光の石
5 光の石
走る車、それはフロント部が大破した四輪駆動車、それはやがて1つのビルの前に停車する。
「着いた。ここなら安心はできるだろ?組織に反する能力者達が作った組織、しかし表向きは宗教法人、『光の石』そう呼ばれる教会だ。教祖はパールストーン、俺の妹、歳はかなり離れているがな、ハイストーンはここの存在を認めてくれたんだ。だから今も存続している。祈願者達の未来を願う集団だ。だから俺たちを歓迎してくれると思うが」
ハンドルから手を放して勝則は振り返り子供を見つめる。
「永遠の時を刻む石か…重ねられる世界の行く末に抵抗は出来ないか…じゃが受け入れは出来る。その全てを刻みつけるのなら」
そう告げて、そして隣の席のリリーを見つめる李源は、
「天使は動かせそうかの?」
そう尋ねられて微笑むリリーは、
「大丈夫、ラジオの言葉、真似するの、天使は動くの、ラジオを信じて、絆深いの、操作出来るの、でも、悲しいの、私の言葉は聞いてくれない、心が閉じている。ラジオしか信じられない、病んだ心が開かない、悲しいそれ、でも助けたいの」
その微笑みはしかし悲しげに歪む、
「助かるわい、誰も彼もじゃ、そう信じるのなら、なら行かねばならん、あのビルに入るぞ、そして希願者達の力を合わせる。それがお前に出来れば未来はあるのじゃ」
その歪む微笑みに首を振って李源は車のドアを開く、
「多舞、行くぞ」
そう呟くリリー、その声は羅冶雄の声に似ている。
「なら、行こうか、あそこに行けば未来が掴める予感がある。あの悪魔どもが望む地獄の訪れを阻止できる」
そう言いながら勝則は助手席に置いた巨大な布包みを手にすると車から降りて歩きだす。
少女と子供がその後に続く、そして目に見えない存在も、
大きな木の扉を開いた中は礼拝堂、ステンドグラスの煌きの中に十字架に張り付けられた救世主の像が神聖な雰囲気を醸し出している。
「な、十字教の教会か?この西洋の宗教は奇跡の石とは何の関系もありはしないぞ、どうなっとるのじゃ?」
思わず疑問を口にする李源に勝則は、
「表向きはそうなっているがここで礼拝やミサが行われたことはない、あの希願者達は神など信じないだろ?信じられる物はおのれの掴んだ石のみ、そしてそれが神でもあり悪魔でもあるのだからな」
「…」
その言葉に無言の李源、まだ胡散臭そうに辺りを見廻す。
「組織と、そして世間の目も欺かなければならない、その苦肉の策だ。だから他意はない」
そう言って肩をすくめる勝則、どうやら李源は宗教的な物を忌み嫌っているらしい、
その時、祭壇の横の扉が開いて1人の人物が歩み出てくる。
シスターの修道衣を纏ったその女性は皆に笑顔を見せると、
「ようこそいらっしゃいました。この教えの庭に、ここでは皆様のお越しを歓迎いたします」
そう告げて祈るようなポーズを取る。
「なっ!こら鬼神、やはりここは教会ではないか、あいつの格好を見ろ、ここは信じもせん神を押しつける場所じゃ、わしはこんな所にはいられん、帰るぞ」
そう喚いて歩き出そうとするが、しかし勝則に襟首を掴まれ中吊りにされてしまう、
「ええい、放せ!わしは宗教が嫌いじゃ、かって過去に石の力で信仰を大きくしようとした輩がごまんといたからじゃ、そんな人を欺く力を手に入れた輩は自分の為に戦いを起こすのじゃ、人々を巻き込んで、あるいは巻き込まれて、嘗ては祈願者同士の争いの源になっていたのじゃ、ろくなもんじゃないのじゃ、だから嫌いじゃ」
手足をばたばたさせてそう喚く李源、その傍にさっきの女性が近づいて来て、
「へーっ、偉そうにサングラスなんてしちゃって、このガキ言葉もなんか偉そうだし、兄ちゃんこの変なガキは何、それにその女の子、消防服?変わったファッションね、でもかわいいわ、アイドル事務所にコネがあるのよ紹介してあげましょうか?」
さっきの雰囲気とは打って変わってこの修道女はずけずけと物を言う、
「永美理、このガキは偉大な伝説の魔人、あのストーンファザーの李源だ。そしてその娘は伝説の太陽の石の希願者、李璃だ。そしてお前には、いや俺にも見えないが、ここに天使と呼ばれる女の子がもう1人いるんだ。事情があってしばらくここにかくまってくれ、それがだめなら明日の朝まででいい、やっかいな奴に狙われているんだ。俺1人でならどうにでもなるがおまけつきでは動きが取れん、頼むよ」
永美理は浮かべる笑みを大きくすると、
「へーっ、兄ちゃんが私に頼みごと?珍しいわね、今、何かが起こっている予感がするの、あの地下鉄の工事現場の爆発事故、それに中町のビル爆破事件、そんな大きな事件がこの街で2つも起きたの、あいつらがこの事件に絡んでいるふしがある。それを調べるために仲間を現場に向かわせているけど、でもそれより確実な情報が手に入りそうね、いいわ歓迎してあげる。こんな事態が何かの為動いているのに情報が足りないの、あの明雄ちゃんとはもう連絡が取れないし、だからいらいらしていたの、それを教えてちょうだい」
そう告げて祭壇の横の扉に皆を誘う、
「入信するまで拉致されるんじゃないじゃろうな?」
疑いを解かない李源は中に入ることを拒んでいるが襟首を掴まれていてはもう入るしかない、
李源を摘みあげた勝則の後ろにリリーが続く、その後ろを振り返り皆に見えない存在を誘いながら、
そうして皆がたどり着いた先は薄暗い部屋、その数台のパソコンが置かれ部屋で1人の青年がそのモニターとにらめっこしている。
「へーっ、あんた頑張っているわね。それで何か新しい情報はある?」
そう尋ねる永美理にモニターを見つめる眼鏡をかけた青年が答える。
「どうも変です。世界中の核保有国の軍事責任者が極秘に会合を開いています。それも緊急に、そして各国の政府は何かざわついています。何らかの緊急事態の発生が想定されています。しかしその内容は把握できません、どこのデーターをハッキングしてもその内容までデーター化されてない、何かの最高機密事項が世界で進行している。それにあの組織が関与している可能性があるります。だから最終手段としてこれからストーンサークルのデータベースに侵入してみます。あの能力者達により厳重にガードされているデータベースですが事実を知るためにはもうそうするしかありません」
そう告げてキーボードを操作しようとする青年の手を押さえて止めて永美理は、
「へーっ、でも逆にハッキングされたらここの場所が特定されてしまうじゃない、そんなリスクは背負えないわ、あの組織の殺し屋達がここに押しかけてきてもいいの、それにあんたが頑張る必要はもうないの、ここに情報はあるわ、あの子供が全てを知っているの、なんせ伝説の存在だそうだから」
振り返り青年は訝しげな瞳で永美理とそして吊り下げられた李源を見る。
「若者よ世界の情勢、それはそんな機械を使わんでも見えるのじゃ、飛来する槍、いや小惑星と言った方がいいか、それの地球との衝突を回避するために慌てふためいておるのじゃ、それに核兵器を用いて小惑星を破壊する計画もある。しかし全長五百キロの物体じゃ、容易には破壊できない、だから奴らは慌てているのじゃ、その全てを助けることはできん、そんな甚大な災害がこの星を襲うのじゃ、じゃから奴らは自分達が助かる道を求めておる。そして組織にその道を見出そうとしておるのじゃ」
その言葉に青年の瞳が大きく広がる。信じられない、その目はそう告げる。
「信じなくともよい、夢を見られる時間はまだあるのじゃから、その夢が現実となる事を祈る時間も、その夢を求めようとするならその時間も、選択はまだできるのじゃ、だから知った者はどうしたいのかを考えるのじゃ」
そんな子供を見つめる無言の青年、いやこの部屋の中にいる全員が無言で李源を見つめている。
「疑うのは容易い、じゃが信じることは難しい、それを証明できるのはこの眼だけ、見ろ!ここに迫りくる危機を、奴らに見つかったぞ、この状況を何とする」
そう告げてサングラスを外す李源、その右目に映し出された映像はこの教会の入口に佇む男女、白いスーツ姿の金髪碧眼の青年と巫女装束の少女、その2人は薄笑いを浮かべて教会を見上げる。
「あ、悪魔に魔女だって!奴ら何をしにここに?ハイストーンは何をしているんだ。ここは一応彼の私設機関になっている。だからあの組織のメンバーは手を出せない事になっているんだ。組織に敵対する意思を表明しない限り安全なはず。だからあいつらがここに来るなんてありえない、一体どうなっているんだ。こんな状況がまったく理解できない!」
そう叫んで青年は頭を抱える。
「真珠の貝殻は柔いのう、貝殻の石ではいたしかたないか、白くて仄かに多色に光る。全てを理解するには色が薄すぎる。しかし全てが知りたい、それが宿命か…記憶の娘よ、この状況をどうするか?奴らはキャンパスストーンを手に入れておる。世界の全ての記録装置じゃ、じゃがお主のように自分自身の中に記録されるのではなく、誰でもその望んだ事実を見る事ができる石じゃ、じゃから過去の全てを知る事の出来る娘よ、そのキーワードは虹の石じゃ、それにまつわる過去を知れ」
李源にそう告げられ永美理の目が遠くを見つめる。
その頭に浮かぶのは光景、その見た事がない光景、そこでは知らない者達が叫んでいる。泣いている。戦っている。悲痛な光景、暖かな光景、そんな人々を巻き込んだドラマが繰り広げられる。
その最後の光景の子供、その眼を見つめて永美理は寂しそうに呟く、
「へーっ、そう言う事になっていたんだ…明雄ちゃんはもう消えてしまったのね…」
そうして1人で部屋を出て行こうとする。
「どこにいくのじゃ?」
そう尋ねる李源に永美理は振り返ると、
「へーっ、気になる?あいつらを追い払ってくるの、ここは一応教会だから悪魔も魔女も排除すべき存在、それが懺悔して神に許しを請いに来たんじゃないのなら門前払いが当たり前、ここには一歩も足を入れさせない、この真珠の石の力を甘く見ないでね、この懺悔の空間に自ら足を踏み込める悪魔がいるかしら?」
不敵な笑い、それを残してドアから出て行く、
今度は李源が見つめるのは勝則の顔、大男は無言で李源を下におろす。
「加勢してやるのか?」
そう尋ねる李源に勝則は首を振る。
「あいつは苦しみを与える空間を作る気だ。あんな悪魔や魔女と呼ばれる存在も元はただの人間でそれも絶望するまで苦しんだのだ。その結果がああなった。石は求める1つの存在を、それは弱い存在、だから今は最強を詠う奴らも実は弱いのだ。なぜなら心に弱さがあるのだ。それはなくなない、永遠に、それを攻められれば誰もが苦しむ、そんな記憶の断片を叩きつけられる。あの苦しみの空間…俺はそんな場所には行けないぜ」
そう吐き捨てる勝則に李源が告げる。
「弱い者、そうじゃ、石を掴んだ者は皆弱かったのじゃ、そんな自分の力では何もできない存在じゃ、その目の前の現実に対処出来ない弱い存在じゃ、じゃが、対処出来ないありえない現実、それが普通の者と異なる異常な状況であるなら、それに直面した者を果たして弱いと言い切れるか?誰でも弱くなる状況じゃ、その現実は何がもたらしたのじゃ?そしてそれを乗り越える力もある。意思と1つになれれば…」
その時頭を抱えて蹲る青年が顔を上げて叫ぶ、
「教えてくれ全てを!知らなければ動けないあの人の為に!真実を!全ての情報を!知りたい全てが!わからないが恐いんだ!」
青年を見つめる李源、そして笑みを作ると、
「223Q997T098LUI,組織の今のパスワードじゃ、それは30分おきに変わりおる。そこにアクセスしてみろ、わしが語れば虚構に聞こえようとも真実はそこにある。その扉を開け、そして全てを知れ」
告げられたパスワード、青年はパソコンに向かうとマウスとキーボードを操作してアクセス先を探す。やがて目の前のモニターに巨大な石の扉がそびえ立つ、それが侵入を拒む意思がハッカーの行く手を阻む、
だから門番に告げる。パスワードを、しばらくして門が開く、あの巨大な門が開いたのだ。組織、その謎めいた存在が、その強大な権力が、受け入れた。自分の身を、この悪魔のハッカーの自分の存在を、
ほくそ笑む青年は今迄どうしても開かなかった扉の中に駆け込む、その中は…
情報はある。しかし墓標の中に、その絶望と刻まれた黒い石の墓標の中に、それを見れば…いや、見る為にはその中に入らなければならない、その墓の中に…
「どうしたのじゃ?何を躊躇う?知りたいのじゃろ、全てを、ならば死など恐れないのでは?」
そう話す李源の声は青年には聞こえない、
凍りつく指先、カーソールをEYS,に合わされても、Enterキーを押せない、この地獄には入れない、
「駄目だ!出来ない!」
そう叫ぶ悲痛に答えたのは少女、
「押すのが出来ない、だから助けるの、わたしパソコン知っている少し、これ押すいいか?ならステージ変わる。でもゲームオーバーかも知れない、怖いはみんな、でも未来ない、恐れは守り、攻めなきゃ勝てない、勝つのはあなた。オーケー、では行く」
掴まれた腕、それがほんの少し動かされる。キーを叩く少しだけ、
「わわわっ、何を!入って行く墓場の中に、攻撃される…されない…ここは?」
マシンの中に同化する意識、その1つの情報と化して流されて行く先は…
情報、それが乱れ飛ぶ空間、その中に入り込まされた存在は辺りを見廻して現状把握に努める。
情報、それは存在の見解、それが流れる。大きな渦に向い、それに流されながら彼は呟く、
「全ては…もう知る必要はないん。もう足掻いてもどうにもならない、これを知る事、それが約束されたからって・…知ったからって何も出来ない、こんな運命は止められない…破滅は、その時は迫っている。それぞれの意思を呑み込みながら、僕も…流されていく…あの暗黒の世界に落ちるために…」
巨大な流れの渦に流されながら青年は望を、そんな微かな希望を探す。
あの暗黒の中に光が見える。
巨大な運命の渦とは逆に回る光の渦を、この暗黒に呑み込まれた意思達を集めて大きくなろうとする光の希望を、
「あれは?女王の意思?そしてそれに集う光の意思達?」
周囲の情報を取り込んでその見解が得られる。
儚く小さな光の渦、しかしそれは攻撃されている。
暗い意思達、この暗黒と同調するそれらが光の意思達を攻撃して消していく、だから光の意思達は辿り着けない、女王の許には、だから大きな力が得られない、この運命の渦を逆転できない…
助けなければ…
そう思う青年の意思に周囲の意思達が否定する。
「組織の者なら光を否定しろ」
「裏切り者か?」
「魔王に従え」
「我らの世界の創造に加担せよ」
「暗黒の意思に身を委ねろ」
組織のデータベース、その情報体は魔王の意思に同調した存在達、その1つとなった自分にも同調を求める力が襲い来る。
「助けてくれ!」
そう叫んで辺りを見廻す。
光の線、それが微かに自分と繋がっている。
その線を辿って青年は泳ぐ、こんな情報の流れの中を、そして途切れた情報の中に光の出口が見える。
その中に飛び込んで…そして現実に戻って来た。
「はぁはぁはぁはぁ…」
荒い呼吸で冷汗を流しながらモニターを見つめる自分に気がつく、
「帰ってこられたか、ならおまえはこっち側の人間ということじゃな」
サングラスの子供が笑みを浮かべて青年を見つめる。
「全てを知ろうとした感想はどうじゃ?恐ろしいじゃろ、あんな膨大な情報に呑み込まれてしまうんじゃ、お主が貝殻の石の希願者でなければここに戻って来ることはできんかったじゃろ、あの組織のデータベースを統括管理しているのは今はムーンストーン、月光の石じゃ、空の上から全てを見つめている者よ、あの暗い夜に唯一大きく輝ける存在、それはこの娘の妹じゃ、だから貝殻に太陽の匂いを感じて見逃してくれたのじゃろう、それは因縁かな?とにかくもう高望はしない事だ。知る必要のある事だけを知ればいい、そう言うことじゃ」
しかし李源のその言葉に青年は首を振ると、
「破滅…それが迫っている。槍が、あれが世界を滅ぼすんだ。でも組織はそれを阻止するふりをして希望を、偽りの希望を皆に与えようとしている。より大きな絶望を得るために、あの虹の石は利用されている。魔王に、それは配下の悪魔達も同じだ。奴らはまとまっているようでバラバラだ。組織?なんて呼べない集団だ。力だけがその秩序を保っている。真に地獄の悪魔達の集団だ。思惑はそれぞれで、何ら統一されていない、だから動きが読めない、あの炎の悪魔はなぜここに来たのかその理由がわからない、あんた達をほっといても破滅は訪れるのだ。その運命には誰も抗えない、しかし何を足掻いているんだ。あいつらもあんた達も?もうどうしようもないじゃないか」
そんな悲痛な顔の青年に太陽の娘が首を振って答える。
「破滅は来ない、信じれば、光は小さいでも希望、それがあるのなら望む、希願する。石を持つもの全てがもう一度、絶望はやってくる。闇に呑み込まれない希望、差し出すの、それぞれの思いを、なら破滅は救える。それが女王の意思」
あの暗黒の中に渦巻く小さな光、無を否定するその意思はしかしあまりにも小さすぎるのだ。
それは希望と呼ぶにはあまりにも儚すぎる煌き、信じられるのか?それを…
「信じる者は救われる。どの神様もそう言った。オーケー?ならば立ち向かう、破滅に、それが出来る力はあるの、心一つとなれば、みんな別々じゃない、家族、大きな家族、日の光の中で笑い合える。希望を信じる者は皆家族、オーケーあなたも、だから受け取るといいその証、私の全てを感じて、あなたの全てを感じたいの」
そう告げてリリーはいきなり青年にキスをする。
咄嗟の出来事に驚愕する青年、唇を介して情報が伝わってくる。
目の前の娘の人生、その喜び、悲しみ、悔しさ、優しさ、その生き様が頭の中に流れ込んできて、そしてなぜか感動する。
いつのまにか唇を離して自分を微笑んで見つめる娘がかけがえのない者と感じられる。
「達彦、あなたと私はもう家族なの、オーケー、信じ合い助け合い笑い合う、家族がいる。みんな一緒、なら破滅はもう怖いない、立ち向かえる力ある。信じるの私を、私もあなた信じる。なぜなら家族、それ当り前」
茫然とリリーの顔を見つめて達彦は、
「ああ…感じる。繋がった心が、家族…そんな風な感じか?心強い、信頼?ああ…信じられる。君を、家族だから、だからもう怖くない」
破滅に怯えた青年はそう言って顔を上げて微笑む、
「そう家族、怯えない、怖くない、1人じゃない、みんなが1つになれば必ず救われる。オーケー、希望は大きくなるの」
リリーは達彦の手を握りしめる。そして2人は見つめ合って微笑みあう、
その様子を見つめて李源が呟く、
「よく考えると恐ろしい力じゃわい…」
キスするだけで他人を家族に出来る能力、それは李源が忌み嫌う宗教めいた力、もしリリーがその気になれば宗教組織の教祖様になることも簡単に出来るだろう、
「世界家族教の教祖にはなってほしくはないんじゃが…」
またそう呟く李源、そして子孫の娘を繁々と見つめる。そして首を振る。
リリーが真に家族として求めているのは希一郎だけ、それも配偶者としての関係を、もし希一郎をこの青年のような関係にするのなら力を得てすぐに希一郎の許に向かっただろう、しかしリリ―はそうしなかった。力を使わず希一郎を家族にする気なのだ。
プライドの為か?それとも…
とにかく宗教のようにむやみに家族を増やすことはこの娘はしないだろう。
そう思い李源は今後の行動の方策を考える。
「とにかく焔の悪魔を追っ払う事が出来なければな…」
そう呟いて永美理が出て行ったドアを見つめる。
「教えの庭にようこそいらっしゃいました」
そう告げて頭を下げる永美理を1組の男女が薄笑いを浮かべて見つめる。
「ああシスター、でも僕たちは説教を聞きに来たんじゃないんだ。ここに天使がいる。それに用があるんだ。それに鬼神にも用がある。その2人に招待状を渡しに来ただけさ、クリスマスパーティの誘いさ、これをあの無敗の男に渡してほしい、用件はそれだけさ」
マイケルはそう言って微笑むと蝋封された一通の封書を取り出して差し出す。
「まあ!主の生誕を祝うパーティ、素敵だわ、貴方は敬謙な信徒なのね、おお!そうだわ、主にこの事を報告しないと、貴方も中に入って主に祈りを捧げるといいわ、そうすれば主の祝福によってそのパーティはきっと成功するはずよ」
そう言って永美理は2人に中に入るように促すが、しかしマイケルは再び薄笑いを浮かべると、
「シスター残念だが礼拝は朝に済ませてしまったのだよ、それにこの女は異教の巫女、この中には入れない、だからその提案は辞退するよ、懺悔の記憶、後悔の部屋への招待は恐れ多いのでね、だからまたの機会に、その手紙は必ず届けてほしい兄上の許に、ではごきげんよう」
そう言って踵を返すと歩き出す。
朱色の目の巫女は笑みを作ると永美理に一礼してマイケルの後を追う、
「へーっ、ばれてたんだ」
感心したようにそう呟く永美理は歩き去る悪魔達を見送る。
組織は『光の石』の事を知っていたのだ。
知っていて今迄見逃してきたのか?その真意は定かではない、しかし組織と敵対する勢力であると認識されてしまえば…
「へーっ、いよいよ腹をくくる時が来たという事かしら?」
そう呟く永美理は携帯電話を取り出すとメールを打ち始める。そして入力した文章を確認すると送信ポタンを押す。
緊急事態を告げるそのメッセージは『光の石』偵察メンバーに送信される。
携帯のディスプレイ画面の送信完了の表示を見つめながら永美理は微笑み、
「へーっ、戦争になる。あの明雄ちゃんが言った事のとおりになったわ、あいつらは何か企んでいるみたいだけど…でもその裏をかいてやるのは面白そうね」
そう呟くと炎の悪魔に手渡された手紙を見つめて思案する。
やがて再び笑みを漏らすと教会の扉を閉めて歩き出す。
手紙の過去を見つめて奴らの企みの全ては理解出来た。だからそれを出し抜く事が出来るのだ。
あの組織の悪魔に一泡吹かしてやる事が出来るのだ。
その方法を思案しながら永美理は祭壇の横の通路に消える。
「パールストーンは僕たちの企みに気づいたかな?」
歩きながらマイケルは希恵に話しかける。
「結界が…それも強力な真紅の結界、それがはり巡らせてあるから、だからあの教会の中はこの石でも見えないけど、でも大丈夫よ、あの女はあれでもかなりしたたかな女、こっちの計画を知って邪魔をするために必ず動き出すはずよ」
それを聞いてマイケルは微笑みを浮かべると、
「それもこっちの計画の内だと気がつかないでね、だいたいネタはばれているんだ。あの女がハイストーンの愛人であるということをね、あのハイストーンがその愛人のために建物と取り巻き達を集めたグループを作ったことも全部知っていたんだ。そしてあの女が無敗の男の妹であることもね、あの男が天使を連れて逃げ込むのはあそこしかないという事もね、でも教会だったなんて、それは誤算だったが、僕たちを馬鹿にしているのか?まあそれはどうでもいいんだが、そのハイストーンの残した結界が破れないなら奴らから出て来てもらうしかない、火中にね、飛んで火に入る冬の虫みたいにね、これは気に入っているこの国のの諺さ、だから覚えているんだ」
希恵は赤い目を細めると、
「マイケル…飛んで火に入るのは夏の虫なの、この国では冬にはあまり虫は飛ばないの…それにあの女はハイストーンの愛人ではないわ、ハイストーンは奥さんを亡くしていた。だから独身で恋人的な関係ならいたってノーマル、それを愛人と呼ぶのはおかしいわ」
しかし希恵に間違いを指摘されてもマイケルはいたって平然と、
「細かいことはどうでもいいさ、それより、今は数人の視線を感じるんだ。僕たちは尾行されている。違うか?」
小さな声でそう尋ねる。
「思ったとおり動き出したみたいね、あれは多分『光の石』の構成員よ、あたいらの行動を監視するようにあの女に命ぜられたのね、どうするの?目障りだから焼いてしまうの?」
しかしマイケルは首を振ると、
「ああいう輩の排除は僕の仕事じゃない、組織の能力者達、僕の部下に任せよう、欧州から呼び寄せたんだ。あそこの支部の精鋭達を、あとは彼らに任せて僕たちは予定どおり火葬場に向かおう」
そう言って右手を上げるマイケル、すぐ横の車道に黒塗りのドイツ製、その高級車のリムジンが停車する。
「ずっと歩きで疲れたろう、この車で現地に向かう、それから」
運転席から降りて後部座席のドアを開いて恭しく礼をする。その黒いスーツに黒いサングラスの白人男性にマイケルは母国語で1言2言話しかける。
男が手を挙げると後方に停車していた車から数人の男女が降り立ちそれぞれの方向に散る。
「これでよし、さあ行こう」
そう言って車に乗り込むマイケルは希恵に手招きして乗車するように促す。しかし希恵は、
「大丈夫かしら?『光の石』の構成員はハイストーンの息がかかった連中よ、特Aランクの能力者もいるはず。あの連中で対処出来るかしら」
不安そうにそう告げて車に乗り込む、
「なに、目的は尾行の妨害さ、そんなに奴らが強力なら退散しろと命じてある。それに仕掛けてくれば奴らの力量もわかるだろ、まだ未知の集団だ。だから慎重に対処するように命じてある。それなら問題はないだろ?」
そう告げるマイケルに希恵は微笑んで、
「そうね、奴らが組織に敵対するのをためらうか否か、これでわかるし、もし敵対するならその力量も推し量れる。さすがね、マイケル、さすが組織の炎の悪魔、あっぱれだわ」
希恵は腕を組んで不敵に笑うマイケルに賛辞を贈る。
「お世辞はいい、それよりその石をよく見ておけよ、奴らが僕の部下に接触したらその光景を映し出すんだ。さあ目的地までのムービーショーを楽しもう」
車内バーのブランディーを2つのグラスに注ぎながらマイケルが微笑む、今度は再戦の戦闘の主導権は自分が握れるのだ。あの無敗の男に敗北を送ってやれるのだ。
「乾杯しよう、僕の勝利に」
2つのグラスは傾いて音を立てる。
そして走りだすリムジン、その運転する男は無言でありながら部下に指示を出す。
冬の短い昼下がりは終りの刻を迎え始める。
傾く太陽は次第に赤く空を染め始める。
そんな世界を焼き尽くす業火の色に。
リムジンに乗り込む男女を見つめる複数の視線、しかしそれは1人だけのもの、彼らを監視しているのは1人の少女、原付バイクに座っている。
頭の半分を覆うヘルメットから長い銀髪が冬の風になびいている。
近くにある女子高の制服の上に着たダウンジャケット、その銀色のダウンジャケットの生地に突然無数の切り込みが入る。
その切り込みからはみ出た羽毛が木枯らしに吹かれて散らばって行く、
その突然の出来事にしかし平然とする少女、その目の前に1人の男が立っている。
「俺はジャック、風を操れる。刃物のように鋭利に切り裂く事が出来る。お前は中々切り裂きがいがありそうだ。仲間は何処だ?マイケルを尾行する目的は?いや…答えなくてもいい、答えてもそうでなくてもお前の運命は同じだ。それまでの時間が少し長くなるだけだ。死ぬまでのな、さあ!選択しろ!」
黒い革の上下になぜかロンドンブーツ、そんな胡散臭そうないでたちの、そう告げるジャックに少女は口を指さして手を振る。
その仕草に目を細めるジャック、
「なんだ?話が出来ないのか?なるほど、敵に掴まっても何も言えない、だから安心して敵中に送り込めるか、考えたな、それなら選択の余地はない、死ね!」
風を刃物に変えようとするジャック、その体に突然無数の生物がまとわり付く、
「な、なんだ!」
ジャックに纏わりつくのは猫、どんどん数が増えてくる。その鋭い爪で引っ掻かれ、牙は服を噛み裂いて肉に食らいつく、立っていられなくなり路上に倒れる。
そして突然その攻撃が途絶える。
茫然と顔を上げるジャック、猫達の姿もあの少女の姿も、もうどこにもない、
風に散らばる羽毛が少女が走り去った方向を指し示している。
その時1人の男がジャックの傍に歩み寄る。
「してやられたな」
愉快そうに笑う白い鬚を生やした小太りの小男、
冬なのにTシャツに短パン、素足にサンダルを履いている。
「油断しただけだ。あんな能力は聞いた事がない、あの娘は猫を操れるのか?」
起き上がりながらそう言ってジャックは引き裂かれた服を見つめて顔をしかめる。
「いや、あれは創られた存在だ。あの娘は猫を具現化したんだ。黄昏の魔女のように、あの能力が本物なら特Aランクの能力者だ。具現化した存在を攻撃にも防御にも、それに監視のような他の目的に使えるからな」
そう言って小男は何かを取り出してかじり始める。
小男がアイスキャンデーをかじる様を寒そうに見つめてジャックは、
「暑さに耐えられない体…こんなに寒いのに耐えられないのか?今は冬だぞ」
小男は再び笑いを浮かべると、
「ああ、丁度お前たちの夏ぐらいの気温だ。なかなか過ごしやすいよ、あの北極圏ほどではないが、その寒い国からわざわざ出て来たんだ。あの炎の悪魔の要請で、航空便の冷蔵コンテナに乗ってきた。トナカイに乗ってくるのが正当なんだろうが」
ジャックは不機嫌そうに唾を吐くと、
「サンタクロース、冗談はいい、お前が世界の子供たちに希望を与える存在ではない事は知っているんだ。それどころか絶望を与える悪魔の1人だ。希望どころか心を凍らせる者、絶望を送りつける宅配業者め、その絶望を見るために今度はどんなプレゼントを用意したんだ?」
しかしその言葉を無視して小男はかじった後のアイスの棒を見つめて悲しそうな顔をする。
「はずれだ…当たればもう一本貰えたのに…畜生め…」
ジャックはさらに不機嫌そうにブーツの踵で地面を蹴る。そして、
「おい!ちゃんと質問に答えろ、風の刃で切り刻むぞ!」
不機嫌に喚くその剣幕に顔をしかめて小男は、
「安心しろ、プレゼントはちゃんと用意してある。その中身は秘密だが、でもどうしても知りたければ特別にお前に先にやろうか?とても気に入ると思うんだが」
しかし大げさに手を振ってジャックは、
「冗談じゃない、いるかそんな物、絶望を演出するプレゼントなんて受け取れるか、しかしマイケルはなんでお前を呼んだんだ?この地域を丸ごと壊滅させるつもりか?能力者同士の戦いにはお前はあまり役に立たない、結界を張れるのが唯一の取り柄、真の能力はテロ的な能力だからな、殲滅戦に効果的なお前の必要性が理解できない、とにかくあの追手をどうにかして、それからマイケルに事情を聞かないと」
目の前に信号待ちで停車中のバイク、そのライダーの首が突然胴体と分離する。
転がるヘルメットとその中身 それを蹴飛ばしジャックは転倒するバイクを支えて、そしてライダーの体をバイクから引きずりおろす。
そしてバイクにまたがると、
「サンタクロース、後ろに乗れ、マーガレットがさっきの娘の先回りをしているが、しかし戦闘になればあいつが不利だ。それを援助する必要がある。目的を達成しないと魔獣がうるさい、早く後ろに乗れ」
小男はちょこんとバイクの後部座席に跨る。
「乗りごこちが悪いな、痔が悪化したらどうするんだ。責任とれよ斬り裂きジャック、1585人を…いや86人を切り裂いた悪魔…」
倒れるライダーの死体を見つめて小男がそう言う、
「痔が悪化したら俺がそのケッをぶったぎってやる。それより行くぞ!結界を解け!」
そう叫ぶジャック、そして走りだすバイク、その小さな結界、2人の人間とその周囲を見えなくしていた、その不可侵領域は解かれて、そこには死体が1つ転がっている。それを見つけた歩行者の女性が悲鳴を上げる。
大きな悲鳴、しかし爆音を立てて走り去るバイクの2人にはもう聞こえない。
原付バイクを運転しながら少女は携帯片手に器用にメールを打つ、そして全てひらがなで入力された文章を送信する。
切り裂かれたダウンジャケットは脱ぎ捨てた。寒空に学校の制服だけでは凍えそうだ。
走り去ったリムジンが通った後をトレースして走る。
あのリムジンの屋根の上に置いた猫がその方向を教えてくれる。
幹線道路から外れた工業団地に差しかかった時に目の前に立ちふさがる姿がある。
黒い帽子に黒いローブ、箒を手にした幼い少女が、その虚ろな瞳でこちらを見つめ、まるで仮装行列の魔女のいでたちで体を大の字にしてとうせんぼする。
少女は原付を止めてしばらくその人形のような姿を見つめるが、やがて無視して走り去ろうとする。
「あ…ちょっと!待ちなさいよ!」
慌てて後を追う魔女は箒に跨り空を飛ぶ、
「何シカトしてんのよ!あたしは組織の大魔女、マーガレット=ファイヤーよ、尊敬と畏怖の存在なのよ、あんたの相手をしてあげるから止まりなさいよ」
原付バイクに並走する。その箒に跨る幼女を不思議そうに見ながら少女はバイクのステップに置いたホワイトボードに左手で文字を書いて指し示す。
「いまいそがしい、子供は家に帰って寝ろ…なんですって!あんたわたしをなめてんじゃないわよ!」
ホワイトボードの文字を読んで思わず喚きだす魔女を無視して原付は速度を上げる。
「まて!こらっ、私の魔法でカエルに変えてやる。覚悟しなさい」
魔女は何か呪文めいた言葉を詠唱して手にした杖で少女を指し示す。驚異の能力、物質変換能力が発せられる。この魔女は任意に対象物の構成や形を変えられるのだが…
原付バイクの鍵に付けられた猫のキーホルダーがカエルの形に変化する。しかし少女は気がつかない、物質変換といってもごく小さな物しか変えられない、それでも魔女は勝ち誇ったように、
「ざまあみろ、わたしをガン無視したむくいよ、どう?かなしいでしょ」
勝ち誇ったように少女に尋ねるが?マークを顔に浮かべて少女は魔女を見つめるだけだ。
「私の攻撃がきかない!なぜ?ダメージを受けない理由それは?」
目だけは虚ろなままで驚愕する魔女、これをすると相手はたいてい嫌そうな顔をするのだ。
「それならとっておきの大魔法、エアレアの魔法、あんたの周りの空気をスカンクのおならに変えてやる。その臭さで気を失えばいいわ、覚悟しなさい」
そう告げると魔女は目を閉じて詠唱し始める。やはり大魔法は簡単に実行出来ないらしい、
T字路に差し掛かり少女は原付を左折させる。しかし精神集中で目を閉じている魔女はその事に気づかない、そして工場の壁に何かが激突する音が聞こえてくる。
しかし少女はその音を気にかけるそぶりもなく走り続ける。しかし突然目を見張ると原付を停車させる。
あのリムジンの屋根に乗せた猫が突然消滅したのだ。それも跡かたもなく一瞬で灰にされた。
奴らは追跡に気づいていたのだ。気づいていながら今迄泳がせていたのだ。その目的は定かでないが、その口惜しさに虚空を睨む少女、そこに同じように原付に乗った少年が走り寄る。
「多笑美!シスターからの新たな指示だ。もう教会に帰還する。奴らの監視は俺が引き継いだ。小型カメラを積んだ飛行機を飛ばしている。今は奴らに敵対するのは得策ではない、だからこのままずらかるぞ、奴らの企みはわかっているそうだ。だから作戦会議だ急げ!」
そう告げると少年は走り去る。
そうして多笑美は空を見つめる。
白い冬の空、それに隠れるかのように白い小さな物が飛んでいる。
それは紙飛行機、さっきの少年が飛ばした物、それは建物の陰に入り見えなくなる。
少女は原付を発進させる。もうこの寒さに耐えられなくなってきている。
言葉が話せないのは事故のため、能力を得るのに支払った代償は暖かい体、だから体温が低すぎる少女は寒さが苦手なのだ。
創り出した猫を懐に入れて暖を取りながら、その寒い冬の道を少女は走る。
暖かな部屋、暖かな仲間、それが待つ場所へ。
「思った通りだ…」
折れた箒を握って気絶するマーガレットをあきれ顔でジャックは見つめる。
「まあそう言うな、彼女は偉大な魔女なのだ。物質還元能力、物質変換能力、極めつけはエネルギー変換能力、凄い力だ。通常時の規模は小さいが…しかし彼女は超Sランクの能力者、あの魔女の瞳と呼ばれるイビルアイストーン、歪んだ瞳の石の希願者なのだ。もし彼女が誰かを呪った時、その力は解放され増幅されるのだ。それも無限に、しかしその力は呪いによって封印されてしまっているが…」
しかしそれを聞いてもウィッチを抱き上げたジャックは嘆く、
「でも所詮は役立たずだろ、こんな人を呪えない魔女なんて、こいつは斬頭台にかけられそうになってもキョトンとしていたそうだ。魔女狩りに対して、それを行った人間達に対して、怒りも、憎しみも、復讐も、それこそ呪いの感情すら抱けないのだ。自分の両親を目の前で殺されたのに、だから不抜けのガキンチョにすぎないのだ」
17世紀から生きると言われる。その伝説のドジな魔女っ子を蔑んだ瞳でジャックは見つめる。
しかしサンタクロースは笑みを浮かべると、
「マイケルの先祖がこの子をずっと封印していたのだ。その存在の恐ろしさゆえ、しかしあえてマイケルはその封印を解いた。そこに意味があると感じないか?石に込められた封印が解ける日が近い証かもしれない、その核兵器より恐ろしい真の魔女、あの破壊の魔女が誕生するかもしれないのだぞ、この歪んだ瞳の石は全ての物に干渉出来るのだ。人形のように感情らしい心の葛藤が無かったこいつに石の力を使いマイケルは人間らしい感情を与えた。その人形は動けるようになり、そしてまがいにもこいつは怒ったり泣いたり笑ったり出来るようになった。もう人形ではないのだ。マイケルの先祖がこの子に施した呪いは解けかけている。だからなめてかかると痛い目に遭うぞ」
しかし唾を吐きながらジャックは、
「買い被りすぎだ。所詮こいつはマイケルのおもちゃだ。ただの人形、それ以外の何者でもない、破壊の魔女だと?壊せる物はせいぜい子供の玩具ぐらいだろ、それより魔獣からの指令だ。火葬場に来いとよ、追っ手は振りきった。だから任務は中止だと、馬鹿げているぜ、とんだピエロだぜ俺達は、寒いのによくやったよ、この事情はマイケルを問い詰めて聞く、だから行こうぜ」
路上に止めてある小型トラックの窓を蹴破りドアを開けるジャック、そして助手席にマーガレットを寝かせるとダッシュボードを拳で殴る。
突然エンジンが掛かる。その様子を見つめる小男、もう無言でトラックの荷台に座り込む、
「そこでいいのか?なら行くぜ」
ジャックがそう告げるとトラックは走り出す。
向かう先は魔獣に告げられた場所、そこは火葬場と呼ばれるこの国でのマイケルの本拠地、組織の幹部に与えられた大幹部達の根城の1つ、なぜか煙突が尖塔の城、
その炎の城目指してトラックは走る。
破壊の象徴を助手席に寝かせ、絶望の元凶を荷台に積んで。
教会のビルの前に原付を止めて不思議そうにバイクの鍵のキーホルダーを見つめてから、多笑美は扉を開けて中に駆け込む、
礼拝堂、その中に数人の男女が思い思いの席に腰かけて1人の子供を見つめている。
サングラスの子供、それに永美理が告げる。
「へーっ、たえちゃんが帰って来たわ、これで全員揃ったわよ、これが光の石の全メンバー、私に勇治、多笑美に達彦、全部で4人しかいないけど…でも組織とは何の関係もない希願者達、いえ、みんな組織を憎んでいる。アンチストーンサークルの集まりなのよ」
しかし説明を受ける子供は顔をしかめると、
「なんじゃ、皆子供ばかりじゃわい、アンチ組織を名乗るのならもっとましなメンバーを集められなかったのか、これでは戦いにもならんわい」
失望を込めてそう告げる。
「へーっ、わかってないわね、能力に大人も子供も関係ないわ、みんなは組織の特Aランクに匹敵する能力者達よ、達彦は電子機器と同調して自在にコントロール出来る能力者だし、勇治は紙切れを自在に変化させる能力者、それに多笑美は具現化の能力者、みんな一騎当千のつわものよ、馬鹿にしないでちょうだい、それにあんただって見た目は子供じゃない、人の事はとやかく言えないわよ」
そう反論する永美理、それに何か言おうとする李源、いきなりその頭が小突かれる。
「いたっ!なにをするのじゃ」
口を尖らせたリリーが李源を睨んで、
「言った前にも、子供偉そうはおかしい、ゲンはそれに単なる役立たず。見えるだけ、知っているだけで偉そうにするはダメ、戦うのはみんな、怖いし痛いし苦しむの、それゲンじゃない、だから黙っている。いいか?」
恨めしそうにリリーを見つめる李源、もう何も言わない、
「へーっ、伝説の魔人もこの子には勝てないのね、でも助かるわ、こいつがぐだぐだ言い出したら話がややこしくなるから、それじゃまず現状の確認をするわ、組織の悪魔達とその配下が動き出しているのは全て虹色の石のせい、全てに絶望を与える可能性を持つ者だから、そして彼を利用して自分たちの望む世界を得ようとしている。その彼の行くえは現在不明、この偉そうなガキの伝説の魔人でさえも見えない場所にいる。で、組織は彼を利用しようとしているけど天使は彼を救いたいと考えている。それは仲間の為、ミラクルストーンズと名乗る集団、その連中は魔王によって研究所に閉じ込められている。虹色の石の彼を助けられたらみんなを救えると考えているのね、そして虹は隕石を呼んだと、巨大な『槍』と呼ばれる隕石を、破滅までの時間はあと数日、それを阻止する方法は明確じゃない、そもそも阻止できるのかがわからない、正しい情報がない中を混沌として皆が動いている。そう、一番重要なことは破滅を止める事、その巨大な『槍』が飛来するのを阻止すること、その鍵を握るのは虹色の石の持ち主、リリーの想い人の石橋希一郎、彼を探し出す事が先決、それが破滅の真の理由を知る近道、でも肝心の天使は引きこもり中、そして…」
そこで言葉を切ると永美理は大男の手にある封書を忌々しそうに見つめる。
「へーっ、兄さん、それでその招待を受けるつもりなの?今晩そのゴミの焼却施設まで出向いて行くつもりなの?どう考えても罠、そうゆう状況の中に、馬鹿げているわ、あの連中と遊んでいる暇はないのよ、この破滅を止めるのは私達の使命、それが女王の意思なの、この天使に託された使命なの、そんな火遊びは他の機会にしてちょうだい」
しかしそう言われても勝則は頭を掻くと、
「いや、しかし約束しちまったしな、今度はお前の選ぶ場所で戦ってやると、それに応えてやらないと俺が負けたことになるし、あいつ執念深そうだし、だから俺に勝つまで納得しないだろうし、まあ、俺はどこでやっても負ける気はしないが、しかし不戦敗だけは嫌だからな、だから出向いて行くしかないと考えているんだが…」
そんな言葉に肩をすくめて永美理はリリーを見つめる。
全ての決定権はこの娘、この太陽の石に委ねるしかない、虹に最も近く、そして今唯一、この天使の存在が見える者だから、言うなら彼女の行動が未来を創るのだ。
そんな皆に見つめられるリリーしかし気押された様子もなく、
「行くのパーティ、お祝いの、悪魔の宴に水差すがいい、天使に教える現実を、苦しみに絶望し歪んだ心は救えない救い無い事を、魔と化した者は敵だと思い知らしめる。教育必要、だから行く、いいかオッケーもう決めた」
その言葉に思案顔の李源、
「なるほど、天使を正気に戻すためか、考えたのう、しかし罠と知って乗り込むのは無謀じゃ、どんな罠が仕掛けられているのか、あの場所に結界が張ってあってわしでも見えん、危険と考えるが、しかし…」
その時、永美理が微笑みを浮かべて皆を見廻して言う、
「へーっ、罠の内容は想像できるわ、その招待状が書かれた過去が真実なら、わたし達の裏をかこうとしてその事実を奴らは塗り替える。つまりこう、罠はしかけられていないと、ガチの勝負に出るはずよ、奴らはもともと小細工なんてしたがらない連中よ、力押し一辺倒の馬鹿なの、だから罠の心配はないと断言できるわ」
その言葉に首を傾げて李源が答える。
「しかしじゃ、こっちの目的は天使の回復、それが効果的な保証もない、しかも奴らの目的は我らの抹殺、それは割が合わん、わざわざ出向いて行く価値があるとは思えん…」
その言葉を遮るように永美理は、
「へーっ、そうでもないわよ、価値はあるわ、この混沌を整理するためだと考えたら、どっちにしてもどこにいても奴らに狙われるのなら、その根源を1つ1つ潰していくしかないのよ、そうすることが虹に辿り着く道だとそう思えるの」
その時、巨大な布包みを抱えた大男が、
「ここに引きこもっていても未来はない、その敵地に出かけるならあの黄昏の魔女もこちらに容易に手出しできないだろう、あの炎の悪魔とつるんで行動しているとは思えんからな、あの女の意表をつくにも効果的だ。よし、出かけよう、車はあるか?乗ってきた四輪駆動車はレッカーで持っていかれたみたいで足がない、それに全員が乗れない、どうするよ?」
それを聞いて永美理が携帯を取り出して電話をかける。しばらくして、
「へーっ、車の手配はしたわ、それよりみんなパーティよ、特に着飾る必要はないと思うけど、でも御馳走が出るかもしれない、ちゃんと食べなきゃ失礼だから、だから準備しとくのよ」
皆にそう告げて奥に消える。
その様子を見つめて勇治は、
「奴らをやっつけてやれるならパーティだろうと火葬場だろうと何処にでも行ってやる。こんなゴミの焼却場でもな」
そう言って達彦が手にするノートパソコンのスクリーンを見つめる。
そのモニターに映し出されたのは闇の中に巨大な煙突がそびえ立つ建物、さっき飛ばした紙飛行機が送ってきている画像だ。
そのモニターを見つめる目はやがて無言で自分を見つめる瞳と見つめ合う、
「お前をこんな目に遭わした奴らを許せない」
そう告げると勇治は少女から目を逸らす。
それで目を伏せると多笑美はポケットから石を取り出してそれを見つめる。
琥珀色に煌く石、猫の目のような煌き、琥珀の石の少女はただ語れない口で溜息を吐く。