炎の城
9 炎の城
『光の石』そう呼ばれる組織の本拠地の教会の前、そこに1台の乗り物が停車する。
大型のリムジンバス、豪華そうなその外見を見つめた皆は絶句する。
「へーっ、時間厳守ね、さあ、みんな乗って、これからちょっとしたツアーに出かけるの」
そう言った永美理、その修道衣姿のシスターは皆に乗車するように促す。
「観光旅行にでも行く気か…こんな乗り物じゃ殴り込みをかけるという気になれない、まるで温泉旅行に出かける爺婆みたいな気分になっちまうぞ…」
「へーっ、それじゃ兄さんだけはこれからダンプの荷台に乗せてもらうよう手配しましょうか?あんな昔の任侠映画みたいなシチェーションが好みなら、今ならその変更は聞くけど、どうするの?」
サングラスの子供がその意見に口をはさむ、
「冗談じゃないわい、この寒空にそんな乗り物で30キロも移動出来るか、この乗り物で充分じゃ、みんな異存はないな?なら行くぞ」
1人だけそう言ってそそくさとバスに乗り込む、
残りの皆もその後に続く、
「へーっ、みんなは素直ね、さて兄さんどうする?特別に専用にダンプを呼んであげることも出来るけど…」
大男、その石江勝則は観念した表情を浮かべると、、
「わかった。これでいい、たかが1時間たらずの辛抱だ。なんとかなるさ、たぶん…」
あきらめたようにそう言って渋々バスに乗り込む、
「へーっ、バスに酔うと素直に言えばいいのに、かわいくないの、兄さんの弱点はみんな知っているのよ、あの無敗の男に勝てるのは私だけ、昔からそうなのよ」
そう呟いたシスターもバスに乗り込みその扉が閉まる。
運転手は無言でバスを発進させる。
そうしてバスガイド用のマイクを手にすると永美理は思い思いの席に座る皆を見る。
そこには寄り添うように座る2人の男女、多笑美と勇治、そして最前席で自分を睨む大男、ノートパソコンを見つめる青年達彦、そして最後部のサロンでくつろぐサングラスの子供と消防服の少女、その姿をみつめて、そして、
「へーっ、みなさん、今日はこのツアーに参加していただき誠にあるがとうござぃま~す。今日は生きる希望を失うかもしれない地獄のツアーに参加してて頂きありがとう御座います。それはこのバスの目的地は悪魔の城、それも炎の悪魔の城なのです。そこで彼が主催するパーティを楽しみましょう、あの希望と絶望、その訪れを祝うパーティを、そうして今宵はなぜか赤い夜、それは血の色か炎の色か?この夜の先に希望の明日があるのか?そこに希望があると信じるなら心して!光の石は皆を導きます。その心の先にある希望に皆様を誘いましょう」
マイクでそう告げて永美理は頭を下げると運転手に何か告げる。
そうして停車するバス、そして運転手は無言で外に出て行く、
「へーっ、バスを運転するのは私、こんな地獄のツアーに普通の人は巻き込めない、でも安心して大型特殊種免許は持っているから、だから皆を地獄に誘うことは出来るわ…」
そう告げてて運転席に座りバスを発進させる。
「極力でいい…なるべくゆっくり走ってくれないか…」
最前席に座る勝則が妹の後ろ姿にそう声をかけるが、
「へーっ、でも時間に遅れたらあの悪魔は気を悪くするわ、だから急がないと」
そう答えて意地悪そうに永美理はアクセルを踏み込む、
そして突然暴走するリムジンバス、ほとんどの交通法規を無視して突き進む、
なぜか赤い靄が降りたような夜の闇の中を、
そのバスの上空で飛竜に乗る黒人女性、それは笑みを浮かべる。
あの奴らが行きつく先、そこを地獄に変えてやる。
そう決心して。
谷間に沿って走る道路、その峡谷を逸れてトンネルに大きくカーブする。
そのトンネルを抜けた先に巨大な構造物が一際目を引く、そんな広大な施設が出現する。
巨大な構造物は高い煙突、その100メートルを超える高さは天を貫こうとする槍のように見える。
「へーっ、着いたわ、このゴミの処分場、でも稼働した事のない、こんな山奥に巨額の費用で建設されて、でもダイオキシン対策が施されていないと指摘され、そして打ち捨てられた無意味な施設、そしていまは悪魔の根城、そこは火葬場と称される組織の拠点、そこで焼かれるのはゴミではなく人間だからそう呼ばれるようになったという、その生きた人間を燃やす地獄の火葬場、そうして今宵はここでパーティ、それを楽しむのは誰かしら?」
リムジンバスのハンドルを回しながら乗務員用のマイクでそう皆に告げる永美理、しかしその言葉に返答する者はいない、なぜならみんな眼を廻して寝ているから、あのあまりの無謀運転に、そのスリルとは言えぬ恐怖に失神しているから、
「へーっ、だらしないの、これから悪魔と一戦交えるというのにこの低落、あんた達は鍛え方が足りないわよ」
そう呟く永美理の声にいち早く正気に戻った声が返答する。
「悪魔のほうがまだかわいいぜ…」
巨大な乗り物を忌み嫌う大男、自分が操縦出来ない巨大な乗り物には嫌悪感を持つ石江勝則は、それでも失神したおかげで乗り物酔いの苦しみから解放されていた。
やがてバスの中の皆は意識を戻して、そして赤く霞む夜にシルエットされた。あの天を突き刺す尖塔を無言で見つめる。
駐車場にバスを止めて永美理はスイッチのレバーを引く、開かれるバスのドア、そして外を見つめる。
そこに黒いスーツの白人男性、それがバスに歩み寄る。
「ようこそいらっしゃいました。我が主は皆さまのご来館を心から歓迎いたしております。既に宴の準備は整っています。どうか楽しい今宵を、この趣向を凝らしたパーティを御堪能して頂きたい、さあ、どうぞこちらへ」
そう流暢な日本語で語り、そして招くように恭しく下げられた手、その時、突然花火が上がる。あの赤く霞む夜空に赤い花火が連発で、
「へーっ、魔獣自ら私達をおもてなし、どんな怪物にも変身できるのに人の姿で、ああ!でも最強のドラゴンの姿に変身するにはあんたの主人の力が必要か、あの炎の悪魔の力無くて竜は火を吐けない、だから服従するのか、この魔獣は悪魔に…」
しかしそんな挑発の言葉に笑みを浮かべると男は、
「過去の全てを知る事が出来る者よ、しかし私は力で服従しているのではない、それは知っているはず。そんな世迷い事は言うな、そして魔女と呼ばれたくないのなら翻弄するな、そして記念すべき夜を台無しにするな、そうだ。今宵は祝うべき記念の夜、あの我が主が最強と謳われる記念の夜、そしてその宴に招待された者共よ、その血と希望を犠牲にせよ、だから絶望せよ!そうなれば宴はいっそう盛り上がる」
そう告げてて踵を返す白人男性、その背に、
「あの伝説の魔獣が相手でも臆するものか、最強は誰かそれは決まっている。それはお前の主人ではない、この俺だ!無敗の男は敗北しない、それをここで試してみてもいいんだぞ」
紅き眼の大男、その血は強き者を見て挑みたいと憤る。この戦鬼の血が異常に昂る。
「貴様を倒すのは私じゃない…」
振り返らずそう告げて、そして魔獣は歩き出す。
それは皆を誘うように1つの建物に、
「天使は確かに所在しているか?」
その背中がまた語りかける。
「ああ、約束通りな、この地獄の火葬場の亡者共を救いたい思いでここにいる。この天使は悪魔すら救いの対象にしているのだ。それに救われたいと願うのなら懺悔しろ」
しかし勝則のその言葉に肩をすくめただけで魔獣はは歩き出す。
もう無言の勝則は男の後を追う、そしてバスから降りた一同もその後に続く。
尖塔の頂上、いや煙突の天辺に佇むのはリサ=べラ、あの黄昏の魔女、
「ここは炎の城…まさか奴らがここに赴くとは…」
そう呟いて見下ろす眼下、そこは呪いの場所、
「生者を焼く火葬場、そんな絶望の場所、ここで奴らは何をする気だ?」
しかしその疑問の呟きに返答する者はいない、
「炎の悪魔…奴は何を企む、あの全てを見下す男よ、あの時に黒い肌の女など抱く気になれないと言ったお前の言葉は忘れないぞ、だからお前の企みは成功しない、私が妨害してやる。それも最高のタイミングでいやらしく、そして私が奴らを倒す。そうして出し抜かれたお前は苦しむだろう、その顔がぜひ見てみたい…」
夜空にそう呟いて嘲笑を浮かべる魔女、そしてその為の準備を始める。
その力で創り出される魔獣達が建物を囲む暗闇の中に静かに配置されていく。
炎の城の1室、豪華な造りのその部屋でくつろぐ男がいる。
ブランデイ―グラス片手にソファーに座るマイケルの腕にしがみつくのはなぜかテレビアニメの魔法少女のコスプレの幼女、巫女装束の少女希恵はそれを呪いの瞳で見つめる。
「ごめんなちゃいマイケル、あの女をやっつけられなくて、もう少しのとこで逃がしちゃったの、あの大魔法の詠唱中にあの女は壁を作ったの、それは避けられなかったの、しっぱいしちゃった。でも今度は成功するの、だから今度はあの魔女をやっつけてもいい?」
そう言ってウィッチは振り向いて希恵を虚ろな瞳で見つめる。
「なによ!糞ガキ、このただの人形め、それに誰に言われたのか知らないけど変なコスプレなんてして、それにあんた馴れ馴れしくマイケルにしがみつかないでよ、そんな魔法少女のコスプレなんかしてもちっともかわいく見えないわよ、男に媚びを売るのならもっと大きくなってからしなさいよ、マイケルはロリコンじゃないの、あんたの出番は早すぎるの、十万年早いわ!」
凄い形相でそう喚く希恵、しかしマーガットは舌を出してさらに挑発する。
「やめろよ2人とも、希恵もマーガレットも僕には必要な大切な人なのだ。だから仲良くしてくれ、しかも今宵はパーティ、そして君たちは宴の花、そんな2人の仲が悪いと宴も盛り上がらないだろう、それにようやく来客達が到着したようだ。その火祭りの開始を告げる花火が上がった。だから彼らに最高のもてなしを、そのホステス役は君たちだ。だから炎の花となって彼らをもてなそう」
この2人の不仲の原因の悪魔は笑みを浮かべて、そしてソファーから立ちあがる。
そしてそんな様子をを見つめる2人の男に手で合図する。
「ああ、もう手筈は整っているさ、しかしパーティ?地獄の宴会か…そのメイン会場はあそこ焼却炉、そこで燃やされる者は賓客か…とりあえず晩餐までは予定どおり、そしてプレゼント、あとはサプライズがあればそれは賓客によるもの、全てプログラムどおりだ。なら宴の席に赴くか」
切り裂きジャックはタンクトップと短パンの小男に頷きかけると部屋を出て行く、そして暑そうに団扇を忙しそうに動かす小男はその後に続く、
「さて、僕たちも行くとするか、みんなを待たせたら悪い、あの宴の席に、希恵よ、その手を貸して」
マイケルに手を握られ赤面する魔女、それを幼女がふくれ面で見つめる。
「楽しいパーティの始まりさ、そう2人も楽しむがいい今宵を、そして祝うのだ。最強の男の誕生を、そして謳えろ炎の王の誕生を謳歌するのだ」
長い廊下、その両側に設えられたランタンが一斉に炎を灯す。
炎の悪魔の統べる城、そこには炎の魔人達が舞い踊る。
一行が魔獣に案内されて辿り着いた先はホール、そこは鉄の壁に囲まれただだっ広い空間、それが耐火扉と思われる分厚い鋼鉄製の扉の中に広がる。
その鉄の天井には巨大な穴が、暗い奥行きが測れない長い穴が穿かれている。
「ここは焼却炉の中か…ふざけた場所だ。俺たちを焼き殺す気満々だ。あの男は…しかしおめおめと焼き殺されてたまるかもんか」
そう言って大男は手にした巨大な布包みを解いて中身を取り出し、そしてそれで耐火ドアを打ちすえる。
唸る鉄塊、そして轟音を立ててドアが破壊される。
「保険だ。この出入り口は確保させてもらう、こんな場所で閉じ込められて焼かれるのはごめんだ。こんな余興にわざわざ参加してやったんだ。だから途中退場する自由ぐらいは確保させてもらう」
そう言って魔獣を睨む、しかし男はただニヤリと笑っただけで何も答えない、
部屋の中には複数のテーブル、そして豪華な食事、そして飾り付けられた赤い花、そして炎に燃える様に全てが赤い色の樹その巨大なクリスマスツリー、その飾られた電飾は全て赤色の光を放つ、
「へーっ、狂者のクリスマス、そんな雰囲気ね、正に狂っているから悪魔、だから人で無き者か…そんな奴が考えた企画、それは果たして楽しめるのかしら?」
そう言って笑みを浮かべる永美理はパーティ会場のホール?に平然と入って行く、
「行かなければ何も始まらんか…ならばよし、その全てを見届けよう、この狂宴の行く末を、だれが勝者か見極めよう、そして何が正しいかを、だから眼一杯楽しもうじゃないか、この宴を」
そう言ってサングラスの子供がその後に続く、その後ろに残りの皆は無言で従う、
一同が中に入ると無言だった魔獣が声を上げる。
「ようこそおいで下さいました。今宵は誕生日、真の王者の誕生日、それを祝いそして楽しんでいただきたい、この熱き炎のパーティを、それを最後まで楽しんでいただきたい」
そして一同が入ってきた入口が鋼鉄のシャッターで閉ざされる。
「ちっ、二重扉になっていたのか、しかしあんなシャッターなどまた打ち壊してやれる。こんな壁を壊してでも出て行ってやる。この俺を閉じ込められたと思うな、だから俺を退屈させる宴にするな、いいか?」
紅い目の大男、それを笑いを浮かべる魔獣は睨む、
「退屈させるなんて滅相もない、楽しむのです皆で、その趣向は凝らしております。今宵は記念すべき夜になる。はははっ、そう誰にとっても忘れられない夜に…」
そう告げる魔獣の姿が突然変貌する。
巨大な灰色狼、その姿に変貌した男、そして舌を出して走り出す。
その先には5人の人物、いつの間にかそこに出現していた。
「悪魔の犬め、あの姿はそれにふさわしい」
そう言って大男が睨む先には金髪碧眼の青年、それは両手に2人の少女を従えいる。そうして満面の笑みで一同を見つめる。その後ろには2人の男、長身の白人男性と小男、其々奇怪な風貌をしている。
「ようこそ、この悪魔の城に炎の城に、この招待を受けていただき恐縮します。そして皆さまの勇気に乾杯したいと思います。どうぞグラスを手に」
そう告げるマイケルの合図でいつの間にか出現した給仕達が皆にグラスに注がれた飲み物を配って回る。
「背悦ながら主催者の私が乾杯の音頭を取らせていただきます。この熱き夜を皆さんと共に過ごす記念の宴の開会と、そうして破滅の訪れと全ての絶望、そして真の王者の誕生に…乾杯!」
「乾杯!」
その言葉に答える少ない声、そして飲み干されたグラスは鉄の床の上で砕け散る。
まばらな拍手の中でマイケルが告げる。
「まずは食事を、それは我が炎で調理された絶品料理、だから焼き加減は皆完璧、まだ食事なくして語れない、そう、実は僕はみんなと敵対したいとは考えてない、話しあって解り合いたい、そう考えているんだよ、だから歓談のひと時を楽しもう、その感情は抜きにして、だから料理が冷めるその前に」
微笑みながらそう言ってマイケルはテーブルに歩み寄る。
そして給仕が取り分ける料理を皿に受けて皆にウインクする。
「一時休戦の提案かどうする?おぬしら」
そう言う李源に大男は笑みを浮かべると、
「腹が減っては戦は出来ん、それに食えというなら食べるまで、ここは奴の流儀が通る場所、反逆するのはその流儀に耐え切れなくなった時、だからいただきますと今は言う」
そう言って大男はテーブルに歩んで行くと給仕を手で追い払って料理にかぶりつく、
それを見つめる一同、やがて其々がテーブルに赴き始める。
「さて、相反者達の歓談か…わかり合えればいざかいなど起きぬ、こんな茶番の席で何を語るか?これの意図は憎しみの歓談、この戦いを盛り上げるための演出じゃ、悪魔め、その企みは見え見えじゃ、じゃが、お前の意思に抗える存在もいるのじゃ、それを後で後悔するな、この我らをいきなり焼きつくさなかった事に…」
そのサングラスの先に見つめるのは1人の少女、その姿は巨大な灰色狼に歩み寄る。微笑みを浮かべて。
巨大な灰色狼の背中を撫ぜながら銀色の衣の少女が話しかける。
「綺麗な毛並み、柔らかいの、あなたは優しい、強いから、オッケー?暖かいの、心が、守りたい思い、騎士の心、それ捧げた一人の王に、いや、王女に、あの男、悪魔の先祖に、守れなかった想いに絶望して、そして託された赤子に希望した。守れることを、そして300年間、魔獣と化してあの一族を見守り続けた。全ては優しさのため、それだけ…」
毛をなぜなれながら魔獣は獲物を欲する。それはこの娘を、この娘を食らう事を、自分を理解する理解者を殺す事は代償にしている。殺したくない者を殺すのだ。誰かに解ってもらいたい、しかし解ってもらいたくない、もし自分を理解しようとする。そんな存在が現れたら殺す、そう石に代償して得られた力、その代償を求める意思がざわめきだす。
「どうしてお前はそれを知った?」
魔獣はリリーに質問する。
「永美理に聞いた。あの人は望めば全ての過去を知るの、魔獣はナイトとそう聞いた。守護者はつらいなぜなら守るべき者が間違っていても守らないといけない、憎めない心、やるせない心、オッケー?だから心が固く凍る。魔獣と化して人で居られなくなる。それ…ちがう?」
「お前は食べないのか?素晴らしい御馳走を、豪華な料理、我が主は皆をもてなすために手を尽くした。食べなくは失礼だぞ、行け、食せ、それが礼儀だと心しろ」
しかしその言葉に首を振るとリリーは、
「最大の御馳走、それはここにある。優しき男がいる。それも最高に、女なら食べてみたい、その優しさを、優しさゆえに絶望した男の全てが欲しいとそう思うの」
狼は立ち上がる。そして燃える眼でリリーを睨んで、
「俺も食事に参加する。しかし食するのは主が用意した料理ではない、貴様だ!」
そう叫んで飛びかかろうとする。
しかし咄嗟にその首にしがみつき、そしてリリーはこう告げる。
「私が欲しいなら家族になる。私の家族、心癒される家族、いいかそれ?ならオッケー」
リリーの唇が狼の口先に触れる。
そして狼は硬直する。
2人の男女、達彦と多笑美は微笑みを浮かべる巫女装束の少女に歩み寄る。
「お守りだと言ってお前に貰った石…しかしそれはハイストーンのシナリオだった。希望を求めるために俺たちは神社に祈願しに行っただけだ。その結果絶望して希願する羽目になるとはな…人の未来を翻弄した魔女、しかし今夜が最後だ。あの大吉と書かれたおみくじを大凶の目で見つめた夜を忘れはしない、あの組織とそしてそれに加担する者を俺は許さない」
しかし朱色の巫女は笑みを浮かべて、
「あんたたちはそう言うけど、でも高石明雄が描いたシナリオであんた達は絶望したんじゃない、その暗黒の境界からもたらされた石を手にしたのは双方の意思、そう運命の渦の必然、それをとやかく言われる筋合いはあたいにはないわ、なぜなら石を掴んだのはあなた達の意思、違う?その資格がなければ石は手にできない、あんた達は希望を望んでいて絶望を欲していたの、違う?だから逆恨みはいけないわ、それは私の領分、この魔女と言われるのはその呪いのせい」
そう言って微笑む希恵に顔を背けると勇治は、
「しかし、失った物は取り戻したい、それは全ての希願者の希望、それを叶える存在がいると、そしてそれは必ず現れるとそう聞いた。その虹色の王は全てを叶える。ならばその力となって働こうとそう思った」
「預言の書ね…あのくそ婆が残した書物か…でもそれは決まっていない…だから虹は暗黒に敗北する未来もある。まだ確定されないのが未来、あの永遠に渦巻く時間の中で変化して姿を変える。そう、今日のこの時は預言なんかされてない、もう誰も知らない今がある。運命、あの預言者の見た運命に抗った意思が未来を変えた。それを織りなすのは多くの糸達、そんな多彩な色の全ての糸達」
そんな巫女を険悪な目で見つめ勇治は、
「ハイストーンが事実を否定したように俺達の絶望のシナリオは無かった。それは真実か?ならなぜお前は俺たちに石を差し出したんだ?」
巫女ははにかんだ表情を浮かべると、
「私には体験できなかった青春を謳歌する高校生のカップル、それが愛おしそうに寄り添って神社に来たの、そして真剣な表情で祈願している。それを見てちょっと悪戯してみようかな、と、思ったの」
勇治の目に浮かぶ嫌悪の色はさらに濃くなる。
その頭を掻いて苦笑を浮かべる魔女を見つめて。
「へーっ、サンタクロースじゃない、グリーンランドに引きこもっていると聞いたのにわざわざこんな熱い所にやってくるなんて、あの悪魔のプレゼントを携えてのご来日?厄病神がこの国を滅ぼす為にやって来たの?」
永美理は皿に取り分けた大量のショートケーキを頬張りながら小男に尋ねる。
「ああ、マイケルの要請でな、来ないとわしの家の真下が噴火すると脅かされて、もし火山なんか創られたら暑くてたまらん、しかし南極には引っ越したくないし、まあ、少しの辛抱だ。だからプレゼントをたんと携えて来た。最初にお前に渡してやろうか?」
その言葉に顔を蒼くして永美理は首を振る。
「遠慮はいらんぞ、何の病気になりたい?あらゆる病原菌やウイルス、放射線や化学物質、あらゆる病気の根源を贈ってやれる。わしが差し出すプレゼントを手にすればな、死亡率90%、感染率100%の新型インフルエンザなんかどうだ?あんたなら死神の気分が味わえるぞ」
「へーっ、冗談じゃないわよ!あんたなんかずっと凍土に引きこもっていろ、あのウイルスや病原菌が降り蒔けない氷の世界、そこで1人雪遊びでもしてなさい、そこでなら自慢の白と赤の服を着てみても誰もいないからサンタクロースだと言い張れるわよ、こんな絶望のプレゼンター、それは悪魔以下の存在よ!特にあんたは」
指を突きつけ自分を糾弾するシスターを小男は笑って見つめる。そして、
「もうすぐクリスマス、それは待ちに待った最良の日、道行く人はあの赤い衣装を着て配る品物を無警戒に受け取ってくれる。皆、微笑んでな、その絶望を送りつけられる最良の日、だから心しなければならない、ただで貰える物に幸福など無い事を」
そう言って不気味に目を光らす小男、しかしシスターは首を振ると、
「へーっ、でもそれは正当じゃないわ、その人に幸福をもたらすのはその品物に込められた思いなの、あなたが配るプレゼントには歪んだ思いしかないわ、そんな悪魔以下の厄病神が配る物なんか受け取る人はいないわ」
しかし小男は肩をすくめると歩き出し、そして立ち止まると、
「どこにでも強欲な輩はいる。貰える物なら何でも貰う強欲が、だから罰が当たるのだ。受け取る意思はその者の意思、こんな厄病神でも神なのだ。正当な取引だ。だから騙してなんかいない、そんな神の使徒の格好をしているだけのお前に語れるか、この厄病の根源と化した男の苦しみを、そうだ。別に楽しんでなんかいない、だから人のいない地に逃げた。あの魔王の要請にも答えなかった。しかし悪魔、あの炎の悪魔には勝てん、あの全てを灰にする男を病気には出来ん、だから赴いた。こんな暑い世界に、だから全てを苦しめろと言われたらそうするしかない、それを止めるのは誰だ?その方法は?答えを知るなら実行しろ、ならば厄病神は北に退散する」
振り返らずそう告げてまた歩き出す。
「へーっ、何かが欠けた存在達、そんな負の力に導かれた者にも苦悩はあるか…あの明雄ちゃんの言ってた通りに、そして連中は欠けた部分を補おうとはしない、自分の力だけを信じるのだ。だからまとまらずバラバラで、そのせいで1つが強い、それの集まりが組織、そして支配するのは魔王、それは絶望以上の恐怖によって、それに対抗するのにはは絆、まとめる力、そんな弱い力でも束ねれば強くなる。皆が集まれば欠けた心も補える。それを束ねるのは王、虹の王、それは暗黒に唯一立ち向かえる男…」
預言書の内容を思い出しそう呟くのはシスター、彼女は本物の神の使徒、その資格は教会により認定されている。しかし偽りの使徒と言われても否定できない、何が真の神なのか、それがわからない以上全ては偽りであると言われても否定できない、信じる者は救われる。そんな便利な神なんてこの世にいないのだ。だから信じられるとすればそれは自分が握る石、しかし神とは呼べぬその存在は、その永美里の見つめるその石は、ただ真珠のように煌いて何も物を語らない。
何も食べず食事の置かれたテーブル、そこに置いたノートパソコンを見つめる青年、しかし達彦はアクセスしたコンピューターの情報、それに目を疑って凝視する。
「火葬場?ここはそんな生易しいものじゃない、この施設の地下は火山帯と直結している。その地下のマグマを呼び込む施設…それは人工の火山だ…ここは…」
顔をあげて見つめるのは悪魔、あの炎の悪魔、その力は人工的に火山を作り出したのだ。
「奴がその気になればこの一帯が噴火する。ここを炎の地獄と化すのだ。それが切り札、最初から誰も生かして帰す気はない、それは罠なんて呼べない、だから小細工なんてする必要はない、ここに来るだけで生死を握られる。あの地下のマグマの活動を増進させる爆弾を投下させれば全てが灰になる。ここは悪魔のからくり屋敷だ。でもその為の制御コンピューターを乗っ取れば…」
パソコンのキーボードを叩く達彦、その横のテーブルに突然ナイフが突き刺さる。
「グットイブニング、青年、今宵は宴だぜ、そんな辛気臭いことは無しにして楽しまないか?」
革の上下にロンドンブーツ、黒い瞳が自分を見つめる。
「あ…いや…仕事が、そう仕事があって忙しいんです。だからパーティを楽しむ暇もない、ほんとに嫌になりますね、サービス残業、それがこの国では当たり前、だからここまで大きくなれたのですが…」
そう言って頭を掻く、
「ほーっ、この国の民はは24時間仕事の事を考えているってのは本当か?お前はどんな仕事をしているんだ?」
そう質問され無意識に、
「パチプロ、それで食っています」
そう答えてハッとする。
いつも金銭を得るために行う行動をつい職業と言ってしまった。それは今のこの行動にはそぐわない、そして遊戯機械を支配して出玉を稼ぐ、その行為は職業とは言えない、
「あ…いえ…ゴト師、なぜかそう呼ぶ人も…あれ?」
とりつくろった言葉も説明にならない、そもそも自分には職業なんてないのだ。もう働く必要はない、その気になれば銀行オンラインを支配して巨額の金を口座に振り込ませることもできるのだ。そんな行為は永美理に禁止させられたが、だから日常は遊んでいる。いや、知りたい心を満たすために情報をいつも検索している。あの両親と過ごす家の1室に籠りだいたい1日中をそこで過ごすのだが…、
「しかし最終的には隣近所の奥様にニートと呼ばれています。あれ?仕事はていない、そんな馬鹿な…じゃあ今のこの仕事は?趣味…なのか?あれ?わからない…」
そんな青年を無表情に見つめジャックは、
「この国の国民は何故か肩書きを多く持ちたがる。奴らが渡す紙切れ、その名前の上に着いた文字の多さになぜか奴らはこだわる。お前もその口か、そんな肩書きが多いほど偉いと考えたら俺なんかいくらでもあるぞ、自国の秘密情報機関のエージェントに始まり最後にガソリンスタンドの店員に終わる。あんな小さな紙切れには書ききれない、だから俺の名刺には肩書きは1つしか書かれていない、悪魔、ジャック・ニコルソンと」
そう言ってジャックはジャンバーの内ポケットから名刺を取り出しテーブルに置く、
あの組織のマークがプリントされた名刺には英語で悪魔と書かれている。
「デビル…それはどう言う肩書だ?それは何か地位を指し示す単語なのか?そして誇りに出来るのか?」
それを見つめて達彦が呟く、
「組織の能力者達、特Aランクだと認められれば男はこの肩書がつく、女の場合は魔女だ。Sランクなら大悪魔に大魔女、それは誇るべき肩書だ。Eランクのゴブリン共とは格が違う、それだけ多くの者たちを苦しめられる力を得た証しなのだ。だから肩書は1つで充分だ」
地獄の組織の悪魔の1人は誇らしげにそう語る。
「狂者の集団…何がお前たちを狂わせた?暗黒か魔王か?絶望の苦しみを知っているのになぜ他の者にそれを押し付けようとするんだ?いったい誰の意思に従っているんだ。お前たちは…」
とても信じられない存在を見る目で達彦は悪魔と自称する男を凝視する。
「誰でもない自分の意思だ」
そう答えるジャックは小さな石を取り出して指し示す。
青色に渦巻くような無数の灰色と黒い縞模様、それは人工衛星で見た台風のように見える石、
「ハリケーンーストーン、これが俺の石であり意志である。全てを破壊する嵐の様に無力な者を消し去る意思、だから弱き者はみな消し飛ぶ、この強者のみが自由を得るのだ。こんな地獄と呼ばれる世界ではな」
暗黒を模様にした暗い青い石、それを握る男には暗黒の意思が流れ込んで影響している。
「悪魔…そうか、そう呼ばれるのにふさわしい心を持った人間に暗黒の意思が混ざりし石は握られるのか…では真の暗黒の石を手にするのは…それはもう人間とは言えない心を持った存在…だから魔王…そう呼ばれるのか」
その言葉に笑みを浮かべてジャックは、
「そう魔王、この組織での最高の肩書、いや、あの肩書に勝てる肩書はない、あるとすれば神、しかしそんな存在はいない、しかしお前が望む虹は神と呼べるのか?お前は自分の肩書を天使だと言えるのか?お前には肩書なんてない、あるとすれば亡者、そう、地獄の亡者だ」
そしてテーブルに刺さるナイフを引き抜くとジャックは笑みを浮かべて、
「大悪魔に魅入られた時点でそれは決定した。ここに客として訪れた者の肩書は決定したのだ。それは死ぬまでそれは変わらない、あとわずかな時間、それが嫌なら抗ってみろ、そして自分の肩書を自分で決めろ、それは今まで流されて生きてきたお前が最後に自決しろ、なら俺がお前の墓にその肩書を刻んでやる」
その言葉に返答出来ない達彦を横目で見てジャックはテーブルの料理、その鶏肉をナイフで突き刺し口に運びかぶりつく、そして、
「弱者は常に強者の餌に、しかし臆病者のチキンでも味はいい、この俺にうまいと思わせる役には立った。だからお前にもそれを期待する。失望させるなよ、これでも俺はグルメなんだ。まずいとわかれば容赦しないぞ」
笑ながらそう告げて歩き出す。
この狂気の集団の幹部の1人、その存在を垣間見て達彦は震えだす。
狂っているのだ。全ては、そして石を握った存在達は特に強く、それは自分も同じだ。
全な人生を送ることを拒んで…絶望して、だからここにいる。
その握る石に自分の意思を委ねてしまった。
だから運命は自分だけの意思では変えられない、握る石と共にあるのだ。
さっき垣間見た運命の渦の流れ、そこを漂う船の舵を取るのは自分の握る石、
達彦は無言で再びノートパソコンを操作し始める。
そして炎の城の電脳を支配することに成功する。
上機嫌のマイケルは料理を頬張る大男に一礼して、
「来てくれるとは思いませんでした。ありがとう、君のおかげで盛り上がる。今宵の祝宴が、この最強を決めるイベントの、この後のメインイベント、そこで賭けるのは自分のプライド、だから心おきなく戦えるかな?今度は観客もいる。それも勝負の行方を、今後の未来を左右する。その自分たちの未来、それを託すのは天使か?悪魔か?無敗の男、お前は何を考えてここに来たんだ?この勝算があるとは思えない敵地にわざわざ」
手にした皿をフリスビーの要領で投げる勝則、その回転して飛ぶ皿は鉄の壁に当たり砕け散る。
「勝算?そんなものはない、なぜなら俺は負けないからだ。俺が最初に石にした希願は負けない事、負けそうになり絶望したからな…だから必ず勝つか引き分ける。だから負けはない、そんな俺に勝てる存在がいるとしたらそれは…俺が負けてもいいと認めた存在のみ、しかしそれはお前ではない」
笑う大男は目の前の悪魔を見下して、そして目を細める。
「鬼の一族の頂点の男よ、しかし君でもハイストーンには勝てなかったんだろ?だから奴に従った。違うのか?あの男に出来て僕に出来ないことはないはずだ。あいつと同じ赤い石を握っているのだ」
しかし細めた眼を見開いて大男は悪魔を指さし、
「出来るものか、その犠牲を払う意味をお前は理解しているのか?あの魔王が呼び込もうとする暗黒の到来を阻止してきたあの男の苦悩を、それをお前は理解できるのか?俺は兄と呼べる男を得たのだ。だから兄とは戦わない、もう戦う前から負けているからな、だから兄だ。お前に成れるか?俺の兄に」
指差された悪魔、しかし平然として、
「心から従えることなんて望んでいないさ、そんな奴はこの世にいない、心はいらない、そんな感情は、それがあったら迷惑だ。その全てを服従さすのは力で、それに尊敬や敬愛を捨てた悪魔は軽蔑で見られるのだ。なら畏怖でそれに答えよう、そんな恐怖で支配する。それが炎の力さ」
大男はなぜか突然傍らに置いた棍棒を手にすると料理が並ぶテーブルを破壊する。
破壊の音響と共に飛び散る料理、台無しにした。宴のテーブルを一撃で、
「力だと…それは恐怖を演出するためにあるのじゃない、見ろ、俺がこのテーブルを力で叩き壊しても誰も注意を払わない、そんな力や恐怖では真に支配できない、お前の先祖と一緒だ。国土をそして隣国をも焦土に変えた炎の王、その男の轍を踏むかマイケル、何も無くなった孤独の世界に1人で生きるのか?繋がりをなぜ求めん、お前は王と認められているのだ。ならそれ以上の魔王をもう欲するな」
紅き眼が、その透明に澄んだ紅き瞳が炎の悪魔を睨みつける。
「僕に触れる者は自ら燃える。そして消滅する。そう愛してもいずれは燃えてしまう、それは代償、しかし僕は誰にもでも愛される。そして誰をも愛しているのだ。だから全てを焼き尽くしたいとそう深く感じるのだ。僕の愛せない存在は焼けない存在、それは魔王、あいつは焼けない…しかし君は焼けるとそう感じる。ルビーは炭素、あの炭と同じ、それはよく燃えるのさ」
睨みつけられてもまだ平然と悪魔は語り笑みを浮かべる。
「炎の悪魔、いや、暗黒の先ぶれ、その存在を消す先槍、不毛を望む孤独な存在、全てを焼きたいと願うならなぜ今すぐそれをしない?それが出来ないのだろう、それだけの力がお前にまだない、そしてまだ失っていない、その全てを代償に捧げていないから、だから魔王に、暗黒に、従っているのだろう、お前は炎を創り出せる。しかしそれは無限じゃない、その燃料が無くなれば煙も出なくなる。違うか?その燃料は恐怖の感情、人に畏怖されてそれは補充されるのだ。それを失えばただの人、ここに呼ばれた皆はお前を恐れない、今燃料は満タンか?ガス欠になったら戦えないぞ、その補充は利かない、どうする?それでも戦うか?」
しかしマイケルは不敵に笑うと、
「炎はある。それを自ら創り出さなくともこの世界のどこにでも、そして僕はそれを操れるのだ。ここが火葬場と呼ばれる理由を考えたか?脳筋肉め、だからさっき聞いたんだ。この勝算のない敵地にわざわざ来た理由をだ」
そう切り札を手にするは炎の悪魔、しかしそれが今奪われたことに気づかない、もう戦うのなら自分の力で、しかし大悪魔と呼ばれているのだ。その秘められた力は最強のもの、そしてこの悪魔はまだ絶望出来るのだ。そして力をさらに強くする事も出来る。だから何も恐れない、たとえ無敗の男を目の前にしても、自分も最強を自負しているのだ。
大男が破壊したテーブルは速やか取り除かれ、その代わりのテーブルそして料理がそこ並ぶ、
「まだ宴は始まったばかりだ。あの見えない天使が見つめる狂宴、それに水を差すことは許されない、鬼よ、鬼神よ、ここに来た理由は僕を倒すためではないな?それは何のためだ?」
そう質問を繰り返す碧い瞳を見つめて大男は、
「助けたいと思ったからさ、心苦しむ1人の少女を、そう天使を助け彼女を女神に変える。それには必要なのだ。こんな絶望の夜が、それをわざわざ演出してくれるというのだ。だから出向いて来ないわけがない」
そう答えて優しく笑う大男、しかしその意図は理解できない、
「天使…あの見えない少女に何を感じた?ここにいるのだろうが僕には見えない、そんな存在しない者の為に戦うというのか?なにゆえに?あの修羅の地獄にいたお前を何が変えた」
思わずマイケルはグラスを手にする。そこに注がれるのはシャンパン、青い色のシャンパン、
「海の青のシャンパンか?その名前はブルーマリン、はじける泡は人魚の命、その愛を願い儚く消えた人魚の願い、ならこの酒で再び乾杯だ。わかり合えないのは当たり前、そう誰も他人は理解しきれない、だから話し合うなんて無意味なんだ。だから戦いだ。そして自分を貫き通すなら理解させるに最大の力を得るのみだ。その強者が与えるのは恐怖、それなら理解出来るだろ?どんな輩にも」
そう告げてグラスを捧げる炎の悪魔、
大男もグラスを手にする。
そこ注がれるのは赤い酒、透明の紅き液体がグラスを満たす。
「今、ここに宣戦を布告する。組織は、我々は敵対する者を全て敵とみなして消滅させる。今夜はその緒戦、しかし逃げだすのなら出口は解放している。戦わない弱者には用はない、それでも挑もうというのなら、その勇気に乾杯しよう」
差し出されたグラス、それに鬼神は己のグラスをぶっける。
硬質的な響きの中で笑う悪魔、しかし酒は飲み干さず床にこぼす。
「面白い楽しめたよ、だからありがとと再び感謝しょう、、そうさ君には感謝しているんだ。あの魔剣を僕に贈ってくれたからね、あれがあればより多くの者を焼き尽くす事が出来る。いつでも感謝しているよ、さらにありがとう、だから楽しんでほしい今夜の炎の宴を、この最後の晩餐を楽しんでくれたまえ、もう明日がない君たちは…」
そう告げて歩き出すマイケル、しかし大男はその背中に何も声をかけない、
「最後の晩餐…そうかもな…しかしそれは俺のじゃない」
そう呟いて天井の大穴を見つめる。
マーガレットと呼ばれる伝説の魔女は退屈そうに辺りを歩く、その目に遠慮なく料理を平らげて行く子供の姿が映る。
「よく食べるのね、あんた」
そう言った自分を振り返って見つめるのはサングラスの奥の目、李源はそんな魔女を繁々と見つめる。
「何よ!あんた、失礼よ、レディに話しかけられたら恐縮するの、その功栄に涙するの、その名誉を与えられるのよ、だから感謝しなさい」
しかし李源はげんなりした表情を浮かべると、
「お主が王女だった時代は400年も前じゃ、お主達の一族、炎の一族、そのお主の叔父がお主達を裏切ったのじゃ、王は悪魔だと糾弾され、お主たちは魔女だと罵られた。斬頭台にかけられた両親、それをしたのは炎の悪魔、あの男の先祖じゃ、それは王位を得るための陰謀、くだらん、無意味じゃ、いや、そうではないか…それが発端にあの男が生まれた。この渦の流れは正常か…しかし400年も人形と化していたお前は今を見て何を思うのじゃ?」
問われて、しかしそれには答えがある。
「人形だった時にも見ることは出来たの、この歪んだ目で人間達を、歪んだ心はそんな人間達には助けを求められない、でも抱かれたの、この歪みきった心に、それを安らぎと感じたの、だから人形ではいられなくなった。そして教えてもらわないといけない、憎しみを、それなら答えてくれる。私が握る歪んだ瞳は涙を流せる…」
その言葉に李源はサングラスの奥の目を思わず細める。
「イビルアイストーン、歪んだ魔女の瞳の石か…紅い色に開いた大きな暗黒、あのダークストーンの試作品とも言える魔石、その意思を握った娘、だから紅きに命じられ暗黒を求めるか…その封印が解かれればおぬしも暗黒の手先と化すか、このわしと同じじゃ…ではその赤き色に忠実か…いや違うか、そんな歪んだ眼では全てを見られない、じゃから真実に気づかない、それに踊らされる人形、だから破滅の力を振るえない、何かにすがる愚かな人形、やはり道化師と化したわしと同じか…」
そんな言葉に顔をしかめて魔女は、
「偉そうに、何言ってるのよあんたは何者?どうして此処にいるの、もしも私の王子様に手を出すなら許さないんだから!いじめて苦しめてそして絶望させてやる。この呪いの感情を解放してやる」
しかし幼女に手を振ると李源は、
「呪いとな?全てを受け入れる単なる人形にそれがあるのか?なすがままに、それを望んだのはおぬしじゃ人形、その石に託した希望は受け入れられた。憎めない代償を得て、お主に人は憎めない、何も呪えないのじゃ魔女のくせに、真に人を嫌えない、まだ期待しているのだ。人に、お主がもう一度絶望するまでは永遠に、あの暗黒の扉を握る娘、いや全てを物を支配できる魔女、そうならないことを希望しろ」
そう告げられて、しかし笑みを作ると幼き魔女は、
「酷いこと、それをされたら呪えるようになるの、それは私じゃないあの人に、あのマイケルがいじめられれば絶望出来る。この歪んだ瞳は破壊の瞳と化して全てを呪い殺す魔眼となるの、でもマイケルは強いから誰にもいじめられたりしない、あんたが連れてきたあの鬼はマイケルより強いの?もしそうなら期待できるの、なすがままを受け入れた魔女はなすがままに振舞える力を手にする。もう役立たずの人形はいなくなるの、そして魔の女王が誕生する。大魔女ですら下僕に出来る。そんな最強の魔女に私は成れる」
そう言って不気味に幼女は笑う、
もっとも危険な存在、それはここにいる希願者達の中で一番はこの幼女、あの炎の悪魔ですらこの娘より安全だと言えるのだ。
歪んだ瞳は存在を冒涜する。全ての存在する物質やエネルギーは歪んだ形に変えられる。それは望まぬ姿に変換されてしまう、この魔女の思いのままに、
笑顔で自分を見つめる幼女、その虚ろな瞳、それが真の笑顔ではないと告げる。そのあどけないとは言えない笑顔を見つめて李源は戦慄する。
「これが最大の切り札か…焔の悪魔め…そのやはり周到じゃわい、自分が敗れた時の保険を掛けているとは、わしらが握る切り札、それは天使か…その今は見えぬ存在、もう勝ちも負けも出来んとなるとそれが必要か…」
灰色狼に寄り添うリリー、その隣にいると思える存在、それに全てを託すしかない、
1人でそう語りそして別の場所を見つめる李源、それを怪訝そうに見つめ、そして幼女はマイケルの許に走り出す。
それを見つめて李源は、
「ゲームを楽しむ余裕なんかないはずじゃ、何をしておるか誰も彼も、こんな事をしている間にも破滅は近づいておるのじゃ、それを少しでも忘れたいと宴会にうつつをぬかすか?愚か者達め、こんな絶望を祝い合って何が楽しいか?憎しみが得たいのならその願いを打ち消す存在が黙っておらぬぞ、あの天使は降臨する。こんな愚か者を救おうと7色の光に包まれて」
しかし李源が見上げる天井にはそんな天使の姿ははいない、そこには巨大な穴が穿かれているだけ、それはまるで暗黒に繋がるように、そこに皆を飲み込まんとするように、しかしそれは暗黒の接点ではない、単なる巨大な煙突のその根元の穴、その本物の暗黒の接点は自分の中にあるのだ。
そこからもたらされる絶え間なき飢餓感、暗黒は欲しているのだ。全ての存在の消滅を、その飢餓感を少しでも癒そうと李源は料理を口に運ぶ、この暗黒の接点と化してから常に飢えていた。しかし何を食べてもその飢えは満たされない、もし飢えが満たされるとしたらこの世界を全て食らいつくした時、暗黒は自分を扉にしてこの世界を侵食しようと企むのだ。
「そうはさせるか…」
自分の消滅を願う男、そう、消滅するのは自分だけで充分だ。
だから抗った。この暗黒の意思に、その為の絶望、そして得た力は全てを見る目と自分の時を操る能力、それを手に入れた。時は自分に干渉出来なくなったのだ。だから年を取らない、年月は自分を何も変えることが出来ない、そして望む時間の姿に自由になれる。だから今は子供、それは何も出来ない弱い存在、だが招かれた賓客の中では最悪の存在、なぜならここにいる全ての者を暗黒に呑み込む力を持っているのだ。
「1番弱いように見える存在、それが1番恐ろしい、その事実をここにいる何人の者が気づいているやら?」
走り寄りマイケルに笑いかける幼女を見つめて呟く李源は笑う、
自分が切り札だと、そう言えない最悪の男は、その内に暗黒を宿した魔人は、この宴の行く末、それを流砂が流れる左目で見つめて、そしてその目を閉じる。
全てを見れば予測は出来る。時の流れの中に運命が見える。しかしそれは単なる予想、預言ではない、だから未来はわからない、この自分が暗黒の扉にならない未来、それを信じて目を閉じる。
壮大なクラッシック音楽が流れるパーティ会場、しかしまだ訪れていないゲストがいるのだ。
そうして全ての者が揃った時に真のパーティは開始されるのだ。
パーティ会場をふらふらと歩くのは多舞、あの天使の衣装をまとっている。それはリリーが美津子に手渡された多舞の制服?
「洗濯しておいたの、やはりあの子はこの格好が似合うわ、娘の服を着てもしっくりこないの、だからどこかで着替えさせてあげて、その呼び名にふさわしいこの服に」
それを受け取ったリリーはバスの中で着替えさせたこの格好に、あの羅冶雄の声真似でなだめるように、そしてその天使は悪魔の宴をさまよい歩く、
「ラジオ…そのどこなの?」
傷ついた心、その発作のために正常が見えない天使、だから愛しい者の姿を求めて歩きまわる。
知らない人達、いや、知っていると心が告げる。しかし気にしない、気にしてなんかいられない、この傷ついた自分を癒してほしい、それが出来るのは最愛の人、羅冶雄だけが自分を助けてくれる。
狂気、その心、それに触れてしまったため心の病が再発した。あの両親を殺した男と同じ心、殺したい、苦しめたい、それが全ての歪んだ心、それに恐怖を感じて世界から逃げた。この孤独な世界に帰って来てしまった。
だからここには関係ない、この人達とも関係ない、でもここに微かに羅冶雄を感じるのだ。
だからそれを求めて彷徨う、しかしどこにもその姿はない、
わたしはなにをしているの?
疑問の念が湧きあがる。
どうしてここにいるの?
その理由がわからない、
逃げだした。その前の出来事が思い出せない、
耳をふさいで頭を振る天使、黄色いヘルメットが左右に揺れる。
「勝則の家…あのえりのおとうさんの…そこに行ったの、なんのために…思い出せないの…」
正気に戻りつつある天使、わからないもどかしさに自分の持ち物を探る。
見つけたのは小さなポーチ、その開けた中身は財布と携帯電話、そして1枚の名刺、
その携帯を握りしめた多舞は何か思い出そうとする。
そこにぶつかる。ひとりの幼女が、そして何も気にせず走り去る。
ぶつけられたため携帯を落としてしまった。あわてて拾おうとする前に手が伸びる。
携帯を拾ったのは少女、銀髪の少女、訝しげにその機械を見つめる。
そしてそのタイミングで電話が鳴る。
驚く少女、しかし手慣れた要領で電話を受ける。
「やっと繋がった!?多舞か?どこにいる?何をしている?元気か?虹の少年には会えたのか?困っていないか?寒くないか?泣いていないか?どうなんだ?多舞!」
矢継ぎ早の質問、しかし多舞じゃない少女は答えられない、いや、言葉を失っている少女は否定の言葉も発しられない、
目の前の少女が握る機械、そこから聞こえるラジオの声が、愛しき者が自分を気遣う優しい声が、その霞んだ瞳が光を取り戻す。そして、
突然現れた天使の衣装をまとう少女、それが携帯をひったくる。
銀髪の少女は突然の出来事に驚愕する。
「多舞なの、ラジオなの?大丈夫なの、虹にあったの、ひどい心なの、だから助けないといけないの、いまは勝則といるの、えりのおとうさんなの、頼りになるの、どこにいるのか?ええっと…わからないの、でも炎の悪魔がいるの、鉄の部屋なの、大きな穴が天井に開いているの、壁には配管があるの、バーナーって書いてあるの、そこでパーティをしているの、おいしそうな御馳走が並んでいるの、記念のパーティなの、何の記念かはこの後決めるの、でも虹はここにいないの、また探さないといけないの、でも一緒に探してくれる人はいるの、だから必ず見つけられるの」
そこまで告げ時、手にした携帯が突然発火する。
あわてて取り落としたそれは鉄の床の上で小さな炎と化して燃え尽きる。
「最後の賓客の登場か!やはり今夜は最高の夜になりそうだ。また姿を現せたのだ。天使が、この炎の悪魔の前に、だから今からパーティは趣向を変える。舞踏会、そう死のダンスを踊る舞踏会、そして踊り疲れた者はみんな死ぬんだ。だから最後まで踊ってほしい、そうだな…夜が明けるまで」
マイケル、炎の悪魔は天使を見つめ喜悦の表情を浮かべる。
「希恵よ!やっと殺せるのだ。あの忌々しい存在を、あの全てを救う存在の手先を、この僕に屈辱を与えた存在を、それを燃やしつくして灰に変えてやれるのだ。その存在を信じる連中と共に」
そのマイケルの言葉と共に巨大な赤いクリスマスツリーが炎に包まれる。
「出口はないぞ、そして焼き尽くされろ、炎にまかれ死のダンスを踊り続けろ」
壁のバーナーから炎が噴き出す。しかしそれはすぐ消える。
「なに!?」
驚愕するマイケルに達彦が、
「この設備の制御は僕が握った。こんなからくりで焼き殺されてたまるもんか、その死のダンスなんか踊ってたまるか、出口はある。あそこだ」
鉄のシャッターが開いて行く、あの出ていく自由を選択できる出口が開いて行く、
「なるほど、機械を支配する能力者か君は、ならハッキングしたプログラムの中に無意味な配列が多数あった事に気がついたはずだ。それが始動すればどうなるかわかるか?ここの制御コンピューターが暴走するのだ。その制御は誰にもできない、その結果どうなるかそれを君はは知っているかな?」
見つめる悪魔、周到にして大胆、その存在を見つめ達彦は震える。
とてもかなわない、この悪魔の上を行く事が出来なかった。もはや観念するしかないのか…
その暴走プログラムが起動して、そして再び閉じる鉄のシャッター希望の出口は閉ざされる。
「あと1時間後にここは火山活動で噴火する。そう全てが燃え尽きるのだ。しかし安心したまえ、まだ出口は用意してある。あそこからなら自由に外に出ていける。僕は君たちを別に閉じ込めてなんていないのさ、だから灰になって、煙になってなら出ていけるさ、ここが嫌ならね、だから安心してほしい」
そう告げるマイケルは天井の巨大な穴を指し示す。
「ふざけやがって、煙突の先を出口と呼べるか、俺たちを弄ぶのが目的ならはっきり言え、生かして返す気など無いくせに紳士ぶるな、炎の悪魔、遊んでほしいなら素直にそう言え、この俺が火遊びは寝小便漏らすと教えてやろうか?」
悪魔ににじり寄るは大男、鉄塊を手に悪魔を睨む、
「まちたまえ、今はダンスパーティ、踊るのにはパートナーが必要だ。ゲストと主催者、その各自がパートナーとなって踊るんだ。そして君のパートナーは僕だけど残りの皆もパートナーを其々選んでほしい、それが決まれば音楽スタート、曲は運命、我が祖国の偉大な音楽家が残した名曲、今のこの雰囲気にはふさわしい、では諸君、この運命を踊りきりたまえ」
その曲が流れ始める。運命と銘名された交響曲が、そしてその奏での中で敵対し合う者達が睨み合う。
山間の道を白いアメ車は疾走する。その背後には、
木々をなぎ倒して進む鉄屑の巨人、ガードレールを破壊しそれを自分の1部に変えて、そして先行するアメ車を攻撃する。
しかしかわされる攻撃、その届いたはずの攻撃はないものにされてしまう、
怒れる巨人の咆哮、それが山々に木霊する。
「火葬場はまだか?」
さすがの悪魔の頭領も焦ってきている。停車して猛攻をしかけられたらその全ての過去を変える自信がない、
「もうすぐ、そのトンネルを超えた先です」
運転するのはダークイエローストーンと呼ばれる男、物質を不安定化させ爆弾に変える能力を持つ、その能力は核爆発だって引き起こせる。しかし主の傍でそんな事は出来ない、それにその爆発に自分も巻き込まれるのだ。それは最大の切り札、だから今は使えない、
そのトンネルを抜けた先に巨大な尖塔が見えてくる。
火葬場と呼ばれる炎の悪魔の拠点、それは自分達が拠点としている工場とは趣が違う組織の施設、
「ハイストーンの研究所にあいつの火葬場、そして私の工場、それは不要と化した建造物をみな再利用しておる。黄昏の魔女は拠点など要らぬとつっぱねたが、そのかわり山を所望した。あの何者も立ち入れぬ霊山、だから自然がいっぱい、魑魅魍魎もいっぱい、わが組織はけっこうエコに貢献していると思わんかね、鉄屑を再利用する巨人も元は軍団長、環境保全につとめているんじゃなかろうか?」
そんな戯言を口にするのは目的地に到着して気が緩んだためか、
鉄の門を爆破してその中に白いアメ車は駆け込んで行く、
その様子を煙突の上から見つめる瞳、
「ダーク―レットストーンだと?奴め…また邪魔しにきたのか!」
その登場に憤る魔女、しかし白いアメ車の後ろから出現する物体を目にして驚愕する。
「鉄屑の巨人だと?なぜあいつがここに…鉄を引き寄せる磁力の男が…」
白いアメ車は建物の前でいったん停車して、そしてその入口を爆破させ中に駆け込む、しかしその中に入れない巨人、咆哮を発するとその姿を変える。
巨大な蛇?いや鉄の竜の姿に変わると車を追って中に侵入する。
その様子を茫然と見つめて魔女は呟く、
「奴らも参加するつもりかこの炎の宴に…ならば私も参加しないではおけない」
そして煙突の穴の中に身を躍らす。
暗い穴の先の宴の席、そこに招かれざる客が飛び降りる。
巨大な梟の背中に乗って。
ダンスパーティは白熱していた。
風を刃物に変える男に一歩も怯まない勇治、白い紙切れがその周囲に舞う、
「へっ、紙切れに命を吹き込めるのか?自在に操れる。なかなか面白い見せ物だ。しかし所善は紙切れだぜ、切り刻めば塵になる。この全てを切り裂く風には抗えない」
つむじ風が紙切れを揺らす。そして見えない刃を勇治に叩き込む、
「なにっ!?」
切り裂いたと確信した少年は紙の障壁に守られる。
切り裂かれた紙切れ、それが勇治の周りを揺れる。
「塵と化しても紙は紙、集めればまた大きな紙になる。切り裂くだけでは消滅できない、そして紙は自由を奪える。貼りつかれれば行動を奪われる」
無数の紙切れがジャックに纏わりついて貼りついて行く、
「なっ!こなくそ!」
風の刃を纏いその紙切れを吹き飛ばす。
そしてジャックは焦る。
ペーパーストーン、そんな最弱の白い石の能力者、それにこんなに苦戦するなんて信じられない、
簡単に片づけられると踏んで最初の標的に選んだのだ。
なんせこちら側はまともな戦力が欠けている。
マイケルと魔獣以外は役立たず。
マイケルが連れてきたあの東洋の巫女は信用できない、あの赤石の一族だと聞いたから、
だから戦力は不足している。
もし俺たちが負けるような事が起きると…
赤熱した大地の怒り、あの炎の魔人の鉄鎚がこの周囲に沸き上がるのだ。
焦る思いで周囲を見回す。
そこに巫女と少女、対待する2人の姿が目に入る。
「さっきから何を聞いても答えない、あんた。何を考えているの?」
そういう巫女を黙って見つめ、多笑美は自分の口を差して手を振る。
「ああ…そう…そう言うこと、あんたしゃべれないのね、かわいそうに…なんて思わないけど、じゃあここで殺されても絶望の恨み事も言えないのかか…はりあいがないわね、どう?あたいを憎んでいる。そうじゃないと困るけど、あたいは魔女、だから憎み憎しまれる存在、あんた達を陥れた魔女、あたいが憎いなら絶望で掴んだ力でかかって来なさい」
そう言う魔女の目を見つめ、しかし多笑美は微笑むと指で文字を書く、鉄の床の上に料理の零れたスープをインクに、
『ありがとう、あなたがいたからぜつぼうできて、そしてきぼうをてにできた』
そう書いて微笑んで希恵を見つめる。
「な…なんですって?あんたもあの女と同じことを言うの?血色の魔女と同じ言葉を…なぜ?苦しめてやりたいと願ったのになぜ感謝するの!」
朱色の魔女は憎悪する。いらないのだ。そんな感謝の言葉などは、その憎しみの言葉を期待していたのだ。
「死んでからその言葉を唱えなさい!」
そして取り出したお祓い棒で少女を打ちすえようとする。
その腕に飛びつくのは1匹の猫、
「いやっ、かわいい!」
思わず出現した猫を思わず抱きしめる巫女、
それから次々に出現する猫、それを歓喜の表情で抱きしめ愛撫する巫女、
多笑美は再び鉄の床に文字を書く、
『ねこがすきなひとはあくにんじゃない、それはしっていた』
そして自分用の猫を創り出し胸に抱く。
灰色狼は苦悩する。
目の前の少女を殺したい、しかしなぜか殺せないのだ。
簡単なはずだ。あの細頸に牙を突き立てるだけでいいのだ。
しかし出来ない…
憎しみの心を奮い立たせても繋がった絆を断ち切れない、
「お前は…俺に何をした?」
焦りながらそう質問する。
「思ったの、痛む心をわかり合いたい、だから家族にしたの」
そうだ。この娘をなぜか愛おしく感じる。まるで自分の娘のように、
守ってやりたい、大切にしたい、その笑顔が見たい…
それは忘れられた感情、最愛の物を守れなかった時に絶望と共に忘れた感情、
「炎の悪魔とあなたには絆ないの、誓いだけの関係、あなたが誓った一方通行、悪魔はそれ利用する。しめたと思ってほくそ笑む、見返りないは不平等、あなた悪魔殺せない、でも悪魔あなた殺せる。役に立たないと思ったらいつでも灰にする。でも私殺せないあなた。オッケー?助けてくれる者家族、最愛の者達だから」
自分を完全に理解する者、理解しようとするものではないそんな存在、その殺傷を石は求めない、
しかし自分には誓いがある。ファイヤーストーン、その一族を見守り続けるという、
守るべき男を振り返って見つめ灰色狼は眼を白黒させる。
「大丈夫、殺さない、ここにいる誰もが誰も、パーティ、それを楽しみに来た。それだけ」
狼は天井の穴に向い咆哮する。
やるせない心、それを護摩化すように。
小さな結界、その中にいる小男に笑いを浮かべて永美理が言う、
「へーっ、まるで冷蔵庫ね、寒いわねこの中は」
そう言って手にしたワインの瓶をラッパ飲みする。
「お前は戦わないのか?」
結界に進入されて迷惑顔の小男、
「へーっ、あんたが相手じゃないの?そう思ってここに来たのに」
そう言って永美理は舌を出す。
「冗談じゃない、俺は弱いんだ。だから殴られたら殴り返せない、この体格じゃ勝てるのは子供ぐらいだ。いや…最近の子供は結構強い、負けるかも…」
戦うことに自信のない小男はどこからか取り出したアイスキャンデーをかじり始める。
「へーっ、私と同じって訳か…聖職者は争いごとに加担できない、戒律があるのよ、それも代償の1つだけれど…」
手にしたアイスキャンデーを1気に口に運ぶと小男は、
「戒律?そんなものがあるのならなぜお前はここに来たのだ?」
そう言って永美理を見つめる。
「へーっ、わからない?あんたが北からわざわざここに来た理由と同じなのに」
恵美理はそう言って小男を笑って見つめる。
「ここに来た理由か…そうだな…全てを見届けたいと思ったのだ。あの大戦以来の大いくさ、それが始まると聞いて、あの真紅の男、その娘が俺に訴えた。黴の石にも役目はあると、赤かび黒かび緑かび白かび、そんなかびが生えたような醜い石にも再び煌く時が来ると告げられた。だからここに来た。炎の悪魔の要請に乗っかったのは方便だ。俺は何もしない、されたら皆が嫌がるだろ?だから何もしない」
その言葉を黙って聞いて永美理は再び笑みを作ると、
「へーっ、明雄ちゃんとあの子に私も頼まれたの、希望を信じる者を助けてやってくれと、そう、犠牲になる者達を救うのは神の使徒の役目、その絶望を取り除いて安らかな明日に向かわせる。冗談みたいな使命、どう笑える?もしあんたが絶望を振りまいたら私がそれを刈るの、身が持たないわね…でも全ての絶望を望む者、そんな存在が現れたらそんなこと言っていられない、そんな絶望を振りまく者もその言葉に惹かれてここに来たんでしょ、だからここにいる。違う?」
小男は笑みを浮かべると、
「わかっているなら何も言えん、まだ始まっていないのだ。この先どう転ぶか、それはあいつらが決めるのだ」
結界の外のぼやけた景色、そこで動く人影をそう言って見つめる。
「へーっ、真の主の到来を期待しているんでしょ、厄病神から死神に昇格できるチャンスだもの、でもうまくいかない、あんたは落胆して北に帰るの、何も出来ず病原菌と共に引き篭もるの、そうなる未来はまだ残されているの、それは明雄ちゃんが作った未来、儚い未来…」
永美理は見つめる。あの男と過ごした過去を、あの暗黒の絶望と戦い続けた男の過去を、その苦悩を、だから勝たさなければ、あの暗黒にまで呑み込まれた男に勝利を、
その為の駒は配置された。
そして託された真紅のシナリオは自分が進めるのだ。
テーブルの下に潜り込んで達彦はパソコンを叩く、暴走プログラム、その解除のために、やがて意識はマシンと同化する。
情報プログラム、その1つ1つを壊して泳ぐ、しかし最悪の障壁、巨大な炎の壁が目の前にそびえ立つ、だから飛びこめない、焼き尽くされる覚悟なしでは、
茫然と見つめる炎の壁、そして声が聞こえる。
「大丈夫、貴方なら出来る。だからがんばって!」
壁の一部に穴が開く、そこに綻びを見せる炎の鉄壁、
その聞き覚えのある声に辺りを見回し、
「リリーか?」
思わず呟くが返答はない、
そして飛び込む穴の中、
そして悪魔の仕組みを壊して回る。
「あんたの相手はわたしよ!覚悟しなさい」
そう叫ぶ幼女をあくびしながら見つめると李源は、
「何をかくごするのじゃ?たいがいにしろ、あそんでほしいのであればそう言えばいいのじゃ、見ろ人形、見事に相反し打ち消し合う者同士がペアになっている。紙と風、寵愛と憎しみ、疫病と癒し、そして尊厳と尊重、打ち解けあえぬものはないわい、反発しあっているからこそ求めあう、遊び好きなあいつらのほかはじゃが…」
サングラスの奥の瞳は対持する2つの影を見つめる。
白い衣装の女の子、それを背中で庇いながら、
「きさまの野望などに屈しない、なぜなら天使が俺を守護しているのだ」
そう息巻くのは石江勝則、鉄の棍棒を構え悪魔を睨む、
「それは逆だろ…天使を守護しているのはお前だろ?守られているような力は感じないが…まあいい、ならば我は暗黒が守護となす。灰塵をもたらす我が力は暗黒よりもたらされた力、消えうせよ、その力で、灰塵と化せ天使と共に、地獄の鬼を天使と共に葬り去ろう、今宵に」
マイケルが握りし刀、灼熱の刃、それが鞘から抜き放たれる。
「ならばそれに挑もう、希望の刃で、この弱者の牙を受けてみよ」
携える棍棒、それを逆さにしてその先端を悪魔に向ける。
それを目にして不思議そうに幼女は、
「遊んでいるの?マイケルは?あの鬼も?」
思わずそう呟く、
「そうじゃ今はそれですむ。遊びが世界を支配しているからじゃ、その存在を謳歌する心、それが楽しみ、そして遊びを求めたからじゃ、あの忌々しい戦争もその遊び心が発端じゃ、知らぬ間にみんなは知っていたのじゃ、存在は永遠じゃと、だから殺しても復活すると、だから殺す事に躊躇しなくなっていく、それは全ての命に、そこに暗黒が付きこんだ。その意思を石に変えこの世界に送り込んだ。お主が握る石と、いやそれ以上の暗黒の石を、だから遊びは今宵までじゃ、それでもわしに遊んでほしいか?人形、じゃがわしは人形遊びを知らん、じゃから楽しくないぞ」
その言葉にそっぽを向いて、そうしてマーガレットは天井の穴を見つめる。
いやがらせも出来ない相手は面白くない、この子供はたぶん何をしても嫌がらないだろう、
だから今はマイケルの勝利を見守るしかない、
睨みあう男が2人、己の技量は理解している。そして秘められた力も感じる。それに勝つならば、ぶつけるしかない全力を、やがて悪魔と鬼神は全力で必殺の一撃を繰り出そうとする。
その時、
爆発する鉄のシャッター、
爆煙に霞むそこに3人の人影、
「私を蔑にしてこんしい夜会を催しているとは、マイケル、君も隅に置けないな、いや…一番上が所望か…まあいい、遅ばせながらこの楽しい夜会に参加させてもらいに来た。その連れは爆破魔とわが母、そして…」
いびつな姿が小さな穴から出現する。
鉄の蛇?そののたうつ姿は鉄の瓦礫の呪い、それが口を開いて悪魔の頭領を飲み込もうと身構える。
「仲間外れはなしだ!」
そう叫ぶ声が突然木霊して、そして巨大な梟に乗った魔女が天井の穴から出現する。
そして宴はたけなわ、クライマックスを迎える。




