここを出て行くなんて馬鹿げている。奴らの思う壺だぞ、だからここにいろ!」
その背中に声を投げる咲石、ここは彼の聖域、その神の命令は絶対だ。
その言葉に歩を弛める希一郎、しかし足は止まらない、そして首を振り必死の形相でドアの取っ手を攫む、
「なっ…そんな馬鹿な…」
その光景を茫然と見つめ咲石が呟く、この聖域での神の命令は誰も逆らえない、しかし目の前の少年は反逆している。なぜか神の命令に、
だから反応が遅れた。そして我に帰った時にはもう希一郎は聖域を抜けて外に飛び出していた。
「ちっ!しまった!」
慌てて後を追おうとする咲石、しかしドアから外に出られない、この聖域を解除しなければ彼はここから出ていけないのだ。
「俺が後を追う、この聖域を解いてからお前も来い」
そう言い残して宇藤が部屋から出て行く、あの松葉杖を抱えて速い足取りで、
「何よ~足が悪いんじゃ無いんじゃない~」
それを見て美世が呟く、
「聖域解除!」
その声とともに壁の桜色が元の白色に変わる。
「行くぞ!」
そう叫ぶ咲石、
そして医者とナースも部屋から出て行く。
非常階段を全力で駆け降りる希一郎、もうエレベーターを待っている暇はなかった。
そのドアを開けた先は1階のロビー、いきなり走り出てきた少年にそこにいる者達が驚きざわめく、
出入り口から外に出ようとする希一郎、しかし目の前に立ち塞がる者がいる。
それはさっき自らを悪魔と呼んだあの白人の中年男性、その口に浮かべるV字の笑みが大きくなる。
「おお!これは、これは王よ、あなたを探していたのですぞ、あなたの妹様の事で話があります。どうかご一緒に来ていただけませんかな?妹様のお命に関わる重大な話を、それは断れませんな、ではこちらに」
悪魔はそう言って出入り口の外へと道を開ける。
「美希子を、おまえらあいつに何をしたんだ?」
そう喚く希一郎、しかし悪魔は嘲笑を浮かべてこう告げる。
「その妹を探し出す手助けをしに来たのだよ、そうだ。そんな君が望めば力を貸そう、だから我々と共に来ていただきたい」
そう言いなが手を差し出す。
「希一郎騙されるな、こいつらは悪魔だ。だから信用なんてするな、そして貴様ら!ここで何をしている?何しに来た!この薄汚い悪魔ども!」
そう喚くのは宇藤、その怒りで顔がその赤く染まる。
「王をお連れしに来たのだ。その扉を開いてもらうために、その用が済んだら退散する。だからそう怒るなカッパーストーンよ、こんな君の城を汚すつもりはないのだ」
しかし聞く耳持たぬ怒れる男は自分の能力を開放する。その力は?
ロビー内にある金属の製品、その全て、それが宇藤が振り上げる松杖に引き寄せられる。そしてそれらは変形して宇藤の体に張り付いて行く、
「なっ!超磁力だと鉄の巨人に変貌する気か、これはいかん、総員撤収、一時退却」
そう叫んで悪魔は外へと走り出す。その後ろを黒いスーツの一団が続く、
その後を追うのは機械製品が混ざりあった醜い巨人、そして金属音を響かせ逃げる悪魔の後を追う、
バスターミナルに止めた車、それに乗り込みジョージは外を見る。
「ガッデム!奴め車と融合しやがった」
巨人の足には2台の車、そして逃走する車の後を追ってくる。
「ダークイエローストーン、奴を爆破しろ!」
その巨人の体が爆発して無数の金属の破片がまき散らされる。
しかし巨人は新たな材料を呼び寄せ復元する。
「化け物め、ガッデム」
この赤銅の男の超戦闘的能力、その鉄の巨人はいかなる攻撃も無力化する。正に無敵の巨人なのだ。
そしてその攻撃力は、
巨人が腕を伸ばす。そこには電柱、それを根元から引き抜いて構える。
引きちぎられた電線の火花が夕闇に飛び散る。
そしてそれを目の前を走る米国車に投げつける。
命中したはず…しかし車を走る無傷で速度を上げる。
その背後から怒れる巨人の咆哮が木霊する。
「過去を変えた。本当ならこの車はぺちゃんこだ」
そう呟いてジョージは助手席で笑い転げる老婆を睨む、
「けけけけっ、だから言ったじゃろ、あの赤銅の男は甘くないと、この私の言う事を聞かんからこんな目に遭うのじゃ」
笑いながらそう告げる老婆に顔をしかめてジョージは、
「虹の確保には失敗した。ちゃんとした計画を立てなかったからな、しかし部下の1人に虹の行き先をつけさせている。あのダークブラウンストーンがその役目に当たっているのだ。だから虹の確保はいつでもできる。それよりうまい計略を思いついた。このまま奴を、あの鉄屑の巨人を炎の城に誘導するのだ。あの炎の悪魔にあいつをぶつけてやる。そのどさくさに世界の石をいただいてやる。これはうまい計略だ。そう思わんかね」
しかしそう告げられた老婆はまた笑い声をあげると、
「けけけっ、その計略がうまくいくとは告げられないとさ」
そう言ってまた笑いだす。
巨人に攻撃されて、そしてその過去を変えながら悪魔の頭領は笑みを作る。
「上手くいくさ、なんせ私が考えた計略だ。それが上手くいくまで過去を変えてやる」
そう告げると葉巻を取り出して火を点ける。
巨人の咆哮、その度に街の1部が瓦礫と化す。
そして鉄の部品を集め歪に巨大化していく鉄屑の巨人、そんな破壊された構造物の呪いのような存在が逃走する悪魔の後を追う、街に破壊の痕跡を残し巨大化しながら。
希一郎は走っていた。あてもないのに街の中を、最愛の妹、その姿を探してただ走る。
そんな走る希一郎を何事かと胡散臭げに街行く人が見つめるが関係ないと首を振りまた歩きだす。
夕闇から夜に、いつしか時間は流れ、しかし目的の存在はどこにも見出せない、
いつしか走るのをやめた希一郎、そこには歓楽街の電飾の看板達、そして上を向いてただ見つめる。
「美希子…お前はどこに行った…」
そして思わずつぶやいてしまう、あの最愛の者に離れられた苦痛が心を苛む、
「美希子だと?あの娘の事か?彼女の事なら知っているよ」
しかしそんな思いを遮るつぶやきへの返答、ギョッとして視線を声のした方に向ける。
そこには黒いコートを纏った中年男性が自分を見つめている。
「なんだって?美希子を知っている?どこにいるんだ?」
思わずその男に詰め寄る希一郎、どんな情報でも欲しい、だから必死の形相を浮かべて、
「待ちなさい少年、あの美希子とかいう少女は私の娘と一緒にいる。どこに行ったのかはわからないが、では、逆に尋ねたいんだが、あの頭のいかれた娘は一体何だね?なぜ私の娘と一緒にいる。その理由を説明してくれないかね?」
落ち着いた態度のまま中年男性は思わず詰め寄る希一郎の目を見つめて逆に問うてくる。
「あんたの娘なんか知らない、それより答えろよ、美希子はどこにいた?」
その返答に肩をすくめる中年男性、もう問答無用とばかりに希一郎を押し退け歩き出そうとする。
しかし急にその歩が止まる。
自分を睨みつける2つの視線を認めたから、それは医者と看護師、その2人が自分を睨みつけている。
「やあ、咲石先生か、もう引き籠りをやめたのか?それで組織の一員にしてほしいと頼みに来たのかね?」
そう言って薄笑いを浮かべる男、あの自分の組織の反逆者が2人、それが目の前に立っている。
「魔王…貴様ここで何をしている。希一郎に何をした?」
眼を光らせ汗を垂らして詰問する咲石、その手が震えている。
魔王はしかしその問いかけには答えず。そして振りむいて押しのけた少年を一瞥すると、
「希一郎?この少年の名前か?お前達はこの少年を探していたのか?それはなぜ?」
そう言って首を傾げてから、
「虹色の石をお前は持っているか?」
唐突に希一郎にそう質問する。
「あ…あぁ」
その質問に思わず首を縦に振って答える希一郎、
その一瞬、魔王の目が赤く煌く、そして希一郎は吹っ飛ばされる。10メートルを、そしてカフェのガラスのショーウインドを粉々に砕いてその中に転がり込む、
「やめろ、魔王!」
叫ぶ咲石、しかしなぜか行動できない、まるで蛇に睨まれた蛙のように体が自由に動かない、
「虹を握る者か、ならその力を試してみよう、こんな奴が王と成るのにふさわしいかを、それを邪魔するならお前らは消滅させてやる」
そう言って魔王は粉々に割れたショーウインドに歩み寄る。
その騒動に騒ぎ出す者はない、結界、そう呼ばれる異空間がいつの間にか周囲を取り囲む、その中では存在を数人に絞り込んでいて他の者を排除している。だから誰もこの騒ぎを見ていないのだ。
苦痛に苦しむ少年の姿を想像していた魔王、しかしそこにいたのは攻撃のダメージで苦しんでいるのではなく、なぜか光る眼で自分を静かに凝視する少年だ。
「ダメージを受けていない?魔人の拳をぶつけたのに?もう守られているのか虹に?…面白い、これならどうだ?」
巨大な棍棒で殴られたように希一郎の頭部が歪み、そしてまた吹き飛ばされる。
「普通の人間なら即死だ。さあ、お前はどうだ?」
そう言って吹き飛ばされた希一郎に歩み寄る魔王、
その言葉に倒れ伏し口から血を流し、それでも薄目を開けて魔王を見つめる希一郎、
「なるほど、既に殺しても死なない存在になっているのか?なら無駄な事はもうしないでおこう、しかし死ぬ事を許されないとは、永遠に苦しめと、お前が握る虹は何と無慈悲な石だな、かわいそうに、呪うがいいさ、そんな自分の運命を、だが扉は開いてもらわないと困る」
そう言って倒れ伏す希一郎を見下ろす魔王、しばらく腕を組んで思案したのち、
「美希子とか言うあの娘、あれはお前の大切な存在なんだな?なら我が娘に命令するとしよう、その娘を殺せと、あの暗黒に捧げる生贄にしてやる。それが絶望の鍵だ。それを止めたければもがいて足掻いてそして最後に絶望せよ、私を呪え、世界を呪え、そして自分の運命を呪え、それでも王になりたければ全てを滅ぼす扉になれ、あの破滅の扉に」
そう告げて歩み去ろうとする魔王、あの鍵を使って扉を開く方法を見出したのだ。
「ま…待て!」
その後ろ姿に声を投げ起き上がる希一郎、その手にナイフが握られている。
「そんなチンケな道具で私が倒せるか、まだ寝ていろ」
振り向いて嘲笑を浮かべる魔王、そしてまた能力を開放する。
魔人の鉄鎚、そう呼ばれる見えない攻撃力、
その見えない拳、それが希一郎に襲いかかり殴り倒そうとする。
それに打ちのめされる希一郎、だが今度は倒れない、しかし攻撃のダメージに苦痛はないが意識が朦朧とする。
そして突然絶望感を感じる。
この男は美希子を殺す気だ。
しかし自分はこの男を止められない、なぜか攻撃したくない、いや出来ない、この取り出したナイフは威嚇するだけで人を傷つける武器にはならないのだ。
誰も傷つけたくない、そんな思いが攻撃力をそして暴力を封印している。それはなぜ?
自分が腑抜けだからか?いくじなしだからか?いや違う、あれを恐れているのだ。
苦痛を相手にもたらすことに、それを強く願うと封印が解けてしまうから、しかし今、その封印を解こうとしているのだ。この自分の手で、
もう成す術がない絶望の思い、そして希一郎はポケットから虹色の石を取り出してそれを見つめる。
血色に変色した眼で魔王がその様子を見つめて、そしてその眼を細める。
やがて希一郎は願う、あいつを攻撃したいと、そして攻撃で相手に与える苦痛は全て自分が受けるという代償を捧げる。
虹の石の1色、その赤い色が輝いてその光が希一郎を包み込む、
そうして虹の石が初て奇跡を起こす。しかし全てではない偏った奇跡を、
突然、希一郎に激しい衝動が生まれる。
破壊したい、殴りたい、悲鳴を上げさせたい、暴力で屈服させたい、そんな衝動が、
そして周囲の景色が赤く染まる。
そうして行動する。
素早いとは表現出来ない高速の動き、そしてナイフを魔王の胸に突き立てる。
しかしナイフを突き立てた黒い影は魔王ではない、出現した黒い魔人が魔王の身代りに標的の前に立っていたのだ。
それは暗黒、この赤く染まる世界だから見えた存在、この魔王の言う魔人の拳、その正体がこの存在だったのだ。
「残念だったな、私に攻撃は届かない、暗黒の魔人が全てそれを無に帰してしまうのだ。そして存在を否定する拳は全ての者を打ちのめす」
その魔人の拳が振り上げられ希一郎を打ちのめすために振り下ろされる。
しかし今度は見えるのだ。だから打ちのめされることなく拳を避ける。
避けられた事に怒る魔人、そして猛攻を仕掛けてくる。
素早すぎる攻撃、それは人間業では避け切るなんて出来ない、しかし希一郎は人間の限界を超えられる。
苦痛を感じず驚異的な治癒能力を持つ肉体は限界がない、そしてそれは子供の頃の武術の鍛錬で身についた驚異的な反射神経に対して瞬時に反応してみせる。
そして自ら攻撃を加える。
しかしその左腕の殴打は暗黒にその力を吸収され魔人にダメージなど与えない、
「ちっ」
思わず舌打ちして一歩後退する。
「ははははっ、小僧、この暗黒の魔人が見えるか?それに少しは出来るようだが、だが全ての攻撃を無効化する魔人にお前の拳など通用するか、残念だがこれまでだ」
勝ち誇る魔王、そして魔人の手に暗黒の剣が出現する。
「この剣を用いて戦うのはこれで3度目だ。我が2人の友以外にこの剣を使わせたことを誇りにするがいい虹の王よ、この暗黒にその心を突き抜かれよ」
突き刺すように構えられた暗黒の剣、そして素早い突きが希一郎を襲う、
間合いを取る暇はない、思わず石を握る右腕で突き出される剣をガードする。
突き刺さると思い目を閉じる。しかしそうはならなかった。
そしてなぜか虹色に光る腕は魔人の剣をガードしている。
「なっ!?」
「えっ!?」
魔王と希一郎、2人とも同時に驚く、
虹色の石、その全ての存在を肯定するその力が、その全てを否定する暗黒に対抗して見せたのだ。
ガードした腕を振り上げる。そして魔人の暗黒の剣は粉々に砕け散る。
そしてその虹色の拳を魔人の腹に叩き込む、その力は吸収されず魔人は吹っ飛んで行き、そして立ちすくむ魔王と同化する。
この隙とばかりに魔王の顔に右の拳を叩きこむ、その衝撃に魔王はぐらつき跪く、
だが希一郎は忘れていた感覚に思わず顔を押さえて蹲る。
「ぐっ…」
殴られた痛み、それが頭から全身を駆け巡る。
ふらつき立ち上がる魔王、なぜか苦痛は感じていない、しかしダメージを受けている。口から流れる血がそれを証明している。
「ふっ…ふっはははっ、相手を殴ると自身が痛いのか?身代りに苦痛を受けるのか?なめられたものだ。貴様は何様のつもりだ。聖人か神か?」
悪魔の形相で希一郎を睨む魔王、そして石を取り出し希一郎に翳す。
ふらつき立ち上がる希一郎、苦痛を感じたがダメージはない、そして魔王が突き出す石を凝視する。
なぜかわかる。無色に多色に煌く石、いや、それは怨念、そう呼んでもいい想念の塊だ。
自身でその存在を肯定出来なかった無念の想念、それは存在する者を憎悪する思念と化して他の存在達を仲間に引き込もうとする。
絶望を望むのだ。真の絶望を全ての者に、絶望の世界を欲しているのだ。永遠に続く絶望を、それは真の地獄の世界、
思わず身震いする希一郎、その怨念の石を見つめて冷汗が流れる。もう寒さなんか感じないのに、
「この石は暗黒の石のように全ての存在を否定するのではない、全てに絶望を与えるのだ。永遠に苦しんでいて永遠に苦しめたいと思っているのだ。貴様が王なら救ってみろ、この地獄の石に捕らわれた者達を、この絶望を希望に変えて見せろ!」
そう叫んで魔王は石の力を解き放つ、
石から流れ出てきた多色で無色の霧が希一郎を包み込む、
そして絶望の想念達は伝える。その絶望の瞬間を、
無残にバラけて行く肉体、爆発に巻き込まれ死んでいく、無念の思いで、
切り刻まれて生きている。動かせる部分はもうない、そして待つ、絶望の思いで終遠を、
焼かれる劫火、ここは五階、逃げ場所はない、窓の外には火事を見物する野次馬達、その顔が笑っている。自分を見つめて、絶望の思いで飛び降りる。そんな野次馬達の上に、
生き埋めになって数時間、残り少ない空気でそれでも助けを待つ、しかし新たな崩落、薄れ行く意識で絶望する。
その存在達の、無念の、絶望の、存在したいと思う願いと、それが叶わぬ憎悪の念が希一郎の心を苛む、かつて自分が望んでいた。地獄の世界、その亡者達が希一郎をその世界に引き込もうとする。お前も絶望しろと強要する。
これが絶望?そうだ。俺にはこんな終わりは訪れなかった。なぜなら何も希望に感じていなかったから、だから…どんな最後でも受け入れられた。絶望を感じることなく平然と、それに抗うこともしないまま、それはこの世界を認めていなかったから、ここにいる事が耐えられなくて、でも自分で存在を消そうともせず成行きに、この運命にまかせていた。こんな世界を呪いながら…いや…今ならわかる。俺が呪っていたのはこの自分、俺自身の存在だ。常に感じていた不安、この世界の重さがのしかかる不安、それに怯えていたんだ。逃げられず。拒めない、その重圧を常に感じていたから、だから何も出来なかった。自分の意思では、いや…しかし1つだけ出来た事がある。それは美希子を助けること、なぜか自分に必要な存在だとそう感じて…でももう、そんな失われて行く者に希望を感じて…そう、俺自身の希望、それは?…
多色で無色の霧に包まれて、希一郎はその絶望を受け入れる。
これは絶望じゃない希望だとそう念じて、
そうだ。存在は消滅しないのだ。無に呑み込まれぬ限り、この光輝く奇跡の光は再起する。
生命は永遠であり終遠はない、また存在できるのだ。この世界がある限り、
惑わせられているだけだ。暗黒に、全てを否定する意思に、いや、意志とは呼べぬ何もないに、
そしてその下僕と化した悪魔達に惑わされ踊らされて絶望させられているのだ。
石を握る希願者達でさえ踊らされている。
何もない暗黒になど何も捧げなくともよいのだ。
なぜなら絶望することに意味などはない、だから希望を抱いて死んでいけばいいのだ。
こんな悲惨な運命を呪う必要はない、それに約束してやれる。新しい希望を、そして未来を、
この世界がある限り必ず。
希一郎を取り巻いていた多色で無色の霧は消える。いや、全ての色は虹の石に吸収されて行き消滅する。
そして見廻す景色、そこにもう魔王はいない、
そんな自分を見つめるのは2人の人物、医師と看護師、その人達が微笑んで自分を見つめている。
「あいつは…」
そう尋ねる希一郎に咲石は、
「魔王は逃げた。お前を打ち負かす事が出来ないと悟ったからな、この後どう出るかはわからないが、しかしあいつのことだ。もう次の策は用意しているだろうが、だが心配はいらん、お前はあの魔王に勝ったんだ。大した奴だ。それは救世主と呼ぶにふさわしい存在かもな」
そう言われ、しかし顔をしかめて希一郎は、
「やめてくれ、あいつに勝ってなんていない、あいつはまだ存在している。絶望を求めて、そして歪んだ世界を作ろうとしている。ここに真の地獄の世界を、だからあいつを止めないと…それにあいつの配下の悪魔達を、そうしなければみんなが苦しむ真の地獄の世界が来る…」
戦える力は得た。あの暗黒だって打ちのめせる力を、だから止めないといけない、あの魔王とその配下の悪魔達の、あの組織の企みを、この世界を地獄に変えてはいけない、そうして絶望することのない永遠の世界に変えなければ、あの暗黒を打ち破り終わりなき世界を作るのだ。
しかしその前に救わなければならない存在がいる。
「あいつは美希子を殺すと言った。あの暗黒への生贄にすると、そんな事は許さない、だから止めないと、そしてあいつらを全て暗黒に返してやる。そんなに暗闇が好きならその中に居ろと言ってやる」
憤り拳を振り上げる希一郎、その両肩に手を置いてしかし咲石は首を振る。
「お前は強くなった。それは認めてやる。あの魔王を撃退したんだからな、あいつはこの世界で最強と呼べる存在だからな、だがお前の力、それは俺を殴ればお前が痛いんだろ?俺を殺せばその死の苦痛を受けるんだろ?それで戦えるのか?傷つける苦痛を受け続けて耐えられるのか?痛みもなく死んでいく者を見つめて何を思うんだ?俺が痛みを引き受けてやった。だから安らかに死んで行けとでも言うのか?馬鹿げている。偽善だ。殺し合うことを勝手に自分で正当化しただけだ。だからお前は戦うな、痛みがわかる者同士が戦い合えばいいんだ。お前が相手する者は苦痛すら感じない存在だけでいい」
その言葉に希一郎は首を振り、
「でも…あんな連中相手にはもう無慈悲になれない、違うか?あいつらはたぶん人に苦痛を与える事が楽しいと感じる最低の悪魔達だ。だから苦しむことなく葬ってやる。そうだ。安らかに死なせてやる。それが人の苦痛を望んだ者への最大の皮肉だ!」
その言葉に首を振ると咲石は、
「安らかに死ねるのなら…その死の恐怖は感じないか…感じさせないか…感じさせたくないか…神か?お前は、誰も殺す事に正当性はない、それで終わらせてしまうんだ今を、命を、その未来はなくなる。だから殺すことに正当な理由なんて何もないんだ」
その言葉に項垂れる希一郎、
「俺は医者だ。だから人を救う事、助ける事が生甲斐だ。その苦しみを取り除いてやりたいのだ。だから苦しみを与えることはできない…」
「それでは…戦えない…」
その言葉に咲石は希一郎の肩に置いた手に力を込めると、
「そうだ。だから3年も引きこもっていた。奴らの野望はわかっていて、しかし何もせずにな、奴らと戦うことを、その虚しさを理解したから、誰も傷つけあっても得るものはないんだ…」
遠い目で過去を見つめて咲石は希一郎の肩に置いた手を固く握りしめる。
「先生~そんなの馬鹿げているわ~あいつらみたいな人を苦しめたい存在、そいつら本当は望んでいるのよ~苦しめられることを~そうならないとまた絶望できないから~石を手にした存在達はそれを望むのよ~だから遠慮なんていらないの~叩きのめしてやればいいのよ~」
そう言って口をはさむ魔女を振り返って見つめ咲石は溜息をつくと、
「ああ、それが必要なら…そうするしかない、俺の石にも戦いを望む赤い色が混ざっているのだ。しかし、それは相手を絶望させるために振るうべきではないんだ。希望を教てやれる。その為に振るわれるべきなんだ」
しかしその言葉に眉を寄せると希一郎は、
「希望…俺はまだその言葉がわからない、そんな望みなんか願っても奇跡なんか起きないと信じていたから、この世に神はいない、それはここが地獄の世界だと感じていたからだ。だから世界とその存在達の全てを否定した。たった一人の存在を除いて…今でも全てを否定したいという思いは消えてない、この破滅を求める心は死んでない、でも全てを救えと言われても何が救いなんだ?永遠に消えさる事が救いなんじゃないのか?存在達はそれを望んでいるんじゃないのか?」
その言葉に顔をしかめた咲石は、
「ならお前の妹も永遠に消えさることを望んでいると言うのか?ここに存在したいと願っていないと言うのか?お前は今まで心を閉ざしていてそして誰にも親密に接しようとしなかった。だから知らないのだ。全ての者に願いはあるさ、その存在したいというのは最大の願い、それが失われようとすれば絶望もするさ、その先が作れなくなるんだ。そう、永遠にな、誰もが望んでいるのは己の存在、お前はそう感じないのか?何に歪んだその心は?」
しかし首を振ると希一郎は、
「わからない…生まれた時からこうだった。自分から何も望まず。でも差し出された物を仕方なしに受け入れた。生きていることを望まず。しかし消え去ることもできず。待っていた。この運命が自分に終止符を打つことを、だから世界を救えと言われてもまだそれが必要かわからない、そもそも何が世界を救うことになるのか、その意味がわからないんだ」
希一郎を見つめる咲石、その顔は無表情、なぜか少し蒼ざめている。
「光の扉か暗黒への扉か…選択するのは世界の王…開く鍵は雨の石…あの預言書の一節通りだ…しかし破滅を呼ぶことは選択させない、ならばあそこにおもむくしかないか…」
そう決心すると振り返って美世を見て、
「救急車をこっちまで廻してくれ、あそこに、あの研究所に行く必要がある。宇藤社長のデーターでハイストーンの最後の地だとそう告げられたあの場所に、あそこには鍵が、そしてそれを握る者がいるとそう感じる。行方知れずの希願者達、みんなあそこで消えた。それが何かの運命に結び付いているとそう思える。ならば確かめねば、こいつの選択、それを正しい方に俺が導けるか、それとも…ピンクの魔女よ、その選択を、どちらが正しいと判断する?」
しかしその言葉に舌を出しただけで、美世は車を取りに行くために歩き出す。
「待ってくれ!おれは美希子を探さなと、あいつは美希子を殺すと言ったんだ。自分の娘に殺さすと、それを止めないと、だから俺は!」
そう叫ぶ希一郎、その眼前に咲石の拳が突き出される。
「お前の妹は自分の力で未来を、その希望を掴もうとしている。その希望はお前だ!だから魔王が手を出してもそれに抗える力があると信じろ!そしてその希望は全ての者にあるとそう信じろ!」
拳に握られたのは瓶、茶色い小瓶、そして咲石はその瓶を握り潰す。
その割れた小瓶から飛び散る液体、それは何故か芳醇な香り、
「なっ……」
急に意識を失い倒れる希一郎、その体を咲石が支える。
「お前が得た力は苦痛の除去その回復、だから苦痛の伴わない症状は回復できない…」
そう言って手にした小瓶の残骸を投げ捨てる。
破片に残るラベルにはクロロホルム、そう明記してある。それは昏睡作用の強力な劇薬だ。
そして微笑む咲石は呟く、
「俺にはこの劇薬は作用しない、あらゆる医薬品、その効果の恩恵を犠牲に俺は聖域を作る力を得た。もし俺が大怪我や命を脅かす病気になったら助からない、この自分の自然治癒能力に頼れないなら、どんな医薬品、たとえ頭痛薬でも俺の体には効果を現さない、でも人を殺す毒薬でもそれは同じこと、たとえ青酸カリを飲んでも俺は死なない、代償が別の効果をもたらした1つの例だが…でも酒を飲んでも酔えない、それがなぜかやるせない…」
そして首を振ると抱きかかえる希一郎をカフェの出口に引きずって行く、
いつの間にか解けた結界、その破壊された店内に湧きあがる騒動、一時的に魔王に排除された存在達が再びそこに戻る。しかし破壊の根源のその当事者たちは扉から騒ぎに紛れ姿を消す。
路地裏の暗がりの中、そこに平伏す男を睥睨するのは魔王、そう呼ばれている石崎喜久雄、
「焦げ茶の石よ、今見た事をお前の主に報告するか?この魔王の失態をあいつと共に笑いたいか?汚き色の醜い石よ、この暗黒に呑み込まれたいと、そう願うのか?」
ひれ伏す男、その震えているは顔をあげて、
「めっそうもございません、私は何も見ていなかったから知りません、それに馬鹿ですから記憶力がないのです。だから何も知りません、だから報告することなど何もありません」
そう言ってまた平伏する。
「なにを馬鹿な、お前があの男の為に働く、それは全ての情報を瞬時に記憶できる能力によるものだろう、見たことをお前は忘れない、違うか?全方向に視野を持ち、常に状況を把握できる。人間ビデオ、人間ハードディスクと呼ばれたお前の能力を忘れてはいないぞ」
平伏す男の震えは大きくなる。そして彼は観念する。もはや絶望すらできない、もう悟っているから、今絶望してどんな力を手に入れてもこの男には敵わないと、
「憎むべきゴミに等しき存在、いや、ゴミの中の最低の糞野郎め、だからお前に終遠など送ってやるものか、もがき苦しめ、そして自ら終わりたいと、それを願いに石に祈るようになるまで永遠に苦しめ、それが悪魔と呼ばれるお前の性だと思い知れ、お前は知っているはずだ。私の娘はどこにいる?あの美希子とかいう娘と李美の行くえ、それを俺に教えろ、教えないのなら永遠の絶望の1つに変えてやる」
魔王は取り出した多色と無色の石を振るえながら顔を上げた男に突き付ける。
「ひっ!」
それを見た男は悲鳴を上げそしてまた平伏する。
「どうなんだ?答えろ!」
魔王の催促の叫びに男は絞り出すような小さな声で、
「居場所はわかりません、ですがダークグレーストーン、あいつが娘を拉致するように我が父に命じられています。あいつはしぶとく、したたかで、そして今まで命じられたことをしくじった事のない男、だからあいつの傍にあの少女達は必ずいるはずです。そしてあいつの居場所は私が必ず付きとめます。だから…」
その男を見つめ目を細める魔王、そうだ。全ての存在は憎むべき者、ゴミに等しい存在だ。だから自分の為に働かなければいけないのだ。そうするのが当然、なぜなら自分は全てのゴミを無に帰す事が出来て、そして永遠に苦しめる事も出来るのだ。
「逃げようなどと考えるな、逃げられない事は知っているはず。なぜならお前の行動を暗黒の魔人が監視するのだ。だから必ず見つけ出せ、それを待っているぞ!」
その声と共に魔王の姿が暗闇にかき消える。
「わが父よ…」
そう呟いた男、その悪魔の1人ダークブラウンストーンはよろよろと立ち上がり歩き出す。
あの少年を監視していた。そしてそれをあの魔王に気づかれてしまった。
だから魔王はあの少年に声をかけたのだ。
その理由を知る為に、そして虹の石の所在は魔王の知る事となった。
その全ては自分の失態だ。
わが父、ゴットファザーの優位を損なってしまった。
このままでは暗赤の男は魔王を出し抜けない、あの虹の切り札を手に出来なくなるのだ。
「何とかしないと…」
そう呟いて歩き出す悪魔、あの魔王に命令れた娘達を探さなくてはならない、その生き先には目星は付いている。状況把握と記憶、それ以外にも自分にはまだ能力があるのだ。
それは血の匂い、それを嗅ぎわける驚異的な嗅覚、だからダークグレーストーンの痕跡を嗅ぎわける事ができるのだ。
一番新しく流された大量の血の匂い、それを嗅ぎつけ焦げ茶の男は歩きを速める。
悪魔がいる場所には必ず血が流れるのだ。
だからそこにあの暗灰の男がいるはずだ。
だから2人で魔王の望む少女達を攫うのだ。
わが父の優位の為に魔王をあえて裏切るのだ。
それも裏切られたと魔王に悟られぬよう周到に、
その方法を検討しながら悪魔は歩く、この赤い靄に霞んだような夜の闇の中を。