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ミラクルストーンⅡ  作者: 北石 計時朗
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地獄の世界

2 地獄の世界


 降りしきる雪の中でも世界は変わらない、別に変えようとしない、

 光煌くそこは現場、地中の現場、そこは終夜工事のの音が響き渡る。


「石橋君、働きたいと言っても君の年齢では夜勤は無理なんだ。この市の条例で労働基準法、そこに書かれているからね、だから明日また来てくれたら…それなら昼勤で使ってあげる」

 そう告げて現場監督は微笑んで希一郎の肩を叩く、

「関係ないでしょう、そんな法律は俺は後20日後に18歳になれる。12月25日に、だからもう法律に縛られないとそう思うんだ。だから使ってもらえなくても今働きたいんだ。そうして金を得たいんだ。家族のために」

 しかし微笑む現場監督は財布を取り出し、そして紙幣を取り出す。

「これは前払いの賃金だ。明日になったら朝から働いてもらおう、その賃金だ」

 渡される高額紙幣、それを見つめる希一郎、しかしそれを投げ捨てる。

「まだ働いていないのに受け取れない、明日の事はわからないし俺が働けない、その事態が起こるかも知れない、信用で、いや、それ以外の感情…そんな物は不要だ。必要ないんだ。そんな人の情けは、だから結果でしか俺は得られない、金銭を、そんな前払いは受け取れない、俺は信じてくれたあんたを裏切る事ができないんだ!」

 そう告げる希一郎を微笑んだままを見つめる現場監督、

「信じられる。それは知っているからだ。君というその存在を、でも君は逆に否定するのか?そんな存在達の全てを、その君のために何とかしたい、そう思う全ての者を」

 その言葉に希一郎が見つめるのは投げ捨てた紙幣、

「わかった!あんたの為に働いてやる。俺にもあんたにも明日が来ればな、そして人の10倍も働いてやる。それなら受け取れるさ、この金を!」

 拾い上げようとする紙幣、それを頬笑みで見つめた現場監督は財布を希一郎手渡す。

「10倍?いやそれは必要ない、なぜなら私の為の力は君が今握っているのだ。万倍以上、いや、それはもう単位には出来ない、その力を、それを信じる皆は願っているのだ。それは金なんかでそれは得られない、だから遠慮しないで持っていきなさい、こんな物は私にはもうすぐ必要なくなるから、だから頑張れ!」

 しかしその言葉を最後まで聞かず、その手にした財布を睨んで歩み去る希一郎、その姿が階段を昇って消えるまで微笑んで見つめる現場監督、

「法律なんか関係ない、彼に託したのだ未来を、その見えた未来、消えさる運命、それは自分だけでいいのに…」

 その物想いの呟きをかき消す騒音が突然発生する。

「白石部長!問題発生、すぐ来て下さい」

 工事現場の騒音以上のアナウンスがスピーカーから流れる。

「問題?それは何の?誰の?誰たちの?それは歩み去った。まだ解決されないまま、それが真の問題だ。しかし解答は誰も出来ない、その解決も、もちろん俺も、もう今から消え去るのだから…」

 そう呟く白石は懐から何か取り出す。

 それはもっとも弱い石、白い儚い、でも描くことの出来る石、

 白石がその石に望んだ奇跡は見ること、自分の運命の先を、一週間内の録画予約のように望んだ未来の時間、その光景が映し出される。

 しかしもう何も映しださない、キャンパスストーン、そう呼ばれる多数の白い石の最低位の石を見つめて白石は、

「白に描くのには色がいる。多色、いいや全ての色がそれを描く、そして彼がその絵の具になる。たぶん筆は全ての石達、そこにどういう絵を描くか、それは地獄の女王が決めるのか?それとも魔王か…」

 また催促のアナウンスが現場に響く、

 白石は無言で掲げられた自分の会社の旗を見つめる。

 岩城コーポレーションの社旗、ダイヤモンド形に描かれた5つの赤い石が黒い石を取り囲む旗を、その模様の下地は白、それは全てに染まり全てを隠す。そんな色だ。

 しかしそれはある秘密結社のシンボルマークでもある。

「あれを報告するのか、俺は?…そうしてまた奴らの牛耳る世界の下僕になり下がるのか、いやもう嫌だ。全ての色は景色を、光景を、それを世界を描き出す。それは赤と黒のみで描ききれないだろ、この世界の全てを、それを無理やり描いても地獄の世界にしか見えない…だからこれ以上はもう貴様らには関っていられない、ストーンサークル、それの辿り着く先は赤くも黒くもない」

石で垣間見た光景と同じ行動、白石は事務所に入り内線を取る。そうしてもう知っている未来の先を告げる呼び出し音に答える。

「部長!大変です。ガスが、大量のガスが発生しました。成分は燃焼系でメタンガスです。それは拡散して地下鉄の工事現場に充満しています…どうしますか?」

 受話器を握って白石は笑う、

「ははははっ、おまえ何のんびり電話しているんだ。逃げろ、急いで、死んでもいいのか?総員退去だ。引火したら消し飛ぶぞ」

 電話の向こうからもう返答はない、

 工事の音は止んでいる。その警報のサイレンに皆は地上を目指して階段を駆け上がる。

 白石はもう一度会社の旗を睨んで見つめ、

「ファイヤーストーン、あいつが望んだのか、この炎を、全てを焼き尽くすきっかけを、今から起きる悲劇を奴が創り出したのか?俺はかけがえのない妻と子供、そして多くの友人達、その全てを失うのか?消滅するから…ならその悲劇を、いいやお前らが創り出す全ての悲劇を記録してやる。教えるのだ。これを見た者に、それなら消滅してやれる。俺は無に還ってやる。だから俺の最後の希望を聞き届けてくれ」

 絶望を心に石を握る白石、その姿が白光に包まれて、そして閃光と轟音、爆発が生じる。

 それに呑み込まれる白石は石を握りしめ消滅する。

 爆炎、それは全てを焼き尽くす。

 その圧倒的力で全てを灰塵に変えようとする。

 そんな炎を身に纏う男がいる。

 微笑む青年、その燃え盛る炎を意に介せず、この悲劇の工事現場を悠然と歩いて行く、

「虹の匂いがした物、それがこれか?」

 見つめるのは白い石、それは最低の力しかない、でもそれは世界の石、これから描かれる世界の石だ。

 白石の最後の希望が白い石に映し出される。

 そこに炎を纏う青年の姿がそこにある。

「なるほど…これがモニターか、あの占い師め言うことは正確だな、なら天使がいる場所、そこを目指すならあとナビが必要だけど、それは血色の一族の最後の1人がいるか…なら大丈夫だ必ず見つけ出してやる。天使と、そして虹の石を持つ者を、そして僕が望む世界、それを創ってやる。そうだ。全てが焼かれる劫火の世界を」

 掴みあげる白い石、そこに映し出された世界、それは白い雪の世界、地上は寒さに凍える世界、しかし炎を纏う青年はそんなものは関係ない、

 炎が噴き出す階段を上り緊急車両が鳴き叫ぶ地上、そこに立つ青年、その顔に自然と微笑みが漏れる。

 降りしきる雪は青年には触れられない、それは蒸発して消えていく、

「いい天気だ。火照った体を冷やしてくれる。あの赤石の白銀の石は求めたんだな、この最後の世界が訪れる。その隠蔽を、ははははっ、でも護摩かせられないんだ。その世界はここに映し出されているんだ。その全てが、見えるぞ、お前がいる場所が、朱色の石、赤とは呼べないオレンジの石よ、後はお前がいたら天使のゆくえがわかるのだ。今からそこに行く、だから待っていろよ」

 微笑む青年は雪夜に姿をくらませる。

 全ての穴から炎吹き出す工事現場、もう生きている者は誰もいない、

 そうして真の地獄の世界の始まりが訪れる。

 それを望んだ者の世界が変わる。



 長い石段を上った先、そこは宗教的建造物が立ち並ぶ、神社、そう呼ばれるこの国の宗教施設、しかし彼は参拝するために訪れたのではない、信じる神は自分だけ、そう言った思想の持ち主だから、

 青年は明かりが燈る建物に歩み寄る。

 木の札に墨で社務所と書かれた建物に、

 そして開けようと手を伸ばす扉、それが内側から開かれる。

 そこには自分を見つめる2つの瞳、巫女装束の少女が無言で自分を見つめている。

「夜分に失礼、僕の事はわかるよね、何をしに来たのかも、だから率直に言うよ、協力しろ、拒めば殺す。以上だ。回答は?」

 少女の開かれた両目、それは紅く妖しく揺らめく、そして凍りついた笑みを浮かべる。

「知っているわ破滅の事は、断片的だけどわかる。でも、あんたは扉が開かれる事を望んでいるのになのにどうして魔王の言いなりになって動いているの?でもあんたが全てを焼き尽くしたいと望むのなら協力してあげる。この世界の空が朱に染まる。そんな光景を見てみたいから」

 青い目の青年は満足そうに微笑んで、そして、

「赤石希恵よ、ならば天使の居場所を探すのだ。それを見つけ出して抹殺する。それを阻止する者がいなければ扉が開く、永遠にだ。そうなれば望んだ世界が訪れるのだ」

 しかしその会話に割って入る者がいる。

「まて!炎の石よ!地獄の業火に焼き尽くされるのはお前も同じゃぞ、その何もない無の到来、それが真に魔王の望むこと、奴はそこに創り出そうとしているのだ。絶望によって集めた力で新たな世界を、自分が真の支配者になれる地獄の世界を、貴様は誑かされているだけだ。だから目を覚ませ!」

 そう叫ぶのは奥から出てきた老人、白髪、白鬚、白装束の神衣、その右目の眼帯だけが黒い色を醸し出す。

「スノーストーン、白銀の石か…しかし御老体、君がこの世界に雪を呼んだのか?事の進行を停滞させるためにか?だがそんな力は時間稼ぎにもならないぞ、そんな白い石の力なんて無意味なんだ。僕が焼き尽くせば白い紙など色をなさない塵と化す。こんな雪なんて蒸発して微塵も残らない、その業火の後の世界に色はない、それでも抵抗するのか?5石の次席のこの僕に、こんな雪のように蒸発して消えさるか?地獄が訪れる前に無に還りたいか、それともあの虹が求める絶望の1つとなるのか?」

 そう言い放つ青年をしばらく無言で見つめる老人、やがて、

「マイケル、あの女王の意思はお前も感じたじゃろう?もう石達は動き始めている。そうじゃ、自分たちが求める物のために、それは無から来た意志達じゃ、あんな人間が創り出した集められた意志とは力が違う、いずれ魔王は敗れるのじゃ、その未来は決まっている。だが魔王の息子、それがいるのじゃ、奴は…周到じゃ、貴様が創り出す燃え盛る炎も何もなくては燃やす事は出来ない、貴様でも暗黒を燃やせないじゃろう?だから世界を消し去る存在はお前ではない、しかしそんな中で蠢きたいのなら、我が孫を、この朱色の魔女を連れて行けばいい、それは赤いと呼ばれなかった最後の赤い石、黄色の混ざったその色は、それでもこの国では神聖な色、その朱色の石は火に染まる。だからお似合いの2人じゃ…」

 無言でそれを聞くマイケル、そして思わず拳を握る。

「最強…それは単に石のランクじゃない!最悪の石にも暗黒の石にでも僕は勝って見せるさ、その力はあるんだ。この僕はナンバー3、でもナンバー1もナンバー2も今はいないんだ。だから最強、そう呼ばれるべき存在なんだ。それを証明してやる。いくぞ!希恵、あの天使を探すのだ。この運命を変えてやる。この手でな、そして最後に全てを焼き尽くしてやる」

 その青い目を炎の色に変えた青年は少女を連れて建物を後にする。

 やがて雪は降りやみ、そうして雲の切れ目から真円に近づく月が見え隠れする。

 スノーストーンと呼ばれた男、赤石銀二はしばらく無言で月光に煌く白銀の世界を見つめる。

 地獄の世界、それを求める悪魔達は世界に蠢く、かつて希願者同士が世界の覇権を争った。あの闘争と混迷の時代が再来するのか、それとも真の破滅が訪れるのか?銀の石の預言者はもういない、あの自分の妹は、そして、その力を僅かに引き継いだその一族の血を継ぎし我が孫は、あの大悪魔の1人に連れて行かれた。

 赤石の他の一族の女性達は消息不明、あの魔王の企みに巻き込まれたのだ。

 世界で何が起こっているのか、もうその真実はわからない、預言の力のない男の自分に出来る事はもはやない、

「消えさるべきは全てを見届けてからか?…」

 孫が告げた断片的な出来事、それを繋げて予測した世界はもう見えない、もはや神に祈る事しかする事がない、

 赤石銀二は祈祷のため雪を踏んで岩屋に向かう、古に奇跡の石が齎されたという伝説の岩屋を、

 あの暗黒の石を妹が得たそこでなら今は無にいる女王の意思が聞こえるかもしれないから、

 やがて凍りついた世界は静かに溶解し始める。

 この強烈な寒波は去り、次第に停滞を解いてゆく、そして新たな日が昇ろうとしている。

 復活した太陽の石と共に、それは明日を照らし出そうとする。

 やはり止められないのだ。時は、それは誰の力でも、

 その運命の1つは我が力で演出した。この大雪を呼んだのだ。あの虹を輝かせるために必要だと孫が告げたから、その訪れる破滅を止められる可能性があると告げるから、

 しかしこの運命に加担した先の未来はもうわからない、

 静かに岩屋に籠もり祈る老人は冬の寒さを気にしない、寒さを作り出す存在なのだから、

 しかし岩屋には風が吹きこんで来てそれが老人を凍えさせる。

 それは無から来る嘘空の風だから。

 無との接点、その隙間から全ての存在を否定する凍えるような隙間風が吹き込んでくる。



 降り止む雪、その空を見つめてリリーが微笑む、

「超爺ちゃん、雪が止んだの、月奇麗、光が懐かしいの、もう寒いない、暖かいの」

 サングラスの子供が月を眺めて微笑んで、

「あの光は太陽光が反射した物じゃ、だからお前にはエネルギーのように感じられるじゃろ、でも今は優しい陽光も厳しく容赦なく照りつける時もあるんじゃ、その気になればお前一人で世界を滅ぼす事も出来るのじゃ、強い力を望んだらな、海を日上がらせる事も出来るかもしれん、そうなれば空は赤に染まるのじゃ、火星のように…ところで李璃よ、その超爺ちゃん、それなんとかならんか?この格好で爺ちゃんはあるまい、しかも超とは何じゃ?じじいを超えた存在とは?そう呼ばれても納得出来んわ」

 リリーは李源の顔を見つめて、そして首を傾げると、

「爺ちゃんの爺ちゃんの爺ちゃんなのそのまた爺ちゃんなの、超えるの、遡る。爺ちゃんを、超つくは当然、おかしいか?」

 そう言って微笑む、

「ああっ!お前の理論は理解してやる。じゃが名前で呼べ、わしは李源じゃ、そう呼んでくれ」

 しかしリリーはさらに微笑むと、

「李源は変、威厳がありすぎ、偉そうなの、姿、子供なの、愛称で呼ぶが正しい、だからゲン、そう呼ぶの」

「……」

 無言でリリーの顔を見つめる李源、やがて頭を抱えて、

「ああ、もういいそう呼べばいいのじゃ、ゲンでもケンでもカンでもキンでも好きにしろ、じじいと呼ばれるよりはましじゃ!」

 そう叫んで妥協するが、

「現券換金、そう呼んでもいい、今言った。超爺ちゃんは今から現券換金、いいかそれ?」

 思わず突っ込めなくなった状況に言葉を失う李源、

 しばらくして頭を下げて、

「すまん、ゲンでいい、そう呼んでくれ…」

 そう子孫の娘に哀願する。

「リリーはゲンと呼ぶ、友達みたいでいい、楽しいの、だからないの遠慮、仲間なの、家族なの、家族増えるがいい、みんな名まえ呼ぶ時ない遠慮、素敵なの」

 その言葉に無言の李源、突然世界の何かを感じてそして右目で見る。

 絶望した男が娘に力を与える。その様子が見えてくる。

「石の力で力を与えられるのは繋がりの強い血縁のみ、李徳め、知っていたか…」

 そしてもう片方のの目で燃え盛る工事現場を見つめる。

「焔の石め動き出しよった。目的は天使の抹殺か?愚かな奴じゃ、燃料がなければ火は燃えん、なぜ気づかぬ、そんな単純な事に、燃やす者が無くなれば最後に燃えるのは自分じゃ、だから決して支配者にはなれぬ、その力では焼滅させる力はやがて己をも消滅させる。愚か者め、蠢く悪魔共の1人め」

 雲が切れていつの間にか星空に変わった空に呟いても李源は今を見るしか出来ない、その起きた事の現実を見るしか出来ない、その事象に干渉出来る制限がある。導くことを託されたのは2人の少女、その運命としか関れない、

 そんな月を眺める少女の手を握り李源が言う、

「行こうか、じゃが天使は今この世界にはいないのじゃ、いや、いるんじゃが、いないのじゃ、見事に姿を消しておる。少しでも心が繋がればお前には見えるのじゃが…やはり先にスカイブルーストーンに会いにいくしかないか…李徳の力で、それで奴を李璃の家族に出来たら、なら見つけられるじゃろ、繋がるのじゃ、心が、なら急ぐか…」

 李源は雪の中に止められた車に歩み寄る。それは四輪駆動車、雪道でもこれなら走れるだろう、李源はそのドアに手をかざす。すると突然エンジンがかかりライトが点灯する。

「行くぞ、乗るのじゃ」

 手を引く李璃にそう告げて開いた後部シートに乗り込ませてその横に座る。

「行先はわかっているな、研究所じゃ、急いで頼むぞ、あと、あの魔王には気をつけるのじゃ、その配下のダークレッドストーンとサンセットストーンの行くえが見えん、まだわしの事を気づかれてはいないと思うのじゃが、青銅の石よ、かねてからの盟約を果たすのじゃ、この束縛から解放してやるのじゃ、ならば汝の望みは我が叶えてやのじゃ。行きたい所に行き、そしてお前を握る者を得ればいい」

 青銅色の石を口から吐き出し李源は叫ぶ、

「行け!」

 四輪駆動車のタイヤが雪を踏みしめ走り始める。

 李源、その全ての色の移ろう石を両目にした存在、その正体はストーンファザーザー、そう呼ばれる唯一の存在、そして石達を飲み込みその石を拘束する力を持つ、

 飲み込むだけで力が縛られる。石達の、しかし解放されるのだ。この李源の為にその力を振るうならば、望むのだ。石達は奇跡を揮える人間を、だから持ち主を求めるのだ。石は、この封じられた石達は自由、それを取り戻すのだ。だから李源の為に奇跡の力を振るうのだ。

 その馬に跨る古の最強の兵士の石は光り輝き、そして走る事に特化した能力で命ぜられるままに車を走らす。

 解放されて求める物とそれを必要とする者が出会う場、それを探す自由を得るために、それを己の存在の全てにするために、

 雪道とは信じられない速度で四駆の車は地上を走るが、

「遅いぞ、空を飛べ、車輪に空気を掻く力をやるのじゃ、風の石を解放する。そして互いに協力し合え」

 その力に満足しない李源はそう告げると青と白そのモノトーンに渦巻くもう1つの石、今度は大気の石を口から吐き出す。

 吐き出された石は李源の為に奇跡を振るう、

 やがて車が地上から離れて空を飛ぶ、

 その速度は抵抗する摩擦の減少で時速200㎞を超える。

「急げ!向かう先の未来には希望があるが儚いぞ!」

 そう叫ぶ李源、そして隣の席の少女を見る。

 しかしそこには寝息を立てる娘がいる。

 しばらくそれを見つめ李源は笑いだす。

「ははははははははははっ」

 笑いの答えは心の中、この自分の完全な無を望む男は何を考える。

 空中を飛ぶ車、それを見た者は夢とする。それを幻とする。

 そのありえない世界の到来、その前兆のように、その世界の訪れ、その秒読みはもう始まっている。



 雪の中を歩くのは希一郎、そして目的したように金銭は得られたがなぜか達成感はない、その代わりに言葉にできない感情が心に渦巻く、

「くそっ!死んでしまえ、お前ら全部」

 そう汚くそうつぶやいてから地中から出てきた出入り口を振り返る。

 あの工事現場から出るまでに現場監督の他に多くの者に声をかけられた。

 しかし希一郎はなぜか人の心の本音が理解できるのだ。

 だから頑張れよ、とか、よかったな、とか、本音と違う優しい言葉に打ちのめされた。

 偽りの偽善、それで優しくされたため心が傷ついたのだ。偽りの優しさ、それは裏切られる前置きであり、そうして永遠には期待できない感情だ。

 他人に甘えれば必ず裏切られて、そして受け入れないと裏切られたと罵られる。

 こんな不幸な境遇の自分を見て他人が抱くその感情は迷惑を超えた新たな禍の発生源だ。

 そんな思いで睨んで見つめる出入り口、そこから数人の男達が突然なぜか飛び出してくる。

「なんだ?」

 驚いてつぶやくその時、突然爆発が生じる。

 そして走り出てきた男達はその爆風に巻き込まれる。

 希一郎も爆風に飛ばされるが、しかし離れていたため炎には巻かれず雪の中に倒れ込む、

 雪にまみれて驚愕して見つめるそこには炎を噴き出す工事現場、さっきまで自分がいた場所がなぜか地獄の世界に変わっている。

 しばらく茫然とその光景を見つめる希一郎、やがて緊急車両のサイレンの音で我に返る。

 雪の中から起き上がり、そして思わず笑みを浮かべる。

 昨日見た幻覚の光景、その一部がそこにある。

 多数の死傷者が出た。そんな災害現場が目の前に、

「はははっ、はははっ、ははっ…」

 なぜか涙を流しながら思わずそれに笑い声をあげてしまう、

 自分に金を施した男はこの災害で消し飛んだ。あの偽りの優しい言葉を投げかけてきた男達も、だからこれでもう借りはない、この自分に貸しを作ろうとするからそうなった。なぜかそんな気がする。

 その優しさと言うその偽善行為を否定した自分は地獄の世界を呼べる。なぜかそのような気がする。

 そしてポケットから思わず取り出すのは虹色の石、

 それに目を輝かせて見つめるが…

「いや…たぶん偶然だ…この石が俺の望みを叶えたんじゃない…」

 そうつぶやくと石をポケットに戻す。

 そんな都合のいい力なんてあるはずない、そんな望めば叶う奇跡なんかこの世には起きない、こんな世界に神なんていないのだ。この地獄の世界、そこにいる自分には特に、だから自分は悪魔に願うしかない、その願いがあるのなら…

 そんな思いで見つめ続ける。その燃え盛る工事現場から出てくる影がある。

 その炎の中から出てくるのは白いスーツの1人の青年、体中がなぜか炎に包まれている。

 しかしそれに苦しむ様子もなく、そして笑顔を浮かべ歩いてくる。

「何だ?あれは?」

 希一郎はその姿に思わず驚愕してつぶやく、

 白いスーツ姿の金髪で赤い眼の外国人の青年は笑顔のまま雪を踏み溶かして歩いて来る。

 その身に纏う炎の中で、しかし何事もないように平然と、その顔に浮かべたその笑みは達成した満足の笑み、この地獄を作った事えの、なぜかそう感じられる。

 しかしいつの間に集まった野次馬達はその姿を見ても誰も何も騒ぎ出さない、

青年は無言で人ごみをかき分け、触れたものを火だるまに変えて、悠然と闇の中に姿を消す。

「あれが悪魔?そうなのか…」

 今目にした者への疑問、しかし思わず漏らしたその疑問のつぶやきに答える者はいない、

 非現実の出来事は確かにある。今の存在は幻覚では説明できない、悪魔、やはり彼らはこの世に存在するのだ。この世に地獄を創り出す為に、ならば…

 希一郎の頭にある考えが浮かぶ、

 悪魔達、そんな連中がいるのなら自分に地獄を与えている悪魔も必ずいるはずだ。ならば、まずそいつを見つけ出して真の地獄に叩き込むのだ。そしてその悪魔を使いこの世の全てを真の地獄に変えるのだ。

 生きる希望、それを失いかけていた希一郎に新たな希望が生まれる。

 世界のその全てへの復讐、しかしそれは希望と呼べぬ願望、そんな野望が渦巻き始める。

 その為の力は得られているのだ。気づかぬ内に、その手にした石はその運命は破滅の力を運んでくる。

 それは宇宙の闇を突き進んで来る巨大な槍、それがこの世界を目指してやってくる。

 それを呼んだのは希一郎か?しかしその事実は知らない、まだ何も失っていないからだ。

 自分が望んだ事、それを完遂するための絶望、それに差し出す代償がまだ無い、

 全ての絶望を受け入れる心がまだ出来ていないのだ…

 そうして見上げる空にはいつの間にか月が輝く、

 雪はもう止んでいる、感じられない寒さが少しましになると思う、

 そして希一郎は歩き出す。

 やがて取り出したのは重い財布、それを見つめる。その表紙の写真入れの中で笑う家族を、

「くそっ」

 そうつぶやいて空を見上げて、そして再び歩き出す。帰るのだ。妹の許に、こんな地獄の世界で唯一心が安らげる場所に、やがて失われる最後の希望の許へ、

 歩み去る希一郎、しかしその背中を見つめる視線がある。

 白い衣装、この雪の中に同化した存在、いや、見る事以外はこの世界から隔絶された存在がその背中を見つめる。

「やっと見つけたの、ラジオの千倍も酷い心の人なの、心がないているの、求めるの、ぜつぼうなの、でも自分だけじゃないの、全部なの、だから痛みを差し出してもいいと思うの、全てを感じる痛みを得るの、ぜつぼうの…」

 呟く天使の衣装の少女は少年の後を追う、

 みんなのためにこの少年をあそこへ連れていかなければならない、

 そう約束したのだ。だから必ずだ。

 その手に握りしめる空の石、その温もりが多舞を包む、

「ラジオ、わたし助けるの、みんなを、みんなはこの世界なの、消えない世界にするの、もうわたしは消えなくてもいいの、でも世界が消えたらわたしも消えるの、もう幽霊でもなくなるの、だからがんばるの」

 空の石の力で多舞は寒さを感じない、あの羅冶雄が贈った多舞を守る力によって、

 運命の時から3日後にやっと辿り着いたのだ。この扉の許に、敵がいる現状でその存在を消したまま、

 しかしその刻は確実に進んでゆく、12月6日はもうすぐ終わる。

 まだ破滅の刻へのカウントダウンは止められていないのだ。



 揺らめく霧、しかしそれは普通じゃない、それは多色にも無色にも揺らめいている。

 それが包むのは1つの建物、そこに明かりが燈る部屋が1つある。

 その部屋で電話を掛ける少年、数人の男女がその姿を見つめる。

 期待して握る受話器、しかしやがて失望の表情が顔に浮かぶ、

「まただめだ。連絡が取れない、多舞はまだ姿を消したままだ。存在しないから、だから電話が通じないんだ」

 みんなを見つめてそう告げるのは高石羅冶雄、空の石の祈願者だ。

「もう力が保てない」

 そう告げる少年は石渡幸一、パズルの様に変化する6色の石を持つ、

「もういいわ、接続を解除して」

 少年にそう答えるのは暗い紫に煌く無数の光点、星空の石を持つ娘、石渡幸恵、

「まったく!あいつは何をしてるんだ!時間は無いんだぞ!」

 忌々しそうに叫ぶ少年、その女のような優しい顔が無表情に羅冶雄を見つめる。

 その男は暗黒の石を持つ石崎鉄男、無色で多色の霧にその力で穴を穿っていたのだ。細い電話線が通れるぐらいの穴を、暗黒の石の力でもこの霧に対抗出来るのはそれだけだ。

「外には敵がうようよいる。まだ姿を消している方が安全だ。そう考えているんだろう、だから待つしかない彼女が接触するのを、あの虹色の石の持ち主と接触出来れば彼女は姿を現すだろう、しかしまだその時が訪れていないんだ。だから今は待つしかない」

 そんな石崎にそう告げる中年男性、新庄拓也、深い湖のような透明の緑の石を持つ男、情報に執着するその心は多舞の行動を知りたいのはこの中で1番だ。しかし大人の心で我慢する。

「希望を託したんだから、今はそれを委ねるしかないわ」

 そう言ってみんなを見廻す少女、それはまったく色のない透きとおる光の石の持ち主、石江絵里はそう言って笑顔を浮かべる。ここにいる男女の集団をミラクル―ストーンズと名付けた人物だ。

「もし電話がかかってきたらわかるの、能力をその出来事に限定したの、だから今はスタンバイしているだけでいいの」

 そう話す若い女性は赤石沙希美、紫の水晶の石を持つ、その眼鏡の奥の目が笑う、

「何ですかね?ここは退屈でしかたありませんぜ」

 そう呟くのは小石原平次、麦色の石を持つ者、でも今は只の馬鹿、なぜか屈伸運動を繰り返している。

「関係ないのに…」

 そう寝言を洩らす幼女、ソファーに寝そべるのは赤石永遠美、幼い姿のアラフォー女、レアストーンの1つ、プラチナストーンを持っている。

「上手く行っている。はず?計画は完璧。可笑しいな…」

 そう言って眼鏡を磨く少年は宇藤拓実、赤と黄色と青の3原色の石を持つ、

「行動を停滞させる事態が起こったのでは?でも何とかするはずよ、彼女は可愛いんだから」

 そう言って微笑むのは宇藤碧恵、霧のように白く霞む石の持ち主だ。

「石を貸して、それにまたチャージしてあげる」

 石崎にそう声をかけるのは赤石香奈枝、小太りの中年女性、多数の石を所有するがその真の所有者ではない、ストーンマザーそう呼ばれる存在の1人、自ら所有していた石は娘が引き継いだ。血塗られた血色の石を、そしてそれを引き継いだ少女、赤石希美が皆に叫ぶ、並べられたカードを見つめて、

「出会いは訪れたわ、停滞が止めた時を炎が溶かした。それは世界に蠢く悪魔の1人によって、そして動き出したの、あの世界が、その虹の石を持つ者は確かに出会う彼女と、そう確信できる暗示よ、でも障害が、それはなぜか私の近しい者…それが何かわからない、色はオレンジよりも濃い、だから虹がここに至る道が示せない、でも…もうすぐここを訪れる者がいる。鍵を得るために…未来はその先にあるの!」

 そんな希美を見つめる無言の視線達、やがて1人が口を開く、

「ここに来る?外から入れるのか中に、そんな力なのかこの霧は?」

 敵襲を警戒して疑問を放つ姉、そのメイド服姿の赤石美沙希はいきなり戦闘モードに変化して妹に問いただす。

 彼女が持つのは黄金の石、黄色い色とレアストーンその双方に考えられる希少な石を持つ女性、

「わからないの、閉じ込められた私達には誰も干渉出来ないし干渉出来ない、でも代わりに世界も私達に干渉しない、だからここを訪れる者は誰もいない、なら来る者はここを創った石崎喜久雄が能力を解いて呼び込むのか?それとも彼自身が訪れるのか?わからない、その詳しい内容まで占えない!その答えはその時にしかわからない、でももうすぐ、それは2つの針が真上に重なる時」

 永遠美以外のみんなは一斉に時計を見つめる。今は午後11時59分、後1分しかない、やがて動く長針は短針と重なる。

 そして玄関からの呼び出し音、それが部屋に響き渡る。



 円形の小屋に帰る希一郎、その手にコンビニで買った食品が入る袋を提げている。

 しかしその中の様子は出て行った時とは変化している。

 人数が減っている。3人しかいない、それに雰囲気が違う、苦しいが楽しみがあった場所がなぜか陰気な、それはもうすぐ死を迎える者達が集う、そんな死刑囚が閉じ込められた留置所のように感じられる。

「リリーは何所に行った?」

 思わずそう尋ねるが、李徳は片目で自分を見つめるだけで何も言わない、

 李陽は首を振って何かを否定する。

「まあ、いいか…また空き缶でも拾いに行ったのだろう、それで、あんた達はあのじじいが死んだ。だからは悲しんでいる。そうだろ?でも俺には関係ない、それだけだ」

 そう告げると希一郎は寝ている妹の傍に歩み寄る。そしてその体を抱き上げる。

「こんな寒い場所にこいつを置いてはおけない、金が出来た。だからホテルに行く、あそこは暖かいからな、李さん済まなかったな面倒をかけて、これはそのお礼だ。これでもう借りはない、それでいいだろ?」

 コンビニの袋を床に置いて希一郎は小屋を後にする。

 無言でそれを見つめる李徳、何も言えず。何も伝えられない全てを知っているのに…

 妻は首を振るだけ、否定したいのか?この世界を…それとも…

「……」

 微かな母国語で呟かれた妻の言葉、

 それはどうしようも出来ない事えの否定のつぶやき、しかし絶望しようにも、もう石はない、

 それを託した娘を信じるしかない、

 何も出来ない夫婦は無言で見つめ合う、

 頷くしかない、唯一、意志が僅かに伝えられる存在を安心させるためには、

 それに首を振って答える妻、それに首を振る。

 世界にもう関れない夫、迎えるのは希望か?それとも絶望か?

 李徳がいる為に全てが隔絶した世界の小屋、もう望める者しか入れない、それを後にした希一郎、目指すのはラブホテル、しかしそこで妹といかがわしい行為を行う為じゃない、性欲、そんな物は感じない、希一郎には欲がない、苦しみに結び付く感情は忘れたのだ。だから自分の為に何も欲しいと感じない、食べるものさえも、しかし腕に抱えた存在がそれを求めるから、だから仕方なく食べるのだ。うまいとは感じない食べ物を、その生きる意欲を与えてくれる存在が。抱きかかえるそのか細い体、この存在、それが自分を生かしていると、そう感じるのだ。

 失われる希望、それを少しでもいい環境に居させてやりたい、あそこにはベツトがある。綺麗な布団もある。熱い湯が出る風呂もある。そして何より暖かいはずだ。この氷の世界よりは、

 凍る雪に足を取られぬよう、それでも急ぐ足の先には色とりどりの看板が地獄の世界のオアシスがそこにある。

 金さえあれば得られるのだ。地獄を少しでも忘れられる世界を、

 ホテルなら何処でもいい、でも入ろうとするそのオアシスの扉の前に突然何かが現れる。

「だめなの!エッチはダメなの、PTAのおばさんが言っていたの、大人になってからなの!」

 そう叫ぶのはふざけた存在、それが突然、目の前に出現した、

 天使の姿の、いや、なぜかその姿に黄色いヘルメットを被るマンガのような存在が、

「……」

 突然の出来事にリアクション出来ない希一郎はしばらく無言でその存在を見つめる。

「眠った女の子を乱暴するの、ダメなの、こころ傷つくの、優しくするの、だから好きになる女の子なの、ラジオも優しいの、だから多舞好きになったの」

 意味不明の言葉を投げかける天使?この地獄の世界では冗談のような存在、それが説教顔で言葉を投げかけてくる。

 思わず今まで感じたことのない感情…怒り?そう、真の怒りの感情が湧きあがる。

「優しさだと?それがおまえにあるのなら俺を中に入れろ、この寒い外から逃がしてやりたいだけなんだ。凍えさすのか美希子を…死んでしまうぞ!」

 叫ぶ表情、その心を多舞は感じる。

「ごめんなさいなの、でもここはダメなの、だから案内するの、暖かい場所、知っているの、誰も来ないの、安全なの、天国なの、優しい仲間もいるの、そこでなら休めるの、この子もなの」

 しかし今まで感じたことのない怒りに火が点いた希一郎はその言葉に喚き散らす。

「ふざけるな!天使みたいな恰好をして突然現れやがって!案内する?天国に?美希子を連れに来たのか?まだだ!まだこいつの願いは叶えられていない!だからまだ失う訳にはいかないんだ!消えろ!死神、消えないのなら俺が殺してやる!」

 叫ぶその手にはナイフが握られている。

「……の…」

 その様子に何も言葉に出来ない多舞、そして身の危険を感じてか突然その姿が消える。

「何なんだ?あいつは!」

 希一郎は多舞が消えさったホテルの入り口を見つめてつぶやく、その時、

「どうしたの?」

 抱きかかえていた少女が目を覚まして聞いてくる。

 怒りの感情はその言葉で消えて希一郎は無言で妹を見つめるが、しかし殺傷には使われたことのない脅しのナイフをしまい、そして何も言わず自動ドアをくぐりホテルに入る。

「暖かい…」

 暖房が行き届いた。その無人のロビー、その場所に思わず美希子は呟いてしまう、

「暖かいだろう思わぬ金が手に入ったんだ。だから今夜はここで寝られるぞ、熱い湯を浴びれるぞ、柔らかい布団もある。テレビも見られるし注文すれば食べ物も届くんだ。天国だろここは、お前の希望を叶えてやる。そう決めたんだ。だからもう辛い思いはさせたくない、だからここで楽しもう、2人で、この楽園にいたらお前の思いは感じられるだろ?」

 しかしその言葉に目を伏せる美希子、やがて首を振り、

「そうじゃない、無意味なの、こんな創り出された楽園なんて、そんなものを感じたいんじゃないの」

 その言葉に再び無言の希一郎、見つめる妹、やがてロビーのパネルに歩んで行く、

 ライトがついた部屋の写真、その横には説明書きと料金が書かれている。

 パネルの下のボタンを押す。選択した遊園地の部屋と記される鍵が下から出てくる。

「行くぞ」

 短くそう告げて希一郎は妹を抱え歩き出す。

 1階の廊下の先にその部屋の扉はあった。

 鍵で扉を開けて中に入る。

 目に飛び込んでくるのは小型のメリーゴーランド、綺麗な電飾を施されたそれが部屋の中央にある。

「綺麗…懐かしい…」

 それを見つめて思わず美希子はそう呟く、

「ガキの頃にあの親父はよく遊園地に連れて行ってくれたな、あいつは子供が楽しめる場所をあそこしか知らなかったから、そしていつも最後に2人で乗らされた。この乗り物に、ぐるぐる廻るだけでどこにも行きつけないこんな無意味な乗り物に…」

 白い馬達の廻るその乗り物、それを見つめてしかし美希子は

「行きつけないんじゃない、その心はどこかに辿りつけるの、幸せ…そう呼べる世界に」

 その言葉に無言の希一郎、そして抱えた妹をベツトに運ぶ、

「とりあえずは休め食べたい物があれば注文してやる。風呂もある。見たいテレビも見られるぞ、映画も借りられる。ゲームも出来る。カラオケも出来るぞ、またお前の綺麗な歌声が聴きたいな…ここには楽しみがあるんだ。楽になれる。なら心も体も安らぐだろう?それが一番だ」

 布団の上で寝そべる少女、しかしその言葉に微笑んで、

「私にそんなものは必要ないのよ、今も痛みに襲われている体、だから安らげる場所なんてないのよ、どこにいても地獄なの、この楽園にいてもそれは忘れられない、それを忘れさせてくれる場所はこの世にない、でも感じることはまだ出来る。安らぎ…それをもたらす者が誰なのか、だから素直に言うの、ありがとう…お兄ちゃん…」

 そう言って意識を失う美希子、希一郎は茫然とその言葉聞く、

 その病のために常に地獄の苦痛に苛まれる妹、でも、いつも笑うのだ。そんな事を感じさせない笑顔で、その不毛の苦しみから解放してやりたい、でも何も出来ないのだ。何所に連れて行こうとも美希子の中に地獄があるのなら、

 頭を抱える希一郎、こんな妹が安らげる場所、それがどこかわからない。



 雪の中で多舞はホテルの入口に佇む、この中には入れない、それは姿を消しているからだ。自動ドアは彼女を感知しない、センサー式の機械は存在しない者を感知しないのだ。

 雪を使えば扉は開く、しかし多舞にはそんな知識はない、だから仕方なく虹色の石の少年、その事を考える。

 腕に抱えていた少女、それが全ての鍵、なぜかそう思える。

「あの人に何を言っても無駄なの、だからあの女の子に言うしかないの」

 呟く声、それは誰にも聞こえない、冷え込む冬の夜、しかし中に入るすべがない多舞は待つしかない、

 存在を消す事はなぜか自由に出来ないのだ。現わす事も、その願いが強く働いた時以外は、そのせいで望んだ世界のそのどちらかにしかいられない、だから今は世界と隔絶されている。

 扉の中に入る者がいればこの中に入れるが、しかしまだここを訪れる者はいない、

 中に入りたいと思わず見廻す雪の世界、

 そこを歩いてくる男女がいる。

 ここに入るその目的で?

 膨らむ期待、でもその2人はホテルの前で足を止める。

「ここにいるのか?」

 連れに尋ねるのは金髪の青年、その白いスーツ姿が寒空にマッチしていない、

「チャージが残っているからナビが映し出しているわ、それは霞んでぼやけているけど…たぶん天使はあそこにいる」

 それに答えるのは巫女装束の少女、そう答えて多舞の居場所を指さす。

 それは普通では考えられない組み合わせだ。

「世界の全てを描く石か全てが見える。正確なんだな。それは?」

 微笑む青年、そしていきなり炎を創り多舞に投げつける。

 燃え盛る炎にまかれる多舞、しかし何も熱くない、出現した青い色の結界が彼女を包む、

「結界で守られている。だから焼かれていないわ!」

 白い石を見て叫ぶ少女、

「ふざけるな!」

 叫ぶ青年は頭の上に手をかざして火球を創る。抱えきれないほどの炎の球は怪しく揺らめく、

「何所にいるんだ!」

「入り口よ、そこで佇んでいる」

 その返事に投げつける火球を、そのホテルの入口に、

 それを避ける多舞、そして雪の中に転倒してその雪に埋もれる。

 火球はホテルの玄関のガラスを破り中に突入する。

 大音響とともに中から炎が噴き出す。

「やったか?」

 そう尋ねる青年の目が炎の色に染まる。

「駄目よ、火球を避けた。そして完全に消えてしまった」

 白い石を見つめる巫女はそう告げる。

「どこに逃げた?その石は世界の全てを映し出して記録する。その場所の限定は君の能力で出来るだろ?天使は何処だ?なぜ見えない」

「見えない…隠れたか?逃げたか?ここにはいない、もう見つけられない、そもそも見えない存在、あたいの能力の全てを費やしてやっと見つけられる存在、でも目を凝らしても隠れられれば見つけられない、それに消えている存在に攻撃しても無駄よ、この世にはいない者、だから与えられるのは苦痛のみ、あれは消滅しない、そういう力に守られているから」

「……」

 その言葉に無言のマイケル、

「この世界に姿を現した時だけしか彼女を殺せない…」

 そう告げる巫女は笑いを浮かべる。これはゲームなのだ。探し出して抹殺する。それは簡単には出来ない、だからゲームなのだ。それはこの男が選択した行動なのだ。

「それを見つめ続けろ、そして奴がこの世に現れた時を狙うんだ。だから行動を追う、それが今は出来る事、この世に姿を現せたら抹殺してやる、この世に天使なんて必要ない、そんな存在を」

 忌々しそうにそう言って歩きだす。

「どこに行くの?」

 そう質問する巫女にマオケルは電飾の看板の1つを指差し、

「あそこで休憩だ。それで次の行動の時まで備える。炎を使ったから汗をかいた。だからシャワーが浴びたいのさ」

 無言でその看板を見つめる巫女、そして、

「それだけが目的?」

 そう言って怪しい瞳で青年を見つめる。

「朱色の魔女には手は出さない、淫魔の手先のお前に手を出したら虜にされてしまうからな、男に触れぬように神社なんかで今まで生活させられていたんだろうが、でも僕をたらし込もうとしても無駄だからな、魔女の手先に悪魔が成れるか、だから安心しろ、何もしない」

 その言葉に希恵はつまらなそうに首を振り、

「久しぶりに熱い男に出会えて興奮しているのに、あたいが怖いの?悪魔のくせに恐れるの?そんなんじゃあんた魔王になんてなれないわ、だから永遠に三下で満足するのね」

 しかし挑発に言われたそんな言葉に微笑む青年、

「ならば、教えてやろう、僕がいかに違大かを、それでもよければ抱いてやる。この僕の下僕になるのはおまえだ。そして何度も叫ばしてやる。行く、地獄に行くと」

 微笑みあう男女はその場を後にする。その火災が発生したラブホテルを、その火は燃え広がり、そうして楽園を破壊していく。



 掛かってきた内線を希一郎は忌々しそうに妹の傍から離れて手にする。

「御休みの所申し訳ありません、火事です。すぐに避難して下さい、消火活動のため避難の誘導は出来ません、非常口は廊下に出て右の先です。失礼します」

「……」

 その短く告げられた言葉思わずに絶句する。

 楽園だと思って入った先がなぜか突然地獄に変貌したのだ。

 逃げないと炎にまかれる灼熱地獄に、

 焦って妹の傍に駆け寄りその体を抱き上げる。

 そして開くドアの向こう、そこには炎と煙が立ち込める。

 思わず咳込むが苦しいとは思わない、その涙目で見つめる先には緑の表示で非常口と書かれている。

 とにかく走り出す。自分が助かる為じゃない、助けたいのは腕の中、この凍りついた笑顔のまま眠る少女だけだ。

 駆ける足下に炎が広がる。しかし熱くはない、巻かれる煙を煙いとも思わず、そうして辿り着いた非常口、しかし開けようとするドアは開かない、なぜか非常口に鍵がかかっているのだ。

「ふざけるな!」

 また湧き上がる怒りに思わず怒鳴りつけてドアを蹴る。

 何度も蹴りつけてドアが緩んだ時、突然、今迄作動していなかった消火設備が作動する。

 スプリンクラーが作動して、そして天井から水が降って来て希一郎と美希子を冷たく濡らす。

「何がしたいんだ!悪魔達は!くそっ、呪われろ!」

 希一郎は思わず呪祖の言葉を叫んで腕に抱えた。その濡れていく妹を見つめる。

 風邪をひいただけで命取りになりかねない病気、これ以上体を冷やすわけにはいかない、だから満身の力でドアを蹴破る。

 体に何かダメージを感じながら蹴破る先の世界は雪と氷の世界、その氷点下の気温が濡れた衣服をたちまち氷着かせる。

「灼熱地獄の後には極寒地獄だと?いったい何が?誰が?俺と美希子を苦しめているんだ!」

 空を睨みそして濡れて氷着くいて行く妹を抱き抱えた希一郎は右足を引きずりながら雪の中を走り出す。

 苦しそうに荒い呼吸を繰り返す美希子、あの最悪の環境にその症状が悪化したのだ。

 いつもの青白い顔が赤く苦しそうに歪んでいる。

「くそっ!」

 こうなってしまってはもう自分では何も出来ない、あの男の許に行くしかない、

 あの高額な治療費を請求する。正規の医者ではない男、闇世界の裏医者、あの男を頼るしかない、

 右足を引きずり走る希一郎、あの歓楽街の雑居ビル、その1室を目指す。そこには医師免許を剥奪されて、それでもモグリで訳あり患者の治療行為を行う男、咲石達也の診療所がある。

 正規の病院では相手にされない自分達、しかしホームレス状態でも地方の福祉の力があればなんとか大きな病院で治療を受けられるはずだった。しかし父親の友人、それがこの市の市会議員、それが連帯保証人になっていた。あの父が企んだ悪事の資金を得る為の、そして多額の損失をこうむったその男は復讐のためにか、それともそれ以外の何かの感情の為なのか自分達家族に全ての行政の援助を受ける事を停止させているのだ。

 だから生活保護も何も受けられない、どこの役所に行っても受付に名前を告げると帰れと言われる。

 その父親の友人、いや、自殺した母親の兄は、優しく遊んでくれたあの叔父さんは、この世界の悪鬼の1人と化してしまったのだ。

「くそっ!」

 再び叫ぶ、全てが悔しい、全てが憎い、この世界が全て敵に感じる。

 そかしこの腕に抱えた存在、それだけがこの地獄の世界の中で唯一の味方、いや、希望だとそう思える。

 だから助けなければならないのだ。どんな物を投げ打ってでも、どんな事をしても、

 その急ぐ足の先には歓楽街、しかし雪のため人出は少ない、いつもは喧騒でざわめく時間に人影はまばら、

 だから走りやすい、その事だけがありがたい、その睨む先には1軒の雑居ビル、昭和の年代に建てられた6階建ての低いビル、そこ掲げられた多数の店が表示された看板、この中には小さなオアシス、それが多数群れをなす。しかし、その中には1つだけそれとは違う部屋がある。

 エレベーターのないそのビルの階段、その最上階を目指して希一郎は昇る。

 右足を引きずりながら。



 埋もれた雪から身を起こした多舞は呟く、

「たぶんあれはそしきなの、わたしを殺そうとするの、ぼうがいするの、みんなを助けるのを」

 羅冶雄達を閉じ込めた魔王、そこから逃れた自分、そして重大な使命を持っている。しかしそれを妨害する者が現れた。あの炎を操る悪魔と朱色の目をした魔女が、しかも存在が消えていて誰にも見えないはずの自分を襲ったのだ。その炎上する建物を見つめて多舞は首を振る。

「時間はないの、でも力もないの…」

 そして取り出したのは絵里から手渡された手紙、

 組織は動いている。絶望の世界を創る為に、しかし、それに対抗出来る存在達は閉じ込められているのだ。魔王の手によって、だから新たな仲間が欲しいと少女は願う、今の自分に力になってくれる存在を、その見つめる絵里の手紙にはその力がある。そう感じられる。

 やがて雪の中を歩き出す多舞、この町の地理は熟知している。存在しない状態で10年間も流離ったのだ。

 絵里が告げた場所が何処なのか、だから知っている。

 その城跡の小高い山の麓にある場所目指して多舞は雪の中を歩いて行く。



 階段を昇った先の廊下、その何も装飾されていないドアを希一郎は叩く、しかし普通には叩かない、3、1、4、そのリズムで叩く、やがて内側から、

「誰だ」

 誰何の声が小さく聞こえる。

「俺だ。希一郎だ。また妹の容体が悪くなった。だから見てくれ、お願いだ」

 そう返事する。

「…ちっ……」 

 舌打ちの音としばしの無言、そしてやっとドアが開く、そこに立っているのはまだ若いと呼べ

る男、40代にはなっていない、その白衣を纏った。30代の前半のまだ若い男が希一郎を睨んで見つめている。

「息が苦しそうなんだ。熱もあるかもしれないし助けくれ」

 そう言って差し出す財布、それはあの現場監督に貰った物、

 それを受け取りそして中身を見る男、その中の高額紙幣の枚数より1枚の小さな写真に目が移る。

「……」

 男はそれを無言で見つめる。その笑い合う家族の写真を、

「これをど…」

 思わず問い詰めようとするが思い留まる。そして、

「入れ」

 そう告げて踵を返す。

 部屋に入る希一郎、淡い桃色に装飾されたその部屋には普通の診療所以上の医療装置が並ぶ、レントゲン装置、内視鏡、いや、この部屋の奥にはCTスキャンやMRIまで置かれているのだ。

「妹をそのベツトに寝かせろ」

 そう告げる男の言葉に従い希一郎は美希子を慎重に寝かせる。

「あっちに行っていろ」

 置かれたベツトそれを囲むカーテンを閉めて咲石は外を指さす。

 しかし無言で出て行く希一郎の引きずる右足に目を止めた咲石は、

「おい、希一郎、おまえ脚を怪我しているのか?」

 そう尋ねるが、

「どこも痛くない大丈夫だ」

 希一郎は振り返りもせずそう告げてカーテンの向こうに消える。

 肩をすくめる咲石はベツトに横たわる少女に歩み寄り、そして濡れた衣服を脱がす。

 そして忌々しそうに見つめるブレスレット、それから目を背け見つめる体、そこには白い肌に内出血によって出来た赤斑が痛々しい、その濡れた体をタオルで拭いてやり、そして脈発と聴音器で心音を測定する。

 生命を脅かす異常な状態であるとそれだけで確認できる。

 さらに血圧を測定しながら携帯電話を白衣のポケットから取り出して掛ける。

 そして電話に出た眠そうな声の女性に短く告げる。

「咲石だ。急患だ。すぐ来い、以上だ」

 その言葉に反論する女性の声、

「先生~直ぐに来いと言われたら行けるけど、すぐ下にいるから~でも奈緒のカウンターで寝ていたの~酔っ払っちゃって、へへへへっ、こんな雪で家に帰るの億劫で~そんでもいいんならすぐに行くけど~」

 その声に顔をしかめて咲石は、

「いいからすぐ来い」

 そう告げて切った電話を白衣のポケットにしまい、そして美希子にガウンを着せてやり、それから酸素吸入の準備を始める。

 やがてカーテンの向こうから声が聞こえる。

「あれ~キーちゃん~来てたの~急患ってミキちゃん?大変なの~先生はどこ~目が回ってよく見えないの~」

 その声に叫ぶ咲石、

「俺はここだ。点滴の準備だ。ゲルノルビシンを投与する。濃度は通常の3倍だ。副作用緩和剤も用意しろ、それから強心剤の投与、それは注射で行う、早くしろ!」

 最後に叫ぶその声に、希一郎の目の前に現れた薄いピンク色のナース服の上から赤い革ジャンを纏ったピンクの髪の女性が答える。

「わかっかりました~」

 敬礼しながらそう返事して女性は薬品保管庫、そう書かれた部屋に入る。

 しばらくしてカートを押して中から出てくる。

 ビニールパックの点滴薬、それに注射器、それに用いるアンプル等がその上に並ぶ、

 何事も出来ず茫然と立ちすくむ希一郎にウインクで答えて女性はカーテンの中に消える。

「右手は駄目だ。関節部分に内出血がある。左腕に針を刺せ、流入量は最小だ。ダメージを緩和さす。抗ガン剤の副作用、その緩和を、この薬品を定期的に投与しろ、一回に10cc、30分おきだ。タイマーをセットしろ、投与するのは致死量ぎりぎりの毒薬だ。徹底して管理する。いいか?」

「わかっかりました~」

 陽気な声がカーテンの中から聞こえる。

 しばらくしてその中から咲石が出てくる。そして不安な顔でそれを見つめる希一郎に、

「出来ることはしてやる。お前は金を払ったんだからな、あの財布、百万円も入っていたからな・・・だからお前の妹は死なせない、今は…だから安心してもいい、しかし気になる事が2つある。その1つ目、お前はあの財布を何処で手に入れた。あれがお前の物じゃないのは見ればわかる。それを何処で手に入れたのか、それだけが聞きたいだけだ。俺もモグリで医者をやっているような男だ。その金の出所は問えない、どんなに汚い金でも金は金だ。そう理解している。でもこの財布の持ち主を俺は知っている。気になるんだ。だから頼む」

 そして無言で希一郎を見つめる咲石、その真剣な表情に目を背けたくなるが、

「貰ったんだ。この人に、まさかこんな大金が入っているとは思わなかったから、あの工事現場の監督者、その人に仕事を頼みに行ったんだ。使ってはくれなかったが…でもこれをくれた。そして頑張れとそう言われた。それだけだ」

 名刺を取り出して咲石に見せる希一郎、その濡れた名刺には岩城建設、部長、白石彰と名前が書かれている。

 差しだす名刺から視線を上げて希一郎の目を見つめる。咲石が見つめる瞳、そこに嘘はない、この若者は嘘をつけない、それを知っている。

「白石はどうなった?」

 咲石の突然の質問に瞳が揺れる。

 それを言うか言わざるかの葛藤の後、

「死んだ…」

 短くそう告げる。

「そうか…」

 それに答える声も短い、

 しばらく2人は沈黙し見つめ合う、やがて、

「もう1つの気になる事、それはお前の足だ。レントゲンを撮る。こっちに来てくれ」

 そう告げて指差す部屋の扉、そこは放射線領域のマークが貼られたドア、

「俺はどこも悪くない、ほっといてくれ!」

 そう叫ぶ希一郎を苦笑いで見つめた咲石は、

「ここの主には誰も逆らえない、この聖域を作る力を得たのだ。お前はその中にいる。ここで今まで俺に逆らえた事があるか?ここでは誰も素直になる。だから一緒に来い!お前はなぜか今抵抗力を少し持っているようだが、でも命令には抗えない、違うか?」

 言われるままに咲石の後を歩く希一郎、抵抗する意味をもう感じない、

 希一郎が寝かされる合成樹脂の板のベツト、その脚の上に映写機がある。

 映し出される映像はモニター画面の中、X線でスキャンされたその画面を見つめて咲石は呟く、

「なぜ歩ける?骨折だと?粉々じゃないか、こいつの右足の骨は、足首から上が全て粉砕骨折している。粉々にひび割れている。大腿骨も…どうなっているんだ?こいつは…本来なら歩けるはずなど無い、なのに妹を抱えてここまでやってきた。しかもあの雪の中を…そうして回復していく急速に…何故か?それが考えられるのは1つのケースしかない…」

 スピーカーから流れるその呟きを聞いて無言でベツトから起き上がる希一郎、やがて映像室を見る。

 その時ズボンのポケットからこぼれ落ちるものがある。

 それは石、あの虹色に煌く石、

「そう言うことか!」

 叫ぶ声が撮影室に響き渡る。

 落ちた虹の石を掴んで希一郎が叫ぶ、

「もういいのか!」

 それに答える者がいない部屋、やがて、

「けけけけっ、まだそこにいろ」

 笑いとは思えない、鳴いているような声が響く、そして、

「面白い、組織、あの血塗られた者達よ、真の希望が得られなかった者達よ、お前達の求める物、そんなあらゆる奇跡を、それを叶える存在が真の希望と呼べる者がここにいる。どうしても救えない患者、その最たる者は愛する自分の娘、だが自分の勤める病院では治療の術のない病、だから大きな病院に託した治療、でも間違えた。間違えやがった。あいつらにはわざと娘を目を開けぬ、何も話さないそんな植物にされた。そして選択を迫られた。お前の娘はもう死んでいる。でも生きたいと願う人は大勢いる。だから脳死を認めて臓器を提供しろと、そう承諾すれば大病院、それも大学病院、いずれそこの教授にしてやると耳打ちされた。だから真に娘を殺したのは自分だ。この石を持っていたから、それが理由、しかしそれは罠だったのだ。結局は大学病院には行けず、それどころか医療ミスをでっち上げられ医師免許を剥奪されたんだ。そうして医者でなくなった自分に離婚を迫る妻、その妻の実家から与えられた家を追い出され、そうして路傍で眠る日々、もう絶望するしかない、この桜色の石を掴んだ為に絶望したのだ。この人を助ける聖域を得る為に、でも造られたここから一歩も出られない制約、それでも自分だけの神の領域を願ったのだ。そうなった全てはあの組織の陰謀、そう真紅の男に嵌められたのだ。しかしこの中で何をしても世界とは無関係、だからここを広げる為に金を求めて、そして拡げて行った。人を救う世界を、しかし真に人を救う存在、それがいたのだ!」

 長い独白、だからマイクの出力は消されている。

 出て行こうとして立ち止まる希一郎、でも神に逆らう意思は保てない、この世界では、

「俺の復讐、それを託せる者、あの預言者の言葉、希望か…儚い言葉だ」

 呟く医師はその姿を見つめて、だがもう何も言わない、

 この少年の希望、見ていたからわかる。その絶望の訪れも、

 あの最強の石がもたらす世界、でもひきこもった自分には見えない世界、だからこの世界を訪れる者を救うしかない、それが希望だったから…

 2日前にここを訪れた友人の白石から聞かされた。その未来なき自分と世界の運命を、あの組織の一員だから知り得た情報、そして語られる驚異的な破滅の未来、それは絵空事ではない、知っているからだ。奇跡の石のその力を、最強と呼ばれる石ならば求める物は全ての絶望、そして与えられるのは全ての希望、それを得る為に差し出す物、それを持つ少年がここにいる。

 自分が神になれるこの小さな世界にそれがいる。だから思わず笑いが込み上げてくる。

「はははっ、助けてくれだと?俺に何を求めるんだ?お前は…はははっ、助けて欲しいのは俺の方だ。俺がお前にしてやれることはないんだ。医者いらずの肉体を得たお前には、感じない痛み、そして驚異の回復力で自ら復元する肉体、レントゲンで見ている骨折箇所が癒着していく、それも驚異的な速度で、その苦痛を取り除きその原因を速やかに回復させる。そんな能力に守られているんだ。だから医者の出番なんかない、でも殴られる痛みを知る心は耐えられるか?受ける苦痛に耐えられても与える苦痛には耐えられない、だからお前は誰にも手を出さない、憎んでも悔しんでも誰にも手を出さない、出来ないんだ。優しすぎるからな、だから苦しむ、こんな世界の絶望を願いながら世界を救いたいと願うんだ。悲しすぎる存在だ。だから…笑うしかない…」

 誰もいない部屋で1人で話す咲石、あまり訪れる者がいないのなら1人の世界、だから孤独に話す独り言、そんな習慣がついてしまっていた。

 ここは外の地獄の世界とは隔絶された空間、ここは天国とは呼べないが、しかし神のいる世界、

 だから訪れる地獄の亡者を救う場所、

「ならば今は忘れさせてやるその地獄を、そして希望を取り戻してやろう、いいや絶望か…この後をどうするか?それはお前が決めろ」

 短く呟いて咲石は撮影室に歩み出る。そして茫然とする希一郎に、

「もういい、撮影の結果お前は無傷だ。外に出よう、でもまず濡れた服を着替えろ寝巻ならある。下着も、そうして休め、疲れているんだろ?大丈夫だ。美希子は明日にはよくなる。心配はいらない、だから今は自分の心配をしろ」

 そう言われ突然襲い来る睡魔、それと争う瞳が咲石を見て、

「美希子を頼む…」

 そう告げて希いちろうは立ったまま眠る。

 その体を抱きかかえて、咲石は撮影室を出る。

「心は起きている。そんな眠りか…戦士のようだ…休ませるのは体だけ、今は安心しているからか、なら休息しろ、ここにはお前を脅かす存在は現れない、俺が拒めば入れない、何も心配しなくてもいいんだ。淡いピンク色、桜色に包まれた世界で、ここで桃源郷の夢をみろ」

 しかし抱きかかえた少年はそれに反する寝言を洩らす。

「消えてしまえ、こんな世界…」







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