虹色の真実
6 虹色の真実
病院に患者を搬送する。その緊急車両が停車したのはしかし病院ではない、それは駅前にある大きなビル、その地下駐車場に侵入して来る。
そのサイレンを鳴らして突っ込んで来たその車を不審に思い、いや思わなくても何事だと思い警備員が車に駆け寄る。その前にはドアを開けて降り立つ女、そのナース姿に警備員の気が緩む、しかしその瞬間に警備員の体が揺れて、そして彼は地面に横たわる。
「手荒な真似はよせって言ったぞ!」
その行為を叱責する怒声と共に最後部のドアが開いて咲石が降りてくる。その腕には美希子を抱えている。
「騒ぎ出したら面倒だもの~だからちょっと眠ってもらったの~」
しかし悪気もなくそう言って看護師は舌を出す。
「ちっ、もういい、その男を車に乗せろ、しばらくここで眠っていてもらう、それから希一郎、目的地に着いたぞ、今からエレベーターで最上階に行く、そこで真実を話してやる。俺よりもっと真実を知る男もそこにいるからな、さあ行くぞ」
咲石はその悪気のない美世の態度にもうそれ以上小言を言うのをあきらめて、そして希一郎にそう告げてから地下駐車場のエレベーターホールを目指して歩き始める。
その後ろを無言で歩く希一郎、その真実を知るのになぜかためらう足が踵を引きずる。
その後ろから肩に置かれた手、希一郎が振り返ると優しい顔が微笑んでいる。
その笑顔に勇気づけられて開いたエレベーターの中に黙って乗り込む、
昇るエレベーターは途中の階で止まらないで数秒で最上階に達する。
開く扉、その目の前に受付がある。そこで眠そうな女性が半眼でエレベーターから降りてくる一行を見つめる。そしてその異様さに眠気が覚めて目を見開く、
「俺は咲石だ宇藤社長に会いたい、そんな約束はしていないが急用だ」
そう告げるが受付嬢は固まったまま動かない、仕方なしに咲石は受付を通り過ぎて目の前の大きなドアを開けようとする。しかしロックがしてあり開かない、仕方なしにノックする。
「待って下さい困ります!」
我に返った受付嬢がそう叫んで立ち上がろうとする。
それを制止させたのは美世、そのドスの利いた笑顔で受付嬢を見つめる。
身の危険、そんな雰囲気で受付嬢は動きが封じられる。もう黙ってその笑顔を見つめ返すしか出来ない、
やがてドアの中から声が聞こえる。
「誰だ?」
その誰何の声に咲石が答える。
「俺だ。咲石だ。話がある」
その返答に暫く沈黙するドアの内側、やがて、
「聖域を閉じてここまで来た?何で…まあいい入れ」
その返答と共にドアのロックが外れる音がする。
そのドアを開いて中に入る咲石、そして振り返ると皆に中に入るよう顎で促す。
「何だ?これはどう言う事だ?」
その中では松葉杖をついたスーツ姿の中年男性が部屋に入る一行を驚愕の表情で凝視している。
「訳ありだ。今からそれを説明する。しかしその前に…」
そう告げる咲石の背後から桜の花びらが舞い始めそれが光始めるそして閃光となり、その眩しさに皆は目を閉じる。そして、その全てが見えるようになった時には白かった部屋の壁が桜色に染まっている。
「悪いが聖域の結界を張らせてもらった。誰にも聞かれたくない話なんだ。それに組織に狙われている奴もいる。だからかくまう必要がある」
そう言う咲石の顔を見つめてその男は、
「組織だと!現在奴らがこの街でしたい放題している事に関係がある話か?どういう情報だ。早く話せ!」
目の色を変えて咲石の腕の少女を見つめてそう喚く、
「まて、宇藤社長、そう焦るなよ組織の動向は俺よりむしろあんたの方が詳しいだろう?だがその前にこの娘をそこのソファーに寝かせてもいいだろ?ずっと抱えていたから腕がしびれそうだ」
「……」
その沈黙の返答に咲石は美希子をソファーに寝かせて、そして、
「今この街には大悪魔がいる。それは知っているか?」
宇藤にそう質問する。
「大悪魔達か…ああそれは知っている。それはハイストーンではない、まだ奴の所在は不明だ。それ以外の大悪魔が、その残り全てがこの街にいる。あの組織め…この街を滅ぼすつもりか?それとも支配するつもりか?俺の子供たちを奪った様にこの街を…」
なぜか憎しみを目にそう告げる宇藤のその返答に、
「残り全ての大悪魔だと?あの魔王の差し金か?それは異常事態だ。ならばこの扉をどうにかしないと…この俺だけでは守り切れない」
そう呟く咲石の目を見つめて不審そうに宇藤が尋ねる。
「扉?それはなんだ?」
やがて2人の視線はソファーに寝そべる1人の少女、そしてその傍らに寄り添う少年に移る。
「まず話を聞こう、こっちに来てくれ」
事情を感じた宇藤は松葉杖をついて部屋を移動する。そして別の1室に咲石を招き入れる。
希一郎は美希子の寝顔を見つめながら今のこの状況を考える。
さっき診療所で会った白人の紳士、それは自分の事を悪魔と呼んでいた。
そして現実とは思えない異常な事態に巻き込まれる。
あの診療所の消失、そしてビルの爆発、そんな大惨事に巻き込まれても生きている自分、いや、あの咲石が何か信じられない能力を発動して自分たちを守ったのだ。
咲石はその力は石からもたらされたと言う、
そして自分もそんな石を持っているのだ。
この虹色に煌く石、道端で拾った小さな石、それが自分の運命を変えていく、この石を巡って事態は動いているのだ。
しかし何が起こっているのかわからない、この自分が何に巻き込まれたのか、そもそもこの石はどういった物なのかもわからない、自分もあの咲石医師のように異能の力が揮えるのか?それはどうすれば?しかし何も知らないままでは理不尽にこの事態に振り回されるだけだ。
そして希一郎はいらつきながらポケットから石を取り出し、
「一体これは何だ?どうして俺が持っているんだ?俺に何を求めるんだ?」
その石を見つめて1人、その疑問をつぶやく、
「お兄ちゃんの力になりたい、その石はそう望んでいるの…」
その思いもよらない独り言への返答、ギョッとして希一郎はソファーに寝そべる妹を見る。
「お兄ちゃんが全ての希望をなくした時その石はきっと最後の希望になるの、その願いを叶えてくれる。それは奇跡の石なの、その絶望の状況で差し出すもの、その代償が認められれば奇跡の力を得る事が出来るの、でも…」
そこまで言ってなぜか美希子は眼を伏せる。
「奇跡の石?願いがかなうって?どうすれば…そうだ!美希子!この石に願えばお前の病気が治せるかも、これはそんな石なんだろ?そのような奇跡が起こせる希望の石なんだろ?それなら…」
そんな自分の発想に思わず美希子に詰め寄る希一郎、しかしそれに美希子は首を振ってから答える。
「その願いはきっと叶えられないわ、私の病気、この痛み苦しみに泣くことも怒ることも出来ない、それを代償に願ってしまったの、病気は代償の1部になってしまった。だからもういかなる奇跡でも癒す事はできないの、たとえその石の力でも…だからわたしはどんなに苦しくても泣き叫ぶことも、その理不尽に怒る事もできない、だから笑うしか…ないわね…それが絶望に差し出した代償、そんなものを石は求めるの、だからわたしを救うことはできないわ、その願いはお兄ちゃん自身のために願うべきなの、そんな絶望の状況の下で代償を差し出せば必ず叶うわ、なぜならお兄ちゃんはその石を握ってしまったから…」
その妹の言葉、この奇跡の石のその矛盾する力に希一郎は茫然として、そして、
「まて、美希子!おまえはどうして石の事を知っている。絶望して願ったって?何を願った?何に絶望した。そして何のために、いったいどうなっているんだ?」
そんな言葉を大きくして湧き上がる疑問を喚く、
しかし美希子はその問いかけには答えない、そして無言で腕を捲り上げブレスレットを兄に見せる。
その銀色の輪の中央には薄紫に煌く石が埋め込まれている。
「そ、それは母さんの形見の腕輪…まさかその石がこれと同じ奇跡の石だったのか?」
その問い掛けには美希子は頷いて、
「お母さんが絶望して自殺した真の理由、それはお父さんが離婚を拒んだため、別れるのならわたしを殺す。お父さんはそう言ってわたしに包丁を突きつけた。あの狂人の目でわたしとお母さんを睨みつけて、そしてこう言ったの、お前も希一郎も美希子もみんな殺す。だから別れてやるものか、この俺から逃げられると思うな、俺は立ち直れるんだ。家族なら支えになれ!そう喚いてお母さんに酒瓶を投げつけたの、それからお母さんは隠し持っていた毒薬を飲んだ。血を吐きながら私にこの腕輪を差し出して、そして優しく微笑んで事切れた。お兄ちゃんが留守にしていたあの日の午後、それが母さんの自殺の真相、それを見たわたしはお父さんに口止めされた。このことをお兄ちゃんには話すなと、そして暴力で口を封じていたの、わたしの体の痣、それは病気が原因でないものもあるの…」
無表情にただ事実を話す美希子、その真相に希一郎は唖然として立ちすくむ、
「わたしに石の事を教えてくれたのは李さんの奥さん、わたしの腕の石を見てしばらく茫然としていたの、それを不審に思って尋ねたの、最初は首を振って何も言わなかったけど、でも李さんが知らないはいけないことだと言って、そして石の秘密を話してくれた。絶望した時に代償を支払えば望みを叶えてくれる奇跡の石だと、そして自分の石も見せてくれた。陽光に煌く石を、そして石を持つ者は必ず絶望する。それは避けられない運命だとそうおしえてもらった…」
その驚愕の真実に身を震わす希一郎、そこで言葉を切った美希子を見つめて、そして問いかける。
「おまえは何に絶望したんだ?それを教えてくれ…」
絞り出す声でそう尋ねる。
しかし美希子は首を振ると、
「母さんが死んだ時から絶望は始まったの、たった1つの希望しかない世界が、でもそれが…」
そこまで言って顔を伏せる。
理不尽な集団暴行を受け、それに抵抗することも逃げることもしない兄、その受け止める痛みと苦しみ、そんな血を流し瀕死の状態で世界を呪いながらその世界を受け止める兄、その殴られて蹴られるその理不尽な理由を世界のせいにして、それでもそれを受け入れて、だから死んでいく、こんな世界の呪いになるため、その自分自身の中の理不尽な矛盾に苦しみながら、やがて屍になりかける兄を抱きしめて、そして絶望した。その傷を治してくれと願った。その痛みを取り除いてくれと、そして代償を差し出した。この光り輝く石はその願いを叶えてくれた。しかし、そのことは兄には話せない、そんな事をしたらきっと兄は狂ってしまう、そして世界を滅ぼす願いを石にしてしまうだろう、この兄が手にするのは最強の石、それはさっき咲石から聞いた。それは世界を滅ぼす力を秘めていて、そして全てを救う力を持っていると、だから話せない、そんな憎しみの絶望に兄を陥らすことはできない、
だから美希子は意識を失ったふりをする。だから目を閉じて音だけを聞く、
「くそっ!何が…」
そう呟く声が聞こえ、そしてもう音がしなくなる。
小さい時から兄は壊れていたと思う、その理由は何事にも寛容すぎるのだ。そう誰に何を言われても黙って聞いている。たとえそれが悪口でも、そんな子供だった。だから叩かれても蹴られても黙っていつも耐えていた。そして何も文句は言わない、いや、この兄には意欲が欠けているのだ。だから自分から何も欲しがらない、何も誰にも求めない、熱いとか寒いとか腹が減ったとかお小遣いが欲しいとか親にも何も要求しない、兄はこの世界には何も望んでいないのだ。しかしこの世界で唯一兄が望んだ事、それは私の存在、私を脅かす者には兄は立ち向かっていくことが出来たのだ。だから私ををかばい代わりに暴力を受ける。そうだ。兄は誰にも暴力は振るわないのだ。自ら戦うこと、なぜかそれをしない、だから自分より小さい子にいいように殴られる。そしてみんなは言った。おまえの兄ちゃんは腑抜けだと、その戦わないのは勝てないからか?いやそれは違う、大会社を経営していた父親は子供に強さを求めた。だから兄を道場に通わせ剣道や柔道を覚えさせた。その道場主に瞬発力は人並み以上あるだから技を避ける技術は一流だがなぜか攻撃してこない、それに牽制以外の攻撃が伴なえば段位も取れるのにと悔しそうに言われたが、だから弱くなんてない、そう優しすぎるのだ。だから攻撃の痛みを相手に与えたくないのだ。そして逆にその痛みを受け入れるのだ。そんな兄と自分を襲った不幸な出来事、その状況に兄は耐えている。そこから自分だけ逃げだしてもいいのだ。でもそれをしない、この私がいるからか、いいや、それだけが理由じゃない、どんな状況にもどんな世界にも兄は耐えて行く、この世界を呪い、しかしその世界を受け入れるほど愛しているのだ。だから兄は誰も憎まない、そうだ。人を憎めないのだ。だから全てを世界のせいにして、あんな悪魔を信じてそれを呪い、しかし人間達を愛してやまない、その自分の中に眠る慈愛の心に気づいていない、その感情が目覚めれば兄は変われると信じている。そこに生きる目的が出来るのだ。その鍵は自分だと気づいている。この兄に幸せな未来を与えてやらねば死んでいくことなんてできない、それが最愛の人にしてやれる最後の願い、しかしもう時間がない、この残された力でそれを、その望みを叶えるのだ。その方法は考えてあるのだ。後はどう行動するか、その機会を探るのだ。
目を閉じてそんな物想いに耽る美希子、やがてその意識が本当に途切れ始める。
黒い霧、そう自ら言う強烈な目まい、その朦朧とする意識で薄目を開けて見る風景、そこには自分を見つめる茫然とした表情の兄、
「安心して、わたしが助けてあげる。だからそんな顔をしないで!」
心でそう叫んでから意識が完全に途切れる。
その妹に告げられた衝撃的な数々の事実、それに打ちのめされて希一郎の思考がしばらく停止する。
いや、それだけでない、こらえきれない何かが自分を襲う、
その心に浮かぶのは不安、どうしょうも出来ない事えの不安、なぜか自分以外の他の全てに、その存在達の全ての不安がなぜか自分にのしかかる。
そんなのは関係ないと首を振っても、なぜか自分にすがりつく者たちの重みが背中にのしかかる。
その重圧の原因は手に握る石、そして希一郎は初めて気づく、この世界の全てを否定していたんじゃなく全てを認めていたことに、
そうだ…つまらなく、くだらない、理不尽で、矛盾していて、ここに存在している事が、そして、ここが存在している事が、それが今まで理解できなくて、それで何もする気が起きなかった。
しかしこの自分が認めない世界はそれでも存在を認めさせようとしてあらゆる苦しみで自分を苛んだ。
だからいつしかこんな世界を呪うようになったのだ。
何もしたくなかった理由、それは世界を救うという大きすぎる目的があったため、そんな絵空事のような話、こんな自分のような存在が受け入れられない大きすぎる使命、それは馬鹿げている…
しかし手にした石はその使命を波動で伝えてくる。
あの美しい女性の声で訴えかけるように、
「世界を救う意思をあなたは持ってこの世界に来たのよ、生まれた時からこの石を握るように運命づけられて、それを望んだのはあなた。だから全ての色を統べる者よ、その王となってこの世界を救いなさい」
その声が何の力もない自分に大きすぎる使命を強要する。
「あ…あああ・あああああああああああっ……」
耐えきれず思わず頭を抱えて叫び声をあげる。
何か言いようのない強迫観念、それが希一郎にその叫びを上げさせた。
その叫びに何事かと隣の部屋から美世が顔を出す。
「どうしたの?~」
そう脳天気そうな声でそう尋ねるがしかし希一郎は頭を抱えて立ちすくんだまま答えない、
仕方なしに部屋に入ってきて美世は希一郎を見つめる。
しかしこの少年を正気づかせるために殴っても無駄だ。希一郎は痛みを感じない、あらゆる苦しみを拒む体を持っているのだ。だから自分にはつまらない男、でも、もし痛む場所があるとしたら…
そう考えて意識を失って眠る美希子に美世は針を突き付ける。
「痛みの壺は知っているのよ~あなたの妹をもっと苦しめられる苦痛を与えるわ~それが嫌なら正気に返りなさい…私は本気よ~」
そう言って美希子に針を突き刺す。
そうして何度か針を挿した時、
「や…やめてくれ…」
まるで哀願するようなか細い声で希一郎がそう告げる。
その声に美世は微笑むと、
「正気に戻った?~安心して~痛い所には針は挿していないの~その逆よ~神経を麻痺させて痛みを取り除く壺に挿したの~1時的だけどこの子は痛みを感じなくなったの~先生からは禁止されているけど鍼療法なの~東洋医学には懐疑的なの~あの先生~効果は絶大なのに…それよりどうしたの?~悩んだ顔しちゃって~」
希一郎は固く握りしめた拳を開いて手の平の石を美世に見せる。そして、
「世界を救えとこの石に言われた。それが俺の使命だとそう言うんだ。そんな馬鹿な話があるか、俺はこの世界を憎んでいるのに…どうすればいいんだ?俺は…みんなは俺に何を望んでいるんだ?何が出来るんだ?わからない、どうすればいいかが…」
それを聞いた美世は黙ってポケットから何か取り出し希一郎に見せて、
「この石は基本的に自分だけの願いをかなえる石なの~でも例外もあるの~自分の愛する者のためにその力を使うこともできるの~あなたの石はさらに例外…その最強の力であなたが愛する全ての者の願いをかなえる事が出来るの~でも、自分だけの為にその最強の力を使うこともできるの~だから~選択するのはあなた。救うか滅ぼすか、投げられた槍を受け止めるのも見過ごすのもあなた次第、あの嘆きの魔女の絶望を止められるのはあなた、ただ1人だけなの~世界の夜を見つめるしか出来ないあの月の嘆きを…」
桃色の石を見せながらそう告げる美世、その微笑みが魔的に歪む、
その究極とも呼べる選択肢に希一郎は言葉を失い茫然とする。その時、
「おい、あまり事情がわからない奴にそんな話をしても混乱するだけだ。だから希一郎こっちに来い、この部屋にはモニターがある。この社長が得られた情報を文書化した。わかりやすく今の状況を説明できる。美世は美希子を看ていてくれ、さあ、早く」
いつのまにかドアを開けてそう告げる咲石、ここは今彼の聖域、だから誰もその言葉には逆らえない、そして希一郎は言われるがまま歩き始める。
そしてドアの向こうに咲石と共に消える。
その様子を見つめる美世、そんな彼女に話しかける者がいる。
「お願い美世さん、靴を貸してほしいの」
モニターと呼ばれたのは大画面の液晶テレビ、パソコンと接続されたその画面に組織の情報が映し出されている。
「この組織はストーンサークルと呼ばれ石を持つ多くの者、希願者達をメンバーにしている。そしてその能力の高さによりD~Sランクにわけられ組織での待遇に違いがある。最強ランクのSランクは現在3人しかいない、それは自らを大悪魔と称する3人だ。その3人は組織の大幹部、あの君が出会ったあの白人男性はジョージストーン、新大陸人で暗赤の石の希願者だ。今は組織のナンバー4、そして暗石の石達を束ねる頭領、だから悪魔の頭領と呼ばれている。その能力は過去への干渉、今の状況を書き換える事が出来るのだ。限定はあるが恐ろしい力だ。そしてその組織の頂点、最高幹部は石崎喜久雄、ダークストーンと呼ばれる暗黒の石を持っていた。かつて最強だった石だ。この男は組織の創設者でもある。かつて大戦と呼ばれる争いがあった。そこで希願者同士が争い合い、この世界が混乱した。あの戦争、第二次世界大戦の裏側で、その世界大戦は終結したが裏の大戦は終わらない、しかしそれに終止符を打った男が石崎だ。あのダークストーンの圧倒的力で他の希願者達を次々と支配した。あの石は他の石を打ち砕く能力があり、そして打ち砕かれた石は消失する。それを持つ希願者も暗黒に呑み込まれるのだ。恐ろしい力だ…しかしその石の能力以上に石崎は巧妙だ。そうして畏怖と恐怖で希願者達を支配した。これが組織創設のあらましだ。何か質問はあるか?少年」
そういう宇藤に腕を組んで話を聞いていた希一郎は、
「石には色の違いにより力のランクがあるとさっき聞いた。そのランクが組織の序列と考えてもいいのか?」
最初にそう質問する。
「基本的にはそうだが、しかしレアストーンと呼ばれる石もある。その序列はあくまでもその能力の強さによるものだ」
その説明に自分の石を宇藤に見せて希一郎は、
「この石はさっき最強の石だと言われた。これもそのレアストーンなのか?何が最強なのか?その経緯は?それは説明してくれないか」
思わずそう詰め寄る。
うろたえる宇藤は横で腕を組む咲石の顔を見て、その頷きに意を決っして、
「事のあらましを全て説明できる者は少ない、それは最重要の機密事項だからな、あの石崎の2人の友人、いや、あいつは魔王になりそしてもう1人は大悪魔になった。石崎…過去のあいつはもういない…それに高石、あいつも…その友人だったからこそ知りうる情報だ。物語は長い、その今に至るまでの話は、だからかいつまんで話しても少々時間がかかる。それでもいいなら話してやろう、この石に憑かれた男達の物語を、そんな悲しい絶望の悲話を」
その言葉に頷く希一郎、
「悲しい話だ。3人の若者、それはまだ高校生だった。それぞれ心が歪んだ若者だ。1人は死の恐怖を求める狂った暴走族、1人は欠陥家庭の家庭内暴力者、1人は家が大金持ちなのになぜか町のチンピラ、そんな連中だ。歪んだ者同士だからなのか?なぜか気が合った。そしていつしかいつも3人でつるむようになった。牙には牙で答え、拳には拳で返す。そんな生き方だった。だからいつも周囲は敵だらけ、だから歯向かう奴ら、そいつらを倒すのが生きがいだった。しかしたかが3人、多勢に無勢、だから襲い来る多くの者に対抗できなくなった。そして血まみれになり逃げ込んだ先は山奥の別荘、そこで掴んだ。それぞれに石を、希望と絶望を、黒い石と真紅の石と赤銅の石を、そして告げられた。あのストーンマザーに、その運命は変えられると信じなさいと、そしてそれぞれがそれぞれの運命の局面で絶望して能力を得た。そしてその力に酔いしれた。その代償に失った物を気にせずに、なんせ血気盛んな若者だ。だから怖いもの知らずに強敵を求めた。それは他の希願者達、そして戦いそして敗れ、その死の局面で何度も絶望した。多くを失い無敵を得た。しかし後悔しなかった。それは3人ともまだかけがえのないものを失っていなかったから…かけがいのないものそれは…」
そこで言葉を切って宇藤は水を一口、いやペットボトルの2リッター入りを一気に飲み干す。
「失礼、これくらい飲まないと、いや飲んでも渇きは癒えないが…常に渇いていることを石が求めているからね、これも代償の一部なんだ」
そう言って希一郎を微笑んで見る。
「あ…あんたは何を失ったんだ?」
驚く希一郎、そうだ。石は能力を与える代わりに代償を求めるのだ。
「なに、今の以外に、常に痛い歯、どこも虫歯じゃないのにその痛みが無くならない、それに全身の痒み、常に痒いんだ。あちこちが、まだあるよ、熱いのを冷たいと感じて冷たいのを熱いと感じる皮膚、私は感覚の異常を代償に差し出し続けたからね、殴られると心地いいんだ。まったく…狂いそうになる。それで手に入れた力はどれも素晴らしいものだったが…しかし黒と赤には敵わない、そのランクが違うからね、レアストーンと言っても銅の石、金でも銀でもないナンバー3の石、だから限界を感じたよ、これ以上絶望することにね、これ以上の能力を得てもあいつらには勝てない、だからやめた。組織を抜けた。赤銅の石はフリーになった。渋々あいつらも承諾した。しかし、その矛先は私の子供たちに…子供たちは絶望させられた。ハイストーンのシナリオで、そうして組織に入れられた。全ては魔王の差し金、石崎の奴め!自分の子供を不幸にしただけでなく私の子供まで奪うのか?暗黒に捧げる生贄にするというのか!許せない、その復讐のためならもう一度絶望してもいいんだぞ!」
拳を握りしめて憤慨する宇藤に咲石が、
「おい社長、話が脱線しているぞ、そんな事を今言っても仕方ないだろう、だから本筋に戻せ、その虹の石の経緯を」
そう言われ宇藤は仕方なさそうな顔をして、
「ああ、わかっているさ、ただぼやきたかっただけだ。ええっと、どこまで話した?そうだ。3人の若者が最後に失ったものだったな、その1人の話が虹に至る。若者たちは血塗られた闘いの中でそれでも愛する者を得る。それは同じように石を握る絶望の少女たち、それぞれが運命の渦の中で出会いそして愛するようになった。お互い何かが欠けていてそして何かを求めていた。だから惹かれあったのだ。しかしそれも絶望という運命の渦中の中、1人の若者が出会った女性は事故で子供が産めない身体となった。どうしても愛する者の子供が得たいと絶望した女性、他人の自分に対する感情の悪意化を代償に子供を得られる体を得た。そうして生まれてきたのだ。地獄の女王が、あの暗黒の世界にただひとり存在する者がその力を利用して人の姿をしてこの世界にやってきたのだ。月の半分はこの世界からいなくなる。そんな歪な存在が、その目的は不明だが、この世界を地獄にかえるためかそれとも?それでも彼とそして彼女はその子を愛した。そして彼は、ハイストーンはさらに歪んだ。全てはその娘の為に、その良心を捨てて大悪魔と化した。その全ての原因は娘が生み出したある物のせい、そうだ!その娘、いや、地獄の女王は虹色の石を生みだしたのだ。その石はこの世界にある全ての石の王の石、だから最強の石なのだ。どんな願いもかなえられる。どの石もその石の力には敵わない、あの暗黒の石に対抗しうる最強の石、しかしその誕生が悲劇のはじまりとなったのだ。その事を言い当てた預言者の預言を知り魔王はその石がもたらすであろう未来を知って、そしてほくそ笑んだのだ。その預言されたのは破滅の未来、それは彼が待ち望んだ世界、全ての生命を憎む心、あの暗黒に捧げた代償により変質した心、そして全てが死に絶える暗黒の世界、その虹色の石を握る者をどうにかすれば、そんな彼が望んだ世界が訪れる。その為に奴は月光の石を絶望させて槍を投げさせた。その破滅のシナリオを動かしたのだ。そのシナリオを止める事が出来るのはお前だけだ。虹色の王よ、さあ、どうする?」
そう語り宇藤は希一郎の目を見つめる。かなりかいつまんで話された内容に理解しきれないまま、それでも希一郎は質問する。
「あんたの言う世界を破滅から救う、その為に俺は何をすればいいんだ?」
その問い掛けに宇藤はニヤリと笑うと、
「簡単だ。絶望すればいい」
そう言ってテーブルの上に置かれた虹の石を指さす。
「靴を履いてどうするの~」
そう問いかける美世はソファーから身を起こした美希子を楽しげに見つめる。
「ここから出て行くの、わたしはこれ以上お兄ちゃんの傍にはいられないから」
真剣な表情でそう言って美希子は美世を見つめる。
「キーちゃん悲しむわよ~それでもいいの?」
美世のその言葉に首を振って答えてから美希子は、
「どっちにしても悲しむことになるの、なら、絶望を与えるよりどこかで生きているという希望になった方がいい、どこかでまた会えると思わせた方がいいの、その絶望の鍵にはわたしはなりたくない!希望の鍵になりたいのよ!」
悲しそうにそう言い放つ、
「彼の許を去って1人で生きていけるの?~」
思わずそう問いかける美世、そしてはっとして美希子を見つめる。
「そう、わたしに残された時間は少ない、もう生きていくことなんて必要ない、暖かな心、それを断ち切る決心が今までつかなかっただけ、でも、この皮肉な運命は兄に石を握らせた。それはたぶん全ての苦しみを背負わせる為に、お兄ちゃんにこの世界を否定するための絶望をさせてはいけない、だからもう傍にはいられないの」
その桃色の魔女は眼を細めて美希子を見つめて、そうして何かを悟ったように頷くと、
「わかったわ~靴も服もちゃんとしたのを用意してあげる~それからこれを~」
そう言って取り出したのは瓶入りのカプセル錠、
「これは痛み止め~覚醒効果もあるわ~今あなたの体の苦痛は私の打った麻酔針の効果で鎮静されているけど一時的なことなの~すぐに地獄の苦痛は戻ってくるの~でもこの薬は強力よ、お上御法度の禁制品なの~石の能力者、それは私だけど…がその力で調合した最強の魔薬なの~その名も魔女の接吻、効果絶大、是非お試しを~なの~」
そう言ってキスウイッチと書かれた小瓶を美希子に手渡す。
「多分…たいした副作用はないわ~と思うわ~依存性は多少はあるけど…だから痛くなったらすぐキスウイッチ~、効果はおよそ6時間、なるべく人のいない場所で服用してね~❤」
そう告げられ手渡された小瓶を繁々と眺める美希子、こんな便利なものがあるならどうして今までくれなかったのだろう、そう疑問に思う、
それを察して美世が言う、
「先生に禁止されていたの~あの聖域の中では先生は神様、だから言うことは聞かせられるから~でもここは急場しのぎの臨時の聖域、まだ命令されていないの~これを誰にも渡すなと~だからあげることができるの~」
そして部屋の隅の内線電話を手にすると手慣れたようにボタンを押す。
「もしもし~こちら社長室、女の子の服を用意して、年齢は15歳、そのサイズのフリーならオッケーよ~それから靴、ブーツがいいわ、サイズは23、色はブラウン、なるべくかわいいのを~あとはアクセサリー類なんてあったら最高ね~あとかわいい帽子も~それから防寒着も忘れちゃ駄目よ~外は寒いんだからね~わかった?社長命令よ~10分以内にね~遅れたらボーナスカットよ~」
そう告げて電話を切る。
「そんなこと頼んで大丈夫なの?ここカラオケBOXじゃないのに…」
驚く美希子は繁々と美世を見つめる。
「カラオケBOXでも衣類のオーダーは出来ないの~でも大丈夫、ここは総合商社なのよ~今言った品は倉庫にあるはずだから、だから集めるのに大した時間はかからないわ~」
そう言って時計を見る。もう電話を切ってから1分が経過している。
「でもミキちゃん1人で大丈夫?外は危険よ~悪魔達がうろつく危険な街なのここは~いいえ普通の人間でも充分危険~あんたかわいい顔しているもんね~狼男の餌食にならないでね~そんな狼も私にかかれば無害な子犬ちゃんになっちゃうけど…でもちょっと心配…どうしようかな~先生には看ていてくれと言われたし…ナースコールに携帯を渡してもまだ心配、困ったな~」
そう言って腕を組んでしばらく考える。やがて、
「ごめんなさい、おそくなりました」
そう言って部屋に入ってくる者がいる。
大きな段ボール箱を抱えて小さな者が、だから当然、箱に隠れて前が見えない、だから置かれたテーブルに気づかず躓いてこける。
「ごめんなさい、いた~い♪」
そう叫んで盛大にカーペットの上に倒れて、そして盛大に箱の中身をぶちまける。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
そう言って起き上がり箱の中身を拾おうとしてブーツにつまずきまたこける。
その様子をじっと見つめて美世は、
「あんたわざとやっているでしょう?…ああ、そうね~あんたがいたね~適任者かも、この究極のM女が…世界で最も無様な雌豚が~痛めつけられる事に酔うメス奴隷が…その服はそこに置いといていいからこっちに来なさい~」
そう言って床に這いつくばって衣類を探る女性に命令する。
その言葉に顔を上げる女性、大きな絆創膏が貼ってある顔、頭に包帯、左目に眼帯、その隙間から見えるのはあどけなさを残しながらも美しい顔、美世を認めたその右目が期待に輝く、
「勘違いしないでね~かわいがってあげようというんじゃないのよ~私は苦痛を嫌がる者しか興味がないの~痛めつけて助けてくれと泣き叫ぶ顔を見るのが大好きなの~だから痛みが大好きなあんたなんかをいくら痛めつけても面白くないの~でも今回は特別にプレイを用意してあげる~この私の言う通りできたらたんまりご褒美をあげるわ~どう~そのプレイに参加してみない?」
話の前半でがっかりした表情を浮かべた女性だが、しかし御褒美と聞いてその目が再び輝く、
「やる気になったようね~石崎希久恵…苦痛の暴力に絶望して苦しみの魔女になった女~あの魔王の娘、いえ、もう縁は切られているのね~それで知り合いのここで働いている。まだ16歳なのに~でもちっともかわいそうなんて思わないけど~ちゃんとした学校に行けないあんたが悪いのよ~」
美世はそう言って目を輝かせる希久恵に携帯電話を手渡す。
「ごめんなさい、それで私は何をすればいいの?」
それを受け取りながら希久恵が尋ねる。
「簡単なことなの~この子、美希子ちゃん、彼女と行動を共にしてほしいの~悪い奴が寄ってきたらやっつけてくれるといいわ~くれぐれも痛みの快感を得るためにやっつけられては駄目よ~我慢すればするほど最高の苦痛をあんたにプレゼントしてあげるわ~だからボディガードなのよろしくね~あの悪魔達からこの子を守って見せてね~」
しかし希久恵はキョトンとした顔をして、
「ごめんなさい、この子は誰?どうして守らなくちゃいけないの?悪魔達って?お姉さま…ちゃんと説明してほしいの」
そう尋ねるがしかし美世は、
「この子、ミキちゃんを狙っているのは魔王なの~あのあんたの父親、そのどうしょうもない組織の犬どもなの、はい~これで説明終わり~もう質問は受け付けません、以上よ~」
しかしその説明で充分効果があったようで、
「ごめんなさい!ああ!お父様…あの人がまた迷惑なことをしているのね、他の人を憎むのなら私を憎んで傷つけてもいいと言ったのに…お父様の憎しみを私が全て受け止められなかったから、だから私は家から追い出されて…だから私は殺されてもいいと言ったのに、その真の死の苦痛…是非味わってみたいわ…」
そう言って希久恵はうっとりした表情を浮かべる。しかしそれに肩をすくめて美世は、
「あんたがそんな病気だから追い出されただけよ~殺してくれと言いよってくる娘なんかうざくって仕方ないじゃない~いくら魔王さんでも死ぬのを喜ぶ奴なんか殺したいとは思わないわ~だから友人のここの社長にあんたのことを預けたのよ~ここの社長もかなりいかれた奴だからお似合いだと思ったのよ~どんなに辛い料理を食べても甘い甘いってぼやいている変なオヤジなのよ~お酒をいくら飲んでも酔わないくせにオレンジジュースで酔っぱらう、変態ね~私も人の事をとやかく言えないけど~とにかくその子と行動を共にして、わかった?~」
しかしその言葉に反応したのは希久恵ではなく美希子だった。
「ちょっとまってください、わたしのわがままに人を巻き込むなんて…残されたあと数日の時間、それを1人で過ごせれば、それだけでいいんです。もう誰にも迷惑をかけたくない、だからお願い、どうかこのままここから1人で行かせて…」
しかしその言葉に美世は舌を出し、そして希久恵は哀願するような表情を浮かべると、
「ごめんなさい、ご一緒させてください、そのご褒美も魅力的だけど、それよりお父様の方が気になるの、あなたの邪魔はしないから、だからお願い」
そう言って美希子に両手を合わせる。
「でも…わたしに危険なことなんて、もうすぐこの世界からいなくなるちっぽけな存在なのに、もう誰もわたしを狙ったりしない、する意味もない存在なのに…どうしてほっといてくれないの?」
戸惑う美希子は美世を見つめてそう尋ねるが、
「ちっぽけな存在?~誰が?~あなたが?~そう思えるの~1番重要な鍵のくせに、あの絶望と希望の扉はあなたなしでは開けられないの~その扉を開けたくないと願うなら、この彼女と同行した方がいいわよ~扉を開く鍵を狙う者はごまんといるから~あなた1人で何が出来るの?~おねえさんの言う通りしとけば無難よ~でも拒んでもこの子は勝手について行くと思うけど~」
そう答える美世、しばらくその顔を見つめてから諦めたように項垂れると美希子は、
「わかったわ、一緒に行きましょう、それを止めても無駄と言うなら、もう拒めない、それに最後にもう1人救える人がいるのなら、その力になりたいと、そう思うから……」
その言葉に右目を輝かせて希久恵は、
「ごめんなさい、じゃないありがとう、あなたのお世話をしますわ、この服は私の見立てで選んだの、どれも一流デザイナーの逸品ばかり、だから超かわいいいの、こんな私が選んでもいい?」
そう言って持ってきた服をあさり始める。
「こいつは、Mで牝豚でどうしょうもない奴だけど服のセンスはいいのよ~スタイリストの資格を取るために勉強しているの~だから安心して着替えて頂戴ね~」
そう言う美世、そして差し出される高価そうな洋服、
そうだ。あの全てを失う前はこんな奇麗な服をいつも着ていたのだ。それも好きなだけ買えた。あの母親が買ってくれたんだ。それが今はどこからか兄が手に入れてきた何日もまともに洗濯しない服を着て、そしてそれでも平気だった。いや、平気だったんじゃない、そんなことにかまっていられなかったんだ。こんな地獄の苦痛に苛まれ命を削る日々の中ではオシャレなんかの余裕は皆無だ。
きれいな衣服、かわいい7色の水玉模様のワンピース、それを着た姿を無性に兄に見せたくなる。しかしそれはもう叶わぬ事だと自分でそう決めのた。
だからコートを羽織ってそれを隠す。
ブーツを履いて踵を叩く、
帽子をかぶって目を伏せる。
「ごめんなさい、これを、きっと似合うわ」
そう言われ付けられたのは水玉のイヤリング、それは光りに照らされ7色に煌く、
満足そうにその姿を二人の魔女が見つめる。
「もう行きます。絶望にならないように、そして希望となるために、だから…悲しむ兄をなぐさめてあげて、お願いします」
そう言って美世に頭を下げるとブーツの踵を鳴らして美希子は部屋を出て行く、その後を会社の制服姿の希久恵が続く、ここから逃げ出したいと考えるその好機に胸を弾ませて…
「慰める?~どうやって?かな~」
それを見送る美世が呟く、そして自分の石を取り出して見つめる。
桃色というかショッキングピンクに近い色、その色は何も言わずただ煌いている。
「へいへい大将そうですかい~これでいいとおっしゃりたいんで~こうなることが運命だと~なにゆえこうなるんで~とはおっしゃらないんで~なめてんのかこの石は!ユーザーの言葉を素直に聞けよこの野郎、以上です~」
そう言って石をしまうと笑みを漏らす。
運命の一端は解き放たれた。それが向かう先は誰にもわからない、これからどうなるかを知る者はいないのだ。
この世界を痛めつけたい、そう願う魔女そしてはほくそ笑む、
それは自分の得られる最高の快感なのだ。
彼女は赤すぎる白い石を握った魔女だからだ。
アメリカ製の高級車、その車は駅前のバスストップを丸ごと占拠している。
その周りを屈強そうな黒いスーツの男たちが守るように取り囲む、その様子に人々は目をそらす。それは関わってはいけない存在だと本能が知らせるからだ。そこに停車できないバスの運転手もクラクションを鳴らせない、仕方なく隣のバスストップに停車する。
その車中の1人、その白人の中年男性、ジョージストーンが見つめる車窓の景色、1つのビルの出入口から出てきた人物を見つめて笑みを浮かべる。
「見ろ、ダークグレーストーン、ばばあの言った通りだろ、あの娘は虹の許から逃げだしたぞ、このままカッパーストーンの許にいれば2人とも安全だというのに、それはあの男、赤銅の石の男の許にいたからだ。あの魔王と対等に渡り合える男はハイストーンと奴だけだ。でも美希子とかうあの少女を手に入れれば虹に言う事を聞かせるなんて訳なく出来るだろう、だから後をつけろ、そして拉致するのだ。特に危険はない…いやまて!一緒にいるあの娘は…あれは…あの魔王の娘だと!…なぜあいつがここに?…なぜ一緒にいるんだ?前言撤回、まず慎重に対応しろ、この危険度はかなり高い、だから力まかせは危険だ。以上だ。わかったら行け」
命令された男、ダークグレーストーン、なぜか鼠色の長いコートを着てそのフードで顔を隠す男は頷くと扉を開けて車外に出る。そして2人の娘の後を追うために歩き出す。
何か不吉なその後ろ姿を見つめてジョージは呟く、
「魔王の娘か…あのカッパーストーンの許にいたのか…あの殺しても死なない不死の娘…いや、苦痛の魔女、だからうかつには手を出せん、どうしたものか…」
そんな思案顔で葉巻に火を点ける。
ダークグレーストーン、黒すぎる白い石を持つ男、その特Aランクのその能力に期待するしかない、
「鍵の守護者か…ガッデム!やっかいな事だ」
そう呟くその言葉に返答する者がいる。
「けけけっ、悪魔の頭領も魔王の娘を恐れるかね、あの苦痛の魔女に手も足も出せないのかね、ふがいないことじゃ」
そう告げるのは助手席に座る老婆、白く長い髪、それを5房に3つ編みしている。その後ろ姿に煙を吹きかけてジョージは叫ぶ、
「何だと!馬鹿にするな!占いばばあの分際で出過ぎたことを言うな!お前がちゃんとした事を占っていたらもっとましな今があったのだぞ、中途半端なんだ!おまえは、1番の核心を占えない、この役立たずめ、おまえなんて組織から追い出してやる!風俗街でやり手ばばあでもやっていろ!」
しかしその言葉に老婆は嘲笑を浮かべて、
「けけけっ、わたしがちゃんとした占いができないのはあんた達の占いの頼み方が悪いからさ、鍵の居場所は言い当てただろうさ、3つの鍵のうち1番重要な鍵が銅の城にいると、そいつがそこから出てくることも、でもあんた尋ねなかったよ、1人で出てくるのか?とは、聞かれないと占えない、中途半端はあんたのほうさ」
顔をしかめ葉巻を消し、ジョージはワインの瓶を手にするとそれをラッパ飲みして、そしてしばらく考えてから、
「ならもう1度訪ねる、世界の鏡、それは何所にある…いや、誰が持っている?そして俺はそれを手にできるのか?もう1度占ってみろ、その具体的な質問なら占えるのだろう?」
その質問に老婆は手にした石を撫でると、
「けけけっ、どこの誰かとは言えないそうだ。でも世界で1番熱い男の手に握られていると石は告げているよ、だから奪うのは容易ないと、つまり手に入れられないと、それでも手に入れたいかね?」
その言葉に驚きの表情を浮かべてジョージは、
「世界で1番熱い男だと!まさか奴か?炎の悪魔か?…あいつが手にしている…なるほど、ならおまえが言ったように容易に手には入れられないか…よこせと言って素直に渡す奴じゃないからな、この私と奴が戦えば消耗戦の泥仕合になる。どちらも勝者にはなれん、それは皮肉な運命だ。1番奪えない者の手にあるとは…しかしあきらめきれんな、何か奴と取引できる材料を用意しないと…」
そう言ってジョージは目を光らせると、
「ああ、なるほど、取引できる材料はあるじゃないか」
そう言ってV字の笑みを浮かべる。
「けけけっ、その企みがうまくいくとは告げられないとさ」
嘲笑を込めた老婆の声、希願者同士の争いの結末は占えないのだ。そういう契約だ。
このダークストーンマザーと呼ばれる老婆、黒い色が混ざりし石の集積者、だから黒が混ざる石を持つ者は全て自分の子供だと、そう思っている。
あの預言者と呼ばれたストーンマザーの相反者、だから彼女と同じ様に未来を知る事が出来るのだが、それは限定されている。暗黒が関与する事象の未来しか見ることができない、その彼女の手にするダークアイストーン、煌く水晶の中の暗黒の球、その眼球のようなその石はその事しか教えてくれない、
ジョージは車を降りると車外の連中に声をかける。
「今から赤銅の城に乗り込むぞ、あの虹の身柄を押さえる。奴は取引に使えるからな炎の悪魔とのだ。あの虹が絶望するのはその後で充分だ。うまく立ち回ってやる。誰よりも、そして最後に笑うのは私だ。共に笑いたいならついてこい」
ステッキを突いて歩くジョージの後ろに黒いスーツの男たちが続く、
その様子を車中から見つめる老婆は石を撫ぜる。
「けけけっ、赤銅の男は甘くはないよ、気をつける事だね、坊や達、それに虹は誰にも奪えないさね、彼の意思を捻じ曲げる事は誰にもできないのさ、あの聖域を創る男でも彼を完全に従える事はできんのさ、それからどうなるかはこの石は教えてくれないよ、けけけっ、楽しめとそう言っている。わたしは遊ぶ坊や達の姿を見て微笑むとしょうかね」
しかしそう言った彼女の浮かべた笑みはぞっとするような嘲笑だ。
このダークストーンマザーは暗黒に染まりし心が蠢くのを見るのが大好きなのだ。
暗黒に染まりし石が集う者は誰よりも心が暗黒に染まっているからだ。