表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミラクルストーンⅡ  作者: 北石 計時朗
5/15

桜色の聖域

 4 桜色の聖域

 

 希一郎が目を覚ました時、そこに微笑む女性がいた。ピンクの髪のナース服の女性、なぜか安心を醸し出す。

 熟睡したのだ。久しぶりに、安心した心がそれを求めた。

「あ…おはよう…か?」

 思わず口にする言葉、それに笑みする女性は頷いて返事する。

「おはよう、でももう昼よ~お寝坊さん~ぐっすり眠れた?満足したなら現実を思い出してね~」

 希一郎は思考する。此処は何所か?なぜ此処にいるのか?この人は誰だ?なぜ寝ていた。

 そして昨日の全てを思い出す。

「美希子!」

 思わず叫んで飛び起きる希一郎に女性が優しく微笑んで告げる。

「大丈夫よ妹さんは持ち直したわ~もう今は命の心配はないわ~先生がちゃんと見てくれたの~だから安心してね~起きたのなら着替えて~服は洗濯して乾燥しておいたの、そこにあるわ~先生が話したいそうよ~」

 ベツトから起き上がる希一郎、妹の容体が心配だ。そしてベツトから降りて立ち上がった時に違和感を覚える。

 何も身に着けていない全裸の自分、ナース服がそれを微笑んで見つめている。その視線の先は自分の股間、

「あらあら、若いのね~立派になっちゃって~腫れを戻すために処置してあげましょうか?私うまいのよ~」

 思わず布団を手にして体隠す。そして赤面した顔で、

「よ…余計なことはいらない、それより服?俺の服はどこだ?」

 ベツトの横の籠に入れられた衣類を指差してニヤニヤ笑いの看護師が答える。

「服はあそこよ~洗濯は出来ているわ~着替え終わったら医務室に来てね~」

 そう告げて出て行く看護師を睨んで見つめて希一郎は服を着替え終わるとドアを開いて廊下に出る。

 雑居ビル、その6階のフロァー全てがこの診療所のスペース、だから以外に広い、歩く先には医務室と書かれたドアがある。

 ノックもせずにドアを開く、そこにはコンピューターのディスプレイを悲痛に見つめる咲石の姿がある。

「お前の妹は今は持ち直した。抗癌剤が悪性の血液をほぼ死滅させたからな、しかし検査の結果、リンパ腫、悪性のそれが転移している。それも各内臓に、肺、それに脳に大きな腫瘍が確認された。内から自身を蝕む悪性細胞がお前の妹を蝕んでいる。しかし悪性細胞とは呼べない特異な部位だが…白血病と他の悪性腫瘍が同時に多発生するケース、非常に稀なケース、しかもその暗黒の悪性腫瘍は急速に体中に転移する。胃、肝臓、直腸、乳腺、子宮、それらに転移の兆候が認められる。このまま病状が進行すれば耐えられない苦痛を受け続け美希子は死ぬ。あと数日、それがあの子の寿命だ…」

「……」

 唐突に告げられた。そんな信じられない信じたくない言葉に絶句する希一郎、妹が死ぬ未来、それにはまだ時間があると思っていた。少なくてもこの部屋の色と同じ花が咲く頃までは共に居られると信じていた。それが…

「苦しみを和らげる薬もある。お前はここに妹を預けておけ、俺が出来るだけの事をしてやる。美希子を送ってやろう、苦しみなく安らかに、それがお前と俺が出来ること、だから俺に全て任せてほしい」

 ディスプレイから目を離し自分を見つめる男の目、その赤く血走る目には絶望の色が浮かぶ。

「あ…あんたは医者なんだろ?名医だって聞かされた。多額の報酬もその腕になら納得できると聞かされたんだ。奇跡の医者だと、ならどうして美希子を救えない、死んだ者も蘇らす医者だというのは嘘か?金が足りないのならまた持ってくる!どんな事をしても作って来る。幾らでも必ずだ!だから美希子を助けてやってくれよ!」

 叫ぶ希一郎、その目から知らずに涙が溢れて零れる。

 もうすがる者は誰もいない、その確実となった死別の未来を否定して希一郎は絶望する。

 そうして思わず手にするのは虹色の石、涙目で見つめる石、虹色にただ煌く石、

「俺は神じゃない、だから死んでいく者、その全ては救えない、でも生かす方法を探し模索する。その可能性を、しかしいくら探究してもお前の妹の助かる道は探せない、もう暗黒に蝕まれてしまったんだ。お前の妹は、その手にした石に苦しみを代償に望んだのだ。その愛する者をその苦しみから逃れさせるために、そして泣き叫ぶ事も出来ずに苦しんで、やがて無に還ることを代償にした。もし神がいたとしても手は出せない、その運命は神が創るのではなく織りなす人間達が創り出す。あの抗える者のない巨大な渦、その流れの存在だけが神なのだ。それは全てを認める意志、それは存在したい者を肯定する。しかしそれを認めぬ暗黒の意思には抗えない、そうして扉と呼ばれる存在達がそれをこの世界に呼び込む、そして争い合う2つの意志、もう残された時間の少ないのは美希子だけじゃない、もうすぐ全てが滅ぶのだ。お前はそれにどう絶望する?」

 石?代償?無に還る?暗黒の意思?咲石の言葉の後半は何の事だか理解できない、でも理解出来るのは世界の滅亡、その光景、

 その言葉に垣間見えるは先日に見た炎の中の幻影、この世界が滅ぶその光景、

 もう涙は流れない、咲石を見つめる顔が笑顔を作る。

「それなら、それが本当なら好都合だ。俺はもう苦しまなくて良くなる。失った苦しみを抱えて生きていかなくて済む。この世界が滅ぶのなら歓迎だ。もし滅ばないのなら俺が滅ぼしてやる」

 握られた虹の石、その1つの色、その赤い色だけが突然光を放つ、

「まて、そんな願いは捨てろ!その石は全ての色の王の石、石を持つ全ての能力者達を下僕にする力がある。暗い赤を呼ぶな!あいつは大悪魔の1人だ」

 突然ノックされる診察室の扉、いらえがないと悟とるとそれが開く、

 茫然と2人が見つめる先には1人の紳士がV字の笑みを浮かべ開いたドアの外に立つ。



「ゲン、ここは何処なの?見晴らしはいいの、天気いい、太陽が優しいの、でもオーケ、降りられない、高いで怖い、どうするか?」

 2人を乗せた四輪駆動車は城跡の高い石垣の上に停車している。

「おのれ、大気の石め、ここを目的地と勝手に決めて置いて行きよった。こんな石垣の上に降ろしてどうするか?日向ぼっこでもしろと言うのか?」

 リリーは溜息をつくと、

「ゲンが悪い、行先城跡、それだけ言って眠ってしまった。だから此処来た。城跡、そう呼べるはこの石垣だけ、違うか?空気の石は正しい、違い無い、どうする状況、あそこに行けない」

 リリーが指さすのは山の麓の広大な屋敷、木々の隙間から建造物が見え隠れする。

「無敗の男か、あれといるとなると天使は顕在、心配ないが、じゃが心配なのはお主の方じゃ」

 李源が見つめる空には影が舞う、鳥とは呼べぬ巨大な影、

「黒人女め、執念深い、しかし今は昼じゃ、あ奴の力は制限されとる。実体化に影響する日が昇っておる。襲ってこないのはその為じゃ、今はお主が最も力が振るえる時間、太陽の娘、何とかするのはお主じゃ」

 無言で李源を見つめるリリー、そうして運転席に移動する。

「…何をする気じゃ?」

 李源は不安な気持ちを声に出す。

「走るここからあそこまで、リリー運転できる車、したことある。アクセル走る。ブレーキ止まる。ハンドル曲がる。それでいい、暴走族の車運転した。ぶつかるはの快感、ならば行く」

 いきなりキーBOXを破壊して剥きだした配線を選ぶとショートさせる。

「な、そんな事何処で覚えたのじゃ?」

 叫ぶ李源に笑顔が答える。

「昔に金髪の暴走族のあんちゃん、昨晩はあの空の石と一緒にいた。に教えてもらった。盗む車その方法、でも盗んだない、警察嫌い、お世話は大きい、試す今日が初めて、でもうまくいく」

 得意顔のリリーやがてエンジンがかかりアイドリング音が響く、オートマチックのシフトをDに入れてリリーは叫ぶ、

「行くのリリー行きま~す」

 城跡の急斜面の石垣を転げ落ちそうになりながらやはり車が落ちる。

「何やっとる!地面にぶつかるぞ」

 石垣の途中に生えた松の木に弾かれ、そして車体の向きを水平に変えた車はそのまま地面に着地する。

 その悲鳴を上げるサスペンション、ぐらつく車体に構わずアクセルを踏むリリーは山の急斜面を木々をなぎ倒して竜のように駆ける。

 そして大きな岩を乗り越えての大ジャンプ、それが高い塀を一気に飛び越す。

 そして目の前には建物、鉄筋造りの強護な建築、恐怖心も無しに今迄を見つめていた李源が吐き出した石を窓から前に投げる。

「砂の石よ全てを砕け!」

 車より前に建物にぶつかるサンドイエローの石は光輝き建物の壁を破砕する。

 その穴から侵入する車、そしてブレーキを響かせ停止する。

 その目の前に赤く光る両手の大男が睨んで立塞がる。

「何者!悪魔の使いか?寝込みを襲うとは卑劣、成敗してやる」

 そう叫んで傍らに置かれた大剣を握ろうとする。

「まて!紅玉の石、その剣の呪いを知るのなら握るな!我らは敵ではない、天使に会いに来ただけじゃ、やむえん事情でこんな訪問になってしまったが他意はないのじゃ、騒がせて済まんの、わしは李源、この子は李璃、女王の使者じゃ、じゃから天使の力になるために来た。まずは話を聞いてはくれんか?」

 サングラスの子供、銀色の衣の少女、破壊された道場の壁、大破した車、それを交互に見て大男、石江勝則は笑みを浮かべる。

「はははっ、そうか他にも動いているのか女王の意思に従った者が、孤立無援ではないか?なら歓迎しょう訪問を、情報が足りなくは動けないからな、ここではなんだ母屋に行こう、そこで茶でも飲みながら話そう、天使もそこにいる」

 しかしその歓迎の言葉に周囲を見つめる李源、

「お主の家は少々木々が多いのじゃ、わしらはおまけを連れてきてしまったのじゃ、黄昏の魔女、暗がりに魑魅魍魎を創る存在じゃ、影が多い森の中での移動は容易ではないのじゃ、襲い来る敵を全て倒さんと母屋には行けん、しかしその地獄の剣はもう握るな、たとえ仮の主といえど耐えられんじゃろ?その苦しみに、ならばこれを与える。弱者の剣、殺人行為、人を殺めたことのない者達が最初に最後に感じた思いが濃縮された形、強者にも弱者にも成れる。わが身が飲み込んで暗黒に封印せし最強の剣、それを与える」

 そう言って李源が吐き出したのはナイフ、折り畳まれた刃が見えない小さな凶器、

「なんだ?それは…それが最強?信じられん、そこいらの不良少年が持っているような代物だ。これでどうやって抜き身の日本刀に立ち向かえる?冗談か?」

 笑い顔の李源、拾ったナイフを大男に投げる。

 思わず掴んだ小さな得物、そこから伝わる意思それは…、

 強さを憎んで繰り出される最後の希望、もう自分にない未来、それを他の者に託したいと願う思い、その弱い力が最後に見せる最強の力、それは自身の命、だからそれは希望の武器、それは小さく儚い弱き者の牙、その弱さゆえ武器に兵器に身を託して強きに立ち向かい死んだ者達の想い、それがすべてここにある。それは自分を捨てて願う、未来に希望を託す意思が集まる希望の剣、だから弱くなんてない最強だ…

 ナイフを手にする大男、その手に震えが全身に広がっていく、

「納得できれば輪から外して己の石を埋め込め無敗の男よ、ならば汝に最強の戦士の称号を与える。希望の筆頭だ。文句はあるまい、振るえ!その力を、それを希望を信じる者達の為に使いし挑め」

 大男は指輪を外して透明の赤色の石を摘む、それは容易に輪から外れる。

「指輪は輪廻の象徴、その終わりなき戦いを求める者は今変わる。そして最強になりて全てを救う」

 小さなナイフの取つ手、そこには穴がある。そこに石を嵌め込む、すると変化が生じる。

 小さなナイフが振動して高音を発する。意思に意思が答えている。そして手にする物は突然形を変える。棒、そう呼んでもいいのか?野球のバットの数倍の鉄塊が大男に握られている。

「それが意志の融合じゃ、物があるのがこの世界、何もないが意思達が蠢く世界が暗黒の世界、その存在を求める意思は形を求める。存在しなくなった者達の意思とそれを望む意思、それが形づくった棍棒、それを感じてそれを振るえ」

見つめる棍棒、打ちすえる力はある。しかしそれは巨大だ。誰も振るえないほどに、その重さは感じる。そこには希望を願う重さがある。試しに持ち上げてみる。しかしそれは重さを感じさせず片手で空に掲げられる。

「ならばよし、か、もう黄昏の魔女など恐れぬわ、昼行燈は夜に蠢けと教えてやるのじゃ、行くぞ、お主、先に行け」

 勝則の背中に隠れるようにサングラスの子供はリリーを指さす。

「怖いゲン、化け物が、だから先に行かない?違うないか?子供臆病、おしっこ漏らす。偉そうなのだからだめ、リリーの方が度胸ある。偉いは私なの」

 その言葉に無言の李源、なぜか言い返せない、李源が不得意な状況、それは何が飛び出して来るかが分からない状況、全てが見えても、その先が予測出来ても、石による力の発動は予測不能、だからいつ何が現れるか分からない幽霊屋敷的な雰囲気は大嫌いだ。

「お譲ちゃん、子供は怖がる者だ。恐れを知らんと強くはなれんからな、だから俺が前を行く、それなら文句はあるまい」

 微笑む勝則は棍棒を肩に担ぐと床の魔剣を足で蹴飛ばす。

 蹴飛ばされた大剣は道場の床の間に下げられた掛け軸に突き刺さる。

 願字の四行詩の掛け軸、その文字を見て李源が呟く、

「封印か…じゃが誓書詩では力が弱い、宣誓詩、それが必要じゃが、それを知る者は今はいないか…なら求める者を拒みきれん、握られるのじゃ、じゃから盗もうとする者にしか効果はないが…」

 しかしその呟きに耳を貸さず。そして棍棒を担いだ勝則は意気揚々と道場の出入り口をくぐる。

 だがその目の前にもう化け物がいる。それは黄泉返った地獄の亡者、蠢くゾンビの集団、無表情に口を開け、そして襲いかかってくる。

「何だ?こいつら」

 しかし勝則は恐れる様子もなく無意識に襲い来るゾンビの頭を棍棒でたたき割る。

 頭部が消し飛ぶゾンビ、そしてそのまま横たわり手足だけを蠢かす。

「ゲン、また口で飲み込む、皆消える。いいかそれ、早くする!」

 叫ぶリリーに首を振る李源、

「黄昏の魔女め実体を使っておる。この死体は本物じゃ、何所から調達してきたのやら、奴が与えたのは動く意思のみ、これでは無には飲み込めん、全てを無から創り出せば飲み込まれると知ったから、じゃから有に干渉して変化させたのじゃ、あ奴め中々周到じゃわい」

 襲い来るゾンビをヌンチャクで撃退しながらリリーが叫ぶ、

「感心ない!暇ないの!今している。戦ういいか?多勢に無勢、状況最悪!あんたもやる!」

 しかしその言葉に笑顔で答えるのは石江勝則、

「無勢じゃないぜこんな連中はこけ脅しになりもしない、いくぜ!」

 最後に叫ぶと棍棒を振りまわして生きる死体を動けぬ死体に変えていく、そんな人間戦車が猛進する。

 その振りかぶる棍棒は死霊達を瞬く間に戦闘不能に陥れる

 1分もしないうちに立っている者は3人だけとなる。

「人の家の庭を死体だらけにしやがって、もし警察に見つかったらなんて言えばいいんだ?」

 蠢く人体の破片達を見つめて勝則は肩を竦める。

「百パーセントお主が殺したと思うじゃろう…」

 李源は呟く、数体のゾンビを一瞬で倒した男、その戦闘能力は驚愕に値する。

「さて、この小径の中にはまだ暗がりがある。大きな杉、樹齢五百年の大木、その辺りは昼でも暗い、そこに鬼が出るか邪が出るか、結構楽しみになってきたぜ」

 そう告げて歩きだす大男を見つめて李源はまた呟く、

「鬼はお主じゃ…」



 和やか歓談は突然中止される。

「邪な存在、それも魔女?大魔女の気配が…」

 目を蛇の目に変えて美津子が呟く、

「どうしたの?」

 美津子の表情の変化に気づいた多舞が思わず尋ねる。

「何でもないの、お客様が来たみたい、ちょっと待っていてね」

 表情を戻し炬燵から出て立ち上がると美津子は、

「多分悪質な訪問販売よ、追い払ってくるからちょっと待っていてね」

 そう告げて襖を開けて廊下に出て行く、そして襖を閉めると般若のような形相で宝剣を握り廊下を音もなく疾風のように駆ける。

 玄関の外、そこには槍を突き出した黒人の若い女が結界のしめ縄を切断しようとする直前だった。

「何奴!何ゆえ我が屋敷に立ち入ろうとする。狼藉か?ならただでは済まさんぞ」

 美津子は宝剣を突き出して、そして黒人女を睨みつける。

「ほう、その剣に埋め込まれているのはパープルレットストーン、暁の石か、私の相反者…なるほど、なぜ太陽がここに来たのかがわかったわ、それは下僕を作るために、あの魔人の考えそうなこと、そんな石達を従えて自分の勢力を作る気なのね、それは黙って見過ごせない」

 構える鑓、その握り手に穿かれた穴に黒人女は石を埋め込む、

「何を訳がわからぬことを、しかしその石はサンセットストーン?お前は大魔女、その1人の黄昏の魔女か?」

 冷酷を通り越した冷徹な笑みがそれに答える。

「組織には1つの国、その全国民の犠牲を代償に力を得た魔女がいると聞いた。その国の王女だった女、そして今はこう呼ばれていると、黄昏の魔女と、血色の魔女と並び称される5大悪魔達の1人、惚けても貴様の意図は見え見えだ。天使は渡さん、引き下がれ!引かぬならわが宝剣の露としてやる覚悟しろ」

 般若と化した能面のような顔、その蛇の目が女を睨みつける。

「化け物…これが鬼女か、千年を生きる伝説の妖怪、この国には変わった化け物がいる。しかし化け物風情が私に勝てるなど思うな、格が違う、それを思い知らせてやる」

 繰り出される槍は玄関のしめ縄を両断する。

「竜の結界を破れる…面白い!」

 そう叫び繰り出された槍の間隙に般若が飛び込む、しかし槍を引かずその中途で宝剣を受け止める魔女、突然槍が姿を変える。

 蠢く蛇にからみつかれる剣、それをもぎ取るために蛇を引く魔女、

「つまらぬ魔術を!」

 叫ぶ般若は力を込める。赤紫の石が輝きそして蛇が消える。

「小細工は通用しない?朝日を呼ぶ石め…ならば正攻法で行くか、くらえ!」

 叫ぶ魔女が繰り出す槍、しかしそれは真っ直ぐではない、槍が曲がる。避ける方に、なんとかかわすが堪え切れず飛んで槍の間合いから逃れる。

 笑いを浮かべる魔女、しかしその視線は般若を見ていない、その視線を追って振り返る。

「争いはダメなの!」

 そう叫ぶ少女が廊下を駆けてくる。

「そうか!天使?あれが!あのマリンブルーストーン、そう言うことか!」

 喜悦の笑みを浮かべる魔女は走り来る多舞に槍を構える。

「だめ、止まって!」

 行かせまいとして美津子が多舞に抱きつこうとするが間に合わない、そして構えられた槍は走り来る獲物を突き刺そうと繰り出される。

 しかし繰り出された槍に感じる手応えはない、

獲物は消えた突然に、その虚空に繰り出された穂先を見つめ魔女は呟く、

「消えた…」

 しかし感ずる気配はまだ2つある。

 だが目を凝らすが1つは見えない、その気配を探り目の前にそれを感じる。

 かすかな気配、自分の姿を消す能力者はいる。しかしその大半は闇の中に姿をくらます。そして全ての気配を完全に消す事など出来ない、しかしこの相手は違う、もし今のこの集中が途切れてしまったらもうその気配を感じる事は2度と出来なくなる。完全に姿が消せるのだ。そうなってしまったらもう殺せない、

「まさか天使をかくまっていたとは、だが見つけた。なら私が殺してやる。そんな神の使いなど地獄には必要ない」

 廊下に倒れ込んで蛇の目で睨む般若に笑い向け、その構える為に槍を引く、その時、巨大な鉄塊が飛来して魔女の手から槍を弾き飛ばす。

 屋敷の玄関を破壊する鉄塊、飛びすさって破片を避ける魔女は振り返る。

 赤き眼の大男が牙を剥いて襲い来る。

 その素早すぎる紅き拳が魔女の顔面を目指し振るわれる。

 咄嗟に造り出しは人形、天使の人形、そのスケープゴードを拳が貫き破砕する。

 その少しの隙に魔女は飛ぶ、庭木の上に、そして飛ばされた槍に手をかざす。

 蛇に変化した槍はジャンプして魔女に絡みつく、そして足もとの2人の敵を睨む、

「鬼神め、思ったより早く来たな、あのゾンビや狼も足止めにはならなかったか、そして魔人、あいつも一緒か…さらに般若、そして太陽、今は昼、1人では分が悪い出直すしかないか…」

 そう呟く魔女、それを玄関の中から鬼女の怨霊のような顔の美津子が宝剣を構え、そして鉄塊を引きずり出てくる。そして木上を睨む大男にその鉄塊を差し出す。

 それを手にした大男の姿が一瞬消える。

 魔女の足元が傾き始める。枝に立つその木の幹の根元が消失している。

「!?」

 音もなく破砕された大木、驚愕して魔女は枝から飛んで地面に着地する。

 それに襲いかかるのはヌンチャク、その嵐のような殴打が魔女を襲う、

「そこに降りると言ったじゃろ」

 無表情に武器を振るう少女の後ろのサングラスの子供が得意げに言う、

「おのれ、魔人め、しかしそんな攻撃は私には通用しない」

 いつの間にか仮面を被った魔女、少女の攻撃はダメージを与えていない、そこに別の一撃が襲いかかる。巨大な鉄塊の一撃に仮面が消し飛ぶ、しかしその下に魔女の顔はない、それは変わり身、造られた存在はその意味をなくして消滅する。

「…」

 無言で振り返って李源を睨むリリー、

「いや…予想は完璧じゃった。想定外、それが若干あったもんで…」

 鉄塊を引き戻して辺りを窺う大男、

「奴は何処だ…」

 その疑問の呟きに答えるのは玄関脇に置かれた焼き物の狸、

「フフフフ、無敗の男…天使の所在は確認したわ、その命を必ず貰い受ける。太陽と共にその命を、夜が、明けなき夜が訪れる時間にまた逢いましょう、地獄の夜、楽しみにいていなさい…お前たちを…」

 言葉の途中で破壊される狸の焼き物、宝剣の刃がそれを破砕させる。

 それを見て肩をすくめる大男、そして妻に問いかける。

「あの子は無事か?」

 しかし表情を戻した美津子は首を振る。

「殺されたのか?魔女に、お前は守れなかったのか!」

 思わず高ぶる感情に妻に詰め寄る勝則、その前にリリーが立ちふさがる。そして玄関を指さすと、

「死んでない、いるのあそこ、でもみんな見えない、私もおぼろにしか見えない、泣いている。苦しんでいる。とても強く、恐怖殺される。求める消失、だから無理駄目、姿見るのも話するのも、ここにいない、そうなった自分で」

 説明を求めるように李源に振り返る勝則、物知り顔の子供は笑みを作ると語りだす。

「天使は身の危険にさらされると自動的にこの世から隔絶されてしまうんじゃ、孤独を代償にな、そうなってしまっては誰にも干渉出来ないのじゃ、スカイブルーストーン以外はな、じゃがリリーはそれと家族になった。だからおぼろげにもその姿が見えるのじゃ、じゃが絆が細い、じゃから心が完全に繋がっておらん、じゃから存在が認識出来るだけで干渉はできんのじゃ」

 その言葉に頷く勝則、

「そこにいるんだな、また消えてしまった。それだけなんだな?ならまた姿を現わせばいい、もう敵は去った。安心してもいいんだぞ」

 そう言う勝則にリリーは首を振る。

「無理だめ姿見せられない、拒んでいる世界を、心感じる。助けたい、その思い全てを、でも助けられない心ある。悪魔の心救えない、天使は悲しむ、永遠に、溜った涙海になる」

 その言葉に無言の勝則、その肩が震える。

 そうだ。あの娘は炎の悪魔ですら助けようと飛び出してきたのだ。分けへだてなんてしないのだ。敵とか味方とかそんな風に、それは知っているからか?殺される苦痛と恐怖と悲しみと絶望とを、そして真の孤独の恐ろしさを、ならば殺されようとする者を放っておけない、助けずにいられない、なんて心だ。天使だと?いや、それは女神だ!

 信じられない存在に驚愕する勝則、そんな戦慄が震えとなる。

「真の絶望を望む者を救える者、それがどう言った存在か理解できたか?歪んでいるのじゃ、正逆に、その心は苦しめられた末に歪んだのじゃ、それも両極端にじゃ光を求める極端と暗黒を求める極端へと、その心は磁石の両極のように反発し合う、だから受け入れられないのじゃ相手を、光は闇を照らし出そうとする。闇は影を求める。どうする?どちらを求める最強の男、どちらを信じ道となす?」

 次第に治まっていく振るえ、そして棍棒を握りしめ勝則は言う、

「光?暗黒?そんなものは関係ない、俺が救いたいのはこの世界、皆が笑ってうまい飯が食える世界、それを奪うものは全て敵、ならば戦おう、この最強の称号に恥じない戦い、それが俺の全て、救うのならば協力してやる。力は天使に捧げた。ならば鬼神となり力を振るおう、それが俺の思い、その未来を求める心に答えるのみ」

 サングラスの子供はその言葉に笑みを浮かべて、

「ならば仕切り直しと行こうか、天使はリリーに見させて、まずは昼飯じゃ、もう正午をとっくに過ぎておるぞい、腹ごしらえのあとは移動じゃ、安全な場所などどこにもないがここにいるよりましな場所に移動するんじゃ、それも夜が来る前にじゃ、あ奴らの支配する世界、それが届かぬ場所を探して、それでよいなら、お主はよう飯を作れ、わしは腹が減って死にそうじゃわい」

 李源に指差された美津子は笑みを浮かべて、

「遠慮のない餓鬼ね、いいわ、たらふく食わせてあげる。そしてあんたの理由を聞かせて、私にはミィラに見えるその理由を」

 そう告げて美津子は奥に消える。

「ミィラか?確かにそうじゃ、千年の意思には誤魔化せんか、呪いの伝統を継ぐ女か…しかしお主の娘は鬼にはならなんだ。そんな伝統は潰えるのじゃ、次に宝剣を握る者はない、その千年の呪いの終止符、それは世界の終りの為か、それとも…」

 李源が見つめるのは空、それは青く澄んで何処までも高い、終わりなき世界を感じさせる。

「答えが出るのはもうすぐじゃ、その解答を得るために自分の答えを望む者達が争い合い方程式を書き換えるのじゃ、無限の可能性の中の1つに…」

 白い雪はほとんどが溶けて消えさり、そして暖かな日差しの穏やかな日、あの寒さを耐え忍んだ心を和ませるのか?忘れられる過去、しかしそれは繋がるのだ。未来に、無限の式が織りなす未来、その全ての解答は決まってしまったのか?流砂の石は答えを出さない、解答を求めて流れる。そんな未来にまだ答えはない、その流れる砂は未来を予想するだけだ。流れる先を決めるだけ。

「予言…それはどうすれば出来るのじゃろう…」

 呟く李源は1人の女性を思い出す。

 赤石珠恵、あの預言者と言われた女性を、

「ありがとう貴方は優しいのね、でもここでは私は死ねないの、その生きる意味、それを持っていて、そしてそれを知っているの、貴方は全てが見えるようだけど、でもそれが全てではないの、全ての同じ意思なんてない、だから未来は普遍、移り変わると信じているの、そうでなければやってられない!この戦いの敗北も知っていた。この国はは負けると知っていた。だからみんな逃げだすのよこの大陸から、でも私は逃げない、その必要がないと知っているから、あれを見て、飛行機よ、私を救う為だけに送られたの、兵隊も来るわ、だから逃げて、大丈夫、貴方には未来がある…でもそれは…未来をよろしく…だからさよなら…ありがとう、娘とそして孫をお願いします」

 そう告げた若い?まだ子供の女性は飛行場を目指して歩き始める。

 李源は知っている。この女性がストーンマザーであり預言者であることも、だから聞きたかった。自分の望む未来があるのかを、だから声を出してその背中に問いかける。

 振り向いた顔は笑顔で、そして、

「信じなさい光を、闇に掬われる私もそれを信じています。そうなれば願いは叶えられる。希望は常に光だと教えられたのは世界中の人達、貴方の願い、その実現不可能な願いも受け入れられる。その光を信じるなら、ならその時まで待ちなさい、永遠ではない時間を、それを頼みます」

 そう告げて頭を下げて立ち去る幼女、3機の軍用機から降りてきた兵隊達がその姿を取り囲む、そこに現れるのは隻眼の少年、それは寒さの支配者、その娘と言葉を交わしてこちらを見る。

 見つめる瞳、畏怖の表情、その気配を察知して構えられる兵隊達の銃、しかしその少年は手を振るとその構えを解き、自分に対して頭を下げる。深々と、そして娘を誘い飛行機に乗せる。

 そして飛び立つ3機の軍用機、しかし襲い来る軍隊の砲撃に2機が撃墜される。その光景を目に刻み、そして李源はおのれの封印を決意する。

 その未来は訪れる。明日が、1時間後が、1分後が、1秒後が、その全て未来なのだ。ならば知る必要などない、その訪れる未来は変えられない、だから求める未来がるまで何もしなくてもいいのだ。

 砲撃と銃撃の音、飛行場は陥落する。しかし歩く李源にはもう関係ない、あとは眠る場所を求めるだけだ。そうして60年以上の眠りについた。

 だからミィラ、そう呼ばれても不思議のない500年を生きたおのれ、いや、生かされた存在の終止符を願う、あの暗黒の接点に選ばれた男はおのれの存在を否定するのだ。

 それはあってはならない存在だからだ。



「どうやってここに入って来た?」

 そう尋ねる咲石に笑みを崩さず紳士が告げる。

「ああ、ナースを使いに出しただろ、彼女がドアを開いた時にお邪魔した。入るなと告げる強い抵抗を感じたが別にどうって事ない、すんなり入れたよ、君の力など問題ない、私は呼ばれたのだからね、虹の石に」

 その言葉に不快に首を振って咲石は、

「何しに来た?悪魔の統領、この聖域に踏み込んで来て踏みにじる気か?それとも…目的はやはり虹、希一郎を殺しに来たのか?ストーンサークルの5大幹部の1人、ダークレットストーン、この聖域に踏み込みし大悪魔、ここから出て行け!」

 そう叫んで指差す悪魔を、しかしその命令は受け入れられない、ますますV字は大きくなる。

「過去を変えているのだよ、干渉された力を無効と書き換える。その結果、何者にも干渉されない私がいる。無駄だよ、君の聖域は私には通用しない、誰も私に命令など出来ない、屈辱かな?チェリーブロッサムストーン、しかし私は争うために来たのではない、救いに来たのだ。その少年を、彼が求める希望に答える為に、呼ばれたからね、王は求めたのだ。暗い、暗黒が混ざる石達を、ならば望を叶えよう、世界の破滅、その訪れの手助けをしよう、扉を開く者になろう」

 歪む笑顔、それは今は心から笑っている証、その苦しめる快感に喜悦が溢れる。

「そんな事を黙って見過ごせるか!希望があると信じる者は大勢いる。俺に希望を寄せてきた多くの者達、その叶えられた希望を力に大きくなる聖域、なめるな!ここの神は俺だ!お前の好きにされてたまるか、抵抗する力はある。そのネジ曲がった心を矯正してやる。くらえ!懺悔の幻影を、自分のしてきた悪事を思い知れ!」

 叫ぶ咲石の掲げた桜色の石が輝き、その光が悪魔を包み込む、

「ほーっ、幻影…確かに、見える私が、犯罪組織に殺された友人達の死体、その中で震える私、銃を構える男はそれをしまうとナイフを取り出す。残された私を弄んで、そうして切り刻んで殺す気だ。楽しむために、悪鬼の目をした男は私ににじりよる…それは絶望の瞬間、そうして力を得る。最初の力を、それは抵抗力、どんな力にも耐える不屈の力、だから私にどんな攻撃をしても無駄だ。切り刻まれても抵抗できた。そうして銃を奪い撃ち殺してやったのだ。私に牙を剥く者は自らの牙で死ぬ、やめたまえ、無駄な事はね、死にたくないのなら」

 微笑む悪魔、この苦しみの幻影をものともせずに、

 効果のない力、強大な存在に打ち勝てない、焦る咲石、その時、

「あんたは悪魔か?」

 今まで黙って2人の様子を見つめていた希一郎が紳士に尋ねる。

「そうだとも、この世に恐怖を、苦しみを、憎しみを、悲しみを、恨みを、痛みを、絶望を、それらを全てに求める存在だ。ストーンサークル、その組織のナンバー4、ダークレットストーン、お見知りおきを虹色の王よ、あなたに呼ばれたからここに来た。御用があれば何なりと」

 そう言って頭を下げる悪魔、その纏われた桜色の光が赤黒く変色する。

「くっ!…」

 絶句する咲石、力が食われる。変質される。この悪魔のエネルギーにと、

「お前が悪魔なら俺を今まで苦しめていたのはお前か?この地獄の世界に俺を落としたのはお前の仕業か?」

 そう言われても微笑みを崩さない悪魔、そして首を振ると、

「それは違うよこの世はまだ地獄じゃない、ある者は天国と思い、ある者は地獄と感じる。なぜなら不公平な世界だからだよ、生きる者、その全てが公平だと言い切れるかね?誰もそう言えない、それは力がそれぞれ違うからだ。生まれてすぐ死ぬ命と100年を生きる命、それが同じ人間だとしたら、どこに違いがあったのか?運、そんなものではないのだ。存在を望む意思がその大きさが違ったのだ。弱い小さな意思は飲み込まれて消えていく、儚く、苦しみだけを与えられて、それはもう存在したくないと思わせる暗黒の意思の干渉、もう存在を望むなと警告しているのだ。君がこの世を地獄と感じるのなら弱いのだ。でもそれは別の意味で強いと言える。なぜなら悪魔にとって地獄こそが天国、だから全ての者に公平な苦しみを与えてやりたいのだよ、だからこの世を真の地獄に変えたいと、そう思うのだよ」

 悪魔の言葉、そこに感じたのは弱いのはお前のせい、だから地獄に居ると言う事、それは理不尽な言葉、全てが公平でない世界、それはなぜか歪んで感じられて、だから憤りを覚えて、

「ふざけるな!弱いのはお前のせいだと?地獄にいるのも俺のせい?いつ誰が決めたんだ!そんな決まりを!美希子が死ぬのも弱いせいか?強い奴っていったい誰だ。そいつには勝てないのか?俺は永遠に弱いのか?」

 叫ぶ疑問を、こんな世界への疑問を、

「君を苦しめる存在は全て君より強い、だからこう言ってもいいだろう、君は世界で1番弱いと」

「なっ……」

 告げられた驚愕の言葉、その悪魔の言葉に絶句する希一郎、

「最弱であるが故に王、皮肉だね、君が1番弱いと存在だと認めたのだ。その虹の石は真の王者が現れる日をずっと待っていた。世界で1番弱い者が現れるのを、それを握ったからにはもう手放せない、だから最弱の少年よその石に何を願うかな?」

 つり上がる唇の両端、そこには満面の微笑みの悪魔が、

「な…なんの事だ?石?これか…これが何に関係している?弱いことに?いったいどうなっているんだ?何が起こっているんだ?わからない?俺は何なんだ!」

 手にした石を見つめて叫ぶ希一郎、告げられたのは真実だとわかる。そしてこの世界の全てが見えなくなる。

「望んだのは君だ。呼んだのも君だ。世界の命運は最弱の男の手にあるのだ。それをどうするかは思いのままだ。だから王、世界の王、世界の苦しみを望むのかそれとも、もし苦しみを望むなら手助けする。それが私の役目だからね」

 顔を上げてそして悪魔を見つめる希一郎、

「苦しみ?」

 目を光らせてそう質問する。

「そう苦しみ、この世界のだ。その力が君にある。君を苦しめる存在達を全て苦しめられる。私達がそれを演出してあげよう、君の地獄を変えられる。天国に、その為には願えばいいその石に、差し出す代償と共に」

「代償?」

「そう、全ての者の絶望を願いそれを差し出す。実に簡単だ。ならばこの地獄の世界が天国に変わるのだ」

 しばらく無言で考えて希一郎は、

「美希子は助けられるのか?この地獄から解放してやれるのか?どうなんだ?」

 しかし微笑む悪魔は首を振り、

「君と、そうしてもう絶望しない存在だけしか苦しみから解放されない、世界は小さくなるのだ。そして大きくも」

 その言葉に拳を握りしめる希一郎、救えない、何があっても、そして悪魔を睨むと、

「ならお前なんか必要ない、そう苦しみは望んではいるさ、でもそれは全てを失ってからでいい、今はまだ生きているんだ。失えない者が、だからまだお前の出番じゃない、今は別に用はない、だから帰れ、もうどうでもいい」

 そう言うと部屋から出るために歩き出す。

「待て少年、美希子とは?何にこだわっている。私を呼んだのではないのか?どうして望まない、苦しみを…おい!待て」

 ドアを開けて廊下を歩こうとする希一郎、それと入れ違いにナースが入ってくる。

「ただいま~買ってきゃしたぜ、お握り、お茶、それにカップ麺、昼飯ですよ~あれ?キーちゃんちょっと待って」

 出て行く希一郎に声をかける。その時、

「美世!結界解除だ。この聖域を解く、その男は敵だ。悪魔だ。全てに抵抗できる存在だ。だから思い知らせてやれるぞ、全てを責める魔女よ喜べ」

その言葉に白人の中年の紳士を見つめる美世は微笑むと、突然ナース服を脱ぎだして、そしてその下には革のバンテージ、女王様が出現する。

「結界を解いた。好きにしろ!」

 そこはビルの屋上、5階建てビルの、だから何もない、コンクリートの床があるだけ、人が4人と悪魔が1人そこにいるだけ、冬の寒空の下のその空間、女王様が鞭を手に悪魔ににじり寄る。

「あんた痛いの好き?かわいがって欲しい?この豚野郎!これでもくらえ!」

 ふるわれる鞭、それに干渉しようとして愕然とする悪魔、

「求めているだと!?私が…」

 打たれる鞭の痛み、耐えられる。いや、それはなぜか快感で体を喜びが駆け抜ける。

「な、これは?一体?」

 振われる鞭に快感を覚えながら悪魔が呟く、

「受け身の者は捕らわれる。彼女の呪いに、苦痛を取り除くことが仕事の看護師が求めた呪いは苦しみを与える事、苦しめたい人を自分の手で、だからこいつは女王になった。Sの女王に」

 ステッキを振り上げ飛来する鞭を払いのける悪魔、それに打たれたい衝動を必死で堪える。

「人の心の隙を突く者、魔女か?お前は、呪術に長けし呪われた存在、お前の手品などにこの俺が惑わされるか、抵抗する事が俺の存在理由、なめるな!」

 しかしそんな言葉を全て無視して美世は何かを取り出して構える。

「突き刺してあげる。痛い所を、神経の壺を、痛さに悲鳴を上げるの、ショックで死んだ男もいたわ、耐えられる?痛いわよ~でも欲しいでしょ、あんたは豚野郎だから」

 鋭く尖った長い針、それを構えて女王がにじり寄る。

 突き刺さる針を想像して悪魔は無性にそれが欲しくなる。その痛み、いや快感が体験したい、その痛みにどこまで耐えられるのかを試してみたい、

 ピンクの髪の魔女は針を構えてにじり寄る。選択を迫られ冷汗が流れる。

「ダークイエローストーン!このビルを爆破しろ!一時退却だ。総員撤収!」

 突然そう叫ぶ悪魔の輪郭がぼやけて消える。

「やばい!逃げやがった。美世!簡易結界を張る。こっちに希一郎と美希子を連れてこい、急げ!」

 叫ぶ咲石の言葉に素早く動く美世はコンクリートに横たわる美希子を抱え、そして、

「早く先生の所へ!」

 希一郎にそう告げて走り出す。

「まて!美希子を何処に連れて行くんだ?」

 慌ててその後を追う希一郎、その時辺りに爆発音が響き渡る。ワンテンポ遅れて振動と衝撃、脚元のコンクリートが崩壊する。

 桜色の光に包まれて目にする光景は崩壊していくビルの姿、その内側からその光景を見つめる。

歪み折れる鉄骨、崩壊するコンクリートの壁、瓦礫と化して下に向い落ちて行く、その中に呑み込まれる4人、しかし結界が崩壊の衝撃を防御する。

 粉煙で見えなくなった風景、その崩壊の光景に咲石が呟く、

「聖域は完全に失われた。また創り出すまでは、その時間はないが…」

 もうこの世界に聖域は存在しない、全てが地獄だ。そう感じるのなら、薄れる粉じんの世界、その光景は地獄そのものだ。

 瓦礫が積み上がる破壊の後の世界、このビルだけでなくこの一角の建物全てが瓦礫と化している。

 呻き声、助けを求める叫び、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっている。

 その光景を食い入るように見つめる希一郎、求める世界、その光景に戦慄する。

 美世に抱えられた美希子、いつの間にか目を覚ましている。

「寂しい光景ね、お兄ちゃん」

 辺りを見つめて、そして背中を向ける兄に話しかける。

 感電したように体を震わせる希一郎、振り返れない、もし妹が笑っていたら…なぜかそれが恐ろしい、地獄を見て笑える存在が恐ろしくなる。

「いい景色だ。寂しくなんてない、楽しい光景だ。違うか美希子?復讐した気になれないか?」

 振り返らずそう告げる声、なぜか否定する返事が聞きたい、

「これをお兄ちゃんが望むのなら…楽しいのかな?復讐?そうね、そう感じるのなら」

 その返事にもう我慢できずに振り返る希一郎、そこには泣きも笑いも怒りもしない、無表情な妹の顔が自分を見つめている。

 その見つめられる瞳、そこには何の感情も映し出していない、だから感じられるものは何もない、

「な…どうして?なぜそんな顔で俺を見つめる。美希子!」

 その視線に耐えられずに思わず叫ぶ希一郎、

「私の世界の終わりはもうすぐ訪れる。でもこんな風に全てが壊れる終わりは嫌なの、私が生まれた世界、その未来を信じて消えていきたいの」

 悲しめない、怒れない心は無感情にそう告げる。悲しむ振りも怒る振りもすることは出来る。でも、たぶん今は真に悲しいのだ。悲しめない心が波のようにざわついている。だからどんな表情も浮かべられない、だから演技で兄を安心させる余裕はない、

「この世界がお前に何をしてくれた?苦しめられただけじゃないか?なのに、どうしてお前はこんな世界の未来を願うんだ」

 無感情な瞳、それが優しい色に変わる。

「これからあなたが生きていく世界だから」

 その言葉に希一郎は何も言えない、答えられない、何も否定できなくなって、そして崩壊した世界の一部を見つめる。

 阿鼻叫喚の地獄絵図、苦しむ者の呻き、悲鳴、怒声、それが交錯して、そして立ち上がる炎がそれを飲み込もうとする。

 生きることを否定する世界、自分の理不尽を呪いそれを望んだ。そして一部だがその光景を目にして喜んだ。その心が急激に萎えて行く、これ以上存続する事を望まない世界をその存続を妹が望んだから、だから自らそれを破壊することはできない、もう出来ない、美希子の意思には反対できない、逆らえない、何よりも尊重するべき意思だから、

「憎しまないで、呪わないで、この世界を望んだのはあなた、ここに存在することを、だから世界を救って、存在する全ての者に希望を与えて、全ての絶望なんて望まないで希望に変えて、その力を掴んだのだから、あなたは…だから神にも悪魔にも成れる…でも多分それは自分では選択できない、争い合う勢力がそれを決める。だからあなたは光を求めて…それが私の願い…」

 そう告げると美希子は意識を失う、無言でその顔を見つめる希一郎、

「お前に説明する必要がある。なぜこんな事になっているのか、その真実を、俺が知っている事はその真実の一部だけだが…しかしこの状況は説明できる。とにかくここから移動しよう、知り合いが社長を務める会社がある。その男は信用できる奴だ。組織を敵視しているからな、だから今からそこに向かおう、美世、車を用意してくれ、美希子は預かろう、この騒ぎが大きいうちにここから退散する」

 そう言って美世から美希子を受け取るとそれを傍らに寝かせ咲石は希一郎を見つめる。

「何が起こっているかを知っているのか?」

 そう尋ねる瞳は虹のように煌いている。

「ああ、全ての意思、全ての色が渦巻く世界、その中心はお前だ」

 しかしそう告げられ、そして指差され言葉を失う、何が自分をそうさせた?その答えが真実なのか?急にそれを告げられるのが恐ろしくなる。

 急に曇る瞳に肩をすくめる咲石、

 その時、白い緊急車両が目の前に停車する。

「調達完了、そこに置いてあったの~法定速度を守らないで走れるの~便利でしょ、簡単な治療も出来るの~えっへん、美世は偉いの~先生褒めて~」

 運転席の窓からそう告げる美世に今度は肩をすくめる。

「乗っていた者をこの車が必要な状態に変えたな…魔女め…まあいい、この車を仮の聖域に変えよう、小さな世界だが、乗り込むぞ、希一郎、そして行くぞ、望まぬ世界の運命の果てに」

 美希子を抱えた咲石が救急車に乗り込む、その後ろを躊躇ったのち希一郎が続く、

「なら行くの~発進!」

 サイレンを鳴らして緊急車両が走り始める。

 緊急事態が発生したコールを響かせて、それは誰の緊急事態か?

 崩壊した現場を見つめていた何も知らぬ人達は不吉な物としてその車を見つめる。

 それは助けを求める象徴、自分には関係ない、関係したくない存在の1つなのだ。

 しかしその中には自分たちの運命を左右する存在が乗っているのだ。

 それに気づくはずのない人達は助けたい意思に無言で車に道を開ける。

 緩和された障害に車は速度を上げる。

 向かう先、そこには何が待ち構える。それはこの車を通した人々の意思に答えられるのか?

 破滅への扉を乗せた車は地獄の光景を後にする。

 誰かが望めば全てがそうなるその場所を。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ