虚勢
ハッタリも大事なことだってあります。たぶん。
「へぇ、呪い殺すとは穏やかではないわね。それに私の秋蘭を怖がらせるなんて、貴方こそ唯では済まなくてよ?」
「貴様ぁ! 紗蘭を離せっ!」
「!?……はっ、私は何を……」
「……なぜに貴女たちがこちらにおられるのですかね」
壊れた人形と化していた夏侯淵を人に戻した一声。
金髪ちびドS。未来の覇王。乱世の奸雄、曹孟徳だ。叫んでいるのは、うん、元譲殿だろう。
しかし、一目見ればわかる。どうにも俺より年下のようだが、既に立派な覇気をお持ちのようで。
才やら内包する気が隠し切れないってどうなんだよ、ほんとに。
今ですら背筋に寒いものが走るほどであるから、成人した状態の彼女に初めて会えば、俺も今の顔良の仲間入りになる可能性が高い。
しかし、文醜さんや。失禁斗詩は可愛いなぁ、じゃなくて、早く床やら彼女自身の後始末をしてあげるべきではないかな。まぁ、俺も紗耶を愛で続けているから、人のことは言えないだろう、傍目には。
……世の常識など、紗耶の前ではどうでもいいんだが。
「春蘭、飛び掛かるのはまだ早いわ」
頬を撫でられた元譲殿は殺気が霧散し、一気に蕩けた表情になる。もう躾けられてるのか、早い。
「時に、私のことを既に知っているようね。どうしてかしら?」
「先に問いかけたのはこちらです」
「ちょっと、ひーちゃ……」
紗耶は少しだけ黙っていてくれな。ほっぺたを左右からつまみ、少しばかり引っ張る。
「ひたいほ、ぴーぢゃん」
涙目で訴える紗耶も変わらず愛らしい。思わず頬ずりしてしまう、全力で。
「……そんな風に、貴方が紗蘭を愛でて、あっという間に半刻(一時間)が過ぎたからよ。会食の時間などとっくに過ぎているわ」
「なん……だと……」
紗耶の愛らしさのあまりに、時空が歪んだというのか!?
俺の感覚ではまだ三分程度しか愛でていないというのに、時の針は二十倍の速度で進んでいたとは……。
「心の声が全部口から出ているわよ?
しかし、私の紗蘭に何をとも思ったけれど、紗蘭がこんなにも表情豊かにアタフタしたり、顔を真っ赤に染めたり、愛らしい様子を見せるなんて、正直思わなかったわ」
「華琳様の言うように、確かに大人しく人形みたいな紗蘭が、あれだけ顔を赤くしたのは初めて見たかもしれん」
「紗耶の愛らしさはとどまることを知らないので、まったくもって仕方がないな」
「同意したくないところだけど……紗蘭が愛らしいというのは確かね」
「うむ、流石は人材コレクターの曹孟徳どのだな。見る目が違う」
「これくたぁ?」
「遠い東にある異国の言葉で『集める者』という意味だ」
まぁ、かなり未来の話だし、西から回った方が早いんだが、それは些細な問題であろう。
「蓬莱国のことかしら」
「蓬莱よりもっともっと東だ」
「なぜ蓬莱より東に国があると言い切るのかしら。伝聞や古い竹簡にも描かれていないというのに」
(些細な話だ。気にするな)
「煩い奴だなぁ。だから大きくなれないんだ」
あれ? なんか部屋の空気が一気に凍った?
「ひーちゃん! 心の声と表に出ている声が逆だよ!」
「カクゴハイイワネ?」
あ、やっべ。殺気を濃厚に含んだ覇気が部屋中を包んでら。
顔良なんか、可愛そうに。覇気で意識が戻った瞬間、その覇気の大きさにまた失禁してしまってるよ……。
それに、体格に合わせてあるとはいえ、あれは立派な大鎌の一種だな。幼少時から自分の得物にしてたんだな、覇王様。
「些細な話だ。気にするな」
「今更遅いっ!」
明らかに子供が振るう速度を超越した速さで襲い来る大鎌の刃。
ただ、俺には余裕はそれほどないにせよ、模擬刀を構え、受け止めるぐらいの時間はあった。
……片腕にはしっかり、紗耶を抱き留めたまま。
ギンッ!
金属同士がぶつかり、火花を散らす。止められた刃に、覇王様は驚愕の顔に彩られていた。
しかし、紗耶を抱き抱えているのに、巻き込んだらどうするんだよ、このサドっ!
「ひーちゃん、華琳様はそんなドジはしないよ?」
と言いながら、紗耶は念のため、護身用の短刀を構えているし、
「そんなヘマなどしないわよっ、この性格破綻者っ! 私が大事な紗蘭に傷をつけるわけがないでしょうがっ!」
容易く攻撃を止められたように見えたんだろう。お怒りの覇王様の罵倒を頂戴した。
噴火しかけた俺の狂気。それを見越して、二人の発言があり、俺は爆発を逃れたわけだが。
「あれ、また出てた?」
「……公達殿、全て口に出ているよ」
呆れ果てた口調で、妙才殿が教えてくれた。いや、なんか申し訳ない。
「しかし、孟徳殿。速いが、意外と軽いんだ。だから、俺でも止められた」
「なっ……!」
「俺と似たようなもんなのかな。
外に出る殺気の大きさに比べて、力量がまだ追いついてないっつーか。
体格はどうしても年を重ねるしかないし、筋力は長年の鍛練が物を言うだろうからな。
ただ、意志の力って奴は、子供であろうとも鍛えられるって証明でもある」
まるで、虚勢を張っているようにも見えるかもしれないが、そのハッタリが効く相手には有効に使えばいいことだ。
「孫子曰く『戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり』ってな。
戦わずして勝つが最上、虚勢だろうがなんだろうが、物は使いようだ。
……ま、孟徳殿の信念とは相容れにくいかもしれないが」
「私は本物の力を欲するわ。……ただ、その使い方を知る者が、私の裁量の元に、虚実を交えた軍略を取ることまで否定しようとは思わない」
それを認め、飲み込むのも上に立つ者の力量でしょう? と、覇王様は艶やかに微笑む。
この年でこの笑みが出来るというのも、空恐ろしいもので。
華琳さまは自分で虚構の力を使うのは認められない。
だけど、配下の者が使うのまでは「基本」は止めない。
そんな印象を持っています。